Partager

第2話

Auteur: おうぎ
きらびやかな御殿の中は、たちまち騒然となった。

「靖王殿下だと?」

「よりにもよって靖王殿下に嫁ぎたいだなんて……」

「皇太子殿下に嫁ぐ方がずっと良いだろうに。なぜわざわざ靖王殿下を選ぶんだ?」

「まさか、靖王殿下の身に起きたことを知らないのでは?」

沈薬の耳にも周りの者たちの話は届いた。皇帝も親切心から彼女を諭す。「それではそなたが不憫すぎる。やはり朕が他の皇族の中から、ふさわしい夫を選んでやろう」

しかし沈薬の決意は変わらない。「陛下のお気遣いには深く感謝いたします。ですが、私はすでに仏前で誓いを立てましたので、この一生、靖王殿下以外の方に嫁ぐつもりはございません。どうか、私の願いをお聞き届けください」

彼女は再び、額が床に打ち付けられ「ドン」と音が鳴るほど、勢いよく頭を下げて懇願した。

靖王・謝淵(シャエン)とは、皇帝と同じ父母から生まれた弟であり、一族の中での序列は九番目にあたる。

皇帝がまだ一介の皇子として兄弟たちと後継者の座を争っていた頃、謝淵は確固として彼を支持し、幾度も危機から救い出した。つまり、皇帝を玉座へと押し上げた立役者であり、その後も各地を平定して領土を広げ、多大なる武功を立てた人物である。

しかし数年前、謝淵は西北の戦地で突如として意識を失ってしまい、今も靖王府(セイオウフ)で昏睡状態のままだった。

彼を診察した医官も、一生このままだろうと言った。

沈薬ももちろんこれらのことを、すべて知っている。

そしてもう一つ、知っていることがあった。それは、前世で自分が謝景初に嫁いだ三年後、謝淵が目を覚ましたということ。

さらにその年は、沈薬が一向に子供を身籠らなかったことにより、皇后が謝景初に側室を与えたので、沈薬の生活は非常に惨めなものだった。

さらに、沈薬よりもその側室の方が謝景初の寵愛を受けたため、東宮の者たちも皆、側室を敬った。

謝淵が昏睡状態から目覚めた後、謝景初は沈薬と側室を連れて靖王府へ見舞いに行った。

謝淵への挨拶を終え、靖王府から帰ろうとした時、謝景初の側室に裏で手を回され、沈薬は故意的に置き去りにされてしまった。

帰り道が分からない沈薬は、他の馬車に同乗させてもらえないか頼んだ。だが、謝氏の皇族たちは皆、謝景初が彼女を疎ましく思っているのを知っていたため、謝景初の機嫌を損ねるのを恐れて誰も沈薬を助けてはくれなかった。

沈薬が絶望しかけたその時、背後から弱々しくも優しい男の声がした。「馬車の手配をしたから、こっちへおいで」

沈薬は信じられない思いで振り返った。

すると、ゆったりとした黒光りしている衣を纏った謝淵が、車輪のついた木椅子に座っていた。まだ完全に回復していないようで、その美しい顔立ちは青白かったが、それでも沈薬に優しい笑みを向けてくれている。「それとも、靖王府で夕餉でも食べていくかい?」

「結構です……」

断ろうとした沈薬だったが、口を開いた途端、自分でも止められないほど涙が溢れてきた。

どうしても分からなかったのだ。なぜ皆が、自分を虐げるのか。一体、自分が何をしたというのだろう。ただ、家族を失っただけなのに。しかも、その家族だって、この国と民のために命を捧げたのだ。

心の奥底にずっと溜め込んでいたやりきれない思いが、謝淵の前で一気に決壊した。

すると、小さくため息をついた謝淵が、袖から絹の手巾を出して沈薬に手渡す。

沈薬が泣き続ける間、謝淵はただ黙ってそばに寄り添ってくれていた。

だがそれ以降、沈薬が謝淵と会うことは二度となかった。

しかしこの時のことを、沈薬はずっと忘れてはいなかったのだ。

上座の皇帝は、そんな沈薬を見て眉をひそめて黙り込んだが、皇帝のそばに座っていた皇后が柔らかな笑みを浮かべて言う。「沈家の娘がこれほどまで謝淵への輿入れを望んでいるのですもの。その想い、どうか叶えてあげてはいかがですか?」

皇帝は皇后をちらりと見てから、床に額をつけたままの沈薬に視線を移し、ついに了承した。「まあ、よかろう」

皇帝が眉間を揉む。「そなたは身寄りがおらず、靖王も意識不明のままだ。だから、そなたたちの婚姻の儀は、すべて宮中が取り仕切ることにするぞ」

沈薬は再び深く頭を下げた。「陛下のご恩情、ありがたく存じます」

謝景初なんかに嫁いで同じ過ちを繰り返したくはない。だから自分は謝淵を選ぶ。

彼を選ぶ理由は、主に二つだ。まず一つ目は、この二年ほど謝淵は目を覚ましていないため、自分はその間に生きる道を探すことができるということ。

二つ目は、謝淵に恩返しがしたかったから。前世で、謝淵は昏睡状態から目覚めたものの、目を覚ますまでの世話が不十分だったため、最終的には両足が完全に使い物にならなくなり、残りの人生を車輪のついた木の椅子で過ごすことになってしまった。

前世で唯一自分に優しくしてくれた謝淵。だからこそ、彼が苦境にある今、自分が世話をして、せめて彼がもう一度、彼自身の足で立てるようにしてあげたいのだ。

謝淵が目覚めたら、離縁を申し出ればいい。

彼だって、自分などとは婚姻関係を結びたくないだろうから。

謝淵がまだ昏睡状態になっておらず、そして父や兄が生きていた頃、彼らが話しているのを聞いたことがある。謝淵には想い人がいるらしいと。ただ、それが誰なのかは誰も知らなかった。

一方。

謝景初は席に座ったまま、沈薬が頭を下げ、靖王に嫁ぎたいと懇願する姿をじっと見つめていた。

なぜか、胸の内に言葉にできない苛立ちが湧き上がる。

「九皇叔(キュウコウシュク)に嫁ぐだなんて、沈薬って本当に馬鹿ね……」

安宜がぽつりと呟いた。

謝景初は眉をひそめる。

しかし、安宜はどこか期待するような口調で続けた。「兄上。沈薬は絶対すぐに後悔するはずよ」

「私には関係のないことだ」と、謝景初は冷たく口角を上げた。

……

宴の後、沈薬は将軍府へと戻った。

久々に見る将軍府の中庭と寝室。彼女は倒れ込むように眠りについた。

もう謝景初に嫁がなくていい。ついに家に帰ってこられた沈薬の心は穏やかで、その後数日もぐっすりと眠れ、すっかり気力を取り戻した。

数日後、皇后に仕える女官の項(コウ)女官が将軍府を訪れ、穏やかな口調で沈薬に告げた。「陛下より沈薬様のご婚姻の手配を任された皇后様は、この数日心を込めて準備を進めておられます。本日は日取りを決めるため、皇后様が沈薬様を宮中へお招きでございます」

しかし、沈薬はあまり宮中へ行きたくなかった。「日取りのことはよく分かりませんので、皇后様に縁起の良い日を選んでいただければ、それで結構です」

項女官は笑みを浮かべて言った。「たとえ民間での縁談でも、男性が日取りを決めたら、女性の同意は必要です。沈薬様、どうか一度お越しくださいませ。皇后様も、しばらくお会いしていないからゆっくりお話がしたいと仰っておりましたよ」

皇后が自分とゆっくり話したい?

前世でも今世でも、皇后は自分のことを全くよく思っていないのに。

しかし項女官の熱心な説得に、沈薬は結局宮中へ行くこととなった。

宮中へ入る頃には、もう日が暮れかけていた。沈薬は案内されながら、皇后が住まう長秋殿(チョウシュウデン)へと向かう。

夕日がとても美しく、沈薬は目を伏せ、足元に広がる黄金色の残照を見つめていた。

すると、突然「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」と、項女官が恭しく挨拶をする声が聞こえた。

沈薬もはっとして顔を上げると、謝景初の整った、しかし冷酷な顔が視界に入った。

長身の謝景初は無言のまま沈薬を見下ろしていて、眉間にはしわが寄り、その瞳には何かを探るような冷たい光がある。

その視線に沈薬は息が詰まりそうになったので、すぐに頭を下げ、畏まった態度で挨拶をした。「皇太子殿下」

すると、謝景初が不機嫌そうに眉をひそめた。

謝景初は、沈薬が自分に想いを寄せていることを知っていた。

なぜなら沈薬が、偶然を装って謝景初に手作りの菓子を渡すために、謝景初が毎日、母親である皇后へ挨拶に来る時刻をわざわざ調べ、その時間に合わせて現れていたから。

しかし実際のところ、謝景初はそのお菓子をろくに食べることもせず、捨てるか、部下への褒美として分け与えていた。

だが、今日の沈薬の手には何も握られていない。

どうやら、自分に会いに来ただけらしい。

あの日の宴で自分を好いてはいないと断言したことを、今頃になって後悔したのだろう。

だからわざと、こんな畏まった態度をとっているに違いない……

謝景初は舌打ちをして、言った。「沈薬。こんなことをして面白いか?」

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Dernier chapitre

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第30話

    言葉に詰まった沈薬は、ゆっくりと目を逸らす。「いいえ、別に……」謝淵は平然とした表情で言った。「寝台まで手を貸してくれ」沈薬は彼を支えて立ち上がらせ、寝台の縁に座らせた。謝淵が突然また言った。「明日から王府を取り仕切ってもらうが、我が王府をあまりめちゃくちゃにしないでくれよ」沈薬は慌てて約束する。「そんなことはありませんから!」それ以上、謝淵は何も言わず、沈薬から手を離して横になった。しかし沈薬は、先ほど彼に掴まれた部分がまだ熱を帯びているのをはっきりと感じていた。沈薬は目を伏せ、自分の手首を見つめる。一瞬の沈黙が流れた後、寝台の上の謝淵に視線を移した。彼は再び眠りについていた。先ほど動いたせいか襟元が緩んでおり、引き締まって豊かな胸の筋肉がちらりとのぞいていた。汗で肌が微かに光っている。「王妃様!」丘山が中へ入ってくる前に、声だけが先に聞こえてきた。「靖王様はいかがですか?」その声に、沈薬は驚いて肩を震わせ、慌てふためいて、謝淵から目を逸らす。先ほど謝淵に見入りすぎていた自分が恥ずかしくなり、耳が抑えきれないほど赤く染まった。彼女は、部屋に入ってきた丘山の方を向くこともせず、冷静を装って答えた。「……また眠ってしまったわ」幸い、丘山の注意はすべて謝淵に向いており、沈薬の異変には気付かず、ただ悲しげにため息をついた。「靖王様はもう良くなられたと思ったのですが……」沈薬は気まずさから少し立ち直り、彼を慰めた。「これも靖王殿下がだんだん良くなっている証拠よ。少なくともしばらくの間は目を覚ませるようになったのだから。しっかり療養すれば、そのうち全快するかもしれないわ」丘山はそれを聞いて、深く頷いた。「王妃様のおっしゃる通りですね!」すると、丘山がすぐに謝淵の体ににじむ汗に気付き、袖をまくって沈薬に言った。「王妃様、今日は大変お疲れになったでしょうから、早くお休みになってください。私は靖王様の体を拭き終えたら、すぐ下がりますので」沈薬は頷いた。彼女は最後に謝淵をちらりと見て、隣の部屋へと向かった。寝支度をしながら、沈薬はふと思った。前世で謝淵が目を覚ましたのは、何年も後のことだった。なのに今、彼女が嫁いできて半月も経たないのに、謝淵はすでに二度も目を覚ましている。なぜだろう?

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第29話

    少年の顔は真っ白になった。「だ……だめです……」少年は細身の体だったので、あまり体力がなく、薛浣溪の相手をするだけでも、一日に二回以上となると体がもたないことがあった。なのに、一日に二、三十人の客を取るなんて?干からびてしまう!沈薬は彼の怯えた表情を捉え、眉を上げた。「それで、黒幕が誰か話す気になったかしら?」少年は服の袖を握りしめる。眉をひそめ、長く葛藤していた。今にも口を開こうとする少年を見て、周氏は極度に焦り始め、突然叫び声を上げた。「あああああ!」そして、大の字に倒れ込んだ。「周叔母様が!」少年ははっと我に返り、慌てて口を閉ざす。しかし、沈薬は特に何も思わなかった。彼が誰の差し金かなど明白で、周叔母か薛浣溪のどちらかしかいない。侍女や女官たちが慌てて周叔母を抱き起こした。謝淵は落ち着き払った様子で、再び口を開いた。「以前の私は多忙で王府の家事に手が回らず、全ての事務を一時的に叔母様に一任していた。だが今、私は妻を娶った。王府の様々な仕事は、明日から全て妻に取り仕切らせることにする」沈薬の胸が微かに高鳴った。これは、彼女に家政を任せてくれるということだ。すると、周氏の体は二度ほど痙攣し、完全に気を失った。沈薬がその様子を見ていると、謝淵の声が聞こえた。「いっそ椅子でも持ってきて、ゆっくり見物するかい?」そのからかうような口調に、彼女は恥ずかしそうに笑った。「別に、そんなに見たいわけではありませんので……」謝淵は眉を上げ、それ以上は何も言わなかった。だから、沈薬から切り出す。「靖王殿下、帰りましょうか?」謝淵は「ああ」と返事をした。丘山が残って少年の対応をし、周叔母は晩香堂へと運ばれていった。沈薬は謝淵の車輪のついた木椅子を押す。道中、二人の間に会話はなかった。中庭に戻ると、沈薬は抑えるように咳き込む音を聞いた。うつむくと、謝淵の唇に全く血の気がなく、額に細かな汗がにじんでいるのに気づいて驚いた。「医者を呼んできます!」沈薬は言って立ち去ろうとした。しかし謝淵は彼女の手首を掴んだ。「待て」沈薬は心配そうに彼を見つめる。「でも、殿下のお体が……」「無理やり起きているからな。少しの間なら持ち堪えられるが、長くは持たないだろう」謝淵は簡潔に説明した。

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第28話

    木の車輪が地面を転がり、ガタガタという音を立てた。沈薬が顔を上げると、謝淵が車輪付きの木椅子に座り、青白くも端正な顔で、丘山に押されてゆっくりと近づいてくるのが見えた。彼女は驚きと喜びに満たされた。謝淵がまた目を覚ましたの?でも……どうしてこっちへ向かってきてるの?沈薬は不安にならずにはいられなかった。先ほどの会話を、謝淵はどこまで聞いていたのだろう?考えている間に、車輪のついた木椅子は近くも遠くもない場所で止まった。「靖王様、良いところへいらっしゃいました!」周氏は言葉を取り戻し、沈薬を指差して謝淵に訴えた。「ご覧なさい、これが沈家の娘の正体です!嫁いできてまだ数日だというのに、靖王様が昏睡状態なのをいいことに、裏で馬番を囲い込み、夜更けにこんな場所で破廉恥な真似をしていたのですよ!」何も悪いことはしていないが、沈薬はやはり不安だった。無意識に謝淵を見ると、薄明かりの中、その細く引き締まった顎がわずかにこわばるのだけが見えた。「先日も、彼女は私のところへ来て、遂川が靖王様を暗殺しようとしたと言ってきました。ですが、遂川が幼い頃から靖王様を敬い慕っていることは、靖王様もご存知ですよね?彼がそんな恐れ多いことをするはずがありません!この女が嘘八百を並べ立て、私の通行札を騙し取ったのです!これほどまでに腹黒いとは……」周氏は目を細め、きっぱりと言い放った。「今日のことすら、すべてはこの女の計算のはずです!彼女は靖王府の財産を奪うことしか考えていないのです!全く盗人猛々しい!」沈薬は驚いた。まさかこんな風に責任転嫁をしてくるとは!だが考えてみれば、数日前の薛遂川が謝淵を暗殺しようとしたという話は、確かに彼女が内容を誇張したものだ。沈薬は自信がなくなり、謝淵をちらりと見た。何しろ薛遂川は彼の従弟であり、周氏は彼の叔母だ。彼が味方するのはきっと……謝淵は長く骨ばった指を車輪のついた木椅子の肘掛けに乗せてトントンと叩き、静かに命じた。「引きずり出せ」周氏は誇らしげに顎を上げた。「聞こえたでしょう?早くこの恥知らずな女を引きずり出しなさい!」謝淵の背後にいた護衛が進み出たが、周氏が想像したように沈薬を取り押さえるのではなく、周氏の両腕を強く掴み上げた。周氏は愕然として謝淵を見上げた。「これ……これはど

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第27話

    しかし少年はなおも囁いた。「身分など要りません。ただ王妃様のおそばにいられれば。私は何でもできますから……」沈薬は彼を遮った。「何でもできるくせに、馬を一頭死なせたのね?」少年は呆気にとられた。「え……?」「もともとあなたは筆一本の代金を返すだけだったんだから、数日馬の世話をすれば借金は返せたはず。それなのに、あんな立派な馬を死なせて。あれは北の草原で買い付けた優良な品種で、軍馬なの。あなたよりずっと価値があるわ。私が今日、王府の馬の数を確認しに来なかったら、こんなことになっていたなんて気づかなかった」沈薬は本気で怒っていた。将軍府で育った彼女は、軍馬がいかに貴重なものかよく知っているのだ。その上、こんなことさえ起きなければ、とっくに帰って寝られたのに、こんな時間まで無駄に過ごすことになった。少年は明らかに呆然としていた。「私は……」「こんなことなら、あなたを馬小屋へ送るんじゃなかった。馬に餌をやるくらいなら、頭を使わなくてもできると思ったのに、まさか馬を死なせるなんて……何でもできるって言ったのにね」沈薬の言葉の端々に軽蔑が溢れていた。少年は恥ずかしさから、顔を真っ赤にした。「私ができるというのは、馬の世話ではなく……」しかし、沈薬は不機嫌そうに言った。「分かってるわよ。寝台での男女の交わりのことでしょう」沈薬はよく分かっていなかったが、熱心に学ぼうとする姿勢はあった。この二日間、彼女は趙女官に教えを請い、もはや純真で何も知らない以前の沈薬ではなかった。少年は唇を噛んだ。少し間を置き、彼は階段を降りて、地面に沈薬に向かってひざまずいた。「王妃様がそのようにおっしゃるのは、まだご経験がないからにすぎません……今日、私に会いに来て、わざわざこんな場所へ来られたのは、まさかただ叱るためだけではないでしょう?」少年は顔を上げ、細い首筋から顎にかけて優美な曲線を描いた。彼はひざまずいたまま膝を動かし、一段、また一段と階段を上って彼女に近づいた。「王妃様。今夜は、私にお世話をさせてください……」彼の手が沈薬の両足に伸び、沈薬が蹴り飛ばそうとしたまさにその時。遠からぬ場所から、突然罵声が弾けた。「この恥知らずな女!深夜に馬番と密会するとは!」沈薬が目を向けると、周氏が大勢の侍女や女官を連れて、物凄い

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第26話

    周氏は一瞬呆気に取られた。馬小屋?「まさか馬小屋とはね!」薛浣溪は鼻で笑い、口元にからかうような弧を描いた。「王妃も用心深いこと。馬小屋に人を隠しておいて、こんな時間にこっそり密会に行くなんて!」外はもう暗くなっている。二人が干し草の山や小屋の裏に隠れてしまえば、何をしていようと、他人はしばらく気付けないだろう。周氏は興奮のあまり顔を赤らめた。「それなら、早く現場を押さえに行かなくては!」しかし薛浣溪は彼女の手首を掴んだ。「お母様、焦らないでください!」「これが、焦らずにいられるもんですか!せっかく巡ってきた機会なのに!」周氏は声を荒らげる。「今行っても、まだ服も脱いでいないかもしれないわ」薛浣溪はこの手の経験が豊富だった。「半刻ほど待って、盛り上がっているところを捕まえるんです。そうすれば逃げようにも逃げられず、素っ裸のまま捕まえることができますから!」周氏はその光景を思い浮かべ、思わず笑い出しそうになった。……今日、沈薬は青雀だけを連れて馬小屋へ向かった。人員と馬の数を確認したが、問題が起きた。馬の数が合わないのだ。一同を集めてまで調べた。馬が貸し出されたのか、それとも以前の記録が間違っていたのか?長い時間をかけて、ついに真相が判明した。馬は貸し出されてもいないし、記録違いでもなかった。その馬は、死んでいたのだ。しかも今日、死んだばかりだった。あの少年が、餌のやり方を間違えて殺してしまったらしい。沈薬が向かうと、遠くから怒声が聞こえてきた。「……お前の首の上に乗ってるそれは一体何なんだ?中には何が詰まってるんだ?泥か?王妃様が寄越した奴だからと思って、重労働はさせずに、ただ水や干し草をやるだけの仕事にしたってのに!一日中サボって疲れただの文句を言うだけならまだしも、今夜とうとう馬を死なせやがって!」沈薬が声のする方へ行くと、背の高い男が数日前の少年を叱りつけていた。少年は確かに謝景初に似ており、粗末な布の服を着て、鼻先を指さされて散々に罵られているその姿は、見ていて実に痛快だった。沈薬はその光景をしばらく楽しんでから、前へ進み出た。少年は彼女を見るなり瞳を輝かせ、「王妃様」と呼んだ。その声の調子は艶めかしく、まるで恋人同士の甘い囁きのようだった。沈薬は聞いていて鳥肌が

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第25話

    作業を終えた頃にはすっかり日が暮れており、沈薬は寝支度をして寝台に横になったが、興奮して眠れなかった。謝淵は彼女が隣で寝返りを繰り返すのを感じていた。その心地よい茉莉花の香りが、時に濃く、時に淡く漂ってきた。鼻先を香りにくすぐられ、少しむず痒い。すると、突然沈薬が横向きになって謝淵の方を向き、小声で言った。「私、もう我慢できないんです……」謝淵は困惑した。彼女は……何をするつもりだ?続いて、沈薬が苦悩するように言った。「靖王殿下……私、実はおしゃべりなんです。これ以上黙っていたら、苦しくておかしくなっちゃいます」謝淵は言葉を失った。なんだ……話すのか。てっきり、別のことかと……「そうだわ」沈薬はふと思いつき、寝台にうつ伏せになり、両手を枕について上半身を起こした。「靖王様にお話ししますね。どうせ寝ていて聞こえていないようなので」自分が何を言っても、彼には聞こえない。沈薬はそう思い、話し始めた。両足を立てて悠然と揺れながら、上機嫌で語り出す。「今日、帳簿を全部整理したんです。過去一年の帳簿を見直して、今月の祝言の収支も大体計算しました。次は王府の人員を確認しようと思っています。下男や侍女、護衛も、馬だって見逃しませんよ」謝淵は眉を上げた。将軍府は確かに彼女をしっかりと教育しているようだ。「今日、皇太子殿下に目が似た少年にも会ったんです。薛遂川の筆を盗んで壊したとかで、下男が彼を蹴ったり殴ったりしていました。なのに、その少年は、なぜそんなことを言うのかは理解できないのですが、私のそばに来て、私を気持ちよく世話ができるなんて言うんですよ……」謝淵の頭に疑問が浮かぶ。「でも、青雀や丘山、銀朱が十分よくお世話をしてくれていますから、もう十分気持ちいいんです」謝淵は沈黙した。将軍府はそういうことを、彼女に全く教えていないのか。「だから、彼らには少年を殴らずに、馬小屋へ送るよう命じました。実は、私なりのちょっとした下心もあったんです……」謝淵は内心不快になった。下心と言っても、彼が殴り殺されるのを黙って見ていられなかっただけだろうし、どうせ謝景初に似ているから、憐れみを感じたに違いない。しかし沈薬はにこにこと笑って言った。「だって私、謝景初が馬の世話をしている姿を、どうしても見てみ

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第8話

    嫌悪したのではなく……王妃様はご自分の手で靖王様に薬を飲ませようということなのか?沈薬は丘山に手を差し出し、真剣な表情で言う。「そこをどいて。薬のお椀を頂戴」丘山は立ち上がり、寝台のそばに座る沈薬を見た。「では、王妃様。私たちはすぐに下がります」しかし、沈薬はかえって不思議そうな顔をした。「どうして?」丘山が真顔で答える。「王妃様が靖王様に薬をお飲ませになるのです。私たちがいては、お恥ずかしいでしょうし、しきたりにも反しますので」沈薬はますます不思議に思った。「薬を飲ませるだけなのに、何か見てはいけないことでもあるの?」丘山が気恥ずかしそうに頭を掻いた。「王妃様はこれか

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第4話

    謝景初が鋭く眉をひそめる。九皇叔は自分で花嫁を迎えに行けないから、その役目は他人に頼るしかない。沈薬であれば、おそらく自分を選ぶだろう。そんな魂胆などお見通しだ。口では九皇叔を慕っている、彼以外には嫁がないなどと言っているが、実際はすべて、自分の気を引くための手段に過ぎない。今日謝長宥が宮中に呼ばれたのも、自分が断るのを心配して、わざわざ説得役として差し向けられたからに違いないのだ。数年前、沈薬が作るお菓子が大好きだった謝長宥が、いつも沈薬につきまとっていたこともあるのだから。だが、自分が将軍府へ沈薬を迎えに行くことなど、絶対にあり得ない。すると、宮女が茶を運ん

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第3話

    しかし、意味が分からなかった沈薬は、少し戸惑いながら聞き返す。「太子殿下、今のお言葉、どういう意味なのでしょうか……」「お前は九皇叔に嫁ぐと言ったんだ。だったら、これ以上私に付きまとう必要はないだろう?こんな風にしつこくされると、吐き気がする」さらに戸惑った沈薬だったが、謝景初が何か勘違いしていることに気がついた。前世でもこういうことが何度もあった。誤解を解かなければならないと分かってはいても、どう説明したらいいのか分からず、さらには、嫌われるのではないかと恐れて、なかなか口を開けなかった。しかし今は、謝景初のことなど好きでもない。だから、彼にどう思われようと、特に問題はなかっ

  • 賜婚の宴でやり直し――クズ皇太子から叔母上と呼ばれた   第1話

    「誰を好いている?朕に申してみよ」皇帝の声が、威厳と慈しみを込めて上方から穏やかに、そしてはっきりと響いてきた。沈薬(シンヤク)は呆然とした。これは……時を遡ったのだろうか?彼女はすぐに、自分が十七歳の頃に戻っていることに気がついた。この日は宮中での身内の宴。皇帝は自分を招き、自ら結婚相手を指定しようとしていたのだ。沈薬は口を開きかけたが、複雑な思いが込み上げ、目頭が熱くなった。「緊張しなくてよい」黙り込む彼女を見て、皇帝はさらに優しい声をかけた。「沈家は代々武将の家柄。そなたの父や兄、叔父たちも皆、我が盛朝(セイチョウ)のために戦死したのだ。今や沈家に残された

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status