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第0694話

Auteur: 十六子
その人なら――自分が隼人の心を手に入れるために必要な協力者になれる。

そう確信した蛍は、思い立ったように病院を後にした。

一方その頃、邦夫と青葉もようやく瑠璃と隼人の居場所を聞きつけ、二人が診察室にいると知るや否や、急いで向かった。

廊下を歩きながら、邦夫はふと隣の妻の様子がおかしいことに気づいた。

「青葉、昨日の夜から様子が変だ。何かあったのか?」

その問いに、青葉の目が一瞬泳いだ。

「何があるっていうの?あのクソ姪に殺されかけたってだけでしょ」

皮肉交じりに吐き捨てるように言ったその時――

診察室の扉が開き、隼人が瑠璃の手を支えながら出てきた。

青葉の足がピタリと止まり、固まったようにその場に立ち尽くす。

胸の奥に浮かぶのは、昨夜、自分が絶体絶命の状況にあったとき、背後から瑠璃に「逃げて」と言われて押された、あの瞬間の強く真っ直ぐな瞳。

――彼女は、本気で自分を助けたのだ。

なのに自分は?

その直前まで、瑠璃に対して罵詈雑言を浴びせ、三年前に死んでいればよかったなどとまで言い放った。

呆然と立ちすくむ青葉を見て、邦夫が彼女の腕を軽く叩いた。

「青葉、本当にどうしたんだ?」

その会話を耳にして、瑠璃と隼人も二人に目を向けた。視線が交差する。瑠璃の表情は落ち着いていたが、青葉は目を逸らし、顔を赤らめた。

「隼人、瑠璃、怪我はしていないか?」

邦夫が近づいて心配そうに尋ねた。

瑠璃は隼人の手を振りほどき、代わりに質問を返す。

「小川雪菜とその仲間、捕まったんですか?」

「男たちは確保したが、雪菜は逃げた」

「さすがに逃げ足だけは速いわね」

瑠璃は淡く笑い、横目で青葉が自分を盗み見していることに気づく。視線を向けると、青葉はまたしてもそそくさと目を逸らした。

「千璃!千璃!」

その時、夏美と賢が慌ただしく駆け込んできた。

瑠璃の左脚に巻かれた包帯を見るなり、顔色を変える。

「どうしてこんな大変なことが起きてるのに連絡もしないの?一人で危険に飛び込むなんて……」

夏美は娘の手を握り、強く非難しながら、チラッと青葉を睨んだ。

「しかも、せっかく助けても、あの人はそれを逆恨みとしか受け取らないわ」

その皮肉交じりの言葉が誰を指しているのか、青葉はすぐに理解した。以前の彼女なら即座に反論していたはずだが、今は一言も返せ
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