結婚して七年。澄乃(すみの)はやっと子どもを授かった。妊婦健診で、病院の電子カルテの「父親」情報が空欄になっているのを見つけ、思わず口にする。「ここ、本当は神城宗真(かみしろ むねまさ)って書かれるはずですよね?記入漏れじゃないですか?」青波区の社交界で、神城グループの社長が妻を溺愛していることを知らない者はいない。彼は澄乃のためなら去勢手術すら厭わないとまで言った男だ。「澄乃……何度も薬や注射で苦しむ姿を見るのは、俺の心がもたない。おまえは俺の命だ。子どもを持つためにおまえがそこまで苦しまなきゃいけないなら、俺は一生、子どもを諦める」神様も二人の愛に感動したのだと思っていた。妊娠が分かった日、鉄のように冷徹な宗真が膝をつき、澄乃を抱きしめて泣いた。声が枯れるまで泣き続け、登録も自ら行った。そんな人が、父親欄を空欄にするはずがない。だが、新人らしい事務員はパソコンを操作しながら首をかしげた。「確かに……登録時から父親欄は空白ですね」そう言ったあと、何かを見つけたように表情が変わる。「ただ……あなたの言う神城宗真さん、その名前は別の妊婦さんの父親欄にありまして。お相手は藤崎美咲(ふじさき みさき)さんです……ご存じですか?」脳が爆発するような衝撃。全身が一瞬で冷え切る。澄乃がかつて藤崎家に養女として迎えられたことは社交界でも知られている。だが本当の娘、美咲が見つかったその日、澄乃は「真の娘の人生を奪った」と追い出された。その美咲が、今、宗真の子どもの母親として登録されている。茫然と廊下に出た澄乃は、そこで二人を見た。「宗真さん、今日って澄乃お姉ちゃんの検診日ですよね?それなのに私に付き添ってくれるなんて……よくないんじゃないですか?」宗真は美咲の靴紐が解けているのに気づき、片膝をついて結び直す。まるで何度もやったことがあるかのように手慣れた動作。「おまえ、靴紐が解けてるのも気づかないなんて。心配だろ。澄乃には先に家で待っててもらってる。おまえの付き添いが終わったら、すぐ行くから」窓からの陽射しが美咲のふくらんだお腹を優しく照らす。彼女はうれしそうに微笑む。「宗真さん、先に私を選んでくれたってことは……少しは私のほうが大事ってことですか?あっ……今、赤ちゃんが蹴ったみたい。感じます?」宗真は
Magbasa pa