All Chapters of 艶撫亮~embryo~: Chapter 1 - Chapter 6

6 Chapters

第一章 赤茶色の赤子死体。私の前で目覚める

   ♢ 唯織外廊下の照明が明滅しそろそろ寿命だと主張している。一匹の赤茶色の蛾が羽ばたき、カサカサと寂し気な音を立てる。二十一時、帰宅すると自宅のドアノブに見たことない大き目のデパートの紙袋が提げてあった。袋は中に入っている物によってこんもりとし、表面に皺を作っている。黒の油性ペンで「本間唯織様へ」と書いてある。同居人の亮宛でなく私宛のようだ。部屋の中で内容物を確認してみようと手に取ると異様に重量があった。重みが余計に正体不明な物体に不気味さを与える。自室の椅子に腰かけて中を確認すると黒いゴミ袋が何かを包んでいた。ゴミ袋に覆われた謎の物体に恐る恐る手を伸ばすと、ニュッと指が何の抵抗もなく食い込んだ。個体と液体の中間のようで気持ち悪く急いで手を離した。大きなヒルに触れたみたいだ。不愉快な気分と同時に、何が入っているのかと好奇心も沸く。不快感と不安と興奮による体温の上昇から汗を首筋に流す。一度呼吸を整えて慎重に紙袋からゴミ袋を取り出す。黒いゴミ袋の中にも黒のゴミ袋が見え、中の物体は何重にも包まれていた。袋を外すたびに甘さと酸を含んだ粘性の強い刺激臭が漏れ出た。焦燥と恐怖が鳥肌になって二の腕に現れる。何かが腐っている臭いだ。一つの最悪な可能性が頭に浮かぶ。まさかそんな訳ないだろうと悪い予想を否定しながら袋を外していく。一枚外すごとに鼓動は早まる。遂に最後の一枚になった。途中我慢できなくなり、マスクを三重に装着した。激しく震える手で袋の口を慎重に開け中を覗き込む。思わず声が出た。何匹もの黒くて小さなハエが袋から飛び出て来た。茶色くテラテラした謎の液体が揺れる。液体を正体不明な固体がまとわりつかせる。目の神経までも蹂躙するような強靭な腐敗臭に苦しみながら瞼を開き、固体の正体を確かめる。袋の底を手で持ち上げて塊を詳察する。塊の表面は赤い葉脈のような線が浮かび、全体は青紫色の草臥れた茄子みたいな色。表面を覆うオブラートと羊皮紙の中間みたいな薄茶色のゼリー状の膜が剥がれ落ち、茶色い液が流れる。何匹もの蛆と交るように、塊から細くて小さい骨が突出しているのを発見した。驚嘆が喉の奥に引っかかって息ができない。私の抱いていた最悪な予想が当たった。どう見ても塊は人間の腐乱死体だ。大きさから考える
last updateLast Updated : 2025-12-23
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恋物語の購入とは? ──悲惨な調査の始まり──

「犯人捕まったね。でもまさかの犯人でしたよね」昼休憩の時間、木目を基調としたデザインの食堂で麦茶を飲んでいると、宮田さんが私に声をかけて来た。赤ん坊の死骸を見てから一週間経つ。未だにまともに食事が喉を通らない。最近ようやく昼はうどんを何とか啜れるようになった。宮田さんは私よりも頭一つ分くらい背丈は低いが、肩幅のある骨格に丸顔の柔和な輪郭を持ち、強さと優しさを感じる。どちらも優秀な看護師に必要な要素だ。実際に彼女は外見だけでなく仕事にも表れている。私自身も仕事にプライドを持っているが宮田さんは一番尊敬する先輩だ。「ですね。私も全然予想していなかったです」昨日の夜、警察から山本さんの旦那が自首したと知らされた。「動機も全く理解できないのよね。それが余計に気持ち悪いんですよ」宮田さんは鯖の味噌煮の骨を箸で取りながら顔をしかめていた。彼女の意見に完全に同意だ。警察から伝えられた犯人の発言を思い出す。──山本との恋愛物語を購入しただけで、子供なんて作るつもりはなかった。犯人の自首によって捜査が続いているのかは不明だが、動機についてこれ以上詳しく教えてはくれなかった。恋愛物語の購入とはどういう意味か全く理解できない。誰から購入し、どういった商品なのか。恋愛物語を買ってなぜ私の自宅前に死体を置かれたのか。何もかもが謎のままだ。「何で私の自宅の住所を山本さんの旦那は知っていたのですかね」渋面を作っている様から宮田さんも同じく分からないようだ。「本間さん、今は色々大変かもしれないけど頑張るしかないんですよね。亡くなった子のためにも看護師として頑張るって気合入れよ」 宮田さんの言葉に感謝して食堂を出た。二か月ほど前まで山本さんが入院していた部屋に向かう。白く掃除の行き届いた廊下を歩き、薄いピンク色で塗装された引き戸を開けた。今は誰も使っておらずもぬけの殻だ。 空のベッドが静かに自重しているように見える。恋物語の購入……。山本さんの入院時の様子を思い返す。──私みたいな下らない人間から生まれて来る人間も、下らないに決まっている。入院中、山本さんがベッドに潜りながら吐いた言葉だ。初めての出産で戸惑っているのだろうと私も宮田さんも判断していたが結果は悪い方に転がった。山本さんは強いボンデ
last updateLast Updated : 2025-12-23
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第二章 藤沢亮の登場。今は呑気にしているも……。

   ♠ 亮帰宅すると部屋の中は真っ暗で唯織は帰っていなかった。確か今日は朝からいなかったので昼勤のはずだ。既に二十一時半、まだ帰って来ていないのは珍しかった。大体二十一時までには帰っており、居間で筋トレをする習慣がある。彼女は同じ高校の同級生だ。学生の頃にシュートボクシングの選手として日々汗を流しており、高校を卒業してから七年間恐らく筋トレは欠かしていないほどストイックだ。高一の時の夏に協会が主催する試合で負けてから、負けず嫌いに拍車がかかったと言っていた。俺は特に体に気を使っていないので、夕食用に買っておいた一食五百円の焼きそばを作る。パソコンを起動させて途中になっていた曲作りの打ち込みを再開する。明日は横浜駅前の広場で歌手藤沢亮として路上ライブを行う。俺は売れていないアーティストだ。このまま売れないで死ぬわけにはいかないと常に焦りを抱いている。時間があれば音楽のことを考え、毎日曲作りをするように意識している。焼きそばを箸で突きながら必死にキーボードを叩いていると、背後から施錠を解く音が聞こえた。ようやく唯織が帰宅したようだ。おかえりと挨拶しても、うんと一言淡泊な言葉が虚しく響くだけだ。唯織が冷たいのはいつものことなので特に不満を抱きはしない。だが、悲しみがゼロだと言えば嘘になる。売れていない歌手である俺を一人前の人間だと認めていないに違いない。唯織は毎日看護師としてプライドを持って仕事に向かっている。売れずに何も価値を生み出せない俺に負の感情を抱いてもおかしいとは思わない。悲しい現実ではあるが、結果を出していない俺が悪いので文句を言う筋合いなどない。現状を変えるためには歌手として売れるしかないので、毎日必死で曲を作って路上ライブを敢行し実践を積むしかない。「亮さ。『生きとし生けるもの合同会社』って聞いたことないかな」振り返ると唯織は椅子に座って腕を組んでこちらを見ていた。顎が細くて唇は薄く奥二重の目が冷酷そうに見えるが、仕事に対して誰よりも情熱がある人だ。「聞いたことのない会社名だよ。それがどうかしたの」「この前さ、うちに赤ん坊の死体置かれたじゃん」一週間ほど前、うちに赤ん坊の死体を放棄される事件が起きた。その夜スタジオに籠っていたので直接目にはしていないが唯織から
last updateLast Updated : 2025-12-23
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甘々な謎の美女、沙耶。桃色の妖しい光

翌日、予定通り俺は横浜駅の相鉄ジョイナス前の広場にて路上ライブを敢行した。昨晩作った新曲を引っ提げてエレキギターを担ぐ。だが、いつもの通り誰も俺の歌に興味を持ち、足を止めて聴いてくれる人はいない。諦めて帰ろうと思った時に横から視線を感じた。「藤沢亮さんですよね」パステルピンクの綿あめみたいな、柔らかく甘々な声が聞こえる。二十代前半くらいか茶髪の前髪ありの三つ編みおさげにした女性が俺を見ていた。マイクスタンドを挟んで目の前に立つ彼女は、ライブ前に配ったフライヤーを両手で持っていた。決して大きすぎないつぶらな瞳、綺麗な並行二重まぶたが魅力的だ。緊張から鼓動が速くなり、苦しい。「はっ、はい、そ、そうですけどっ。何かありましたかね」彼女は目を三日月型にし、上の歯だけ見せるようにニッと笑む。桃色の唇の間からバロックパールにも見える綺麗な歯が覗く。「歌、上手ですね。つい聞き入っちゃいました」動揺から上手く言葉が出ない。聞こえるか聞こえないかギリギリの掠れ声で感謝を述べ、深くお辞儀した。褒められるのは嬉しいが百パーセント本気にはできない。常に皮肉の可能性も考える。歌手として実力がないと分かっており、額面通りに受け入れない。調子に乗っていると思われてはいけないので喜んで見せる行動も慎む。褒められて調子に乗ったと見られたり、他の曲を演奏してがっかりされたりしたくないので、今日はこのまま片づけて去ろう。プッツリとアンプの電源を切った。「他の歌も聞かせてくださいよ」適当におだてて下手な曲を聴いて馬鹿にしたいだけの可能性もある。通りすがりの人間に俺の無様さを晒す目的も考えられる。そうでなければ、こんな可愛い子が俺を褒めるわけない。歌手として成功できていない事実を完璧に自覚しているため、万が一罠だった場合を考慮する。「どうしてですか、俺は全然、人から必要、とされてなくて結果を出していない、売れていない歌手ですよっ」彼女のカスタードクリームを連想させる滑らかな頬がオレンジに色づく。「そんなことないですよ、もっと自信持ってくださいよ」自信なんて高価なものは身の丈に合っていない。路上ライブをしても誰からも相手にされず、唯織からも呆れられている俺が自信なんて身に着けて良いわけがない。
last updateLast Updated : 2025-12-27
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「小中学生立ちんぼ倶楽部」とは? 

戸塚駅前のペデストリアンデッキ上の広場で行われるライブは、会員アーティストに登録しているので唯一公的に活動が許された場だ。疎らにしかいない観客の中、沙耶の姿だけが白桃色の光を放つ。約二十分間で五曲披露したが、彼女は終始笑顔で聴いてくれた。一曲終わるごとの拍手が嬉しくて仕方がない。久々に手応えのあるライブになった。この日はライブが終わると彼女は去り、会話はできなかった。ラインで楽しかったという連絡は来たが、直接可愛らしい声で感想を聞きたかった。家へ向かって歩きながら、何度もラインの彼女のアカウントのトーク画面を開いては閉じてを繰り返した。俺からメッセージを送ろうか迷っていた。誘いのメッセージを送った場合、来てくれる可能性も一定ある。だが気持ち悪いと思われる可能性もあるので、結局メッセージは送れなかった。少し褒められたくらいで調子に乗ってはいけない。俺自身に戒めを込め、ラインを閉じてスマホもポケットにしまった。自宅に帰ると今日は休みのようで唯織が部屋にいた。彼女はパソコンに向かって調べものをしている。最近ずっとこの調子だ。赤子の死骸を放棄された事件がどうしても許せないようだ。ナースとして当然の怒りだろうと思うものの、鬼気迫るオーラを抑えてほしいと願う。毎日息が詰まりそうだ。「『小中学生立ちんぼ倶楽部』の事件って何か覚えていることないよね」唯織は背中をこちらに向けたまま、唐突に質問を口にした。「何だっけ、聞いたことあるような、ないような」「覚えてないか。二〇一三年の事件っぽいんだけどさ。ある団体が小中学生の女の子との恋愛や性行為ができると言って、多くの男たちを客として呼び込んでいたっていう事件だよ」「あったような気はするけど、もう十年以上前だからあんまり覚えていないな。それがどうしたの」「『生きとし生けるもの合同会社』って聞いたことあるって、この前聞いたのは覚えているよね」一週間前くらいに唯織から聞いた会社名だ。「その合同会社が、『小中学生立ちんぼ倶楽部』を運営していたのではないかって言われているの」「その合同会社ってそもそも何なの」「ホームページもないからはっきりとは分からないけど、5chとかでは何か恋愛物語を売っている会社だって言われている」唯織は犯人の山本の旦那は生き
last updateLast Updated : 2025-12-29
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「小中学生立ちんぼ倶楽部」とは? 

 戸塚駅前のペデストリアンデッキ上の広場で行われるライブは、会員アーティストに登録しているので唯一公的に活動が許された場だ。疎らにしかいない観客の中、沙耶の姿だけが白桃色の光を放つ。約二十分間で五曲披露したが、彼女は終始笑顔で聴いてくれた。一曲終わるごとの拍手が嬉しくて仕方がない。久々に手応えのあるライブになった。この日はライブが終わると彼女は去って会話はできなかった。ラインで楽しかったという連絡は来たが、直接可愛らしい声で感想を聞きたかった。家へ向かって歩きながら、何度もラインの彼女のアカウントのトーク画面を開いては閉じてを繰り返した。俺からメッセージを送ろうか迷っていた。誘いのメッセージを送った場合、来てくれる可能性も一定ある。だが、気持ち悪いと思われる可能性もあるので結局メッセージは送れなかった。少し褒められたくらいで調子に乗ってはいけない。俺自身に戒めを込めてラインを閉じてスマホもポケットにしまった。自宅に帰ると今日は休みのようで唯織が部屋にいた。彼女はパソコンに向かって調べものをしている。最近ずっとこの調子だ。赤子の死骸を放棄された事件がどうしても許せないようだ。ナースとして当然の怒りだろうと思うものの、鬼気迫るオーラを抑えてほしいと願う。毎日息が詰まりそうだ。「『小中学生立ちんぼ倶楽部』の事件って何か覚えていることないよね」唯織は背中をこちらに向けたまま唐突に質問を口にした。「何だっけ、聞いたことあるような、ないような」「覚えてないか。二〇一三年の事件っぽいんだけどさ。ある団体が小中学生の女の子との恋愛や性行為ができると言って、多くの男たちを客として呼び込んでいたっていう事件だよ」「あったような気はするけど、もう十年以上前だからあんまり覚えていないな。それがどうしたの」「『生きとし生けるもの合同会社』って聞いたことあるって、この前聞いたのは覚えているよね」一週間前くらいに、唯織から聞いた会社名だ。「その合同会社が、『小中学生立ちんぼ倶楽部』を運営していたのではないかって言われているの」「その合同会社ってそもそも何なの」「ホームページもないからはっきりとは分からないけど、5chとかでは何か恋愛物語を売っている会社だって言われている」唯織は犯人の山本の旦那は「生きとし
last updateLast Updated : 2025-12-30
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