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第0737話

Author: 十六子
隼人の突然の登場に、瞬はすでに不快感を抱いていた。

だが――まさか、証拠を持って現れるとは思ってもいなかった。

彼は病院から資料を受け取ったばかりで、急いで瑠璃に伝えに来たのだった。ちょうど碓氷家に到着する前、街路で瑠璃と瞬が並んで歩いているのを目にして、彼はその場に現れた。

「千璃ちゃん、これを見てくれ」

そう言って差し出したのは、瞬が過去に受けた健康診断の記録だった。

「ここに、こいつの血液型はO型とはっきり書いてある。そしてお前はRhAB型――つまり、どちらかの親がO型なら、AB型の子どもは生まれない。けれど、陽ちゃんはAB型だった」

隼人の冷静な言葉には、科学的な裏付けがあった。

これでは瞬も、もう言い逃れはできない。

「千璃ちゃん、本当は誰が陽ちゃんの父親か……答えは明白だった。瞬は、お前が記憶を失っていたことを利用して、嘘をついていたんだ」

「利用なんて言葉を、お前が口にするとはな」

瞬は冷ややかに笑った。穏やかな眼差しのまま、彼は瑠璃に向き直った。

「千璃、俺がそうしたのは……君がまたこの男と関わるのが嫌だったからだ。君も言ってくれたじゃないか。陽ちゃんは私たちの娘。この人とは一切関係ないって」

「瞬、滑稽なのはお前の方だ」

隼人の目に怒りが宿った。

「千璃ちゃんが俺のもとに戻らないように、あらゆる手を使って……ついには、あんな小さな命まで犠牲にした」

「馬鹿げてる」

瞬はもちろん否定した。

「お前、証拠でもあるのか?忘れるな、子どもが消えたのはお前の管理ミスからだろ」

「お前が誰かを使って、陽ちゃんを俺の視界から外さなければ、こんなことにはならなかった。誰が一番よく知ってるかって?――それはお前自身だ、瞬」

「隼人、黙れ!」

「やめて!」

瑠璃の怒声が、二人の言い争いを強制的に止めた。

空気が凍りつく。風が落ち葉をさらう音だけが響く中、隼人は振り返った。

そこには、真っ赤に腫れた目をしながら、冷えた表情で立つ瑠璃の姿があった。

「千璃ちゃん……」

「黙って」

彼女の目が二人の男を突き刺すように睨みつけた。

「一人は、かつて私が深く愛して、そして深く傷つけられた男。もう一人は、無条件に信じ、心の拠り所だった男。

どちらも、私の幸せを願ってるって言ってくれた。でも――結果はどう?」

彼女の目から、
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