FAZER LOGIN
繭香は、高校時代のいちばんの親友だった。卒業後、大学受験に失敗した彼女は地元の大学へ進み、私は都会の大学へ進学した。離れ離れになっても、私たちはずっとこまめに連絡を取り合っていた。1年前、失恋と失業が重なった彼女に、私は環境を変えてみないかとこちらへ呼び寄せたのだ。部屋探しに仕事探しにと、私は自分のことのように奔走した。友達がいなくて寂しいだろうと、自分から彼女を私の友人たちの輪へ招き入れた。一誠たちにも、わざわざよろしく頼むねと頭を下げてお願いしたほどだ。けれど、その「よろしく」という言葉はいつしか残酷に形を変えていった。そして気づけば、私のほうがすっかり部外者になっていた。物思いを振り払い、私は繭香へ電話をかけた。繭香はまるで予期していたかのように、一瞬だけ黙り込んだあと、ふいに笑い出した。「フフフ……聞きたいんでしょ。どうしてって。璃子、私、ずっとあなたが妬ましかったのよ。なんであなたばっかり、見た目も能力も何もかも上で、みんなに好かれるわけ?なんで受験に失敗するのも、仕事を失うのも、男に振られるのも全部私で、あなたはずっと順風満帆なのよ!私はただ、あなたよりちょっと運が悪かっただけじゃない。どうして私はいつもこうなの?あと少しで、本当に一誠と結婚できたのに!どうせあなたは、自分の潔白くらい簡単に証明できるんでしょうね。でも、少しでも嫌な思いをさせられたなら、私はそれで満足よ!ハハハハ!」狂気をはらんだ笑い声が響く。私は何も言わず、次第に箍が外れていく彼女の声を聞きながら、静かに電話を切った。真っ直ぐで純粋だと信じていた友情は、とっくの昔に、ぼろぼろに朽ち果てていたのだ。繭香の言うとおり、反撃の証拠はすでにすべて揃えてあった。本当は、もっとお互いに体面を保てる形で解決するつもりだった。けれど、そんな配慮に値しない人間もいるのだと思い知らされた。もう迷わなかった。集めた証拠のすべてと、今の通話の録音データをひとまとめにする。そして、ためらうことなく送信ボタンを押した。反論の余地のない決定的な証拠を前に、世論はたちまち手のひらを返した。ネット上の人々は、すぐに真相に気づいた。涙の謝罪は嘘で、醜い嫉妬こそが本心だったこと。純粋な友情は嘘で、一誠との曖昧な関係こそが真実
一誠は、死刑宣告を受けた囚人のように、ゆっくりと肩を落とした。顔面蒼白のままよろめき、もうひと言も発することができなかった。扉がふたたび閉ざされ、外の喧騒が一瞬で完全に遮断された。ホテルの外。一誠が追い出されるのを目の当たりにした親戚や友人たちは、困惑した顔を見合わせていた。人々の探るような視線とひそひそ話が、肌を刺すように感じられ、一誠は息が詰まりそうだった。よりにもよってそのとき、外で張り込んでいた記者たちが潮のように押し寄せてきた。「西内社長、なぜご自身の結婚式から追い出されたのでしょうか?」「影山社長は天星プロジェクトを勝ち取ったうえ、今度はあなたの婚約者まで奪ったわけですが、今のお気持ちは?」以前の一誠なら、負けず嫌いな性分が、誰かに後れを取ることなど決して許さなかっただろう。けれど今の彼は黙り込んだまま、魂が抜けたように閉ざされた扉を見つめるばかりだった。一誠の両親は、怒りと屈辱で顔をこわばらせていた。そこへウェディングドレス姿のまま駆けつけてきた繭香を見て、母親の目がぱっと輝いた。一誠の母は繭香の手を力強く引き寄せ、群がる人だかりに向かって声を張り上げた。「うちの息子が捨てられたなんて、誰が言ったの?西内家のほうが、光岡璃子みたいな女はお断りしたのよ!こちらこそ、うちの自慢のお嫁さん、繭香ちゃんです。一誠と婚姻届を出すために、ドレスのまま駆けつけてくれたんですから」カメラのフラッシュが一斉に繭香へ向けられる。「笹田さん、本当ですか?」まだ息も整わない繭香は、一瞬だけぽかんとした。けれどすぐに状況をのみ込むと、驚きと喜びを浮かべ、いかにも恥じらうようにうなずいた。「違う」一誠がようやく反応を見せた。ひどく硬い声だった。「俺が欲しいのは璃子だけだ。璃子以外の誰とも、結婚する気はない!」「結婚する気もないのに、なんで式なんか挙げたのよ」「あなたがどう思おうと関係ないわ。今日、西内家がかいた恥は、きっちり取り返してもらうからね!」一誠の母は、歯がゆくてたまらないという顔で、低い声で彼へ釘を刺した。一誠は不意に深くうなだれた。重い後悔と脱力感が、全身にのしかかる。繭香との結婚式は、ただ彼女の芝居に付き合ってやるだけのつもりだった。繭香が自分に向ける熱を
ホテルの宴会場、その壇上。司会者が滞りなく、式次第をひとつずつ丁寧に進めていく。新郎新婦の入場、誓いの言葉。そして、指輪の交換へ差しかかったときのことだ。重厚な扉が、バンッと勢いよく押し開けられた。一誠が飛び込んできても、私は少しも驚かなかった。入り口に立つ彼は前髪を振り乱し、息を切らして胸を激しく上下させている。彼が着ているタキシードは、私のウェディングドレスと一緒にオーダーして仕立てたものだった。ふたりで試着したとき、式場でこの衣装に身を包んだ私たちの姿を、幸せな気持ちで思い描いたこともあった。まさか、こんな形で目にすることになるとは思わなかったけれど。「璃子ッ!そいつと結婚するな!」一誠の声はひどくかすれ、かすかに震えていた。「こうして迎えに来ただろ。いくら気に入らないからって、結婚を遊びにするなよ……!」私は凛とした声で、その言葉を遮った。「結婚を遊びにしていたのは、最初から最後まであなたたちのほうでしょう。私と徹は、今日、婚姻届を出した正式な夫婦よ」私は、徹の薬指へそっと指輪をはめた。彼はそのまま私の手を包み込み、なだめるように指先を優しく撫でてくれる。おそろいの結婚指輪が並ぶのを見て、胸の奥にまた少し勇気が湧いてきた。私はあらためて一誠へ目を向けた。まるで見知らぬ人に話しかけるように、静かに告げる。「それと、西内さん。あなたを私たちの式へお招きした覚えはないわ」「……璃子っ」一誠の声は、喉の奥から無理に絞り出したかのようだった。彼は怒りを必死に押し殺し、ほとんど歯を食いしばるようにして言った。「繭香のことで俺に仕返ししたかったんなら、もう目的は果たしただろ。お前の勝ちだ。今すぐ一緒に帰ろう。そうすれば、何もなかったことにしてやる」私は一瞬だけ呆気にとられ、それから思わず乾いた笑い声を漏らした。これまで数えきれないほど、彼のばかげたゲームで一度でいいから勝ちたいと願ってきた。私が本当に彼を必要としたときくらい、勝ち負けなんて捨てて私を選んでほしい。たった一度でいいから。けれど現実は、そのたびに私へ思い知らせた。一誠のゲームのルールでは、勝ち負けのほうがいつだって私より大事なのだと。そして今、彼がようやく自分から頭を下げて負けを認めた。でも
一誠が状況をのみ込む間もなく、写真が次々と送られてきた。写真の中の璃子は、上質なサテンのウェディングドレスに身を包み、息をのむほど美しかった。そしてその隣。本来なら自分がいるはずの場所に誇らしげに立っているのは、宿敵の徹だった。一誠はスマホを握る手に、少しずつ力を込めた。「あれ、影山さんじゃない?」繭香の顔に、絶妙な驚きの表情が浮かぶ。「璃子ったら、どうして影山さんなんかと。いつの間にそんな関係になってたの?一誠と影山さんが犬猿の仲だってこと、知らない人なんていないのに。これ、本当にわざとじゃないのかな?だから今回、あんなに過敏だったんだ。もしかして、わざと騒ぎを大きくして、それを口実に影山さんと結婚するつもりだったとか?」繭香の放つひと言ひと言が、一誠の神経を激しく逆撫でしていく。限界を超えた怒りに、一誠の理性は跡形もなく吹き飛んだ。彼は車に飛び乗り、アクセルを床まで乱暴に踏み込んだ。車は猛スピードで走り抜け、背後ではクラクションと怒声が入り乱れる。ところが、ホテルが目前に迫ったところで、それまで順調に流れていた道路が急に渋滞しはじめた。まるで示し合わせたかのように、周りの車が彼の前へ次々と強引に割り込んでくる。一誠は怒りを必死に抑え込み、耳をつんざくほどにクラクションを鳴らし続けた。今、彼の頭にあるのは、ただひとつの思いだけだった。絶対に間に合わせる。このばかげた結婚式を、何としてでも止めてみせる。……披露宴が始まる少し前、新郎の徹は友人たちに囲まれ、さっそく冷やかされていた。「ところで徹、新婦とはいつ知り合ったんだっけ?」徹は少しも迷わず答えた。「大学2年の後期。土曜日にあったバスケの試合」「じゃあ、その時から?」友人のひとりがにやにやしながら聞く。徹は照れたように笑って、それでもはっきりとうなずいた。「ああ。一目惚れだった」その瞬間、周りから一斉に歓声が上がった。少し離れたところにいた私と目が合う。お互い、思わず笑ってしまった。胸の奥が、じんわりと温かく満たされていった。「新郎が新婦を口説くためにした、いちばん恥ずかしいことは?」「まともに顔も見られなかった頃に、1か月の間、毎日ラブレターを書いた」徹は照れ隠しのように小さく笑っ
隠し撮りらしき写真には、徹が璃子を大切そうにかばいながら、ホテルへと入っていく姿がはっきりと写っていた。今夜、一誠と璃子が披露宴を開くはずの、まさにあのホテルだ。一誠の頭が、一瞬だけ真っ白になった。最初に浮かんだのは、璃子が自分たちの結婚式へ徹を招待したのだろう、という考えだった。だが璃子は、一誠と徹の犬猿の仲を誰よりもよく知っている。3人は大学の同級生だった。在学中、一誠と徹はあらゆる大会で抜きつ抜かれつ、トップの座を激しく争ってきた。卒業後も、そろってIT業界で起業し、資金も案件も容赦なく奪い合ってきた。この数年、一誠はひどく悔しい思いをすることも少なくなかった。徹の事業は、いつも自分の一歩先を行っていたからだ。だが恋愛においては、徹は自分に敗れた男だ。あの頃、ふたりはほぼ同時に璃子へ想いを告げた。そして璃子が選んだのは、紛れもない自分だったのだから。そう思い至り、一誠はいくらか落ち着きを取り戻した。居ても立ってもいられず、璃子へ連絡を入れる。だがメッセージは既読にならず、電話も一向につながらない。一誠は、ようやく気づいた。璃子に、完全にブロックされている。ある恐ろしい考えが、不意に頭をよぎった。激しい不安に襲われ、一誠の顔からみるみる血の気が引いていく。「一誠、顔色悪いよ。さっきからずっと上の空だし?」繭香が彼の袖を引き、少し拗ねたような声を出した。一誠はようやく我に返り、虚ろだった目に光が戻る。あたりを見回す。ここで行われているのは、自分と繭香の結婚式だ。そして自分の婚約者である璃子は、もうすぐほかの男のもとへ嫁ごうとしている。一誠には、ふいにすべてがばかばかしく思えた。弾かれたように立ち上がり、大股で出口へ向かう。「ねえ一誠、どこ行くの!?」繭香のうろたえた声が、背後に置き去りにされた。車のドアを開けたところで、慌てて追いかけてきた信弘と菜月に必死で引き止められた。「一誠、正気か。まだ式の途中だぞ、どこへ行く気だ?」菜月も彼の前に立ちはだかる。「そうだよお兄ちゃん、このまま行っちゃったら繭香さんはどうするの?」「どけ。そんなこと構ってられるか。璃子がほかの男と結婚しちまうんだぞ!」一誠は声の震えを必死に抑え込み、今にも噛みつき
両親をホテルに落ち着かせてから、私は新居へ自分の荷物をまとめに戻った。ところが部屋の中は、予想以上に騒がしかった。リビングの中央に立つ一誠は、電話をしながら家政婦に次々と指示を出し、繭香の荷物を運び込ませている。彼はすっかり慣れた口ぶりで、繭香のサイズをよどみなく告げた。「このサイズで、ウェディングドレスをもう何着か用意しておいてください。明日、彼女と試着に行きますので」繭香の好むデザインについて担当者と打ち合わせを終えたところで、一誠はようやく私の存在に気がついた。電話を切り、私へ向き直る。「璃子、ちょうどよかった。繭香のご両親が何日か泊まりに来るんだ。バレないように、お前の荷物はどこかに隠しておいてくれ。その間はホテルに泊まっててくれよ。どうせ式の当日も、ホテルで支度するんだしさ」言い終えたところで、一誠はふと言葉を切った。ようやく思い出したらしい。先週、うちの両親を何日か泊めてもいいかと相談したとき、彼は眉間に深いしわを寄せて、にべもなく断ったのだ。「他人が家に上がり込むのは好きじゃない。いい大人なんだし、まだ結婚もしてないのに、少しは距離感ってやつを考えろよ」自らの矛盾に気づいたのか、一誠は口を開きかけ、何か言おうとした。まさにそのとき、着信音が鳴り響いた。画面に表示された名前を見た途端、一誠の鋭い目元がふっと緩む。彼はもう私に一瞥もくれず、足早にベランダへ出て電話に出た。私が荷物をすべてまとめ終えた頃には、一誠の姿はどこにもなかった。私はついでに清掃業者へ連絡を入れた。ふたりで撮ったウェディングフォトも、毎年の記念日に一緒に作った思い出の品も。一誠にまつわるものは何もかも、業者にまとめて処分してもらった。ホテルに戻ってから、ようやく一誠からメッセージが届いた。【璃子、もうすぐ家に着く。荷物はまとめ終わったか。鉢合わせしたら説明が面倒だからな】私は一切返信せず、彼らの連絡先をひとつ残らずブロックした。……結婚式の当日。海辺に建つリゾートホテルの砂浜には、ウェディングマーチが晴れやかに流れている。壇上に立つ一誠は、隙のない完璧なタキシード姿だった。バージンロードの先から、純白のドレスをまとった繭香がしとやかに歩み寄ってくる。友人たちは楽しげにはや