「隼人、お前が生きてここから出られると思ってるのか?」瞬の口元には、勝者の余裕が滲む笑みが広がっていた。だが隼人は落ち着き払ったまま、ゆっくりと口を開いた。「じゃあ、一つ勝負するか。俺とお前、どっちが速いか」その言葉に、瞬の目がほんのわずかに揺れた。瞬は、自分の命を危険に晒すような賭けには出ない。ましてや、隼人のような男を相手にしては——。その一瞬の隙を、隼人は逃さなかった。彼はすばやく瞬の手から銃を叩き落とし、落ちてくる銃をそのままキャッチ。一瞬のうちに、瞬の心臓へと銃口を向けた。形勢は一変し、瞬の笑みは消え失せた。「全員、外に出ろ」隼人の命令に、瞬は渋々ながらも応じた。「出て行け」「でも目黒様……」「うるさい、出ろ」護衛たちは不満げだったが、命令には逆らえず外へと下がった。もし隼人が動けば、俺たちで一斉に撃てばいい。さすがに全部は避けられないだろう。そう考えながら——。倉庫の中に残ったのは、隼人と瞬、二人だけ。「意外だったか?叔父さん、まさか立場が逆転するとは思わなかったんじゃないか?」「フン……」瞬は鼻で笑った。「俺に手を出したら、お前も無事じゃ済まない」「最初から、無事で帰る気なんてない」隼人の目は冷たく、全身からは張りつめた殺気があふれ出ていた。「瞬、お前の言う通り、俺たちは今日で決着をつけるべきだ。この一年、お前は祖父を半ば植物人間にし、千璃の俺への憎しみを利用して、目黒家の全てを奪おうとした。俺はそれを忘れていない。昔、俺と千璃がまだ夫婦だった頃から、お前は千璃に近づいて信頼を得て、依存させた。彼女を地獄から引き戻してくれたことには感謝する。だが、それが彼女を利用し続け、所有する理由にはならない」隼人は引き金に指をかけたまま、鋭い光を放つ視線を瞬に突き刺した。「瞬、もし今日どちらかが死ななきゃいけないなら——それは俺じゃない。千璃を一人にさせるわけにはいかない。彼女は俺の妻だ。体も、心も、すべて俺だけのものだ」その言葉に、瞬の目がこれまでにないほど動揺を見せた。こいつ、本当に俺を殺すつもりか?だがその瞬間、隼人の耳に聞き覚えのある足音が響いた。「やめてっ!!」叫び声とともに、瑠璃が走り込んできた。隼人の指先がかすかに緩んだ、そ
瞬の顔に浮かぶ意味深な笑みに対し、隼人は冷静に答えた。「俺にとって、最高の贈り物はもう受け取った」ここへ来る前、最愛の女性に別れを告げた——それだけで、彼にはもう十分だった。「そうか?」瞬は目を細め、嘲るような光を浮かべた。「君が千璃をどれだけ愛していようと、もう彼女は俺の女だ」この挑発的な言葉が隼人の怒りを掻き立てた。彼は認めたくなかった。瑠璃が瞬を愛しているなんて事実も、彼女が他の男の子を身ごもっているという現実も——。「どうした?悔しいか?だが自業自得だろう。あの時君が千璃を大切にしていれば、こうはならなかった」そう言って、瞬はテーブルの上の拳銃を取り上げ、ゆっくりと弾倉を装填し、銃口を整えた。「昔、俺の両親は君の立派な祖父に殺された。俺は孤児になった」一番支えが欲しかった時に、あの男は俺をF国に放り出した。口では最上級の教育を受けさせると言いながら、実際は見捨てたんだ。そのくせ、君には全てのリソースを与えた。俺は一人で這い上がってきた。血と汗で築いたこの帝国を、君に壊されるわけにはいかない。目黒家のすべては、俺が取り戻す。そして千璃も、俺の女にする」瞬はそう言い終えると、拳銃をしっかりと握りしめ、隼人の心臓を狙った。距離はわずか五メートルもない。もし引き金を引けば、弾丸は一瞬で彼の心臓を貫くだろう。しかし隼人は、微塵の恐れも見せずに笑みを浮かべた。「俺が生きている限り、目黒家の財産をお前のような男に触らせはしない。千璃をお前のもとへ戻すことも、絶対にない」瞬は嘲笑を浮かべた。ここは自分の縄張り。自分の世界。この場所で、逃げ切れる人間などいない。隼人も、例外ではない。「隼人……今の立場で、まだ俺に敵うと思ってるのか?」隼人は淡々と口を開いた。「ならば——やってみろ」その堂々とした態度に、瞬は苛立ちを覚えた。以前、隼人は一度、彼の放った銃弾をかわしていた。瞬は、まさかもう一度避けられるとは思っていなかった。瞬は、自分と隼人の因縁に他人が口出しすることを許さず、次の瞬間には迷いもなく、冷酷に引き金を引いた。だが――そのわずか数コンマ秒の間に、隼人は再び奇跡を起こした。彼は驚異的な反応速度で、飛び出した弾丸を見事に回避したのだった。側にいた護衛たちは、一様に目を見
「はい」勤は足を引きずりながら隼人のあとに続いた。瑠璃は一言も発する間もなく、完全に置き去りにされた。だが、彼女は朝食を口にすることなく、そっと二人の後を追って二階へと向かった。階段の踊り場に差しかかったとき、隼人の声が寝室から漏れ聞こえてきた。「今の証拠じゃまだ足りない。もう一度倉庫に行って、もっと確実な証拠を手に入れる必要がある」「社長、それは危険すぎます。いったん景市に戻って、仕切り直しましょう」「今の俺たちに、景市に戻れる余地があると思うか?」隼人は自分の状況を誰よりも理解していた。瞬はすでに彼の居場所を特定していたのだ。昨日、勤の頭を狙ったあの一発が何よりの証拠だった。——奴はすでに、こちらの動きを完全に把握している。それだけでなく、瑠璃が隼人と一緒にいることも、瞬は知っているはずだった。「社長、では……どうしましょう?俺はこの足じゃ、何の力にもなれません」「お前はここで療養してろ。あいつは急いでお前を始末しようとは思わない。俺の方が、奴にとって最大の障害だ」隼人の瞳は冷静そのものだった。彼は静かに決断を下した。「もし今夜七時までに俺が戻らなかったら、お前が碓氷千璃を連れて景市に戻れ。何があっても、彼女を瞬の元へ戻らせるな」「……分かりました」勤が頷き、振り返ろうとしたとき——ドア口に立っている瑠璃の姿が目に入った。その様子に気づいた隼人も、すぐに彼女を見やった。「部屋で休んでろ」勤に退出を命じると、隼人は瑠璃に向き直った。「朝食、もう食べ終わったのか?」彼の問いに、瑠璃は答えず、真剣な眼差しで彼を見つめた。「隼人、バカなことはやめて。瞬に手を出すなんて。これは元妻としての、あなたへの最後の忠告よ」「……フッ」隼人は小さく笑った。彼女のそばに歩み寄ると、ふいにその頬を包み込んだ。「碓氷……俺のことを心配してるのか?」低く落ち着いた声が、妙に優しく耳元に触れた。その瞳に沈むような光を宿して、彼は囁いた。「もし、俺が瞬の銃弾で死んだら……お前は悲しんでくれるのか?昔みたいに、俺がいないと胸が痛んで、寂しくなったあの頃みたいに……」「隼人、やめ——」忠告を続けようとしたその瞬間、彼の唇が彼女の唇を塞いだ。隼人は深く、惜しむように彼女
瑠璃の胸がドキリと跳ねた。——隼人は、眠っていなかったのか?寝たふり?さっきまでのあの言葉、全部聞かれてしまったのか?彼女は動揺しながらも彼の様子を注意深く観察した。だが、隼人はただ寝返りを打っただけで、どうやら本当に眠っているようだった。どうやら、さきほどの言葉は聞かれていなかったらしい。そう理解した瞬間、瑠璃はどこか少し安心したような、逆に少し寂しさも覚えた。——本当は、あなたに知ってほしかった。でも……あなたが真実を知ってしまえば、私たちの娘に災いが及ぶかもしれない。瑠璃はそっと隼人の腕の中から抜け出し、重い体で彼をベッドへと寝かせなおした。一連の動作を終えた頃には、彼女もすでに疲労困憊だった。彼の隣に横たわり、その寝顔を見つめながら、そっと彼の手を取り、自分の下腹部にあてた。「隼人……あの頃、君ちゃんを妊娠していたとき、どれだけあなたに信じてほしいと願ったか。お腹を撫でて、君ちゃんの存在を感じてほしかったのに……あなたは私の言葉を信じず、私を罵り、無視した。今、ようやく……感じられる?私たちの子どもは、今ここで、私のお腹の中で、育っているのよ」涙に濡れた目で、彼の顔にそっと顔を寄せ、微笑んだ。「どうか……今度こそ、あなた自身の目で、私たちの子が生まれる瞬間を見届けてほしいの」そう願いながら、瑠璃は静かに目を閉じた——昼と夜が交差し、夜が明けた。目を覚ましたとき、ベッドにいたのは自分ひとりだった。隼人の姿はどこにもなかった。瑠璃は寝起きの体で洗面をすませ、部屋のドアへ向かった。すると意外にも、ドアには鍵がかかっていなかった。下へ降りようとしたところで、勤が朝食を運びながら、足を引きずるように階段を上がってきた。「奥様、ちょうどよかった。朝食、できてますので」「隼人は?」「社長は用事で出かけました。すぐ戻るとのことです」「……瞬のところへ行ったの? 一体何をするつもりなの?あなた、彼の側に何年もいたんでしょう?なら、彼の考えが分かるはずよ。教えて、お願い!」瑠璃の声は切迫していた。彼女は、隼人が瞬に向かったことを本気で恐れていた。ここが景市なら、そこまで心配する必要はなかった。だが、ここはF国——瞬の支配圏。勤は困ったように眉を寄せた。「……すみません。本
——愛の結晶。その一言に、隼人の剣眉がぎゅっと吊り上がった。心の奥に溜まりに溜まっていた嫉妬の炎が、理性と冷静さを一瞬で飲み込んだ。彼は怒りに駆られるまま瑠璃のもとへと詰め寄り、加減もなく彼女の手首を掴んで拘束した。「そいつはお前の心から愛する男なんかじゃない!愛してるのは俺だ、碓氷千璃!お前が毎日毎晩、俺のことを想って、待ってくれてたのを忘れたのか?他の男なんて愛すること、俺は絶対に許さない!」彼の声はすでに怒声に変わり、冷静さなど欠片もなかった。美しい目は嫉妬に曇り、理性を失ったその瞳で、彼女を支配しようとしていた。黙って彼を見返していた瑠璃に、隼人は焦れたように顔を近づけ、彼女の繊細な頬を両手で包み込み、血のように赤い目で彼女を見据えた。「聞こえてるのか?碓氷千璃、お前は俺だけを愛せ。お前の心の中には、俺以外の男を入れることは許さない。ここには——」そう言って、彼は彼女の胸元を指差した。そして、突然彼女の上着を乱暴に引き裂くと、その唇を激しく奪った。瑠璃は、お腹の中の子どもを守るために必死で隼人を突き放そうとしたが、完全に理性を失った彼には何の効果もなかった。隼人は彼女を壁際に追い詰め、片手で彼女の両手首を縛るように固定し、自分の腕の中に閉じ込めた。もう片方の手で、抵抗しようとする彼女の頬を押さえ、その唇を容赦なく貪った。「さっきの質問に答えろ。俺を愛してるって言え」半ば目を細め、怒りと欲望の入り混じった声で命令するように言った。やっとの思いで空気を吸い込んだ瑠璃だったが、言葉は返さなかった。彼女の沈黙に、隼人は再び唇を重ね、さらに畳み掛けた。「言えよ、どうなんだ?」瑠璃は怒りに目を潤ませながら彼を睨み返したが、それでも口を閉ざしたままだった。隼人は、彼女がなおも拒み続ける姿に苛立ちを募らせ、彼女の体を抱き上げてベッドに倒し、そのまま覆い被さった。そして、彼女の服に手をかけ、無理やり脱がせようとした。——嫉妬で狂ったようだった。彼の目には怒りと焦燥しかなかった。瑠璃には、それがはっきりと分かった。彼を止めなければ。お腹の子どもを守らなければ。「隼人……もしこの子に何かあったら、私は……この場で死ぬから!」その一言が、隼人の全身を凍らせた。まるで時間が止まったように、
瞬は一切の迷いもなく、引き金を引いた。彼にとって、隼人に自分の築き上げた基盤と巨大な勢力を壊されるわけにはいかなかった。証拠の映像まで撮られていた以上、手を下すのは当然だった。綺麗に、確実に片をつける必要がある。それに、隼人に対する不満は、もはや抑えきれるものではなかった。その不満は、十年以上も前から胸の中に燻っていた。それは——目黒家の祖父が唯一隼人を溺愛し、自分をF国に追いやって見捨てた、あの瞬間から始まっていた。隼人がちょうど二階から降りてきたときだった。ふと、勤の頭部に赤いレーザーポインターの光点が当たっているのが見えた。彼は即座に叫んだ。「伏せろ!」反射的に勤は頭を下げ、その直後——ガラスが砕ける音が響き渡り、弾丸が彼の頭上を掠めて飛んでいった。スコープ越しにその一部始終を目にした瞬は、眉をひそめた。ソファに座っていたのは隼人だと思っていた。だが、背を向けていたために髪型だけで判断してしまったのだった。そして今、隼人が無傷で視界に現れたことにより、彼は標的を見誤ったと気づいた。瞬は無言で狙撃銃を回収し、淡々と車に戻った。「まあ、叔父と甥の関係だ。あと一日だけ生かしておいてやろう」彼はゆっくりと車を発進させ、現場を後にした。瑠璃が身重で隼人の側にいることを、彼が気にしていないわけではなかった。だが、隼人が彼女に手を出すことはないと確信していた。隼人はあくまで無関心を装ってはいるが、その実、瑠璃に対する執着と想いは誰よりも深い。瞬には、それが手に取るようにわかっていた。ならばせめて、最期の一日くらいは、最愛の女と過ごさせてやってもいい。——明日、隼人には戻れない運命が待っている。隼人は怪我を負った勤を部屋へと運び、そしてリビングに散らばったガラスの破片を片付け始めた。その間、二階にいた瑠璃は、たしかにガラスの割れる音を耳にしていた。けれど何が起きたのかは分からず、ただ不安に胸がざわついた。彼女は隼人の名前を呼んだが、返事はなかった。そして夜が更けた頃、彼はようやく部屋に現れた。手には食事の載ったトレーを持っていた。この光景は、まるでかつて彼に孤島へ監禁された時と同じだった。だが今の彼女には、もう彼を憎む気持ちはなかった。それに、今は意地を張って水も食事も拒むわけ