Chapter: 5 預かり証が呼び寄せたトラブルミレイユがまだ取り調べを受けていた時間まで遡る。レオンハルトは、あの見合い話の時に、ダリウスから妙なお願いをされたことを思い出していた。「俺さ、こういう立場だろ? いつ何があってもおかしくないんだよ」ダリウスは、少し遠くを見るような目で呟くようにレオンハルトに話しかけた。「……まあ、総司令官ですからね」自身も、武勲を立てて第一騎士団長に推薦を受けた過去から、この立場はいつ何があってもおかしくないことはわかっていた。この国は、力を持った大国が北にある。今は停戦状態だが、いつ戦いが再開してもおかしくない。「で、実は、恋人にプロポーズする指輪はもう買って預けてある。もし俺に何かあったら、代わりに取りに行って渡してくれ」「いや、普通に彼女に言えばいいじゃないですか?」「お前、わかってないなあ。そんなの言ったらサプライズ台無しだろ。ネタバレだよ」「何かあったときに指輪だけ残されるほうが嫌でしょうよ」かつての体験から、帰りを待ち侘びている人に「死」を告げることが、どれだけ過酷で悲惨なことかを、レオンハルトは知っている。ましてや、長く愛し合って結婚を考えているような人に、ダリウスの悲報を伝えにいくのは嫌だ。レオンハルトは、それだけは嫌だと断固拒否したが、ダリウスも引かない。そして、そんなくだらない押し問答の末――「見合いしないならこれが預かり証だ」そう言って、紙を無理やり押し付けられた。……強引すぎる。しかも貴金属なんて預かりたくない。でも上司命令は絶対だ。◇そう思っていたけど……予想していた展開とは違うとは言え、これはまさに【俺に何かあったら】だ。――さて、これ、本当に取りに行くべきなのか?でも、恋人は一緒に姿を消したよな?指輪も持っていったんじゃないか?……でも、もし残っていたら?彼女と同時期に消えただけで、彼女と一緒に絶対に消えたという保証はない。だけど……仮に残っていても、渡す相手はもういないだろう……まずは店に確認するしかない。 紙の封を開けて店の名前を見ると、思わず首をかしげた。「……魔道具店?」宝石屋じゃないのか。ああ、そういえば彼女は錬金術師だったな。普通の宝石じゃ満足できなかったのかもしれない。騎士団でも魔道具はよく使う。攻撃、防御、生活用まで幅広く活用される。ただ、魔道具に加工するの
Last Updated: 2026-07-16
Chapter: 4 隠れ家から始まる生き残り計画ミレイユは、一通り塔の中を探り続ける。だが、中が暗く、手探りで動き続けるしかなかった。「誰かがいる様子はないし、とりあえずは安全なのかな?何をどういってもこの以外住む場所はないんだし……」ボロボロになったお店と住居が兼用だった。あれだけ壊されてしまったら、もう住むことはできない。ミレイユは、この古びた塔を新しい住居にすることに決めた。「ここで生活を立て直す。そして、お金が貯まったら絶対にこの国を出るんだから……」そう強く心に誓う。激しい尋問で傷だらけになった体は、ポーション一本では全然回復しきれなかった。だけど、どんなに体が悲鳴を上げていても、食料の確保は急務。長く何も食べていない。じっとしていられない。動かなきゃ……。蔦の隙間から覗く月明かりだけを頼りに、二階の小さな部屋へと移動する。布をそっとめくると、埃をかぶったベッドが姿を現した。そして、その隣には魔石ランプが置いてあって、ようやく灯りをつけられた。ぼんやりと光が広がり、その部屋は多くの書類と本が積まれ、人がかろうじて過ごすスペースがあるだけだということがわかる。ベッドの脇にはガラス棚があり、私はその扉の中に見慣れた瓶があることに気づく。師匠が用意してくれたポーションや解毒剤がきちんと並んでいる。「これは、ハイポーションじゃないの!他にもポーションに解毒剤に……色々あるじゃないの。師匠!ありがとう……?いや、師匠のせいでこんな目に遭ったんだから違うか?」小さく心の中で呟きながら、ミレイユは棚にあったハイポーションを一気に飲み干した。体の中の傷が一気に熱を持ち、体の中の血流がぐっと増えていく感覚がわかる。その傷が、急激に塞がり、滲む血も止まる。すると、痛みがなくなり、今度は一気にここ数日の疲れが襲ってきた。散らばった資料も見えるけど、今はとにかく体を休めることだけに集中しよう。ぐったりとミレイユはベッドに倒れ込む。そして、そのまま、まるで底なしの深みに落ちていくように、深い眠りに沈んでいった。◇どのくらい眠ったのか?目が覚めて、ぼんやりと天井を見上げる。「……夢?いや、そんなものは見ていないはず」いろんなことがありすぎて、師匠の夢でも見られたらいいのにと思ったのに……起こったことは全て悪い夢だったらよかったのに……ミレイユは、滲み出る涙をぐいっ
Last Updated: 2026-07-16
Chapter: 3 見合い話の数日後、彼らは消えた第一騎士団団長、レオンハルト――若干25歳大会優勝の実績に、先の戦での武勲。生まれは貴族ではないが、年のわりに突出した実力があったことから、騎士団では誰もが一目置く存在だった。第一騎士団長に推薦し、団内をまとめあげてくれたのは前第一騎士団長で総司令官に昇進したダリウスだ。彼こそ第一騎士団団長に相応しいと周りを説得して、推薦してくれた。それを機に、一代騎士爵となり、誰もが羨むこの第一騎士団団長の立場を手にすることになった。王族を護る近衛騎士団が貴族の子息ばかりで、平民出身のレオンハルトに対して嫌がらせも多い中で、いつも庇ってくれたのもダリウスだった。そんなある日――「お前、見合いする気ないか?」あまりに唐突なダリウスの言葉に、レオンハルトは無表情で即答した。「……正直、職場の統制で手一杯です。近衛騎士団の嫌がらせをかわすだけでも精一杯。妻に割く時間なんてありません」「だよなあ……。誰にでも頼める話じゃないし、お前が駄目なら諦めるしかないか」妙に残念そうな顔だ。……これは見合い相手はもう決まってるな?ダリウスが女の話を自分から持ち出すのは初めてだった。戦場で命を救ってくれた錬金術師に惚れ込んでいるダリウスは、他の兵たちのように娼館にも行って遊ぶこともない。もちろん、浮いた噂もないし、彼女を溺愛しているという噂だった。そんな彼からの見合い話は、どう考えても本気の話だ。「ちなみに、相手は?」世話になっているし、一応話だけでも聞いておこうか?レオンハルトはそう思い、ダリウスに見合いの内容を聞くと、やはりダリウスの彼女関連の話だった。「俺が付き合ってる女性が育ててる子だ。今年で18歳。結婚できると思うんだ」「……結婚“できる”年齢、の間違いでしょう? 何でそんな急ぐんです」18歳は若すぎるだろう。自分との年の差もそこそこあるし、これから出会いも増える年頃の子に、慌てて伴侶を押し付ける必要はない――そう思った。だが、あれっ?と首を傾げる。たしかダリウスの彼女は30歳ぐらいじゃなかったか?18歳の子……俺の表情を見て、疑問に気付いたのだろう。ダリウスは付け加えるように、彼女のことを話し始めた。「彼女、娘が心配らしいんだよ。子供は、一度、親に捨てられた子で、俺との関係も悪くない。ただ、そうは言っても、俺の立場やいろんなこと
Last Updated: 2026-07-15
Chapter: 2 隠れ家から始まる生き残り計画錬金術師アリエルが用意してくれた隠れ家は、正確には家じゃなくて――塔だった。降り立ったところは、魔力を含む森林の中で、その塔の前には誰かが手入れしたと思われる小さな畑がある。「誰もいないみたいだけど……」ミレイユは、周囲をキョロキョロと見たが、真っ暗で何もわからない。ただ、店とは違うところに来たということはわかった。そっと、その塔の扉に手を触れると、「ぎぃっ」と木の軋む音。「師匠の魔力に、これは師匠が作ったものだわ。ということは、この塔も師匠のものなのよね?きっと」見た目は普通の木の扉だけど、アリエルの魔力が宿っていて、錬金術で強化されている。鉄より硬いはずだ。でも、こんな塔を持っているなんて聞いたことがなかった。「でも、とりあえずは、人間や獣の襲撃からは守ってくれそうな扉だわ」私は、扉から真っ暗な屋内に足を進める。「だれか?……いませんか?」だが、しばらくは使われてなさそうな様子だった。入ってすぐに、石造りの螺旋階段がみえる。ミレイユは、階段の壁に手を当てながら、まずは上まで歩いていく。途中、部屋のような空間が見える。部屋の数から見て、五階建てだろうか?塔の最上階まで上がると、上に跳ね上げるような窓があり、そっとその窓を上に押し上げる。「どこなんだろう?ここは?」その押し上げた窓の外を見ると……森の奥だけど、意外と街は近い。遠くに知っている時計塔も見える。国の外かと思ってたけど……これは、近すぎて逆に緊張する。「師匠、なんでこんなに街の近くなんですか!?」思わず声に出す。隠れ家なら、もっと安全な場所がよかったのに。しかも、ここは電気も水道もない。外は魔力を含んだ森に見えたから、自然の魔力は頼れるかもしれないけど……「正直、こんな魔力を含む森が近くにあるなんて知らなかったわ。森の入口に結界でもあるのかもしれないわね」貴重な素材などがあって結界で守っているのだろうか?森の中に灯りは全くない。もちろん、人や家が周囲にある気がしない。なんというか、現代機器がなにもない。「師匠、せめてサバイバル術くらい教えてほしかった……それに、塔の中も真っ暗で何も見えないし!」とにかく、食べるものをなんとかしないと。錬金術は自然の力を借りる術だから、この森の環境なら、灯りや生活環境を整えるだけなら何とかなるはず。もう
Last Updated: 2026-07-15
Chapter: 1国を揺るがす錬金術師の駆け落ち「何か知ってることはないのか? 一番弟子だろ!」ミレイユの師匠であり、親代わりでもあった錬金術師アリエルと、この国の総司令官ダリウスが国の金を横領して駆け落ちした。「そういえば、昨夜は帰って来なかったけど......まさか?」そんな話を聞いたのは、事件が起きた昼のことだった。街で評判の錬金術師の店『月影亭』は、何でも揃う錬金雑貨屋で、アリエルはそのお店のオーナー兼商品作成、その弟子であるミレイユがお店の実質的な経営や中の商品の管理を行っていた。石造りの古い建物だったが、お店は清潔感にあふれ、明るく、老若男女問わず訪れやすいお店である。そこには、師匠アリエルの錬金術の高度で他に引けを取らない技術と適正な価格で届けたいという商売の心が詰まっていた。だから、このお店は街で知らない人はいないほどに有名になっていたのである。だが、国の役人が店に押しかけた瞬間、客は慌てて退散し、店員たちの小さな叫び声が響く。「師匠が総司令官と駆け落ち……?」ミレイユは思わず立ち上がった。「国の金を横領?そんなはずない!ここには何もありません。絶対何かの間違いよ!」でも、私のその声を役人たちは聞こうともしない。私は、証拠隠滅を図らないようにと後ろ手に縛られる。役人たちは、店の大切な商品が入った扉を乱暴に開け、平気で床に落としていく。「や、やめてください!大切な商品なんです。中には貴重な素材で作られたものもあるんですから!」一つの商品を作るのに、時には一ヶ月以上かかるものだってあるのだ。だが、役人に捕まった自分は叫ぶ以外身動きが取れない。やがて、店の帳簿な商品、レジのお金も全部、彼らに没収されていった。「全部没収だ。事情を知ってる奴は吐かせろ」震える店員たちを前に、ミレイユは必死で叫ぶ。「大丈夫、みんな。きっと何かの間違いよ!」でも、ミレイユ自身も何が起こっているのか分からなかった。◇師匠アリエルは国一の錬金術師。総司令官ダリウスは国一の剣士。二人で、ひそかに愛し合っていることは知っていた。私を拾い育ててくれた師匠は、まだ28才と若いが、国からも信頼されている錬金術師である。総司令官だって、立場はもちろんいうまでもなく高い人だ。年齢は、40代に入る前で、実力もまだまだ現役。周りから信頼されていて、トラブルなんて起こさない。二人は、いつも
Last Updated: 2026-07-15