上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

last update最終更新日 : 2026-07-17
作家:  けもこたった今更新されました
言語: Japanese
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概要

現代

甘々

秘書

幼なじみ

オフィス

片思い

高辻綾香は、ホテルグループの秘書課で働いている。 先輩の退職に伴って、その後を引き継ぎ、専務秘書となったが、彼は自分の幼馴染で初恋の相手だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れる。 心中は穏やかではない。 そんな自分の気持ちとは裏腹に、なぜか距離を縮めてくる幼馴染。 綾香は、自分の思いをどうしていいかわからない。 自己肯定感低めの秘書(ヒロイン)×クールエリートな上司(幼馴染) 初恋こじらせオフィスラブ♡

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第1話

1:プロローグ

「綾香、机に手をついて」

耳元で、低い甘い声が囁く。

着物の裾から彼の大きな手が太ももを撫でる。

「あ、は、恥ずかしい」

その手が、その滑らかな肌を腰まで滑らせたとき、ひたと止まる。

「何も着けて無かったのか。なんて無防備なんだ、まったく。知ってたら部屋から出さなかったのに」

綾香は、専務室の執務机に手をついて、足を開き、あられもない姿を晒していることに羞恥で体中が熱くなった。

「ほら、もう、どうしようもなくなってるじゃないか」

すでに太ももまで湿らせるほどに潤っている足の間に、指が触れる。綾香の喉からため息が零れた。

「ん、あぁ、は」

どうして、こんな時間にこんな場所でこんなことをすることになったのか、興奮でぼうっとなった頭ではもう何も考えられなかった。

いつもは表情を崩すことのない、彼の端正な顔も、少し冷静さを欠いているように見えて、綾香はそっと頬ずりをした。唇を寄せるようにして、舌を絡ませる。

「は、可愛いな。あぁ、綾香、俺を乱すのはお前だけなんだ。お前のことを思うと冷静でいられなくなる。昔からずっと」

胸元をぐっと開くようにして割られ、はりのある白い胸がこぼれでる。

着物の衿で寄せられるように盛り上がる胸の、その先端を摘まむように捏ねられ、綾香は呻いた。

「は、あぁぁ.......ん」

静かなオフィスにその声が響く。

ビルの高層階にあるそのオフィスの窓からは、新年の賑わいを見せる近くの駅の様子や、渋滞する車の長い列があった。

しかし、興奮で頭のどこかが痺れ始めている綾香の目には、ただの流れゆく光にしか見えなかった。

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1:プロローグ
「綾香、机に手をついて」耳元で、低い甘い声が囁く。着物の裾から彼の大きな手が太ももを撫でる。「あ、は、恥ずかしい」その手が、その滑らかな肌を腰まで滑らせたとき、ひたと止まる。「何も着けて無かったのか。なんて無防備なんだ、まったく。知ってたら部屋から出さなかったのに」綾香は、専務室の執務机に手をついて、足を開き、あられもない姿を晒していることに羞恥で体中が熱くなった。「ほら、もう、どうしようもなくなってるじゃないか」すでに太ももまで湿らせるほどに潤っている足の間に、指が触れる。綾香の喉からため息が零れた。「ん、あぁ、は」どうして、こんな時間にこんな場所でこんなことをすることになったのか、興奮でぼうっとなった頭ではもう何も考えられなかった。いつもは表情を崩すことのない、彼の端正な顔も、少し冷静さを欠いているように見えて、綾香はそっと頬ずりをした。唇を寄せるようにして、舌を絡ませる。「は、可愛いな。あぁ、綾香、俺を乱すのはお前だけなんだ。お前のことを思うと冷静でいられなくなる。昔からずっと」胸元をぐっと開くようにして割られ、はりのある白い胸がこぼれでる。着物の衿で寄せられるように盛り上がる胸の、その先端を摘まむように捏ねられ、綾香は呻いた。「は、あぁぁ.......ん」静かなオフィスにその声が響く。ビルの高層階にあるそのオフィスの窓からは、新年の賑わいを見せる近くの駅の様子や、渋滞する車の長い列があった。しかし、興奮で頭のどこかが痺れ始めている綾香の目には、ただの流れゆく光にしか見えなかった。
last update最終更新日 : 2026-07-09
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2:はじまり
綾香は、大学を卒業して社会人になって1年半。父が経営するセルリアンホテルグループの取締役秘書としてようやく仕事に慣れてきたところだ。今のところは誰かの専属という訳ではなく、秘書課の他の同期と同じく、複数いる取締役の秘書としての役割を部署の若手みんなと分担している。「ねぇ、聞いた? 御園先輩、営業部の藤堂課長と結婚するらしいわよ?」隣の机の同期、冬月朱莉が、ツンツンとボールペンの先で二の腕をつつきながら、ヒソヒソと声をかける。「付き合ってるって公言して久しいし、御園先輩も藤堂課長もお似合いの二人だから素敵な話なんじゃない? いずれそうなるって思ってたし。」隣を見ることなくPCに向かって役員のスケジュールを確認しながら、返事を返す。「そうだけどさ、どうやら御園先輩、赤ちゃんがいるらしいの」キーボードを打つ手が止まる。「え?ということは御園先輩、産休に入られるの?」「じゃなくて、退職されるみたいよ」「そんな‥‥じゃぁ、今の水無瀬専務の秘書は誰がやるの?」「それよ。どうやら2年目の私たちから一人繰り上がりがでるみたいよ。綾香は、社長令嬢だしアドバンテージがあるんじゃない?」朱莉がニヤニヤと何やら含みを持たせたように笑みを浮かべる。「ちょっと、高辻さん、冬月さん、私語が秘書室の外まで聞こえていますよ。秘書は特秘の情報が多いのですから、大声は控えてくださいね」加賀谷室長が穏やかに厳しく指摘をする。姿勢を正して二人とも自分のPCに向かった。綾香はPCの取締役のスケジュール一覧を見ながら、上から2段目にある、もっともたくさんのタスクの帯の並ぶ取締役の名前を見た。水無瀬 廉。昨年までこのセルリアンマナーホテルズ&スパのアメリカ支社長を務め、この春に日本に戻って、本社の専務取締役になった。私は彼をずっと幼い頃から知っている。一時期は、我が家でともに生活をしていたのだから。
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3:出会い
廉の母は、曾祖父が旧華族という旧家の出身で、自分たちの体裁を保つために、娘をペアールホテルグループを経営する一族に身売りのような形で嫁に出した。その当時、高級ホテル志向を進めていたペアールが上流社会への足掛かりを得るためにそれを求めたのだった。しかし、結婚後、大人しく自己主張をしない廉の母親は、婚家で散々に苛め抜かれていた。夫である跡取り息子は、他に何人も女を作り、ホテルの経営に興味を示さず、経営者一家の推進力は衰える一方で、その責任すら嫁である彼女の責任にされていた。マナー教室を開いていた綾香の母の元に、結婚後通って来ていたのだが、ある日、レッスンのふとした拍子に綾香の母は、廉の母の腕にいくつもアザがあることに気づいた。「ねぇ、紫衣さん。あなた、どうしたの?これ」「あ、私、動作が鈍いでしょう?よく転ぶんです」困ったように笑いながら袖を伸ばして隠そうとする。綾香の母はその様子に違和を感じ、ずっと気にかけていた。夏の初めに彼女から、しばらく教室を休みにすると連絡があり、その連絡が姑経由だったことが気になり、綾香の母は、電話のあった日にその家を訪ねた。夏休みということで、たまたま、幼い綾香もついて行くことになった。突然の訪問だったせいで、使用人と廉の母以外にはおらず、使用人を騙すようにして母は家に上がり込み、廉の母に会った。その顔には目の周りに大きな黒いアザがあり、痩せた腕には古い黄色くなったものから最近ついたのだろうまだ赤く生々しいものまで複数のアザが見えた。羽織ったカーディガンで、腕を必死で隠そうとする廉の母に、綾香の母は優しく話しかけた。「紫衣さん、この家を出ましょう。私があなたを助けるわ」「先生、そんな、無理です。私、働いたことも無いし、それに、廉はこの家の跡取りですから。私は離婚したら廉から離されてしまう。そんなの耐えられません。どうか、早くお帰りになってください」そう言って俯く彼女に母はなおも説得を続けた。どうにかこの家から連れ出そうとするも、しり込みする彼女に、どうか勇気を出して、と母は説得し続けた。「ダメです。先生。先生のご家族みんなにご迷惑をかけてしまう」そう言って泣き崩れた彼女を母が慰めていると、綾香の背後から声がした。「母さん。一緒にこの家を出よう。俺は、絶対に母さんについて行く。この家を
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4:幼馴染は上司
御園先輩の結婚のニュースが社内に公になって翌日、秘書室長に呼ばれ会議室に向かった。「高辻さん、御園さんの後任なのだけれど、御園さんご自身が、ぜひ貴女に次を引き継いで欲しいと言っているのよ。優秀な彼女の推薦だから、間違いはないと思うのだけれど、高辻さんはどうかしら」「先輩の後って、私が水無瀬専務の専任秘書ってことですか?」「そうよ。水無瀬専務の専任となれば、海外とのやりとりが多くなるわ。高辻さんは語学には長けていると伺っているけれど、実践は足りていないでしょうから、できれば御園さんが退職をするまでの一か月でがんばって仕事を覚えて欲しいの」綾香は、体から変な汗が出そうだった。御園先輩は入社8年目の大ベテランで英検1級、TOEIC満点の才女だ。学生時代に留学の経験もあり、海外の顧客とのやり取りにも信頼がおける。そんな先輩の後を入社2年足らずの私が?不安そうな表情に気づいたのだろう、加賀谷室長が声のトーンを柔らかくして気遣うように話しかける。「荷が重いと思うかもしれないけれど、こういう時はチャンスなのよ、高辻さん。それに今のあなたならまだ失敗から学ぶことがたくさんあるはず。私もあなたの能力は認めているの。ぜひ、頑張って欲しいわ」加賀谷室長は、父である社長の専任秘書を長年経て、家族ぐるみの付き合いがあった。もちろんそんな馴れ合いは社内ではしないが、厳しくも優しい人だと知っている。そして、根拠のないことは言わない。「は、はい! よろしくお願いします。精いっぱい頑張ります」胸の内は、自信も無いし不安だらけだが、室長の言うように入社2年目の自分なら失敗も成長の糧と周りにも思ってもらえる。怖いけどがんばろう。胸元に抱えた手帳を握る指は冷たいが、緊張して怯えてばかりではいけない。成長しなくては。そう考えて前のめりに決意を表明した。辞令が下りる前ではあったが、翌日から御園先輩のもとで、水無瀬専務の専任秘書としての仕事を始めた。「水無瀬専務は、朝、ジムに寄ってから来られるから、私たちよりも出社が随分早いわ。でも、気にしなくても大丈夫。ご自分で朝のコーヒーを淹れられて、しばらく情報収集をされるのが日課だから」気をつけなくてはいけないのは、その朝の時間を邪魔しないことだと言う。「前日、帰宅する時に、コーヒーマシーンが翌朝に使えるよう準備だけ忘れないで」「新聞
last update最終更新日 : 2026-07-09
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5:小さなハプニング
翌朝、緊張して予定より1時間も早く会社についてしまった。まだ、御園さんも来ていない。でも、昨日、聞いたとおりに、まずは、PCで一週間分のスケジュールと昨日までの変更の確認をする。PCを立ち上げて画面を見ていると、扉の向こうの専務のオフィスに人がいる気配がする。いるのはわかっているのに、挨拶もしないのはどうなのだろうか。でも、昨日、御園さんからは8時半まで気にしなくていいと言われている。今は専務もプライベートの時間に入るのかもしれないし‥‥モヤモヤと悩んでいると、オフィスの扉が開いて、ノーネクタイでシャツの襟元が開いた姿の水無瀬専務が現れた。「綾香、おはよう。まだ、8時前だよ。出社が早すぎないか?」「お、おはようございます。専務」急に挨拶をされて、どう返すのが正解かわからずアワアワする。その姿に面白そうに目を細めて、秘書のカウンター越しに水無瀬専務が身を乗り出す。「随分、よそよそしいね。まだ、始業前だから仕事をしなくてもいいんだよ。この会社は優良企業だろう?そんなに時間外勤務をしなきゃいけないのか?」半分笑いながら、グッと顔が近づき、慌てて体を引いたら予想以上にデスクチェアが下がってしまって後ろにひっくり返りそうになった。慌てて水無瀬専務が手を伸ばしてそれを防ぐ。反動ではだけたシャツの専務の胸に引き寄せられ、頬が胸元にくっつく。無駄なもののないしなやかな体。ドキッとした拍子に慌てて体を離そうとしたら、思いっきり水無瀬専務の顎に頭頂部をぶつけてしまった。「アイタっ!」「イテっ!」二人で同時に呻く。「ご、ごめん、廉くん!」顎をさすりながら半笑いでこちらを見ている専務に、慌てて思わず昔のように謝ってしまった。「はは、綾香の頭は相変わらず石頭だな。中身だけかと思ったら、ちゃんとホントに石頭だったな。綾香も、頭痛かっただろ?大丈夫か?」「顎と頭だったら絶対に顎の方が痛いわ。本当にごめんなさい」思わず手でその顎に触れて撫でる。スベスベとした顎を撫でていると、ハッと我に返った。「あわわわ、すみません。なんてことを、あ、あの、水無瀬専務」手を引こうとしたら、今度はその手を掴まれた。「だから、言っただろう? まだ就業時間前だって。仕事以外でそう呼ぶの禁止ね」「で、では、なんとお呼びすれば‥‥」「時間外では、いつものように呼べばいいじ
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6:見過ごせない
昼下がり。朱莉とランチの約束のために秘書課を覗く。朱莉は、まだPCの前で何やら書類を作っていた。こちらに気づくと、声に出さずに『もうちょっと待って』と口をパクパクさせたあと、手を合わせて謝る仕草をした。こちらも口パクで『大丈夫』と答えた後、秘書課のオフィスの前で待っていると、扉を開けて出てきた女性と肩がぶつかった。「あ、申し訳ありません‥‥」ぶつかった人物の顔を見て、語尾が小さくなった。同じく秘書課の2つ上の先輩である桐谷秋穂といつも彼女にくっついている高梨木乃香が、不機嫌そうな顔で立っていた。「あら、高辻さん、専務秘書になられたからもうこっちにはいらっしゃらないかと思ったわ」この二人は、何かにつけて、綾香は社長の娘なので色々と融通されているというニュアンスの不満を漏らしている。表立ってわかりやすく嫌がらせをしたりはしないが、言葉尻だけを捉えれば嫌味ともなんともいえないような言葉を使って不快な話をする。どう相対するべきか、綾香はこの2人がとても苦手だった。なるべく平坦な表情を崩さずに笑顔を浮かべる。「同じ秘書課ですから、もちろんこちらのオフィスにも顔を出しますよ」そう返すと、ふん、というように鼻を鳴らして去っていった。「ごめん、ごめん。大島常務が急遽ハワイの新しいホテルのオープン式典に出られることになって、向こうの支配人と連絡のメールを取り合ってたの、ってどうした?」綾香の憮然とした表情に朱莉が怪訝そうにする。「ん? いや、なんでもない。さっき桐谷先輩たちと出会ったから‥‥」「あー。仕事できるのに、損してるよね、あの人たち。仕事のための能力だけじゃなくて、上にも下にも心地よいコミュニケーションって大事よ。秘書としては」彼女たちはすぐに妬んだり僻んだりする。容姿は整っているし、仕事のスキルもあるのに、なぜ妬む必要があるのか、と綾香は思うが、自分がそんな発言をすれば、余計に火種を作ることもよくわかっているので、心の中で思うだけだ。オフィスのあるビルを出て、通りを少し行くとお気に入りのイタリアンレストランがある。好きなパスタを選んで、飲み物と小さなデザート付きで1000円という、リーズナブルでしかも本格的なお店だ。かなり混むが、回転も早いので、少し待つがちゃんと昼休みの間
last update最終更新日 : 2026-07-14
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7:美しい人
週末、母から連絡があり、久しぶりに兄が実家に帰っているというので、帰省した。「綾香。おかえりなさい。あ、表の門扉しめてくれた? 昨日、メッセージも送ったけど自動開閉が壊れちゃって」「ただいま、内側からロックかけといた。もう、直さなくていいんじゃない? 手動にすれば?」「そういう訳にもいかないわよ。あの扉重たいから、宮島さんには大変なの。明後日には業者が来て具合を見てくれるから」母の後ろから、真っ白な髪をしたエプロン姿の女性が笑顔をのぞかせる。「お嬢様、おかえりなさいませ」「ただいま、宮島さん。ご無沙汰しています。腰の具合はどう? この間送った温熱器具は少しは役に立った?」「えぇ、えぇ、本当にありがとうございました。おかげさまで、ほらこの通り、アイタタ‥‥」我が家に古くから住み込みで働いてくれている宮島さんは、もう80を過ぎている。我が家では、一番の年長者である。自分も兄も宮島さんを本当の祖母のようにして育った。先日、腰を痛めて床から起き上がれなくなった、と母からの連絡にあったので、コリに効くという温熱器具を送ったのだった。「お嬢様、お久しぶりですね」「あ、紫衣さん。ご無沙汰しています」すらりとした長身の女性が、宮島さんの奥からさらに顔を覗かせる。「宮島さんのお手伝いと思って、久しぶりにこちらに寄せていただきました。お会いできてよかった」廉の母である水無瀬紫衣がエプロン姿でダイニングから出て来た。「紫衣さん、私が宮島さんのことをお伝えしたら、すぐに来てくださって。なんだか、私が甘えてしまっているみたいで本当に申し訳ないわ」どうやら、宮島さんの穴を埋めようと家事をしてくれているようだ。「私も、久しぶりにこちらへ寄りたかったんです。最近はメッセージばかりのやり取りで不義理をしておりましたし」「綾香、紫衣さんのお料理教室、すごいのよ。もう、今なんて大人気でなかなか入れないの」彼女は、この家で働いている間に、調理師と栄養士の資格を取り、料理教室を開いたのだった。最初の教室は、綾香の母の教室の空き時間に間借りをしていた。それが今は大人気の教室になり、自立した生活ができている。「お母さんも習いに行けばいいのに。そしたら宮島さんがお休みの日にご飯作れるじゃない?」「‥‥お母さんは、食べるの専門なのよ」昔か
last update最終更新日 : 2026-07-14
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8:想いの行く先
週明けの出社が、これほど気が重いことは。胸の奥のモヤモヤを、どうしたらいいのかわからないまま月曜の朝がきてしまいため息が出る。PCを立ち上げていると、専務室からシャツの首元をあけた姿の廉が出てきた。「おはよう、綾香。今日も早いな」「れ、廉の方がよっぽど早いんじゃない? 何時に来てるの?」「近くのジムで汗を流してから来てるから、7時くらいかな。朝のこの時間だとはかどる仕事もあるしね」「私に、仕事時間外で仕事しちゃダメって言っておいて、矛盾してない?」自分は早く来て仕事をしているくせに、部下にはプライベートを大事にという廉に、ついつい笑いながら突っ込んでしまう。綾香の笑いに、廉が相好を崩して、頭をポンポンと叩いた。「週末に横浜に帰った時に、なんか様子がおかしかったから気になってた。良かった、いつもの綾香だな」この笑顔はずるい。無防備な雰囲気で微笑まれるとカッコよすぎてドキドキしてしまう。目を反らして俯く。「コーヒー淹れましょうか? あ、ご自分で淹れる派でしたね‥‥」廉の指が、綾香の顎に触れて視線を上げさせる。「綾香、また、敬語。別に自分で淹れる派なわけじゃないよ。もし、良かったら淹れて欲しいな」「私、あまり器用じゃないから敬語を使い分けられなくて失礼をしそうなのよ。あまり厳しく言わないで」赤らんだ頬がばれないように、頬のあたりで髪の毛をいじりながら返事をした。脇を通って専務室に入るときに、廉のシャツからフッとボディソープの匂いがして、体のどこかがキュッとしぼられるような感覚に陥る。エスプレッソマシンをセットして、カップにコーヒーを注ぐ。「綾香はいらないの? ラテは? 苦いのはまだ嫌いか?」「別に苦いのは苦手じゃないわよ‥‥でも、じゃぁ、ラテを淹れようかな」廉にカップを渡してもう一度マシンに向き直り、ラテを淹れていると、いつの間にか背後の廉がかなり近づいている。体温のわかりそうな距離で、向き直ったら胸が当たりそうになった。「この間、横浜の家で会った時もすごく距離を感じたけど、綾香、俺に緊張してるの? なんで? 上司になったから?」距離を詰めて顔を寄せて問い詰められる。「き、緊張してるわけじゃないけど‥‥さっきも言ったけど、私、器用じゃないから、仕事中に普段の話し方が出ちゃいそうで」「ふぅん。別に
last update最終更新日 : 2026-07-14
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9:胸に沈む小石
「あ、綾香。こっちに異動してから、全然会ってなかったね」営業部の菱本祐が藤堂課長とともに部屋に入って来た。菱本は、綾香と同期で、次の営業部エースと噂されている。きさくでコミュニケーション力が高く、入社以来、朱莉と同様に仲良くしている。「菱本くん、久しぶり。藤堂課長、申し訳ありません。水無瀬専務は、今、アメリカ支社とのオンライン会議が少し伸びていまして。もう少しお待ちくださいね」「高辻さん。茉莉花のことで色々迷惑をかけてすまないね。茉莉花が、後任が高辻さんで良かったってずっと言ってるんだ。ありがとう」藤堂課長が、申し訳なさそうな表情を向けた。「課長は、今日の御園さんの病院に一緒に行きたかったんですよね。もうちょっと俺が役に立つようになれば、どうぞ任せてくださいって言えるんですけど。さすがに専務に企画を見てもらう初日に、一人は無理で。ホントすいません、課長」「いや、ホントだよ、菱本。次からは俺も必ず茉莉花に付き添う予定だから今後は頼むな」「ふふ、菱本くん、頑張って。営業部のエースだもんね」「任せとけよ、綾香。俺がチーム藤堂をさらに盛り上げるからな」三人で笑い合っていると、専務室の扉が開き廉が出てきた。廉の表情が少し厳しい。アメリカ支社との話で何か不都合があったのだろうか。「やぁ、すまない、藤堂さん。お待たせしました。どうぞ」藤堂課長たちが、部屋に入って行ってしばらくすると、今度は、最上エリカがやって来た。「ごめんなさい。予定よりかなり早いのはわかっているのだけど、同行のコーディネーターが先に広報の担当者と話をしたいらしくて、そっちに行ってしまったの。少しここで待たせていただいてもいいかしら」先日、会った時と変わらず隙の無いスーツ姿で、洗練されたメイクは非の打ちどころがない。天はどうして人に二物も三物も与えてしまうのか。「もちろんです。どうぞ、こちらのソファでお待ちください」ソファに腰かけると、エリカは、綾香の方を見てそわそわとしている。どうやら話がしたいようだ。目が合うと、嬉し気に口火を切った。「この間はご自宅に急にお邪魔して、大変失礼しました。とても楽しかったわ」「はい、私も兄のアメリカ時代の話が聞けてとても楽しかったです」「ね、これからもプライベートでお会いする機会が増えると思うの。もし、あ
last update最終更新日 : 2026-07-14
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10:揺らぐ思い
その日の夜遅く。専務室から打ち合わせを終えたエリアマネージャーたちが出て来る。そのうしろから、廉が姿を見せて一言二言労いの言葉をかけていた。去っていく人たちに礼をしたあと、顔を上げると廉がじっと見つめていた。「綾香、今日の予定はこれで終了だな。この後、何かあるか?」「いえ、専務、今日はこの後の打ち合わせは入っておりません」「そうじゃないよ。綾香の予定はどうなんだ?」「私の? いえ、特に何の予定もありませんが‥‥」「そうか、じゃあ一緒に食事にいかないか」「え、専務とですか?」廉が腕の時計に目をやる。「もう、すでに本来の就業時間から2時間の残業だ。仕事は終わりにしよう。せっかく会食のない夜だし、俺もゆっくり旨い物を食べたいんだ。一人じゃ寂しいし、一緒に行ってくれないか?」「い、いいですけど。エリカさんは? 一緒に食事に行かないんですか?」「エリカ? エリカは、例のコーディネーターと広告代理店との会食があるって言ってたな」そうか、忙しいビジネスマン同士が付き合うとなかなか予定も合わないだろう。エリカが廉の近くに来たいと思うのも納得だ。忙しくても近くに居れば少しでも会うことができる。昼間見た、あの愛しい人を思う表情が脳裏に浮かんだ。廉は、あんな素敵な人と付き合っているのだ。あんな美人が相手では、自分など到底太刀打ちできない。もともと低い自己肯定感が地べたを張っている。「綾香、どうした? 何か残っている仕事があるのか?」いつの間にか黙り込んだ自分の正面で、廉が顔を覗き込んでいた。「いえ、はい、では、ご一緒させていただきます」その返事に廉が笑顔を見せる。昔から私はこの笑顔にやられっぱなしだ。◇◇◇廉が離れに越してきた頃、子どもたちに彼ら親子の離婚に関するた面倒ごとを悟らせまいと、廉と兄、そして綾香を連れて、母は週末になるたびにあちこちに遊びに連れて行ってくれた。熱海や箱根のグループホテルに泊まり一日プールで遊んだり、一棟貸しのコテージに泊まって3人で夜の森を散策したり。廉は、自分たち3人の中で長兄のような存在だった。でも、綾香は廉を兄のように思ったことはない。初めて廉の家で彼に会った時から、廉は自分にとっての憧れで、いつだって手の届かない恋焦がれる存在だったからだ。中学受験が終わり、解放感でウキウキしていた3月、平和で暇
last update最終更新日 : 2026-07-14
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