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第592話

Author: 藤原 白乃介
俊介がさっき言った言葉、どうしてあの時の智哉と全く同じなんだろう。

佳奈はよく覚えている。智哉は毎日、お腹に顔をくっつけて、赤ちゃんに話しかけていた。

嫁さんをずっと独り占めしてたから、生まれたらまずお尻をペチンと叩くんだって。

でも、佑くんがお姉ちゃんのお腹にいた頃には、俊介なんて人とは全然知り合いじゃなかった。

疑問が一気に佳奈の胸に押し寄せてくる。

まるで目に何かが覆いかぶさってるみたいに、真実が見えない気がした。

佳奈は俊介のそばに歩み寄り、そっと尋ねた。

「綾乃姉さんと、前に会ったことあるの?」

俊介はちょうど佑くんと夢中で遊んでいたが、その言葉を聞いた瞬間、動きがピタリと止まった。

さっきまで浮かんでいた笑顔も、そのまま固まる。

子どもを喜ばせることに夢中で、口が滑ったのかもしれない。

俊介は少し笑ってみせた。

「うちの方では、子どもを叱る時にそういう言い方するんだよ。大人が子どもにムッとした時によく言うんだ」

佳奈は半信半疑で彼を見つめた。

そういう言い回しがあるのかもしれない。

でも、そうじゃなきゃ俊介のあの言葉には説明がつかない。

その時、雅浩が悠人と陽くんを連れてやってきた。

お兄ちゃんが高い高いされてるのを見て、陽くんも駆け寄ってきた。

小さな顔を上げて言う。

「イケメンおじさん、僕もやって!」

俊介は佑くんを下ろして、陽くんの鼻をつまんで笑った。

「いいよ。その代わり、あとでおじさんにケーキをもう一切れくれる?」

「いいよー!」

庭には子どもたちの笑い声が響き、俊介の心からの笑い声も混じっていた。

雅浩は佳奈のそばに来て、声を潜めて尋ねた。

「佳奈、田森坊ちゃんと付き合ってるのか?」

佳奈は首を振った。

「ただの仕事のパートナーよ」

雅浩は少し心配そうな顔をした。

「まさか、彼を利用してヨーロッパ財閥のことを調べようとしてるんじゃ……それ、危険すぎるだろ?」

「ちゃんと気をつけてるよ、先輩は心配しないで」

「でも、浩之にバレたら、また命を狙われかねないぞ」

佳奈はうっすらと笑った。

「だから俊介と偽装カップルを演じてる。浩之には、私が智哉のことを忘れたと思わせたいのと、この立場なら本当の目的を隠せるから。

浩之への恨みは忘れてない。あいつは私の子どもを殺して、父を今も昏睡状態
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