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第305話

作者: 春うらら
結衣は目を伏せた。

「うん。彼のことが、好き」

時子はため息をついた。

「はあ……それなら、自分の思う通りにしなさい」

実のところ、ほむらが伊吹家の人間だと知ってから、彼女は結衣がほむらと付き合い続けることにはあまり賛成ではなかった。

伊吹家の前では、汐見家など地面を這う蟻のようなものだ。

指先一つで、汐見家は奈落の底に突き落とされてしまう。

こんな小さな汐見家でさえ家柄を気にするのだから、伊吹家のような名家中の名家なら、なおさらのことだろう。

結衣がほむらと一緒になるのは、涼介と一緒になるより、ずっと難しい。

「おばあちゃん、華山グループが汐見グループとの契約を打ち切る件は、私が何とかする」

時子は首を横に振った。

「いいえ、そのことはもう気にしなくていいわ」

一介の弁護士である結衣に、何ができるというのか。

時子の老いた顔を見つめ、結衣は彼女の前にしゃがみ込み、その目をまっすぐに見つめて言った。

「おばあちゃん、私が解決策を探す。もし、どうにもならなければ、その時は身を引く」

彼女はほむらを深く愛していたが、時子の方が彼女にとってはもっと重要だった。

「結衣、一つだけ言っておくわ。伊吹家のような大家族が、君を受け入れる可能性は極めて低い。今はほむらがあなたを好いていて、あなたのために家族と対立するかもしれないが、それもそこまでよ。三、五年も経って情熱が冷めれば、家族と決裂したことを後悔するかもしれない」

特に、伊吹家が彼にどれほどの力と便宜をもたらすかに気づいた時になおさらだ。

そうやって一時の感情で家族と縁を切り、三、五年も苦労した末に別れて実家に戻るなどという話は、時子は嫌というほど見てきた。

結衣が黙っているのを見て、時子は続けた。

「ただ恋愛するだけなら、わたくしは応援するわ。だけど、もし結婚まで考えているのなら、このまま続けるべきか、よく考えなさい」

結衣は俯き、声は少し低くなった。

「おばあちゃん、分かった。よく考えてみる」

「ええ、もうお帰りなさい。華山グループのことは心配しなくていいわ。わたくしが何とかするから」

「……うん」

結衣が去っていく後ろ姿を見送りながら、時子は静かにため息をついた。

以前、結衣が家に戻って二年目のこと、時子はこっそり占い師に結衣の運勢を見てもらったことがある。その占い
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