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第19話

Author: 錦玉のきらめき
「関係ないでしょ!」

「あんたのママが、わざとあんたをそそのかしてるんじゃない?言うことを聞かせないようにして、わざとこの家をかき乱そうとしてるんでしょう?」真美の目は、今にも飛び出しそうなほど見開かれていた。

「違う!この悪い女、ぼくのスマホを返して!」

真美は怒りで我を忘れ、思わず手を振り上げて颯太を叩こうとした。

「やめろ!」

背後から達也の冷たい声が響き、真美はビクッと体を震わせて振り返った。

達也は手にしていたタバコをもみ消しながら、一歩一歩近づき、颯太を背中にかばいながら、真美に手を差し出す。

「子どもが言っただろ。スマホを返してやれ」

真美はその場に立ち尽くしたまま動かない。

達也はさらに鋭い声で叱りつけた。「返せ!」

真美は小さく震えながら、しぶしぶスマホを返した。

達也はそれ以上何も言わず、颯太を連れて部屋に戻った。「行こう。ママにビデオ通話しよう」

真美はふたりの背中を睨みつけ、胸の中に嫉妬の炎を燃やしていた。

すぐに真美は目に涙を浮かべて義母の節子のもとへ駆け寄り、さっきの出来事を大げさに話し始めた。そして、颯太のわがままな態度を、すべて沙耶のせいにして言いつけた。

「お義母さん、沙耶さんはもう親権も放棄して家を出たのに、まだ陰で子どもをそそのかして、この家を乱そうとしてるんです。息子が悪いことを覚えてしまったのも、あの人のせいです。私と達也さんの仲まで壊されかねません。それに最近は、達也さんも息子ばかりかばうようになって……」

「何ですって!」節子は机を思いきり叩き、じっと考え込んだあと、すぐにこう言った。

「そんな子はもう救いようがない。あなたと達也の間に、自分たちの子どもを作りなさい。自分の子なら、きっとよく懐いてくれるわ。そのうち新しい子どもが生まれれば、達也の心も落ち着くはずよ」

「……どうすればいいですか?」

節子は意味ありげな目で真美を見つめた。

一方そのころ――

自分の母親と真美がそんな話をしているとは知らず、達也は颯太の話に耳を傾けていた。

颯太は、母親がどれほど美しく変わったかを楽しそうに語り、達也はその変化に驚きを隠せなかった。

ふと思い出したのは、以前電話越しに聞こえた「沙耶先生」という呼び名。達也の心には、何か隠された秘密があるのでは――という疑念がじわじわと広がっていく。

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