♢ 唯織外廊下の照明が明滅しそろそろ寿命だと主張している。一匹の赤茶色の蛾が羽ばたき、カサカサと寂し気な音を立てる。二十一時、帰宅すると自宅のドアノブに見たことない大き目のデパートの紙袋が提げてあった。袋は中に入っている物によってこんもりとし、表面に皺を作っている。黒の油性ペンで「本間唯織様へ」と書いてある。同居人の亮宛でなく私宛のようだ。部屋の中で内容物を確認してみようと手に取ると異様に重量があった。重みが余計に正体不明な物体に不気味さを与える。自室の椅子に腰かけて中を確認すると黒いゴミ袋が何かを包んでいた。ゴミ袋に覆われた謎の物体に恐る恐る手を伸ばすと、ニュッと指が何の抵抗もなく食い込んだ。個体と液体の中間のようで気持ち悪く急いで手を離した。大きなヒルに触れたみたいだ。不愉快な気分と同時に、何が入っているのかと好奇心も沸く。不快感と不安と興奮による体温の上昇から汗を首筋に流す。一度呼吸を整えて慎重に紙袋からゴミ袋を取り出す。黒いゴミ袋の中にも黒のゴミ袋が見え、中の物体は何重にも包まれていた。袋を外すたびに甘さと酸を含んだ粘性の強い刺激臭が漏れ出た。焦燥と恐怖が鳥肌になって二の腕に現れる。何かが腐っている臭いだ。一つの最悪な可能性が頭に浮かぶ。まさかそんな訳ないだろうと悪い予想を否定しながら袋を外していく。一枚外すごとに鼓動は早まる。遂に最後の一枚になった。途中我慢できなくなり、マスクを三重に装着した。激しく震える手で袋の口を慎重に開け中を覗き込む。思わず声が出た。何匹もの黒くて小さなハエが袋から飛び出て来た。茶色くテラテラした謎の液体が揺れる。液体を正体不明な固体がまとわりつかせる。目の神経までも蹂躙するような強靭な腐敗臭に苦しみながら瞼を開き、固体の正体を確かめる。袋の底を手で持ち上げて塊を詳察する。塊の表面は赤い葉脈のような線が浮かび、全体は青紫色の草臥れた茄子みたいな色。表面を覆うオブラートと羊皮紙の中間みたいな薄茶色のゼリー状の膜が剥がれ落ち、茶色い液が流れる。何匹もの蛆と交るように、塊から細くて小さい骨が突出しているのを発見した。驚嘆が喉の奥に引っかかって息ができない。私の抱いていた最悪な予想が当たった。どう見ても塊は人間の腐乱死体だ。大きさから考える
Last Updated : 2025-12-23 Read more