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第5話

Auteur: キカイ
海の上で突然、雷鳴が轟いた。かれんの瞳孔がきゅっと縮み、胸のざわめきを押さえつけて、ゆっくり振り向いた。

けれど視線の先にあったのは責める目じゃない。十段のシュガーケーキを押して近づく瑛司だった。蝋燭の灯りが、その目にやわらかく揺れている。

「もう仕事はやめにしよう。結婚前のラスト3日、独身最後のバカ騒ぎしよう」

彼は髪をくしゃりとなで、甘い声で囁く。「3日後には、お前は俺の妻だ」

大柄な彼がケーキの横に立ち、熱のこもった視線をまっすぐ彼女に注ぐ。歓声が上がり、紙吹雪が舞った。

少女のころのかれんは、こんな場面を何度も夢見てきた。

ただ、その男が3分前まで別の女と口づけしていたなんて、あのころの彼女は知るよしもない。

かれんのまつ毛が震え、言葉を探す前に、隣のパティシエが涙目で言った。

「かれんさん、このケーキ、藤原さんが自分で作ったんです。

お好きな甘さに合わせるために何十回も試作して、オーブンの火傷で手が水ぶくれだらけになってました。

一番上のシュガープリンセスは、藤原さんが10日かけて彫ったんです。12歳のときにあなたが描いた絵と同じに、って」

「かれんのためなら、たいしたことじゃない」

瑛司は笑ってジャケットを肩に掛けた。「風が出てきた。ケーキを切ったら部屋に戻ろう。俺のお姫様が冷えるから」

「金持ちなのに自分でケーキ作るなんて、藤原さんどれだけ一途なんだ」

「『お姫様』だって!何この神カップル」

歓声が渦を巻く中、ただひとり、真美だけが人混みの端でケーキを睨みつけ、その目に一瞬だけ毒の色を走らせた。

かれんは口角を引きかけた、そのとき。

稲妻が海面を裂き、甲板を青白く照らした。

巨大な波でクルーズ船が大きく傾き、客たちは悲鳴を上げて手すりにしがみつく。

その瞬間、真美はタイミングを狙ってケーキに体当たりした。

「ざばっ」

十段のケーキが轟音とともに崩れ落ち、クリームと果物が床一面に飛び散った。

悲鳴に包まれ、甲板は一気に混乱する。

「やめろ!」

瑛司の顔色が変わったが、もう遅い。

手すりのそばにいたかれんと真美は、崩れたケーキの勢いに引っ張られ、足元のクリームで滑って、そのまま手すりの外へ倒れ込んだ。

次の瞬間、瑛司は真美をつかんで抱き寄せ、傾いた甲板を転がるように避難した。

かれんは短い悲鳴を上げたきり、真っ黒な海へ真っ直ぐ落ちていった。

ザブン!

凍える海水が鼻に一気に流れ込み、呼吸が奪われた。

意識が遠のく直前、甲板から瑛司の叫びが聞こえた。「かれん!」

でも分かっている。いま彼が腕に抱いているのは、真美だ。

海の底は真っ暗で、音もない。かれんは痛みに力が抜け、もうもがくことすらできない。

もう、疲れた。このまま沈んで、少し眠れたら、それでもいい。

目を閉じかけた瞬間、記憶の欠片が一気にあふれ出した。

12歳の瑛司。沈みゆく夕陽の中、壊れたぬいぐるみを不器用に縫い直してくれた。針目は曲がって、額には汗。

16歳の瑛司。世界的なビジネスフォーラムの講演をキャンセルし、深夜便で12時間飛んで帰国して、誕生日当日に手作りのケーキを差し出した。

20歳の瑛司。土砂災害の濁流の中、歯を食いしばって彼女を高い所へ押し上げ、自分は流れにのまれて見えなくなった。

真っ暗闇で涙が止まらず、無意識にその名前を繰り返した。

「瑛司……瑛司……怖い……」

でも、彼には届かない。

彼はかれんを深みに落としたまま、背を向けて別の誰かを抱きしめている。

胸がぎゅっと縮み、かれんははっと目を開け、涙があふれた。

その痛みから息を整える間もなく、次の瞬間、女の湿った吐息が、耳元をかすめた。

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