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第3話

Autor: じゃがいもちゃん
一誠と共に高級料亭の個室へ入ると、すでに全員が揃っていた。

私は何事もなかったように挨拶を済ませ、隅の席へ静かに腰を下ろした。

繭香がごく自然な動作で、一誠の腕へ手を絡める。

「お父さん、お母さん、この人が私の彼氏。

来週の土曜に結婚するの。これで安心してくれるでしょ」

私は彼女の薬指で誇らしげに輝くピンクダイヤを見て、それから自分の指にはめられた、小さなメレダイヤへ目を落とした。

ダイヤなんて業者のマーケティングの産物、大切なのは二人の絆だ。かつて一誠はそう言っていた。

それなのに繭香に対しては、世界にひとつだけのピンクダイヤを惜しげもなく贈ったのだ。

私は自嘲するように笑い、指輪を外そうとした。

その瞬間、隣にいた菜月が私の指から乱暴に指輪を引き抜き、声をひそめて言った。

「早く外してよ。お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ、なんであなたとおそろいの指輪なんてしたままなの。危うくバレるとこだった」

こすれた指が焼けるように痛む。けれど私の心は、すっかり冷え切っていた。

かつて、荒れ狂う海で溺れかけた菜月を命がけで救い出したのは、ほかならぬ私だった。

その後、私が一誠と付き合い始めたとき、彼女は「私のお義姉さんは絶対に璃子さんがいい」って、満面の笑みで言ってくれたのに。

でも繭香が現れてからというもの、何もかもが変わってしまった。

向かいの席では、繭香が特選牛のやわらか煮を箸でつまみ、一誠の口元へ運んでいる。

一誠は脂っこいものがひどく苦手だ。

前に彼の誕生日に手料理を振る舞ったときは、油が何度も私の手にはねたのに、見ただけで食欲が失せると吐き捨てられ、一口も食べてくれなかった。

私は思わず制止の言葉を口にしそうになった。

けれど彼はわずかに眉を寄せただけで、仕方ないなとでも言うように素直に口を開け、それを食べた。

期待に満ちた繭香の視線を受け、一誠は困ったように甘く笑う。

「お前が食べさせてくれるなら、何だって美味いよ」

わざわざ言葉にしなくても、一誠には繭香の言いたいことが手に取るようにわかるのだ。

ふたりの呼吸は、もうそこまでぴったりと合っていた。

「また熱々を見せつけてくれちゃって」

信弘が楽しげにはやし立てる。

「おじさん、おばさん。繭香のことは一誠に任せておけば、何も心配いりませんよ」

夕未も笑いながら話を引き取った。

「そうなんです。一誠くん、繭香にすごく優しいんですよ」

菜月は自信ありげに胸を張って請け合う。

「うちの両親も繭香さんのこと大好きで、お嫁さんは繭香さん以外考えられないって言ってるんです」

目の前で繰り広げられるその茶番劇を、私はただ滑稽にしか思えなかった。

式の日取りが決まってから、私は何度も一誠に、先にうちの両親に会ってほしいと頼んだ。

けれど彼は、いつも仕事が忙しいの一点張り。友達を呼んで賑やかに場を盛り上げてもらうなんて、なおさらありえない話だった。

「まあ、繭香には一誠さんも、皆さんみたいなお友達もいるんですもの。もちろん安心だわ」

繭香の母親は心底嬉しそうに笑い、それから親しげに私へも声をかけてきた。

「璃子ちゃん、繭香の結婚式では、ぜひブライズメイドをお願いね」

私はゆっくりとナプキンで口元を拭い、静かに答えた。

「いえ、おばさま。あいにくその日は用事がありまして」

「親友の結婚式より大事な用事なんてないでしょう。ここは私の顔を立てて……」

「その日は、私も自分の結婚式で忙しいんです」

その思いがけない一言に、全員が一斉に顔を見合わせた。

一誠はぎこちなく咳払いをして、慌てて話題を変えようとする。

夕未は鋭い目配せで私をいさめ、信弘と菜月は無言でスマホを取り出して猛烈な勢いで画面を叩き始めた。

次の瞬間、長らく動きのなかった友人たちのグループトークに、立て続けにメッセージが流れ込んできた。

どれもこれも、空気を壊した私を一方的に責め立てる言葉ばかりだった。

私はざっと目を通すと、迷わずそのままグループを退会した。

ちょうどそのとき、両親からもメッセージが届いた。

【璃子、影山くんがホテルまで送ってくれたよ。心配しないで、用事が済んだらおいで】

私はそれを読み、ほっと胸をなで下ろした。

それから手元のバッグからご祝儀袋を取り出してテーブルへ置き、かすかに笑みを浮かべる。

「私も式の準備がありますので、お先に失礼します。

おふたりの式には出られませんから、ご祝儀だけ先にお渡ししておきますね」

私は彼らの反応を待たずに、静かに席を立った。

背後で、くすくすと笑う声がした。

誰もが、私がただつまらない意地を張っているだけだと信じて疑わないのだ。

けれど彼らはなにも知らない。私を迎えに来てくれたあの人がもう、店の外で待っていることを。

今度こそ、私は本当に彼らの前から立ち去るのだ。

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