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第9話

作者: 花朔
使用人にまで心配されて、紗夜は思わず笑ってしまった。

口調は穏やかだった。

「いいの」

もう手放すつもりでいるのに、今さら「失う」なんて言葉に意味があるだろうか?

夕食後、紗夜は自分の履歴書の整理を始めた。

文翔と結婚する前、彼女には立派な仕事があった。

フラワーデザイナー、それもかなりの才能の持ち主で、正式に業界に入ってからわずか半年で新鋭賞を総なめにし、国内の花卉業界の国際的な競争力の弱さを補った存在だった。

同業者すら彼女の実力に驚嘆し、高く評価していた。

彼女を導き育てた師匠に至っては言うまでもない。

誰もが、紗夜の将来は限りなく明るいと信じていた。

しかし、彼女は皆の期待をよそに、花の世界から距離を置くと発表した。

文翔と結婚して「長沢家の若奥様」となってから、義母から「家族を優先すべきだ」と言われ、花に関わることをやめ、いわゆる「名家の妻」の務めを学ぶように言われた。

最初は拒否したが、「この件で文翔が不機嫌だ」と聞かされ、結局は折れるしかなかった。その後、理久が生まれたことで、彼女の心は完全に息子に向いてしまい、自分の情熱に時間を割く余裕はなくなっていた。

毎日、家の植物を手入れすることでかろうじて自分を慰める日々だった。

今になって思えば、本当に滑稽な話だ。

愛や母性といったもののために、彼女は自分のキャリアを手放したのだ。

だが今の彼女は、かつて自分が捨ててしまったものを、少しずつ取り戻そうとしている。

紗夜は静かに、だが確かにそう心に決めた。

全ての履歴書を送り終えた頃には、もう十時近くになっていた。

外は静まり返っており、彼らはまだ帰ってきていなかった。

以前なら、どんなに遅く帰ってきても紗夜はリビングで待っていた。

理久の入浴の準備をし、文翔のスーツにアイロンをかけ、それが終わってようやく自分のことに手をつけていた。

けれど今は違う。

彼女はさっとシャワーを浴び、心地よくベッドに横たわった。

ちょうど仕事を終えた海羽とメッセージを交わし、アクションシーンの撮影には気をつけて、徹夜は控えるようにと忠告した。

顔がむくんで映像映えしなくなるからだ。

十時半、紗夜はぴったりと電気を消して眠りについた。

誰にも気を使わず、ただ自分のことだけを考えられるこの感覚が、これほど心地よいものだとは思わなか
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