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3 そのメールは裏切りのサイン

Author: 缶小豆
last update publish date: 2026-09-25 18:40:43

翌朝——

紗良は、地下の人目のない場所にある自身の研究室にいく。

副社長の立場にはあるものの、研究の中には自ら手を動かして取り組まなければならないものがあった。

その研究室の社用パソコンのメールボックスを開くと、会社の大株主の一人である関口義男から連絡が入っていた。

関口の巷の評判は、彼の持つ株は絶対と言われ、彼の手放す会社の株は未来がないといわしめるほどの投資家だ。

「新商品の開発について臨時株主総会の前に相談したいことがある……突然な話ね?」

紗良は、昨夜の理沙からの留守番電話が頭をよぎっていた。

まず、この株主は自分を引きずり下そうとしている人物なのか?

それとも澪奈が副社長になることを阻止しようとしているのか?

理沙から、すでに凌平側についている株主については把握していたが、関口はその株主には入っていない。

偶然だろうか?

紗良は少し思案したが、関口の対応を凌平にさせた場合を想定してみる。

「関口が私の敵に回る方が厄介ね」

凌平は、兄将暉と大学時代の同級生だったにもかかわらず、紗良の研究を理解し、説明できるほどの能力はない。

訳の分からない嘘を、大株主に伝えられても困る。

更に現在、凌平と共に動く株主たちの動きも気になっていた。

紗良の悪口でも吹き込まれ、澪奈を副社長に推されても困る。

紗良が、関口に会いに行くという選択しかなかった。

「当社の研究や、その商品開発の状況を説明させていただく機会を与えていただき、ありがとうございます」

日程と場所はこちらでセッティングが必要だろうか?

すぐその返信はあった。

「えっ?今日……かなり急な話……」

紗良は困惑が隠せなかったが、関口ぐらいの大物なら、すでに他の株主が紗良が上場後の役員名簿から外れる動きがあるのを耳にしているのかもしれないと思いなおした。

商品や研究だけではなく、紗良が抜けた後の会社に価値があるかどうかを判断したいようだ。

紗良は、指示された料亭に一人資料を抱えて向かっていった。

料亭さくら——

「お客様お待ちしておりました」

上品な店構えと一見さんお断りの高級料亭。

「すでに関口様は到着されていますか?」

関口より後にくることなどあってはならない。

自分は迎える側なのだからと早めについたつもりだったが……

「ええ、すでに皆様お揃いですよ」

「皆様お揃い?」

予定時間より30分前に到着している。

しかも、関口一人ではない?

関口の幹部たちだろうか?

紗良は、もしかしたら自分の前に商談があったのかもしれないと緊張する。

「お客様がおられるなら、ここで待たせてもらいます」

「いえ、来られたらすぐお通しするように言われておりますよ」

優しい笑顔の女将に待つ必要はないと言われ、個室の部屋の引き戸が開けられる。

「ああ、綾川副社長お待ちしておりました」

中には十数名の男性がいる。

その中からまだ若い、髪を少し金髪に染めたホスト風の男性が名刺を差し出した。

「すいません、父、義男の代理で来させていただきました関口勉です。綾川副社長から話を聞くのを楽しみにしていたのですが、来る前に父はぎっくり腰をやりまして動けなくなりました」

「まあ、それは大変ですね。それでしたら、また日を改めまして……」

紗良は断って帰ろうとする。

「まあそう言わないで、私に代わりに話を聞いてきてくれと頼まれたので。それに、会社の上場も近く、創立4周年を迎えられたとか?お祝いの席も準備させてもらっておりますので」

「こちらです。どうぞ」

中にいる男性たちからも上座の空いた座布団を勧められ、更には先ほどの女将に酒を持ってくるように指示している。

突然の事態に、紗良は少し戸惑っていた。

とりあえず基礎的なことだけ話して早々にこの場を切り上げようと思った。

紗良は、彼らが誰なのか把握をしたいこともあり、勧められるまま案内された座布団に座る。

室内にいる男性たちは、全員株主の名前を告げる。

紗良とは面識はないが、把握している株主の名前と一致する。

また、凌平が抱き込んでいるという株主の名前とも一致しない。

紗良は、安心して仕事の説明に入ろうとした。

だが——

「先に、まずは乾杯をしましょう」

そういわれて、勉からグラスを渡される。

「4周年おめでとうございます。乾杯!」

その瞬間、一斉にみんなが紗良にお酌をしてくる。

「いえ、この後、仕事の話をさせていただく予定ですので、口をつける程度にさせてください」

そう紗良は拒んだが、その口をつける程度が、お酌により何度も繰り返されていく。

そうしているうちに、ふらっと頭の中心が回転するような浮遊感に襲われる。

おかしい——

紗良は、決して酒に強い方ではない。

けれど、ビールやカクテルを一、二杯飲んだ程度でこんな状態になるはずがなかった。

何かがおかしい。体が保てない。

自分が酒に何かを仕込まれていたのだと気づいた時には、すでに遅かった。

身体のいうことは効かなくなっていたのだ。

そして、そのまま紗良の意識もぷつりと途切れていく。

次に意識を取り戻した時は――

「ここは……」 

明らかに知らない部屋。

そして、高い天井……

紗良は知らないベッドに寝かされていた。

遠くから声が聞こえてくる。

「おい、起きたみたいだ!」

「やっとかよ、全く眠ってるところじゃなくて、喘ぎ楽しむところを撮ってくれなんてな」

紗良は、その声が自分のもとに寄ってくるのに、身体に力が入らず必死に這いずり回ろうとした。

「おいおい、お楽しみなのにそのベッドから移動の必要はないぜ」

「自分の男の心も掴めないなんて可哀想なやつだな」

その言葉に紗良は目を見開く。

「おい、誰が勝手に触っていいといった。これは水野さんから頼まれた仕事だ。お前らが楽しむのは後だ」

「このお嬢さんをしっかり可愛がっている映像を撮るのが先だってよ」

下卑た笑いを浮かべる男たちは紗良を辱め、その様子を撮影して、評判を落とすつもりだった。

紗良は「水野さん」という名前と、男たちの口から聞こえてきた目的を聞いてすべてを悟る。

「……凌……平……許さ……ない」

暴れようと最後の残された力を振り絞り、よろけた足で立ちあがろうとする。

だが、それすら彼らには前戯だ。

一人の男に後ろを押さえつけられ、数人の男たちの手によって紗良の服の胸元に腕が伸びたその瞬間――

ドンッ!

勢いよく扉が開く音、激しくやり合う男たちの声と殴る音が聞こえてくる。

「……だれ……なの?」

重い瞼が捉えたのは――

「葛城……」

目の前には、藤代宗明の秘書である葛城真嗣(かつらぎまさつぐ)が、ガタイのいい複数の護衛たちと部屋に入ってくる。

紗良を襲おうとしていた男たちは、突然の乱入に動揺を隠せない。

急いで攻撃に転じようとするが、護衛たちに薙ぎ倒されていく。

(助かった……宗明が……助けてくれた……)

一人でカタをつけたいという自分の意思を尊重しつつ、見守ってくれた。

鼻の奥がツンと痛くなると同時に、安心して完全に力が抜ける。

張り詰めていた精神は、そこが限界だった。

紗良は、そのまま意識が遠ざかっていく。

最後に完全に意識が途切れる直前、彼女の耳に葛城の声が届いた。

「紗良様、藤代様の命でお迎えに上がりました。もう大丈夫です」

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