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第5話

作者: ちょうどいい
元子は手を振り上げ、破り捨てた契約書の紙片を修一の顔めがけて投げつけた。

修一はその場に立ち尽くし、ほんの一瞬、いつもの冷静さと距離を置いた態度が崩れそうになった。

彼はゆっくりと口を開き、先ほどよりも低く、押し殺したような冷たい声で言った。

「君はあの時、必死になって栗原夫人になろうとしたくせに、今さら誰にそんな我がままを見せているんだ?」

修一の言葉に、元子はまるで頬を打たれたような衝撃を覚えた。

彼女の「退路を断つ覚悟」も、「きっぱり切り捨てる決意」も、彼の目にはただの「駄々っ子のわがまま」にしか映らないのか。

元子は口元を引きつらせ、笑うように見えたが、その笑みには一片の温かさもなかった。

「栗原さん、今の私は五年前にあなたを追いかけていた頃よりもよっぽど本気よ。本当に……あなたをもういらないと決めたんだ」

元子の悲しげで、それでいて揺るぎない声は、まるで鋭い棘のように修一の胸に刺さった。彼はふと得体の知れない苛立ちを覚えた。

落ち着かせるように片手を上げ、その仕草はまるで聞き分けのない子どもをあやすようだった。

「落ち着け。腎臓の提供の件は、もし嫌なら話し合えばいい。子どものことも、俺は……」

言い終える前に、修一のスマホが突然鳴り響いた。

彼は着信表示の【千秋】の名を一瞬見て、次に顔面蒼白の元子へ目をやった。

ほんの一瞬ためらったのち、体を少し横に向けて電話に出た。

電話の向こうから、千秋の泣き声がはっきりと聞こえてきた。

「修一、たくさんの記者が急に押しかけてきて、武文が隠し子かどうかって詰め寄ってくるの……怖いの……」

その言葉を聞いた瞬間、修一の顔色が一変した。

彼は鋭く元子を見据え、目に疑念と探るような光を浮かべた。

「こんな騒ぎを起こしたのは、俺を足止めして、記者を使って千秋を傷つけるためか?」

修一が深く失望したように言い放った。「元子、お前は本当に残酷だな」

「残酷」という言葉が胸に刺さり、反応する間もなく、次の瞬間、修一が彼女の手首を乱暴に掴んだ。

彼は彼女の傷口などまるで気にせず、骨が軋むほどの力で握りしめた。

元子は真っ白な包帯にじわりとにじむ血を見つめ、ついに堪えきれず修一の手を振り払った。

「私はあなたみたいに卑しくない」

一拍置いて、彼女の表情が氷のように冷たくなった。

「触らないで。あなたを見るだけで吐き気がする。自分で行くから」言い終えると、元子は一度も振り返らず、大股で千秋の病室へと向かった。

ちょうどドアの前に着いた瞬間、千秋はもがくようにベッドから転げ落ち、よろめきながら元子の前にひざまずいた。

「新谷さん、私が武文を連れて帰ってきたのは間違いだったってわかってる。でも武文は何も悪くないの。彼はただ、お父さんを恋しがってる子供なのよ。お願い、彼を傷つけないで。あなたの腎臓なんてもういらない。今すぐ死んだっていいから……」

その言葉を聞いた修一は、顔を真っ青にして千秋を支え起こし、元子を見つめるその目には氷のような冷たさが宿っている。

「彼女に頼む必要なんてない。あいつが奪っているのは、本来君の場所なんだ」

その言葉を聞いた瞬間、元子は思わず一歩後ずさり、胸の奥底がえぐり取られるような激痛に襲われた。

彼女は修一を見つめ、まるで初めて会った人のように感じた。

修一は慎重に千秋を病室のベッド脇まで支え、再び元子に向き直ると、その声は氷のように冷たかった。

「明日は武文の誕生日パーティーだ。君も一緒に来い。みんなの前で、武文は俺たちの子だとはっきりさせろ」

一拍置いて、彼は冷たい口調で言い続けた。

「もし拒むなら、新谷家を倒産させるだけじゃない。俺は自ら君のお父さんを刑務所に送ってやる。

わかってるだろ、俺にはそれができる」

その瞬間、元子は心の中の何かが完全に砕け散るのを感じた。

目の前のこの冷たく脅してくる男は、五年前のあの清らかで気高かった修一とはまるで別人のようだ。

静寂の中、彼女の耳に届いたのは、自分のかすれた声だけだった。「わかった。明日……必ず時間通りに出席するわ」

そう言い終えると、元子はもう修一と千秋に一瞥もくれず、抜け殻のように病室を後にした。

その夜、彼女は一睡もできなかった。

翌日、ブルガリホテルの最上階。名士たちが集まり、フラッシュが眩しく瞬く。

元子は修一が用意したオートクチュールのドレスを纏い、精巧に飾り立てられた操り人形さながら、修一の腕に手を添えて宴会場のステージ中央へと姿を現した。

彼と彼女は左右に立ち、華やかに着飾った武文を囲む。その姿はまるで本物の家族のようだ。

だが、元子だけが知っている。それは違うのだ。

修一の世界では、彼女は最初から最後まで余計な部外者にすぎない。

そのとき、修一がゆっくりと口を開いた。

「こちらは私と元子の息子、栗原武文。そして栗原グループ唯一の後継者です」

その言葉が発せられた途端、会場は一瞬のざわめきに包まれた。

招待客たちがひそひそと囁き合う中、智美が千秋の手を引いて姿を現した。

彼女は元子を軽く一瞥し、声を張り上げることなく、それでも前列の客にははっきりと届くような調子で言った。

「皆さん、浅野千秋こそが、私たち栗原家が正式に認めた嫁です。彼女は栗原家の長男をご出産になり、この家に大いに貢献してくれました。それに引き換え、何年もおいておきながらお子様ひとりお授かりにならない方もいらっしゃるなんて……本当にお恥ずかしいことですわね」

その言葉が響いた瞬間、元子は会場中の視線が一斉に自分へ注がれるのを感じた。嘲り、同情、そして軽蔑――

彼女はそっと拳を握りしめ、何かを決意したようにマイクの前へと歩み出た。

「本日、もうひとつお知らせがあります。それは――」

元子は修一を一瞥し、決意を込めた声で言った。

「私と栗原修一との婚姻関係は、本日をもって解消することをお知らせします」

彼女は続けて智美を見やり、皮肉を込めて言葉を放った。

「それから、一つはっきりさせておきます。この五年間、私に産める力がなかったわけじゃありません。問題は修一さん側にありましたのよ。彼、男として機能していなかったんですから!」
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