捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!

捨てられ妻となったので『偽装結婚』始めましたが、なぜか契約夫に溺愛されています!

last updateDernière mise à jour : 2025-12-04
Par:  さぶれ-SABURE-Complété
Langue: Japanese
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※毎朝7時更新※ 離婚直後、心も財布もボロボロのOL・中原ひかりは、冷徹で完璧主義な上司・御門蓮司から「形式だけの契約結婚」を持ちかけられる。 「俺と結婚してほしい。契約期間は1年、報酬は1,000万円」 蓮司の目的は会長命令で無理やり進められた政略結婚を回避するための“偽装婚”だった。 夫の借金を返すため、貯金を使い果たしたひかりは現在、無一文。 背に腹は代えられず、契約の条件に「恋愛関係は禁止」「プライベート干渉ナシ」と付け加え、冷静に“契約結婚”を受け入れる。 いざ新婚生活が始まると冷徹無表情だった彼が少しずつ“夫の顔”を見せ始める。そこに蓮司の婚約者を名乗る女や、ひかりの元夫までもが登場し、波乱が訪れて――?

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Chapitre 1

01

――離婚届って、こんなに軽いんだっけ。

 ペラリとした一枚の紙。緑色の淵で彩られた用紙を、私は区役所の窓口に差し出した。 

 記入漏れも修正印もない。事前に全てチェック済のものだから、問題は無いと思う。

 ふたりで出さないといけないのかと思いきや、夫――いや、正確には【元】夫は欠席だった。定職も就いていないくせに、最後の最後まで逃げて終わった。私の前に姿を見せることなく、予めサインだけ済ませた書類を郵送してきたのだ。あいつは浮気しただけじゃなく、借金までして貯金を食いつぶし、挙句、愛人を妊娠させて私の前からドロン(逃げた)した。

「……これで、終わり、か」

 無意識に漏れた声が書類を受け取った窓口の職員に聞こえたらしく、軽く頷かれた。

「お疲れさまでした」

 まるで区役所を出るときの「よい一日を」くらいのテンションで言われ、私は無言でその場を後にした。

 これで、私、山川ひかり(30)――は、旧姓の中原ひかりに逆戻りし、おひとりさまとなった。

 たった2年の結婚生活にピリオドが打たれた。

 東京の空は晴れている。見上げると憎らしいくらい青かった。だけど胸の内はどんよりと曇っていた。

 ※

「おい、資料はもう送ったのか?」

 声が飛んできたのは、社内で“氷の上司”と噂される本部長――御門蓮司(みかどれんじ)・御年35歳のデスクからだった。

 シゴデキ、ルックス良し、愛想ナシの行き遅れ男。仕事は早く無駄が一切ない。この人のプライベートに関わる女性は、さぞ完璧を求められて大変だと察するに余る。

 私は椅子から立ち上がり、資料の束を胸に抱えて歩み寄る。

「はい。クライアントには先ほどメールで……」

 言い終える前に、彼の視線が私のミスを見つける。彼は一瞥するだけで、間違いを指摘してきた。

「この数値、前回の資料とズレてる。確認したのか?」

「あ……すみません。修正して再送します」

「すみませんで済むなら営業は要らない。次はないと思え」

 怒鳴らないが痛いところを静かに突く。淡々と、鋭く、冷たい。でもそれが彼のいつものスタイル。

 そして部下にとって、なによりも厳しいのは――期待されていない事実だった。

 御門本部長に褒められる部下を、私は見たことがない。

 むしろ、彼の信頼を勝ち取った人間がいるのかすら謎だ。

 私は静かに席に戻り、震える指で修正作業に取りかかった。

 離婚しても会社には来なきゃいけないし、仕事が終わるわけでもない。私の中ではとてつもない決断を下し、旧姓にまで戻り、戸籍が変わった記念すべき日だというのに、周りは通常運転だ。今日くらいミスしてもいいだろう、なんてことにはならない。

(……仕事くらい、ちゃんとやらなきゃ)

 家庭も、愛も、お金も、全て失ったのだから。

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清美
清美
ひかりと蓮二 二人の幸せを分けてもらえて嬉しい この後Baby誕生後の二人も覗いてみたくなる
2026-04-02 15:23:26
0
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智恵子谷
智恵子谷
離婚直後からの、まさかの再婚! 面白くて毎日の更新楽しみにしてます...
2025-11-02 09:38:48
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01
――離婚届って、こんなに軽いんだっけ。 ペラリとした一枚の紙。緑色の淵で彩られた用紙を、私は区役所の窓口に差し出した。  記入漏れも修正印もない。事前に全てチェック済のものだから、問題は無いと思う。 ふたりで出さないといけないのかと思いきや、夫――いや、正確には【元】夫は欠席だった。定職も就いていないくせに、最後の最後まで逃げて終わった。私の前に姿を見せることなく、予めサインだけ済ませた書類を郵送してきたのだ。あいつは浮気しただけじゃなく、借金までして貯金を食いつぶし、挙句、愛人を妊娠させて私の前からドロン(逃げた)した。「……これで、終わり、か」 無意識に漏れた声が書類を受け取った窓口の職員に聞こえたらしく、軽く頷かれた。「お疲れさまでした」 まるで区役所を出るときの「よい一日を」くらいのテンションで言われ、私は無言でその場を後にした。 これで、私、山川ひかり(30)――は、旧姓の中原ひかりに逆戻りし、おひとりさまとなった。 たった2年の結婚生活にピリオドが打たれた。 東京の空は晴れている。見上げると憎らしいくらい青かった。だけど胸の内はどんよりと曇っていた。 ※「おい、資料はもう送ったのか?」 声が飛んできたのは、社内で“氷の上司”と噂される本部長――御門蓮司(みかどれんじ)・御年35歳のデスクからだった。 シゴデキ、ルックス良し、愛想ナシの行き遅れ男。仕事は早く無駄が一切ない。この人のプライベートに関わる女性は、さぞ完璧を求められて大変だと察するに余る。  私は椅子から立ち上がり、資料の束を胸に抱えて歩み寄る。「はい。クライアントには先ほどメールで……」 言い終える前に、彼の視線が私のミスを見つける。彼は一瞥するだけで、間違いを指摘してきた。「この数値、前回の資料とズレてる。確認したのか?」「あ……すみません。修正して再送します」「すみませんで済むなら営業は要らない。次はないと思え」 怒鳴らないが痛いところを静かに突く。淡々と、鋭く、冷たい。でもそれが彼のいつものスタイル。 そして部下にとって、なによりも厳しいのは――期待されていない事実だった。 御門本部長に褒められる部下を、私は見たことがない。  むしろ、彼の信頼を勝ち取った人間がいるのかすら謎だ。 私は静かに席に戻り、震える指で修正作業に取りかかった。
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02
 夜――。 残業の空気が、部の中を重く満たしていた。 今日はどうにも集中できなかった。  資料整理に追われていたが、何度見直しても数字が頭に入ってこない。  ミスをしたせいもあるし、なにより――離婚した翌日に、通常運転で仕事をしている自分にも、やりきれなさを感じていた。(いつもみたいに処理できない……) 他人には言えない。言いたくもない。  でも、心の中だけでは何度も繰り返してしまう。「離婚したんだよ、私……」 目の奥がじんわりと重たくなった頃、ようやく最低限の仕事を終えた。(お疲れ様、私。今日はよく頑張った) 誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めると言う虚しい行為をしながらロッカー室へ向かう。  あとは荷物をまとめて帰るだけ。そして、最低最悪な今日という日を終わらせよう。そう思っていたのに――「中原」 背後から呼び止められた名前に、びくりと肩が跳ねた。 振り返ると、そこに立っていたのは御門本部長だった。「……はい?」 緊張で背筋が伸びる。やだよやだよ、今さら追加残業なんて~っ!「5分、時間をくれ。休憩室で話そう」 淡々とした口調でそう言い残し、彼は何の説明もなく歩き去った。(え……マジなの?) 御門本部長が、私に直接“休憩室”を指定するなんて。  怖い。絶対怖い。もしや、なにかの通告?  今日ミスしたし、怒られる? もしかして解雇? いや、それは困る!!「……今日はこのまま帰りたかったのに……」 小声でぼやきながら、私は肩を落として休憩室へと足を向けた。  これも残業代に入れてほしい。――なんて。切実すぎる…。 終業後の休憩室は、空気がひんやりしていた。  窓の外ではオフィスビル群の灯りがちらちらと瞬いていて、その景色がなんだか他人事のように見えた。(誰もいない……当然か) 薄暗い照明の中、私は深くため息をつく。仕事を辞めてくれと言われた時のシミュレーションが頭によぎる。 離婚したばかり。  元ダンナの残した借金のせいで貯金ゼロ。  もし今、仕事まで失ったら――どうやって生きていけばいいの、と泣き落とし――これしかない! 扉が開く音がして、御門が入ってきた。呼び出しておいて私より後から来るなんて、と文句のひとつもぶつけてやりたい。「来ました……お話って、なんでしょうか?」 彼は無言のまま、
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03
「実は祖父――会長命令で政略結婚をさせられそうになっている。だが、俺はその相手と結婚する気はない」 政略結婚? そんな言葉、現実に存在してるの? それとも時代がおかしいの?  ここは昭和?「だから私と結婚するっていうのは、どうかと思いますが…それに、そんなことで諦めてもらえるものでしょうか?」「既婚者になっておけば、形式的に断れるから。だから俺は契約結婚を望んでいる」「そ、それだけで部下の人生を巻き込まないでくださいッ。実際に結婚するなんて――」 私の台詞を遮って彼は言った。「報酬は、契約満了時に1,000万円」 その金額に、私は言葉を失った。(いっせんまん……!?) 貯金ゼロどころかマイナス。今月中には今のマンションを出ないといけない。引っ越し先なんてもちろんまだ決まってない。  元夫が残した保証人の署名や、支払い催促の通知がある状態。 そんな私にとってこの提案は、あまりにも、あまりにも魅力的だった。 今の一言で、完全に私の心は魅惑の1000万円に傾いてしまった。 ほんとうに、人生はなにが起こるかわからない。  まさか今日――離婚届を提出したその日に、別の結婚を提案されるなんて。しかも、契約結婚。上司から。(夢かと思いたい……でも、妙にリアル) 御門本部長は真剣そのものだった。それだけは表情からはっきり伝わっていた。 私の人生、どうなるの? このまま、契約書にサインなんてして、いいの……? とりあえず契約についてすり合わせてみよう。あと、こちらの意向もしっかり伝えておかなきゃ。「本部長だから言いますが、私の元夫は、人間としてサイテーな男でした。しかし口がうまい男なので、結婚前に騙されたのです。見る目がなかった自分にも落ち度はありますが、借金作って愛人孕ませた挙句、私から逃げましたから。とんでもない男でしょう?」「それがどうした」 私は言葉を失った。まさかそんな言葉が返って来るとは思わなかったから…。「君の元夫について、俺がどうこう言えるものではない」「そうですね。失礼しました」 本部長はこういう男だった。結婚を持ち出されて忘れていた。完全合理主義、他人には一切興味ナシ。「ええと…そんなヤツのせいで、必死に蓄えていた貯金も底を尽きましたから、実のところお金には困っています。なので、本部長の提案はものすごくありがた
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04
 翌朝。  私は出社した瞬間からもう緊張していた。(昨日の……あれは、夢じゃないよね?) あの御門本部長が、淡々と“結婚しよう”なんて言ったこと――報酬1,000万円を餌に私に取引持ち掛けてきたこと。そして私はその申し出に、まさかの「検討します」と答えてしまったこと。 “検討”って言葉って、便利だけど地獄だ。  脳内では1000万と自由が常にせめぎあい、結果ほとんど眠れなかった。夢であってほしいが、1,000万円は欲しい。 そんな中、パソコンを立ち上げてすぐにメールが届いた。  差出人は――御門蓮司。 件名:【私案】契約の件について  添付:契約条件書案.p*f(……本当に送ってきた!) 冷静すぎて、逆に怖い。しかもPDFファイルって…業務事項か!  開いてみると、添付ファイルにはこうあった。【結婚契約書案(ドラフト)】 本契約は中原ひかり(以下、甲)と御門蓮司(以下、乙)による、形式的な婚姻関係の締結を目的とする。 契約期間は原則1年間。延長・短縮については協議のうえ決定。 甲は乙と婚姻届を提出し、乙の指定する住居にて生活を共にするものとする。 生活費および住居費は乙が全額負担。甲の給与は必要に応じて別途支給。 甲乙間における身体的接触、恋愛関係の強制は一切なし。 ただし、外部に対しては“良好な夫婦”としてふるまうこと。 契約満了時(期間は契約日時より1年後)、甲には報酬として金1,000万円を支払う。 ……なにこれ、しかもドラフトって、どこまで仕事にしているのよ。仮にも結婚するんだよ?  しかも「身体的接触なし」って、そこはハッキリさせるんだ……。(っていうか、この内容……悪くない。むしろ、ありがたいくらいじゃ……) 思わず読み返すたび、昨日の現実がじわじわと迫ってくる。 気がつくと、お昼前に「会議室Cへ」と社内チャットが届いた。  発信者:御門蓮司。(……行きますけどね!?) 会議室のドアを開けると、本部長は書類を整理していた。「来たか」「あの……契約書、拝見しました」「修正したい箇所は?」「……えっと、身体的接触の項目に“なし”って、ありましたよね」「不服か?」「不服というより、なんかこう……はっきり書かれると逆に恥ずかしいというか……」「問題はない。君が“不安”に思うようなことは一切しな
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05
「了解」 本部長は一枚の紙をスッと差し出した。「これが婚姻届だ。名前だけ書いてくれればいい。提出は今週土曜を予定している」「今週……!?」 離婚して、結婚して、それでご挨拶するなんて――「祖父――会長に妻を見せなくてはならない。だから君が引き受けてくれて助かったよ」 その瞬間、急に現実味が押し寄せてきた。「本当にやるんですね……私たち、“夫婦”になるんですね」「形式だけだ。お互いの人生に踏み込むつもりはない」 私は、紙を見つめたまま笑った。「不思議ですね。“愛”が無くても夫婦になれるなんて」「感情は不確実だ。だが、信頼と利益は計算できる」(やっぱりこの人、どこまでも合理主義)「中原こそこんな突飛な提案をすぐ了承するなんて、切羽詰まっている証拠だろう」「…誰でもよかったってことですか?」「勘違いするな。精査した結果、君を選んだ。昨日も言っただろう。中原のことは信頼している」 その言葉にドキっとする。「じゃあ、すぐにでも引っ越しの手続きを進めようか。業者はこちらで用意するから」「でも荷造りなんかまだしていませんが…」「業者にさせるから問題ない。部屋はすでに用意して整えてあるから心配するな。数日分の着替えを持って、うちに来てくれたらいい。今日から早速帰ってきてくれ」 住所のメモとカードキーを渡された。彼は合理主義だけでなく、どこまでも用意周到な男だった。 ※「え、ひかり。結婚って、あんた、昨日離婚したばっかりでしょ!?」「うん、そう。……でも、今回はちょっと事情があって」 その日、マンションに戻って私は実家の母に電話をかけた。本当に結婚するので、報告はしておかなきゃいけないと思ってのことだ。昔は離婚してから女性側は再婚するまで時間が必要だったけれど、今は法律が変わって自由に結婚できる制度になっている。だからこんな荒業ができるんだけどね。「その事情ってなによ」 母の刺々しい声が聞こえた。言葉に詰まってしまう。「そ、それはいろいろあるの! それより、今度の人は職場の上司なの。わ、私が…苦しかった時、ずっと支えてくれた人で。ちゃんと責任を取るって言ってくれてる。私が離婚するのを待っていてくれたの」 1,000万円で引き受けた契約婚とか言ったら、真面目な母は倒れてしまうだろう。もっともらしい言い訳を本部長の方が考えてくれたので、
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06
 あれから荷物を詰め、本部長に言われた通り、数日分の着替えを詰め込んでタクシーに乗り込んだ。 住所は都心の一等地になっている。一生無縁の世界だと思っていたのに、まさかそこに1年限定とはいえ、住むことになるなんて。 到着した先は、都心のタワーマンションだった。  石造りの外観に大理石の床、ガラス張りのエントランス。  自動ドアが静かに開くと、奥にはホテルのようなロビーと、スーツ姿のコンシェルジュが控えていた。(……ここよね?) 足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。空気がまるで違う。  柔らかな照明、磨き上げられたフロア。靴音さえ吸い込まれそうな静けさが、圧を持って体を包む。 エントランスの天井は高く、吹き抜けの窓からは東京の空が切り取られて見える。  壁際には革張りのソファが並び、観葉植物でさえどこか特別なものに見えた。 オートロックの先には居住者専用のカードキーをかざさなければ入れないゲートがある。昼間に本部長が私に渡してくれたカードキーを使うのだろう。(……本当にここに住むの? この私が?) 胸の奥で不安が波打った。  まるで“選ばれた人”しか入れない場所に、誤って足を踏み入れてしまったような錯覚。 こんな場所、テレビや雑誌の中でしか見たことがない。  まるで豪華絢爛なホテルじゃない。そんな場所が今日から“自宅”になるなんて! 「おかえりなさいませ」  コンシェルジュがまるでロボットのような正確な動きでお辞儀をし、私に挨拶をしてくれた。どうも、という言葉でさえうまく発音できず、急いで私はその場を立ち去る。ぜったい怪しいヤツに認定されただろうなぁ。もう…。  エレベーターに乗り込み、指定されたフロアで降りた。  静まり返った廊下、マットなグレーの扉、セキュリティ付きのドアホン。  どこまでも完璧に整えられていて、それが逆に冷たく感じられた。(……私、ここで生きていけるのかな) 手にし
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07
「次は水回りだ」 本部長が廊下の反対側にある扉を開けると、そこにはまるで高級ホテルのような空間があった。「バスルームとトイレだ。掃除は業者が週1で入るが、気になるならそのときだけ立ち会ってくれ」 広々とした洗面カウンターに、大きな鏡。  壁付けの照明が淡く灯り、バスタブはジャグジー付き。  香水のようなアロマの香りが微かに漂い、バスタオルはふかふかに整えられていた。(こんなところで毎晩お風呂に入るの?)「こっちが書斎だ」 次に案内された部屋は落ち着いた木目調の壁に囲まれた、静謐な空間だった。 本棚には資料が整然と並び、黒革のチェアと大理石のデスク、デュアルモニターのPC。  見ただけで“仕事のできる男の城”とわかる。「ここは俺専用だ。必要でない限りは立ち入らないで欲しい」「はい……」 場違いすぎてここには一生入れない気がした。続いて案内されたのは寝室。「ここは俺の部屋。君が入る必要はない」 と言いながらも一応部屋を見せてくれた。  本部長の部屋は、大きなクイーンサイズのベッドに遮光カーテン。  無駄なものはなにひとつなく、寝るためだけに存在しているような完璧な部屋。 私は喉の奥に言葉を詰まらせた。(逆に安心したかも。入ってこないでって線引きがある方が、気が楽)「最後が、君の部屋だ」 案内されたドアを開けると、そこには明るい色合いの、ほっとする空間があった。 白とベージュを基調にした、やわらかな雰囲気の6畳ほどの部屋。  ベッド、シンプルなデスク、チェストに加えて、カーテンには淡いピンクとグレーの柄があしらわれている。「インテリアは女性向けに合わせたつもりだ。もし好みに合わないなら変更してもいい」「……いえ。充分すぎるくらいです」 コンパクトで落ち着くこの空間に、私はようやく少しだけ呼吸を整えることができた。 ここが、今日からの“わたしの居場所”。(いよいよ同居生活、始まるんだ……) 改めて思うと胃がキュッと縮まる。もちろん“形式だけ”の契約結婚。明日、仕事の前に婚姻届けを出しに行くし、自分で決めたことだけど…。ただ紙の上だけの関係で終わるならよかったんだけど、まさか本部長と同居するなんて。 だって、朝起きて顔を合わせて、仕事も一緒、家に帰っても一緒。夫婦でも恋人でもない男性と同じ屋根の下で1年間過ごす――思
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08
 「あの、本部長。夕飯はもう食べましたか?」 一応聞いてみる。「いや、まだ」 でしょうね。「ご飯はどういう風にすればいいでしょうか?」「自由だ。俺のことは気にしなくていい」「本部長はなにも召し上がらないのですか?」「夜は基本食べないな。欲しいとも思わないし」 …大丈夫なの、このひと。ちょっとなにか食べさせよう。  主婦やっていたので、夜を食べずに働き蟻のように仕事ばかりしている本部長の栄養管理が心配になった。「じゃあ、遠慮なくキッチンお借りしますね」 (持ってきた食材で、なんとか簡単な夜ご飯、作ってみよう)  キッチンに立ち、棚を開けてみると、未使用の鍋とフライパンが目についた。  前のマンションはガスだったけれど、ここはIHコンロでお洒落。 スイッチをつけた瞬間、ピ、と電子音が鳴り、あまりのハイテクぶりに軽く「おおっ」と驚いてしまう田舎者みたいな動きをしてしまった。ガスしか使ったことないので、IH器具は初めてだ。うまく作れるかな? とりあえずご飯を炊こう。わ。炊飯器もなんかお洒落。でも、ぜんぜん使った形跡ないよコレ…。 部長の家でどうなるかわからなかったから、着替えと一緒に家にあった食材やお米、ちょっとした調味料を持ってきておいてよかった。ご飯食べなきゃパワーでないよ。  手際よくご飯を炊いて、あれこれ料理した。作ったのは―― 中華わかめスープ(インスタント・家にあったやつの残り)  海鮮チャーハン(時短で作った・ありあわせの調味料)  卵とツナのだし巻き風オムレツ(卵も家にあったやつ)  こんなものしか作れなかった。 器は真っ白な陶器。お洒落だわ~。家の100円均―ショップで揃えたお皿や近所の量販店で買った食器とは違う。多分お値段めちゃ高なんだろうな。料理がとても映えた。 テーブルに並べていると、背後で声が
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09
「中原。これから契約とはいえ、夫婦となるんだ。名前で呼んでもいいか? もちろん会社では今まで通り接する。結婚したということもない。お前も黙っておいてくれ」「承知しています」「敬語もいらん。ここでは台頭だ。上司でも部下でもなんでもない。ただの契約上、一年間だけの夫婦を演じる男と女だ」 言い方…。「まあ、そうですね。では、私は本部長のことはなんとお呼びしたらよろしいでしょうか?」「呼びやすい言い方で構わない」 そう言われてもいきなりは難しい…。私は戸惑ってしまった。今までずっと“本部長”と呼んできた相手を、急に名前で呼ぶなんて。そもそも下の名前を知らないし…。ええと、契約書類で見た気もするけど、名前なんだったかな?「あの…本部長、じゃなくて…御門さんの下のお名前をお伺いしてもいいですか?」 意を決して聞いてみる。呼び方を変えるにも、まず名前が分からないと話にならない。「蓮司(れんじ)だ」 簡潔に彼は自分の名前を告げた。蓮司…さん。頭の中で繰り返し、その音の響きを確かめる。ふと目の前を見ると、御門本部長…じゃなくて御門蓮司さんがこちらをまっすぐ見ていた。「……じゃあ、蓮司…さん?」 試しに口に出す。しかし長年上司として接してきた人の名前を呼び捨てにするのは抵抗があって、思わず「さん」付けにしてしまう。私の遠慮がちの声に、御門さんは小さく首を振った。「“さん”はいらない。夫婦という設定なんだ」「え、でも…」「ここでは対等だと言っただろう?」 静かながらも有無を言わせない声でそう言われ、私は思わず「はい」と返事をしてしまった。 対等…そうだった、この家の中では上下関係はなし。契約上とはいえ夫婦として過ごすのだから、もっと砕けた呼び方で構わないということか。うう、慣れないよ…。心の中で渦巻く緊張を押し込め、もう一度挑戦する。 「…じゃ、じゃあ…蓮司…」  名前だけを呼ぶと、途端に気恥ずかしさが込み上げてきて、声が尻すぼみに
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 なんだか不思議な光景だ。会社では私の報告に的確な指示を飛ばす本部長が、今はキッチンで私と並んで皿を拭いている。スーツ姿ではなく私服で、表情も穏やかだ。こんな姿、社内の誰も想像できないだろうな…。「ひかり。夕飯、ごちそうさまでした」 ふいに彼が口を開いた。私は慌てて「いえ、こちらこそ食べていただいて…」と言葉を返す。すると彼は僅かに眉を上げて、「君は料理が上手いんだな」とぽつりと漏らした。「え…? あ、ありがとうございます。主婦をしていた時期が長かったので…手際だけはいいんです」 突然の誉め言葉に戸惑ってしまい、私は照れ隠しに笑って答えた。こんな風に素直に褒められるなんて思っていなかったから、意外だった。蓮司は「そうか」と静かに頷き、拭き終わった皿を元の場所にしまってくれた。「片付けはこれで終わりか?」「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」 すっかり綺麗になったキッチンを見回し、私は満足して水滴を拭い取る。彼は軽く頷くと、ゆっくり休んでくれ、と言ってくれた。「足りないものがあれば言ってくれ」「はい、大丈夫です…十分すぎます。本当にありがとうございます」 私はぺこりと頭を下げた。蓮司は部屋を一瞥すると、「そうか」とだけ言ってドアの方へ向き直る。「俺は寝室にいるから、用があればノックしてくれればいい」「わかりました」「それと…鍵だが」 鍵? 私は顔を上げた。彼はドアノブのところにある鍵穴を指して見せた。「君に割り当てた部屋には内側から鍵が掛かる。不安なら使ってくれて構わない」「あ…」 一瞬何のことか理解できず、それからハッとした。不安なら鍵を掛けてもいい、とわざわざ断るということは…つまり、私が男である彼と一つ屋根の下で夜を過ごすことに警戒しているかもしれない、と気遣ってくれたのだろう。恥ずかしさと申し訳なさで胸がいっぱいになる。「だ、大丈夫です! 契約書にも”甲乙間における身体的接触、恋愛関係の強制は一切なし”と書いていますから!」 私は慌
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