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第62話

Author: 連衣の水調
静華は笑い出しそうになった。

「私が彼女を陥れてるって言いたいなら、そう思えばいい。もう疲れたわ。出ていって」

――また、それだ。

胤道の苛立ちは限界に近かった。

静華のために、自分がしてきたことはまだ足りないとでも?

確たる証拠もない中で、彼はりんを呼び出し、オフィスで問い詰めた。

本来なら、守るべきはりんのほうだった。

それなのに静華のために、りんを疑った。

それでも満足しないのか?

「いい加減にしろ。確かにお前が毒を盛られかけたのは、俺の監督不行き届きだ。でもその責任は俺が負えばいい。りんのせいにするな!」

静華はふっと笑った。

彼女にそんな権利があるだろうか。誰を責めることもできない。

所詮、自分は目も見えない、無力な女にすぎないのだから。

もうこれ以上、相手をする気もなくなり、静華は目を閉じ、布団を頭から被った。

ここまで冷たくあしらわれて、胤道が黙っていられるはずもなく、怒りをそのままぶつけるように部屋を出ていった。

それを見ていた三郎も、思わず固まってしまった。

胤道の情緒不安定ぶりは、静華が現れてからずっと続いていた。

それから長い間、胤道は姿を見せなかった。

代わりに、静華の身の回りを世話するための介護士が一人、手配された。

この介護士、普段はゴシップ好きで、暇さえあれば芸能ニュースや噂話をチェックしていた。

そしてそれを静華にも話してきた。

「野崎さん昨夜は望月さんと募金会に出てましたよ」

「今朝は出張ですって。もちろん望月さんも一緒に」

――まるで、胤道のそばにはいつもりんが当然のようにいる、とでも言いたげだった。

静華はそんな話、一切聞きたくなかった。

あるとき、あまりに鬱陶しくなって、不意に口を開いた。

「……彼の話なんて、しなくていい」

冷たく突き放すその口調に、介護士は驚いたように目を見開いたが、すぐに「水汲みに行きます」と言い訳して出て行った。

まるで心の中で「この顔も醜くなって、目も見えない女のくせに、まだ偉そうにするなんて」と毒づいているかのように。

静華は疲れきったように目を閉じたが、頭の中は混乱し、なかなか眠れなかった。

そんなときだった。

扉が突然開かれる音がした。

ヒールの音が、冷たいタイルの床にカツカツと響く。

静華は顔をしかめ、ドアの方向を向いた。

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Comments (1)
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和子
先が楽しみです いつになたら静華のこを信じてもらえるのかと思います
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