Se connecter翌日、
予定通り俺は横浜駅の相鉄ジョイナス前の広場にて路上ライブを敢行した。
昨晩作った新曲を引っ提げてエレキギターを担ぐ。
だが、
いつもの通り誰も俺の歌に興味を持ち、
足を止めて聴いてくれる人はいない。
諦めて帰ろうと思った時に横から視線を感じた。
「藤沢亮さんですよね」
パステルピンクの綿あめみたいな、
柔らかく甘々な声が聞こえる。
二十代前半くらいか茶髪の前髪ありの三つ編みおさげにした女性が俺を見ていた。
マイクスタンドを挟んで目の前に立つ彼女は、
ライブ前に配ったフライヤーを両手で持っていた。
決して大きすぎないつぶらな瞳、
綺麗な並行二重まぶたが魅力的だ。
緊張から鼓動が速くなり、
苦しい。
「はっ、
はい、
そ、
そうですけどっ。
何かありましたかね」
彼女は目を三日月型にし、
上の歯だけ見せるようにニッと笑む。
桃色の唇の間からバロックパールにも見える綺麗な歯が覗く。
「歌、
上手ですね。
つい聞き入っちゃいました」
動揺から上手く言葉が出ない。
聞こえるか聞こえないかギリギリの掠れ声で感謝を述べ、
深くお辞儀した。
褒められるのは嬉しいが百パーセント本気にはできない。
常に皮肉の可能性も考える。
歌手として実力がないと分かっており、
額面通りに受け入れない。
調子に乗っていると思われてはいけないので喜んで見せる行動も慎む。
褒められて調子に乗ったと見られたり、
他の曲を演奏してがっかりされたりしたくないので、
今日はこのまま片づけて去ろう。
プッツリとアンプの電源を切った。
「他の歌も聞かせてくださいよ」
適当におだてて下手な曲を聴いて馬鹿にしたいだけの可能性もある。
通りすがりの人間に俺の無様さを晒す目的も考えられる。
そうでなければ、
こんな可愛い子が俺を褒めるわけない。
歌手として成功できていない事実を完璧に自覚しているため、
万が一罠だった場合を考慮する。
「どうしてですか、
俺は全然、
人から必要、
とされてなくて結果を出していない、
売れていない歌手ですよっ」
彼女のカスタードクリームを連想させる滑らかな頬がオレンジに色づく。
「そんなことないですよ、
もっと自信持ってくださいよ」
自信なんて高価なものは身の丈に合っていない。
路上ライブをしても誰からも相手にされず、
唯織からも呆れられている俺が自信なんて身に着けて良いわけがない。
彼女は小ぶりの唇を結び、
挙動不審な俺をまっすぐ見つめる。
こんな俺を受け入れてくれるのか。
「今度ライブする時呼んでくださいよ。
ラインのアカウント教えるから絶対に連絡して」
穿いていたワイドジーンズのポケットからスマホを取り出した。
喉から歓喜と焦燥の声が勢い良く出そうになった。
最高に可愛い子がスマホを既に準備している。
俺なんかが待たせて良いわけない。
ギターケースのポケットか、
リュックのポケットか、
着ているレザージャケットのポケットか。
どこにスマホをしまったか。
ギターケースのポケットに入っていた。
スマホを見つけるだけでも慌てている様は哀れに見えただろう。
慌てすぎと笑いながら彼女はQRコードを差し出した。
佐々木沙耶。
アイコンの画像は背後から撮影した着物姿のおそらく沙耶本人だ。
「佐々木沙耶さんですね、スタンプ送りましたっ」
「ありがとうございます。記念に写真撮りましょうよ」
帰り道、
電車に乗っていると沙耶から写真が送られた。
ムフと、
思わず鼻から空気が漏れた。
♢ 唯織遅番の仕事が終わる早朝、帰路に着いていた。日々「生きとし生けるもの合同会社」や「小中学生立ちんぼ倶楽部」について調べているが、全く正体が掴めない。調査が進展しない現実と、毎日精一杯ナースとして働いているので蓄積する疲労で体が重たくなっている。警察の方でも特に捜査に関して連絡もなく、亮も情報を入手していないようだ。そもそも亮は真剣に考えているのかも謎だ。唯一発見したのは、自身の娘が「小中学生立ちんぼ倶楽部」でお金を稼いでいたと発覚した母親のインタビューが載った記事のみだ。記事も二〇一三年の立ちんぼ倶楽部が解体した年にて刊行された雑誌のものだった。そこには立ちんぼ倶楽部に所属する女の子の手口が明らかにされていた。まずは標的にした男性に彼女や奥さんがいた場合、ターゲットにした日の内に別れさせる。奥さんや家族が目を覚ますと既に男は家を出ているケースが多いようだ。次に仕事を辞めさせて女の子に余計依存させるようにする。一人になった男性を金銭面で補助まですると書かれていた。すっかり依存した男は体に女の子の名前の入れ墨を彫るなどで一生忘れられなくさせ、他の女性に意識を取られないようにするようだ。その後、男性はなぜか忽然と姿を消すと書かれていた。帰宅してシャワーを浴びながらインタビュー内容を思い出す。あまりに徹底しており、合同会社の抜け目なさを感じる。疲れた頭ではこれ以上推測も難しかったので今は風呂から出て寝ようと決めた。「唯織、ちょっと良いかな。話したいことがあって」風呂から上がり朝食を済ませてから部屋に籠って布団に潜ろうとした時だ。私の部屋の扉の外から亮の声が聞こえた。早く寝たいので、さっさと済ませてほしい。とりあえず扉を開けた。一重瞼で自信なさそうな垂れ目の中の黒目がキョロついている様が私を苛立たせる。背が高めでひょろ長い体格も余計に自信なさそうに見えて不愉快さを増す。何を臆しているのか。部屋に入ってからもスゥーハァースゥーハァー言っているだけで話を切り出さない。「話さないなら寝てからにして。眠くて仕方ないんだから」「分かった。言う。言うから聞いてほしい」言うと言ったくせに結局中々言わない。亮の優柔不断で臆病なところが嫌いだ。「俺ね。好きな人ができたんだ」もわっと亮の口
新木葵や「生きとし生けるもの合同会社」について調べ始めて一週間ほど経ったが、成果は何もなかった。合同会社の名前自体、SNSや5chでの噂程度しか出て来ず、本当に存在するのかも不明だ。噂の内容としては合同会社から商品を購入すれば夢のように甘い恋愛を堪能できると言われている。だが、具体的なエピソードは全く出て来ない。「小中学生立ちんぼ倶楽部」に関しても利用していたという声は一切出て来ず、5chなどでも当時の関係者は全員死んだのではないかと言われている。新木葵も懲役刑を課せられた後の行方は分からず終いだ。出所しているかどうかも不明だ。噂では多く出回っているにもかかわらず、確実な情報は何もない。唯織も特に新しい発見はないようで、日に日に苛立っているのが雰囲気で分かる。早くこんな生活終わらせたい。「戸塚でのライブ見たよ。たくさん良い曲持っているじゃん」急にラインで沙耶から誘いがあった。唯織との生活に息苦しさを抱いていたのですぐに駆け付けた。誘われるままに喫茶店に入って沙耶とカウンター席で横並びに座って話していた。彼女は肩あたりまでウェーブのかかったミルクティ色の髪を下ろして良い香りを振りまいていた。彼女が喋るたびに多幸感で溢れる。「そんなこと、ないよ。だって、俺、全然売れていないし」左頬を彼女のマシュマロクリームみたいな視線が撫でる。直視できず、彼女の顔を横目で盗み見するしかできない。一瞬だけ見てすぐに下を向いて爪先を見つめる。「何でそんなに否定しちゃうの。勿体ないよ」理由など分かりきっている。昔から俺自身に存在価値は無いに等しいと思わされてきた。初めて自身の卑小さに気付かされた日の記憶が思い出される。中学一年の時、教師との面談の機会があった。将来はL'Arc~en~CielのHydeみたいな歌手になりたいと思い切って伝えた。この頃から俺は音楽に魅せられていた。だが、面談での話を盗み聞きされていた。学校を出たところで同級生にHydeになるには顔から変えないと駄目だと笑われ、顔の形が変わりそうになるほど何度も殴打された。──死んでから人生やり直した方が早いだろ。同級生の一人から殴られながら言われた。よく覚えている言葉だ。俺は地味な生徒だったので、そんな男が大それた夢を語ったのが気に入
戸塚駅前のペデストリアンデッキ上の広場で行われるライブは、会員アーティストに登録しているので唯一公的に活動が許された場だ。疎らにしかいない観客の中、沙耶の姿だけが白桃色の光を放つ。約二十分間で五曲披露したが、彼女は終始笑顔で聴いてくれた。一曲終わるごとの拍手が嬉しくて仕方がない。久々に手応えのあるライブになった。この日はライブが終わると彼女は去って会話はできなかった。ラインで楽しかったという連絡は来たが、直接可愛らしい声で感想を聞きたかった。家へ向かって歩きながら、何度もラインの彼女のアカウントのトーク画面を開いては閉じてを繰り返した。俺からメッセージを送ろうか迷っていた。誘いのメッセージを送った場合、来てくれる可能性も一定ある。だが、気持ち悪いと思われる可能性もあるので結局メッセージは送れなかった。少し褒められたくらいで調子に乗ってはいけない。俺自身に戒めを込めてラインを閉じてスマホもポケットにしまった。自宅に帰ると今日は休みのようで唯織が部屋にいた。彼女はパソコンに向かって調べものをしている。最近ずっとこの調子だ。赤子の死骸を放棄された事件がどうしても許せないようだ。ナースとして当然の怒りだろうと思うものの、鬼気迫るオーラを抑えてほしいと願う。毎日息が詰まりそうだ。「『小中学生立ちんぼ倶楽部』の事件って何か覚えていることないよね」唯織は背中をこちらに向けたまま唐突に質問を口にした。「何だっけ、聞いたことあるような、ないような」「覚えてないか。二〇一三年の事件っぽいんだけどさ。ある団体が小中学生の女の子との恋愛や性行為ができると言って、多くの男たちを客として呼び込んでいたっていう事件だよ」「あったような気はするけど、もう十年以上前だからあんまり覚えていないな。それがどうしたの」「『生きとし生けるもの合同会社』って聞いたことあるって、この前聞いたのは覚えているよね」一週間前くらいに、唯織から聞いた会社名だ。「その合同会社が、『小中学生立ちんぼ倶楽部』を運営していたのではないかって言われているの」「その合同会社ってそもそも何なの」「ホームページもないからはっきりとは分からないけど、5chとかでは何か恋愛物語を売っている会社だって言われている」唯織は犯人の山本の旦那は「生きとし
戸塚駅前のペデストリアンデッキ上の広場で行われるライブは、会員アーティストに登録しているので唯一公的に活動が許された場だ。疎らにしかいない観客の中、沙耶の姿だけが白桃色の光を放つ。約二十分間で五曲披露したが、彼女は終始笑顔で聴いてくれた。一曲終わるごとの拍手が嬉しくて仕方がない。久々に手応えのあるライブになった。この日はライブが終わると彼女は去り、会話はできなかった。ラインで楽しかったという連絡は来たが、直接可愛らしい声で感想を聞きたかった。家へ向かって歩きながら、何度もラインの彼女のアカウントのトーク画面を開いては閉じてを繰り返した。俺からメッセージを送ろうか迷っていた。誘いのメッセージを送った場合、来てくれる可能性も一定ある。だが気持ち悪いと思われる可能性もあるので、結局メッセージは送れなかった。少し褒められたくらいで調子に乗ってはいけない。俺自身に戒めを込め、ラインを閉じてスマホもポケットにしまった。自宅に帰ると今日は休みのようで唯織が部屋にいた。彼女はパソコンに向かって調べものをしている。最近ずっとこの調子だ。赤子の死骸を放棄された事件がどうしても許せないようだ。ナースとして当然の怒りだろうと思うものの、鬼気迫るオーラを抑えてほしいと願う。毎日息が詰まりそうだ。「『小中学生立ちんぼ倶楽部』の事件って何か覚えていることないよね」唯織は背中をこちらに向けたまま、唐突に質問を口にした。「何だっけ、聞いたことあるような、ないような」「覚えてないか。二〇一三年の事件っぽいんだけどさ。ある団体が小中学生の女の子との恋愛や性行為ができると言って、多くの男たちを客として呼び込んでいたっていう事件だよ」「あったような気はするけど、もう十年以上前だからあんまり覚えていないな。それがどうしたの」「『生きとし生けるもの合同会社』って聞いたことあるって、この前聞いたのは覚えているよね」一週間前くらいに唯織から聞いた会社名だ。「その合同会社が、『小中学生立ちんぼ倶楽部』を運営していたのではないかって言われているの」「その合同会社ってそもそも何なの」「ホームページもないからはっきりとは分からないけど、5chとかでは何か恋愛物語を売っている会社だって言われている」唯織は犯人の山本の旦那は生き
翌日、予定通り俺は横浜駅の相鉄ジョイナス前の広場にて路上ライブを敢行した。昨晩作った新曲を引っ提げてエレキギターを担ぐ。だが、いつもの通り誰も俺の歌に興味を持ち、足を止めて聴いてくれる人はいない。諦めて帰ろうと思った時に横から視線を感じた。「藤沢亮さんですよね」パステルピンクの綿あめみたいな、柔らかく甘々な声が聞こえる。二十代前半くらいか茶髪の前髪ありの三つ編みおさげにした女性が俺を見ていた。マイクスタンドを挟んで目の前に立つ彼女は、ライブ前に配ったフライヤーを両手で持っていた。決して大きすぎないつぶらな瞳、綺麗な並行二重まぶたが魅力的だ。緊張から鼓動が速くなり、苦しい。「はっ、はい、そ、そうですけどっ。何かありましたかね」彼女は目を三日月型にし、上の歯だけ見せるようにニッと笑む。桃色の唇の間からバロックパールにも見える綺麗な歯が覗く。「歌、上手ですね。つい聞き入っちゃいました」動揺から上手く言葉が出ない。聞こえるか聞こえないかギリギリの掠れ声で感謝を述べ、深くお辞儀した。褒められるのは嬉しいが百パーセント本気にはできない。常に皮肉の可能性も考える。歌手として実力がないと分かっており、額面通りに受け入れない。調子に乗っていると思われてはいけないので喜んで見せる行動も慎む。褒められて調子に乗ったと見られたり、他の曲を演奏してがっかりされたりしたくないので、今日はこのまま片づけて去ろう。プッツリとアンプの電源を切った。「他の歌も聞かせてくださいよ」適当におだてて下手な曲を聴いて馬鹿にしたいだけの可能性もある。通りすがりの人間に俺の無様さを晒す目的も考えられる。そうでなければ、こんな可愛い子が俺を褒めるわけない。歌手として成功できていない事実を完璧に自覚しているため、万が一罠だった場合を考慮する。「どうしてですか、俺は全然、人から必要、とされてなくて結果を出していない、売れていない歌手ですよっ」彼女のカスタードクリームを連想させる滑らかな頬がオレンジに色づく。「そんなことないですよ、もっと自信持ってくださいよ」自信なんて高価なものは身の丈に合っていない。路上ライブをしても誰からも相手にされず、唯織からも呆れられている俺が自信なんて身に着けて良いわけがない。
♠ 亮帰宅すると部屋の中は真っ暗で唯織は帰っていなかった。確か今日は朝からいなかったので昼勤のはずだ。既に二十一時半、まだ帰って来ていないのは珍しかった。大体二十一時までには帰っており、居間で筋トレをする習慣がある。彼女は同じ高校の同級生だ。学生の頃にシュートボクシングの選手として日々汗を流しており、高校を卒業してから七年間恐らく筋トレは欠かしていないほどストイックだ。高一の時の夏に協会が主催する試合で負けてから、負けず嫌いに拍車がかかったと言っていた。俺は特に体に気を使っていないので、夕食用に買っておいた一食五百円の焼きそばを作る。パソコンを起動させて途中になっていた曲作りの打ち込みを再開する。明日は横浜駅前の広場で歌手藤沢亮として路上ライブを行う。俺は売れていないアーティストだ。このまま売れないで死ぬわけにはいかないと常に焦りを抱いている。時間があれば音楽のことを考え、毎日曲作りをするように意識している。焼きそばを箸で突きながら必死にキーボードを叩いていると、背後から施錠を解く音が聞こえた。ようやく唯織が帰宅したようだ。おかえりと挨拶しても、うんと一言淡泊な言葉が虚しく響くだけだ。唯織が冷たいのはいつものことなので特に不満を抱きはしない。だが、悲しみがゼロだと言えば嘘になる。売れていない歌手である俺を一人前の人間だと認めていないに違いない。唯織は毎日看護師としてプライドを持って仕事に向かっている。売れずに何も価値を生み出せない俺に負の感情を抱いてもおかしいとは思わない。悲しい現実ではあるが、結果を出していない俺が悪いので文句を言う筋合いなどない。現状を変えるためには歌手として売れるしかないので、毎日必死で曲を作って路上ライブを敢行し実践を積むしかない。「亮さ。『生きとし生けるもの合同会社』って聞いたことないかな」振り返ると唯織は椅子に座って腕を組んでこちらを見ていた。顎が細くて唇は薄く奥二重の目が冷酷そうに見えるが、仕事に対して誰よりも情熱がある人だ。「聞いたことのない会社名だよ。それがどうかしたの」「この前さ、うちに赤ん坊の死体置かれたじゃん」一週間ほど前、うちに赤ん坊の死体を放棄される事件が起きた。その夜スタジオに籠っていたので直接目にはしていないが唯織から