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第0522話

Author: 十六子
「礼なんていらない。もともと両親のものを取り戻せたのは、君のおかげよ」

その一言が耳に入った瞬間、瑠璃はまるで自分が大きな罪を背負っているかのような気持ちに襲われた。

生きて戻ってこられたのは確かに復讐のためだった。

隼人がすべてを失い、みじめな姿になったのを見て、確かに胸はすっとした。けれど、復讐の火が祖父にまで及ぶことだけは、どうしても望めなかった。

瞬が去った後、瑠璃は隼人に電話をかけた。

彼女からの連絡に隼人は驚いた様子だったが、結局は時間通りに指定された場所に姿を現した。

合流した後、隼人の運転で一台の車が向かった先は、とある老人ホームだった。

「おじいさま、今ここに住んでるの?」瑠璃は受け入れがたい思いで尋ねた。

「環境も設備も整ってるよ」隼人は前を歩きながら答えた。

だが瑠璃は知っていた。どれだけ快適な場所に住み、美味しい食事があっても、年老いた人にとっては、そばに子や孫といった家族がいることに勝るものはないのだと。

おじいさまに残された人生をここで一人過ごさせるなんて、瑠璃には耐えがたかった。

「瞬が、おじいさまに目黒家の本宅を返すって約束してくれたの」

隼人はどこか意味深な笑みを浮かべた。

「本気であいつがそれをするって思ってるのか?千璃ちゃん、まだ少し甘いな」

「……」瑠璃は不満げに隼人を睨み返し、何か言いかけたが、その時、少し離れた中庭で運動をしている祖父の姿が目に入った。

以前に比べ、祖父の様子は随分元気そうだった。

祖父もまた瑠璃に気づき、優しげな眼差しを向けてきた。

「おじいちゃんと先に話してて。ちょっと電話してくる」

隼人は、まるで瑠璃とおじいさまを二人きりにさせるためのように、あっさりその場を離れた。

運動を終えた祖父は、にこやかに手を振った。

「瑠璃、よく来たね」

その一声に、瑠璃の胸が締めつけられ、今にも泣き出しそうな衝動がこみ上げてきた。

「おじいさま、ごめんなさい」彼女は素直に謝った。

「ばかな子だね。わしに謝ることなんてないよ」祖父は微笑みながら手を差し伸べた。

「こっちにおいで」

目を赤くした瑠璃は、その手をしっかりと握りしめて、隣に腰を下ろした。

春先の日差しはまだ暖かくなかったが、祖父の穏やかな眼差しが、瑠璃の心を温めた。

「おじいさま、瞬が本宅を返してくれるって言
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