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第0568話

Author: 十六子
しかし、瑠璃はあっさりと頷いた。

「ええ、行くわ。あなたたちと一緒に」

「ううっ、うううっ!」祖父の反応はますます激しくなった。

瑠璃は彼のもとへ向かい、さっきまでの鋭い眼差しを一転させ、穏やかな目を向けた。

「すぐ戻ってきますよ、だからそんなに心配しないで。私はもう、あの頃の瑠璃じゃないんですから」

そう優しく言っても、祖父は必死にうめき声を上げ、彼女を引き止めようとしていた。

だが、瑠璃はそのまま立ち去った。

車はすぐに、瞬が郊外に所有している一軒家の別荘へと到着した。

彼はすでに、瑠璃が好きな紅茶を淹れて待っていた。

彼女の姿を見つけると、瞬は変わらぬ優しい笑顔を浮かべながら、丁寧に紅茶をカップに注いだ。

「瑠璃、座って紅茶を飲んでくれ。この間の出来事を全部説明するから」

瑠璃はかすかに微笑んだ。

「説明は結構よ。紅茶も、もう飲まないわ」

瞬の手が止まり、黒い瞳で彼女をじっと見つめた。

だが、瑠璃は落ち着いたまま微笑みを浮かべ、その澄んだ瞳には自信が宿っていた。

「今日は、あなたに一つ相談したいことがあって来たの」

瞬はその目に既視感を覚え、興味深げに口元を上げた。

「じゃあ、聞こうか」

……

その頃、隼人は君秋を幼稚園に送り届けた後、信頼できる紹介所で家政婦を一人雇った。

だが、別荘に戻ると瑠璃の姿が見当たらなかった。

庭では、祖父が一人で車椅子に座り、怒りを込めた目で睨みながら、「ううっ、うううっ」と必死に声を発していた。

隼人はすぐに青葉と雪菜のもとへ行き、事情を聞いたが、二人は何も知らないと無表情で答えた。

しかし実際は、彼女たちは瑠璃が黒いスーツの男たちと共に出て行くところを目撃していた。

隼人はすぐに玄関の監視カメラを確認し、瑠璃が瞬の手の者に連れて行かれたことを知った。

彼が急いで家を出ようとしたその時、なんと瑠璃が無事に戻ってきた。

彼女の姿を見るなり、隼人は強く彼女を抱きしめた。

「千璃ちゃん……無事でよかった」

その低く魅力的な声には、安堵と心配が入り混じっていた。

「瞬の奴が、お前を連れ去ったのか?何かされた?どうして帰してくれたんだ?」

隼人はハッグを解きながら、不安そうに問いかけた。

瑠璃はふわりと微笑みを浮かべた。

「大丈夫よ、瞬は何もしてこなかったし、私が戻りたいと言
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