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第0300話

Author: 十六子
瑠璃は隼人と共に車を走らせ、四月山に到着した。

薄暮が沈む秋の黄昏、どこか寂しげな空気が漂う中、潮の香りを含んだ風がそっと吹き抜けた。

それは記憶の中の匂い――

けれど、目の前のクスノキは昔と変わらずそこに立っているのに、かつての面影を残す人はもういない。

前回、隼人が蛍をここに連れて来たのを見てから、瑠璃はここを嫌いになった。

彼女は覚えていた。蛍が隼人に言った言葉。その言葉の中で、蛍と隼人の幼少期の出会いが、まるで自分と隼人が出会った頃のことと非常に似ていると感じた。

これは偶然か、それとも運命のいたずらか。

彼女は考えながら、ふと横を向いて隼人が一本の赤ワインを開けようとしているのを見た。

「どうしたの?急に気分が悪くなったのかしら?こんな遠くまで来て、何か特別なことがあるの?」

瑠璃は彼に向かって歩み寄り、疑問の口調で言った。

「まさかここは、あなたと四宮さんの思い出の場所なの?」

その瞬間、瓶の栓が「ポン」と音を立てて外れた。

隼人は瑠璃の流れるような美しい瞳と視線を交わし、セクシーな唇をわずかに歪ませた。その薄い笑みが、夕焼けのオレンジ色の光に照らされ、どこか妖しく魅力的に見えた。

「もし、最も大切にしているものを誰かに捨てられたら、君はどう思う?」

「最も大切なもの?」

瑠璃は興味深そうに隼人を見つめた。

「それは何なの?」

彼女が尋ねると、隼人はただ神秘的に唇を上げて微笑み返した。

そして、車の中から二つのグラスを取り出すと、ワインを注ぎ、ひとつを瑠璃に手渡した。

「一緒に飲まないか?」

彼の低く、少し強引な声が響く。その瞳は、何とも言えない曖昧さを湛えていた。

瑠璃はそのグラスを受け取り、迷うことなく一気に飲み干した。

以前はできなかったことも、今ではほとんどすべてできるようになっていた。飲酒も、それほど難しくなくなっていた。

隼人は彼女を見つめ、その目には少しばかりの感心が浮かんでいた。

彼女の後ろに広がる夕焼けはとても美しく、その光が彼女の白く繊細な顔に薄紅を帯びさせ、彼女の美しい顔にさらに一層の魅力を加えていた。

「82年のラフィ、目黒さんは本当に気前がいいね」瑠璃は優雅にグラスを回し、ワインの赤い液体が夕日の下で柔らかな光を放ったのを見つめながら言った。

「それでは、教えてくれない?どうし
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