INICIAR SESIÓN顎を摩って思案する彼を、名残惜しい気分で見つめていると。「恵麻。俺たち、恋人みたいな夫婦になろう」瞬がニコッと笑った。「恋人みたいな?」「そう。俺たちにはすでに棗がいる。だから、棗の前ではパパとママ。でも、こういう二人きりの時間は恋人」そう言って、私の額にキスをする。 弾む唇が目蓋に鼻先に、頬へと下りてきて、私は片目を瞑った。 そして、再び唇が重なる前に。「今度はただのフリでも偽装でもないから、『そういうこと』もしていいよね?」瞬が目を合わせて訊ねてきた。「そういう……?」私は意表をつかれて瞬きを繰り返した。 でもすぐに、偽装婚約と同居を承諾した時、私が出した条件だと思
すっかり涙は止まって、甲高い笑い声が絶えない。 瞬は二人がこちらを気にしていないのを確認して、私にコツンと額をぶつけてくる。「明日、結婚指輪選びに行こう」私の頭の後ろに手を回して、自分の方に引き寄せた。「休暇明けたら入籍の手続きをしないと。恵麻と棗の滞在ビザ、取得しなきゃいけない」「……ん」「時間作って、日本の恵麻のご両親と、オーストラリアの俺の両親に挨拶に行こう」「うん」耳元でやるべきことを数え上げる瞬に頷いた分だけ、本物の夫婦に近付いていける。 急ぐ必要はない、ゆっくりでいい。 頭ではそう思ってるのに気持ちが逸るのは、きっと、瞬と結婚して棗と三人で過ごす幸せな毎日を思い
「瞬。まさか、プロポーズしてないんじゃないでしょうね……?」「い、いやいやいや!」目力を込めて睨めつけられ、瞬が弾かれたように勢いよく首を振った。「そういう意味合いのことは言ったし、恵麻もそう解釈してくれてる。……な?」じっとりと咎める視線から逃げて、私に助けを求めてくる。「う、うん……」私は一応同意したけれど、気付いてしまうとどうにも気になる。 なんとなく目を合わせられず、ご機嫌な棗を無駄にあやして誤魔化した。 そんな私と瞬を交互に見遣り、思案顔をしていた哲也さんが、「よし」と悪戯っぽく目を細めた。「わかってくれてるからいいってもんじゃない。瞬君、男たる者、こういう大事
ヨーロッパのクリスマスホリデイは、カレンダー上では十二月二十五日、二十六日、翌年一月三日の三日間。 だけど、ほとんどの企業が間を繋げて休日にしていて、多くの人が長期休暇でクリスマスとニューイヤーを楽しむ。日本大使館も現地の慣例に従い、一部業務を除いて休業、閉館で、瞬も基本的にはお休み。 だから私はクリスマス、瞬の誕生日にはどうしても渡英したかった。去年用意していて渡せなかった分と今年の分、二つのプレゼントを持参してきた。 手渡すと、瞬は大袈裟なほど喜んでくれた。 そして、自分には用意がないことを、何度も何度も謝った。 それで、当然なのに――。『せっかくだから恵麻の欲しいもの、一
そんな俺に、なにを思ったのか。「私だって、生まれる前に来るつもりだった」恵麻は膝の上の赤ん坊に目を落とし、ポツリと呟いた。「でも仕事の引き継ぎが終わらないうちに、切迫流産で入院治療したり、予定より早く産むことになったりで…… 出産まであっという間で」グスッと洟を啜って、赤ん坊を抱え直す。 その動作につられて、俺はしっかり赤ん坊を見つめた。いつの間にか、目を開けていた。 恵麻によく似た黒目がちのつぶらな目が、俺に向けられている。「生まれた後、この子は二ヵ月入院してて、私もなかなか体調が安定しなくて。来るのが遅くなるにつれて怖くなっちゃって……」「……怖い?」俺が質問を挟むと
立地条件がいいからか、ロンドンの中心、シティで働く人が多い。 そのうち誰かの客だろうと、俺は特に女性には気を留めずに歩いていった。 しかし――。「え……」あとワンブロックのところまで近付いて、俺の歩は止まった。 見間違い……いや、錯覚か? しっかりと焦点を合わせようと、パチパチと瞬きを繰り返す。水溜まりを踏む足音がやんだのを感じたのか、女性が軽く傘を持ち上げた。 こちらを向いたその顔が、俺の視界のど真ん中に飛び込んでくる。網膜で捉えた姿に呆然として、俺は大きく目を見開いた。 自分の目を疑って、手の甲でゴシゴシと擦る。 しかし、俺の視覚が認めたのは間違いなく、