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第2話

Auteur: 浪砂
日野家の屋敷に辿り着いたのは、日付が変わり、深夜零時を回ってからのことだった。

携帯は沈黙したままだ。

屋敷の窓からは明かりが溢れ、煌々と照らし出されている。遠くからでも、中から響く楽しげな笑い声が聞こえた。

俺は何も言わず、ただ立ち尽くした。

使用人が気付いてドアを開けてくれなければ、このまま朝まで玄関の外で待ちぼうけを食らっていただろう。

「うわっ……みすぼらしくなったわね。服も汚れてるし」

夕菜が俺を見るなり、ゴミでも見るような目で吐き捨てた。

母の日野成美(ひの なるみ)も、信じられないものを見る顔で口元を覆う。

「祐弥、こんなに痩せちゃって、どうしたの?」

……どうして、だと?たった五年で、かつて少し筋肉質だった日野家の長男が、四十キロにも満たない骸骨のような姿に成り果てた理由を、本気で聞いているのか。

父の目にも一瞬、動揺の色が浮かぶ。彼は慌てて使用人に食事の支度を命じた。

「迎えに行くつもりだったんだ。だが悠一の体調が悪くてな、それで……」

わかっている。これが彼らなりの「手打ち」のやり方だ。

悠一の前であれば、俺を冷遇しようが見下そうが平気でやる。俺が傷つくかなんて気にも留めない。

けれど毎回その後で、一時的に痛みを麻痺させるために、飴と鞭を使う。まずは甘い言葉をかけてくる。

以前の俺なら、尻尾を振って喜んでいただろう。

でも今は、もうどうでもいい。

何か口を開こうとした瞬間、夕菜に遮られた。

「どうせ同情を引こうとしてるだけでしょ?わざと絶食して可哀想ぶって、心配させて、そうすればここに居られると思ってるんでしょ!」

母が夕菜を窘める。そしてこちらに向ける目は、慈愛に満ちていた。

「実の親も見つからなかったことだし、これからはここに住めばいいわ。前みたいに、お母さんって呼んでいいのよ。私、あなたのことずっと息子だと思ってるから!」

「いえ、成美さん。住まわせていただけるだけで本当にありがたいです」

その他人行儀な呼び名が、かつて世界で最も近かった二人の間に、深淵のような溝を刻む。

母が堪えきれなくなったように顔を覆い、涙をこぼした。

俺はもう、彼女が知るかつての傲慢で我儘な息子じゃない。

たとえ俺が泣きついて、この五年間の無関心を責め立てたとしても、今のこの弱々しく卑屈な姿よりはマシだったのだろう。

……

悠一は俺を見た瞬間、まるで何か、おぞましい怪物でも見たかのように体を強張らせた。

しばらくして、ようやく勇気を振り絞ったというふうに手を差し出してくる。

「祐弥、もう仲直りしよう!」

俺は呆然と立ち尽くす。

彼と争った覚えなど全くない。仲直りとは、一体何のことだ?

振り返ると、五年前、俺は大学に入学したばかりだった。

新しい環境に入るたび、俺は周囲に「紗香は俺の女だ」と宣言して回っていた。

川口紗香(かわぐち さやか)は俺の婚約者だった。熱烈に愛していたし、日野家の長男として傲慢に育った俺は、彼女の周りをうろつく男どもが許せなかったのだ。

浅井悠一(あさい ゆういち)もその一人だった。

施設育ちの悠一だったが、なぜか高嶺の花であるはずの紗香が、何度も彼に視線を向けた。

いつも俺の味方だった姉の夕菜まで、彼の肩を持ち始めた。

一度、様子を見に行ったことがある。

それ以降、悠一は様々な嫌がらせを受けるようになった。

俺が悠一を目障りに思って差し向けたのだと、どうやらみんなが噂した。

学期末、ついに悠一は耐えきれず、校舎の屋上から飛び降りた。

命は助かった。怪我すらもなかった。だが、遺書が残されていた。

そこには俺への告発がびっしりと書き連ねてあった。

誰一人、俺を信じてくれなかった。

紗香も俺と縁を切った。

それが、最悪の結末だと思っていた。

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