第177話

化粧を直し終えた舞が洗面所を出ようとしたそのとき——扉が開き、誰かが入ってきた。

鏡越しに視線が交差した。

入ってきたのは音瀬だった。

先に口を開いたのは音瀬だった。

「あなたと上原九郎さんって、昔なにかあったんでしょう？」

舞は鏡越しにじっと彼女を見つめ、落ち着いた声で返した。

「それを聞いて、どうするつもり？」

音瀬は軽やかに中へ入り、蛇口をひねって手を洗いながら、穏やかな声で続けた。

「私にはどうしても分からないの。どうして京介が、あなたなんかを選んだのか。

育ちも、家柄も、私のほうがずっと上よ。私は昔から、箱入りのお嬢さまとして大切に育てられてきた。

あなたなんて、道端に捨てられて、拾われて育ったって聞いたわ。

きっと、哀れな顔をして、同情を買うのが上手なのね。

でも、もし——京介があなたの本当の姿を知ったらどうかしら？それでもまだ、あなたを愛し続けられるのかしらね？」

舞は悟った。

この女の目的が何かを。

案の定——音瀬は突然、自分の頬を叩いた。

白い頬に真っ赤な掌の跡。

痛々しいほど、目を引いた。

舞は静かに笑った。

「……私を陥れようとしてるのね？」

音瀬は微笑んだ。

「お姉さん、そんなこと言わないで。これはお姉さんが私を叩いたのよ。もうすぐ京介が来るわ。彼にも見せてあげなきゃ。あなたの本当の姿を」

「そう。でも、私は気にしないわ」

舞がそう言い終えた瞬間——

音瀬の頬に、鋭い音を立てて平手打ちが飛んだ。

「今度は、ちゃんと本当に叩いたわ」

その一撃は容赦なかった。

音瀬の頬は瞬く間に赤く腫れ上がり、反対側の顔半分まで熱を帯びていた。

「……な、なんで……叩いたの？」

音瀬は呆然としたまま、舞を見つめた。

舞は冷たく笑った。

「叩いて当然よ。

ずっと我慢してたの。

叩く理由？いくらでもあるわよ。

私は葉山舞。伊野家の一人娘。白石家はまだうちに数億円の借金を抱えている。

これでも足りない？

それに一発くらい叩いたって、あなたの京介は、どうせあんたのことをもっと可哀想だって思うんじゃない？」

……

音瀬の全身が小刻みに震える。

その目には、悔しさと屈辱の涙がにじんでいた。

ここまで露骨に蔑まれたのは、生まれて初めてだった。

そのとき、洗面所の外から足音が聞こえた。

しばらくし