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第2話

Author: ニシキゴイの吹ちゃん
「お兄ちゃんの家なんだから、どう使うかはお兄ちゃんの自由なの。ここで十分。私はここでいいよ」

私はうつむいたまま、そっと呟いた。

蓮司の表情は読み取れなかった。むしろ、不機嫌そうに見えた。

私はさらに気まずくなった。蓮司が大切にしている人に合わせて、何もかも譲っているのに、どうしてまだ気に入ってもらえないのだろう。

一番つらいのは、三人で食卓を囲む時間だ。

食卓には、豪華なおかずがずらりと並んでいる。

蓮司が美月の皿に料理を取り分けると、彼女は嬉しそうに笑った。

私は黙ってうつむき、ご飯だけ食べている。

「どうしておかずを食べないの、文寧?」

美月はそう言って、牛肉の一切れを私の皿にのせた。

私は食べずに、そっと端へ避けた。

「文寧、やっぱり私のこと嫌いなの?私が取ったおかず、全然食べてくれないよ」

美月が傷ついたような表情を浮かべると、蓮司の顔つきはたちまち冷たくなった。

「生瀬文寧(いくせ あやね)!食べろ。誰にそんな顔をしてるんだ?」

私が顔を上げた瞬間、言葉にできない苦しみが胸に広がった。

「それ、食べられないの」

私は多くの食材にアレルギーがある。昔は、私が食べられないものが食卓に並ぶことは決してなかった。

けれど今では、私の口にできないものばかりだ。

――兄は……忘れている。

「何が食べられないんだ?美月はお前と仲良くなりたくて、わざわざ取ってきてくれたんだぞ。ありがたく食べろ」

「いいよ、私が悪いの。今日の料理は全部私の好きなものをお願いしちゃったし……文寧、今日帰ってきたばかりで気が立ってるのかもね。文寧、食べたいものがあれば作ってもらおうよ」

美月はわざとらしく、勝ち誇った表情を浮かべた。

それでも、私はもう怒れない。

「そんなにわがまま言うな。お前が食べたいものばかり出せると思うな。文寧、みんなの機嫌を損ねるな。少しは大人しくしろ」

蓮司の顔は険しく、眉間に深い皺が寄っている。それは、怒る前のいつもの表情だ。

まただ。説明する間も与えられず、いつも私が悪者にされる。

でも、少年院で教わった。

――兄のものを食べ、兄に養われて生きている以上、兄の言うことは絶対だ。

兄を怒らせてはいけない。もし怒られたら、それはすべて私のせいだ。

「……わかった。食べるよ」

私は黙って頭を下げ、この場が円満に収まることだけを願いながら、大量の食べ物を口に運んだ。

私が飲み込むのを見て、蓮司の眉間のしわがようやく和らいだ。

こみ上げる吐き気に耐えながら、私は勧められるままに何でも口にした。

けれど――首がかゆい。体中がかゆい。喉が締めつけられるようで、息ができない。

震える指が箸を落とし、私は床に崩れ落ちた。

「きゃっ!」

美月は悲鳴を上げ、真っ先に蓮司の腕に飛び込んだ。

蓮司も思わず彼女を抱きしめた。

私が必死にもがきながらスマホを取り出して119番に電話をかけたところ、彼はようやく事態を理解したようだ。

「お前、どうした?」

私の全身に広がる赤い発疹を見て、彼はようやくぞっとした。

「アレルギーか!牛肉アレルギーだろう。なんで忘れてたんだ、俺は……」

……

病院に運ばれたとき、私はほとんど息ができない状態だ。

けれど処置は間に合い、命は助かった。

蓮司は私のベッドのそばで、美月を必死に慰めている。

彼女は彼の胸に顔をうずめて、声をあげて泣いている。

「私のせいなの。私が取ったから、文寧が食べちゃって……アレルギーになったの」

「泣くな。お前のせいじゃない。あいつが馬鹿なんだ。自分がアレルギーだって知ってるのに、勝手に食べるなんて」

――そうか。全部、私のせいだ。

「文寧、起きたの?」

涙を拭った美月は、振り返ると私が起きているのに気づき、驚いたように近づいてきた。そして、心配しているふりをした。

蓮司が先に口を開いた。「なぜアレルギーだって言わなかったんだ?なぜ食べたんだ?」

「言ったよ……食べられないって。でも、食べないとお兄ちゃんが怒るから」

彼はその言葉を聞いて、さらに顔を曇らせた。

「わざとだろう?俺への当てつけか?俺に罪悪感を抱かせたいのか?」

――私が好きで食べたと思っているの?

兄は、昔のことさえ思い出せないの?

私は慌てて首を振った。何が悪いのかわからないが、とにかく謝るしかない。

「ごめんなさい、お兄ちゃん……わざとじゃないの。怒らないで……」

「お前……」

蓮司は私を見つめ、深く息を吸ってから美月の手を取り、怒った表情のまま立ち去った。

その後、彼が見舞いに来ることはなかった。

……

病院での入院から二日が経った頃、看護師の草間玲子(くさま れいこ)に治療費の支払いを催促された。

私は気まずく感じながらスマホを開いた。残高はわずか百円ほどだ。

「……家族に電話してもいいですか?」

玲子は驚いたように眉を上げた。

「どうぞ」

蓮司は電話に出なかった。何度かけても応答しなかった。

玲子は次第に苛立ちを募らせ始めた。

「治療費はどうされますか?」

「払います……」

彼女の視線が痛くて、私は顔を上げられない。頬が熱くなり、恥ずかしさでいっぱいだ。

翌日も蓮司とは連絡が取れず、玲子が再び訪れた。

「生瀬さん、お金は払えませんか?病院に居座るつもりですか?

もう成人されていますよね?本当にご家族にも連絡がつかないのですか?代わりに通報しましょうか?」

私は言葉を失った。「……貴重品を担保としてこちらに預けて、お金を取りに行ってもいいですか。必ず戻ってきて支払います」

今首にかけているのは、母・生瀬聡美(いくせ さとみ)が亡くなる前にかけてくれたネックレスだ。

少年院での苦しい夜を何度も耐えられたのは、そのネックレスがあったからだ。

それは私が持っている唯一の価値あるものだ。

……

病院はしぶしぶそれを預かり、私は退院できた。

「こっちで合ってるの?」

私はまた道を間違えた。なぜか最近、記憶力が衰えてきて、道がよくわからなくなる。

警察に助けられ、なんとか夜になって家にたどり着いた。

風に吹かれ、私は震えながらドアの前に立っている。

けれど――指紋認証のドアロックには、私の指紋が登録されていない。

中に入れない私は、窓越しに二人の笑い声を聞いた。

「これ、プレゼントだ。気に入った?」

「すごい……ピンクダイヤの指輪なんて、本当に綺麗ね。高かったでしょう?」

「オークションで見つけたんだ。お前が好きそうだから。好きなら、いくらでも買う」

蓮司は美月を見つめるその瞳は、本当に優しい。

美月は彼の腕に抱かれ、幸せそうに微笑んでいる。

一瞬、私の目の前がぼやけた。

昔は蓮司が、毎年私の誕生日に向けて、何週間も前から心を込めてプレゼントを用意してくれていた。

あの頃、彼が私に向けた瞳も同じように優しかった。

私は必死に何度もドアを叩き、ようやく蓮司が出てきた。

「……お前か」

彼は少し驚いた。

「なぜ連絡もしないで帰ってきたんだ?」

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