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第6話

Penulis: 無名
目が覚めると、またあの救急の医師がいた。

「先生。私の手は、大丈夫でしょうか?」

点滴を調整していた医師は、マスクから覗く目元に困ったような表情を浮かべた。

「北条さん。あなたのその手、絶対に無理はしないでくださいと、お伝えしましたよね……」

そう言って、医師はため息をつく。

「傷口に刺激物が塗られていたみたいで、ひどく腫れてしまっていました。その上今回の事故の衝撃で骨もずれてしまいました……もう、完全に治るのは難しいでしょう」

真奈美は呆然と医師を見ていたが、やがて布団に潜り込み、体が震えるほど泣きじゃくった。

どう声をかければいいか分からなかった医師は、一言そっと声をかけた。「ですが北条さん、悪い知らせだけじゃありません。幸い、お腹の赤ちゃんは……この事故でも無事でしたよ」

この救急の担当医は、真奈美がその子を産むつもりがないことを知らなかった。

真奈美はお腹に手を当てた。ここには、自分と翔太の小さな命が宿っている。

でも、それはもう真奈美が望んでいたものではない。

もし選べたのなら、傷一つなかった元の右手のほうが欲しかった。

たとえ翔太がそばにいなくても、自分の夢を追い続けたかったのだ。

看護師が食事を運んできたが、真奈美は全く食欲がなかった。

「北条さん、ちゃんと食べないと。回復する力も出ませんよ」と医師が声をかける。

真奈美は医師の気遣いを無下にできず、仕方なくスープを一口すすった。

「このスープ、塩が入ってないんですか?」真奈美は首をかしげる。

看護師はきょとんとして、「薄味ですけど、味がしないなんてことはないと思いますよ」と答えた。

真奈美は、頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。

慌てておかずを口に運んでみたが、何を食べても砂を噛むようで、まったく味がしなかった。

味覚が無くなっている!

真奈美は、助けを求めるように医師の腕をつかみ、しどろもどろに訴えた。

「私、味が……味がしないんです!でも、私はシェフなんです。だから、味がしないなんてだめなんです……」

医師は急いで、もう一度検査を手配した。

「北条さん、おそらく今回の事故の衝撃で神経に影響が出たのでしょう。一時的に、味覚が失われている状態です」

真奈美は口を開きかけたが、言葉をのみ込み、こみ上げる涙を必死にこらえた。

「じゃあ、いつになったら治るんですか?」

「数日かもしれませんし、もしかしたら何年もかかるかもしれません。あるいは……」

医師はそこから先を口にしなかった。でも真奈美には、その言葉の続きが分かってしまった――もしかしたら、一生治らないのかもしれない、と。

いったい、誰を責めればいいのだろう。

恵が現れたとき、彼女を追い払わなかった自分を責めるべき?

それとも、生死をさまよう瀬戸際で、翔太が自分を見捨てて恵を選んだこと?

その瞬間, 真奈美は藁にもすがる思いで、医師にすがりつくと、早口で尋ねた。「私が入院する前に、同じ事故に遭った女の人が運ばれてきませんでしたか?30歳くらいの男性が付き添っていたはずなんですが」

医師は頷く。「ええ。そのお二人は、最上階の特別病室にいらっしゃいますよ」

真奈美はふらつく足で病院の最上階まで駆け上がると、特別病室の前でタバコを吸う翔太の姿を見つけた。

「翔太、お願い!あなたなら、いい医師を知ってるでしょ。助けて。私の手……それに味覚も、なくなっちゃったの」

翔太から漂うタバコの臭いと、知らない女物の香水の匂いで眩暈がする。

でも、翔太が最後の希望だった。彼に縋るしかない。

翔太はわずかに眉をひそめた。「味覚が、どうかしたのか?」

真奈美は唇を震わせながら、さっきの医師の説明を繰り返した。しかし、彼の眉間の皺が深くなっていくのには気づかなかった。

手を怪我して、味覚まで失った。そんなシェフを雇うホテルなんて、どこにあるというのか?

そのうえ、女としても子どもも産めない体……

昔の真奈美は明るくて芯が強かった。自分が同業者にバカにされれば新しいメニューで客を呼び戻し、大きな宴会も完璧にこなして、いつも自分を安心させてくれた。

自分を愛し、すべてを受け入れ、わがままさえも聞いてくれた。

だから翔太は、目の前で青白い顔に髪を乱し、ヒステリックになっているこの女を見たくなかった。

これは、彼が知っている、好きだった頃の真奈美ではなかったから。

病室から恵の苦しそうな声が聞こえてきて、翔太は真奈美の話を最後まで聞く気にもなれなかった。

「翔太さん、どこにいるの?」

「ここにいるよ」

翔太は、自分にすがりつく真奈美の手を振り払った。

「話は後にしてくれ。先に恵の様子を見てくるから」
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