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第5話

Autor: 雨宮澪花
御影家の両親が口を開こうとした瞬間、汐音は先に応えた。

「誰もいなかったわ。聞き間違いよ」

二人の顔に、一瞬だけ不思議そうな色が浮かんだ。

だが舟真はそれに気づかず、彼女の手を取って車に連れ出した。

「ちょうど来てくれてよかった。もう話も済んだんだろ?じゃあ、俺とちょっと付き合ってよ」

車内は沈黙に包まれたまま、エンジンの音だけが虚しく響いた。

到着して車を降りると、目の前に現れたのは、煌びやかな高級ブティックだった。

舟真はスタッフに声をかけ、ずらりと並ぶ服や靴、バッグを次々と取り出させた「さ、試着してみて」

「なんのために?」困惑したように眉をひそめる汐音を、彼は有無を言わせずフィッティングルームへ押し込んだ。

「いいから、着てみろ」

彼女が断ろうとするより先に、店員が戸を閉め、箱を開け始めた。

試着を終えるたびに、舟真は無言でスマホを構えて写真を撮った。終わればまた、次の服が差し出される。

何度も、何度も。汐音は気力を削られ、脚にはヒールの擦り傷がにじみ、ようやく耐えきれず店員を押しのけた。

つま先を庇いながら、彼の元へ歩み寄った。「そんなもの、いらない。償いなら、気持ちだけで十分だから」

だが、返ってきたのは彼の淡々とした指示だった。「あのワインレッドのドレス以外、全部包んで。香雲山の別荘にいる綾瀬宜野宛てで」

言葉の途中で、汐音の喉が詰まった。

彼のクレジットカードが端末を滑る音が、やけに冷たく響いた。「私をここに連れてきたのは、宜野の贈り物選びのためだったの?」

「そう。彼女に似合うものを贈りたいんだけど、外すのが怖くてさ。君と体型が近いから、試着モデルには最適なんだ」彼はどこまでも無邪気な顔で続ける。

「このあと、上の階のスイーツ店とジュエリーショップ、それとコスメ売り場も寄るつもり。食べ物もアクセも全部、君に試してもらってから決めたい。宜野には、最高のものだけを贈りたいから」

あまりにも当然のように告げられた計画に、汐音の胸の中に溜まっていた怒りが、堰を切ったように溢れた。

「舟真!私は、あんたの『恋人にいい顔するための便利屋』じゃない!」

彼は驚いたように顔を上げた。その視線の先には、目を真っ赤にした彼女の姿があった。

「知らなかったでしょ?私ね、あなたとハグしたのも、キスしたのも、寝たのも、全部本気だったの。あなたが私を好きじゃなくてもいい。けど、こんなふうに私という人間を踏みにじらないで」

彼女の声は震えて、途切れそうだった。舟真は言葉を失った。

何か言いかけた唇が開きかけて、また閉じる。だが、汐音はもう背を向けていた。

人混みに紛れて、小さな背中が遠ざかっていく。

彼はその姿を一瞬だけ見つめ、そして、何事もなかったように視線を逸らした。

帰宅後、汐音はスーツケースを取り出し、静かに荷物をまとめ始めた。

食卓では、両親が楽しげに話しているのが耳に入った。

「聞いた?舟真くん、ユニバーサルスタジオを三日間貸し切って、宜野の誕生日を祝うんだって。薔薇もヨーロッパから空輸したらしいわよ。

この前なんて、宜野を連れて本家に挨拶に行ったんだって。自腹で骨董品まで用意してさ。おじいさん、大喜びだったらしいよ。『あの子は嫁にぴったりだ』って」

その度に、汐音は黙って箸を動かした。

胸の奥がふと揺れることはあっても、もう痛みはなかった。

彼女は静かに、あらゆる誘いを断った。どんな集まりでも、彼と顔を合わせる可能性があるなら、全て行かなかった。

ある夜、舟真からメッセージが届いた。酔った勢いでの軽い文面。【近くまで来てる。迎えに来てくれない?】彼女は何も返さなかった。

その噂はすぐに、彼らの共通の仲間内でも広まっていった。

「ねえ舟真、お前の幼なじみ、最近まったく一緒にいないけど、喧嘩でもしたの?」

彼は肩をすくめ、気に留める様子もない。「放っとけ。拗ねてるだけだよ。そのうち機嫌も直る」

けれど、「そのうち」は来なかった。時間が経っても、汐音からの連絡は一切なくなった。

そして、彼の誕生日の前日。とうとう彼は我慢できず、電子招待状を送った。

しばらくして、彼女から返信が届いた。その文面はたった四文字だった。

【行かない】

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