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第3話

Author: 錦玉のきらめき
何も知らない人?

沙耶は、本当は美術界では有名なアーティストだ。ただ、それを隠して別の名前で活動してきただけ。

真美が育児コンサルタントを名乗っているけれど、知識も経験も中途半端で、絵に関しては沙耶の足元にも及ばない。

沙耶が反論しようとしたとき、達也が階段を駆け下りてきた。

「どうしたんだ?」

「あなたの奥さんに聞いてみてください」

真美は、まるで沙耶にひどいことをされたかのように、怒りと悲しみをぶつけてくる。

達也は事情も聞かずに、沙耶に詰め寄る。

「沙耶、何をしたんだ?」

胸の奥がギュッと締めつけられる。

本当に皮肉だ。

倒れてケガをしたのは自分なのに、責められるのも自分の方だった。

「颯太に絵を教えていただけなのに、真美さんが急に割り込んできて、色見本を取り上げられて、そのうえ私を突き飛ばしたの。どうして私ばかり責めるの?まず真美さんに何があったのか聞いてくれない?」

そのとき、ようやく達也は沙耶の手から流れる血に気がついた。

彼の目に一瞬、心配そうな色が浮かぶ。

けれど、それを見ていた真美は、なんとも言えない苛立ちを隠しきれない。

「沙耶さんは絵のこと何も知らないのに、そんな人が子どもの教育に口を出すなんて、無責任にもほどがあると思いません?」

そう言い放ち、真美は今度は達也の方をじっと見て、少し冷たい口調で言い切る。

「私、前から言ってるけど、私を雇うなら私のやり方に従ってもらう約束でしたよね。教育方針に口を出したり、勝手に子どもに何か教えたりするなら、私はここを辞めるしかないです」

真美が「辞める」と言い出すと、達也は途端に焦り始める。

「今回は沙耶が悪かった。無知だっただけなんだ。怒らないでくれ。

沙耶、早く真美さんに謝って」

「私は間違ってない」

沙耶は一歩も引かずに答えた。

すると達也は一気に険しい表情になり、声を荒げる。「俺の我慢の限界を試すな!」

達也が自分の味方だとわかった真美の顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

「教育に関しては、私の方がずっと経験も知識もあります。どうしても納得できないなら、颯太くんに聞いてみたらどうですか?」

真美は颯太の前にしゃがみこみ、わざと優しい声で問いかける。

「颯太くん、今日は真美先生と外に出て自然に触れるのと、お家でママと一緒にお絵描きするの、どっちがいい?」

「真美先生と外に遊びに行きたい」

真美は勝ち誇ったように沙耶を見つめ、得意げに眉を上げた。

達也も「真美さんの言う通りだ。子どもは外でいろんな経験をした方がいい」と言う。

沙耶は、すっかり一つになったふたりと、そこに加わる颯太を見て、胸の痛みがますます強くなるばかりだった。

そのまま達也と真美は颯太を連れて、郊外の公園までキャンプに行くことを決めてしまう。

達也は本当は沙耶を置いていくつもりだったが、颯太が「ママも一緒がいい」とどうしても譲らず、結局「特別に」沙耶も連れていくことになった。

沙耶は大きな荷物をいくつも抱えて、後ろからついていった。前を歩く真美と颯太の会話が耳に入ってくる。

「どうしてママも一緒がいいの?」

「ママがいなかったら、汗を拭いてくれる人もいないし、ボールを拾ってくれる人もいないし、荷物を持ってくれる人もいないでしょ。真美先生はお姫様だから、そういうことさせたくないんだ。ママはぼくたちの召使いなんだから」

沙耶の手から、持っていた荷物がガサッと落ちる。

達也もその音を耳にしたようだった。

息子の言葉がさすがにひどすぎたと思ったのか、達也が声をかける。「彼女はお前の母親だぞ。そんな言い方をしてはいけない」

颯太は口をとがらせて、沙耶の方をちらりと見る。「ママ、ごめん」

沙耶は苦笑しながらも、その謝罪を受け入れた。

キャンプ場に着くと、達也はテントの立てを、沙耶と真美は荷物を車から運ぶ役目になった。

真美は大きなテーブルを抱えて、わざとらしく沙耶にぶつかってきた。

ゴンッ――と鈍い音がして、沙耶は頭がくらくらした。

必死で体勢を立て直すと、真美は自分がやってしまったことに気づいたのか、一歩下がってテーブルを抱え込むように倒れ込む。

「きゃっ――!」

真美は、達也に責められないように自分にも傷をつけるくらい、徹底して「被害者」になろうとしていた。

テーブルが真美の上に落ちて、腰を押さえながらうずくまる。

「真美さん!」

「真美先生!」

達也と颯太は、真美が倒れたのを見るなり、すぐに駆け寄ってきた。

真美の額には小さな汗の粒がにじんでいて、いかにも痛々しい様子だった。
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