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第217話

Author: 雲間探
その時、智昭が口を開いた。「いいよ」

玲奈は彼の正面に静かに腰を下ろした。

優里は一瞬驚いたものの、すぐに気を取り直し、その表情もまた落ち着きを取り戻した。

田渕先生たちに軽く挨拶を交わしたあと、彼女は智昭のそばに戻って立った。

実は、驚いていたのは辰也や大森家、遠山家の人たちだけではなかった。

瑛二と田渕先生もまた、かなり驚いていた。

先ほど画展のロビーで義久が玲奈を紹介していたとはいえ。

瑛二も田渕先生も、玲奈について詳しくは知らなかった。

だが、玲奈は物腰が柔らかく落ち着いていて、目立ちたがるようなタイプには到底見えなかった。

たとえ囲碁が打てるとしても、こんな場で自ら名乗りを上げるような性格には思えなかった。

中島も玲奈のことは知らなかった。

だが、彼女の存在には気づいていた。

玲奈は容姿端麗で、気品もあって素直そうな雰囲気を持っており、良家のお嬢さんといった印象を与えていた。

こんな子なら、孫の嫁として申し分ないとそんなことすら思っていた……

まさか玲奈が囲碁を打てるとは思いもしなかった。

智昭は玲奈を見ながら言った。「先手、お前が打つ?」

囲碁では、先手にはある程度の優位がある。

玲奈はその申し出を断らず、静かに最初の一手を置いた。

智昭もそれに続いて打ち始めた。

序盤は、互いに力を隠すように穏やかな進行だった。

二人とも無言のまま、盤面に集中していた。

玲奈は盤面だけに視線を注ぎ、正面の智昭の顔すらほとんど見ようとしなかった。

しばらくすると、田渕先生や中島は気づいた。玲奈の棋風は彼女の人柄そのもので、穏やかで安定していた。

攻めにも守りにも動じず、一手ごとの先をしっかりと読んでおり、その打ち方は全局を見据えたものだった。

それに気づいた田渕先生と中島は、驚きを隠せなかった。

彼らが先ほど優里を褒めたのは、彼女の反応力と攻防の巧みさゆえだったが、それでも試合はほとんど智昭に導かれていた。彼が手加減していたことは明らかだった。

その対局は時間がかかったが、それもほとんど智昭が優里を導き、わざと緩く打っていたからだ。二人のやり取りには、まるで恋人同士の戯れのような雰囲気すら漂っていた。

とはいえ、同年代の女性たちの中では、優里の柔軟な対応力と思考力は確かに群を抜いていた。

だが今――

智昭も気づいた
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Comments (2)
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まり
そうですね、クズ男にギャフン!不倫女にも10倍のギャフンを...お願いします。
goodnovel comment avatar
酒井麻美
玲奈に勝利させてクズ男をギャフンと言わせてやりたい。
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