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第0909話

Author: 十六子
瑠璃はちょうど目を覚ましたばかりだった。だが、最初に目に入ってきたのは、病室のドア前で話をしている隼人と恋華の姿だった。

そして、次の瞬間――恋華が笑顔で隼人に突然キスをしようとした。

瑠璃は瞬時に拳を握りしめ、勢いよく身を起こした。ベッドから降りようとしたが、腹部に鋭い痛みが走り、思わずお腹を押さえた。

恋華は、計画がうまくいかないことを知っていた。案の定、隼人に勢いよく突き飛ばされた。

だが、先ほどの位置と動きだけで、瑠璃には二人がキスしたようにしか見えなかった。

隼人は薬のことを聞こうとしたが、病室内から物音がしたことで振り返った。その瞬間、瑠璃が目を覚ましていることに気づいた。

「出て行け。妻の前に二度と顔を見せるな」

彼は冷たい声で恋華を追い払い、すぐに病室の中へ入った。ベッドでは瑠璃が眉をひそめながら腹部を押さえていて、隼人は心配でたまらなかった。

「千璃ちゃん、さっき君は家で倒れたんだ。今の体調はどう?お腹はまだ痛むか?」隼人は彼女の手を取ろうとしたが、瑠璃はきっぱりとその手を避けた。

隼人は分かっていた。瑠璃が見たものは幻覚だった。薬のせいで、自分に対して誤解が生じたのだ。だが、どう説明すればいい?

南川先生が彼女を実験材料にしていたことを話す?彼女が見たことはすべて幻だったと伝える?それは逆に彼女の感情をさらに傷つけることになる。

「今はあなたの顔を見たくない。出て行って」瑠璃は淡々と告げ、ベッドに横たわった。

隼人はこれ以上刺激したくなかったため、病室の外へ出て、静かにドアの前に立った。

彼はすぐに南川先生へ電話をかけたが、何度鳴らしても応答はなかった。

次に若年へ連絡を取った。南川先生とは親しい関係だったが、彼も南川先生の居場所を知らなかった。

瑠璃の状態について詳しくは話さず、隼人は通話を切った。

思い返せば、南川先生は少し前に急に新しい薬に変更した。しかし、彼らはそれを疑いもしなかった――

なぜなら、彼はかつて瑠璃を救った医師だったから。だがまさか、その薬が実験用だったとは……

隼人は到底許すことはできなかった。だが一方で、現実として、今の瑠璃と胎児の状態を安定させられるのは、南川先生の薬しかなかった。

ただ、あのピンク色の薬――それは恋華が仕組んだ余計な薬だった。

恋華と南川先生にどういう関係がある
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