LOGINプロレスラー黒鉄 鋼助(くろがね こうすけ)は悩んでいた。社長をつとめるプロレス団体の経営が苦しいのだ。東北でプロレス団体を立ち上げて早十年。今日も試合会場では閑古鳥が鳴いている。一か八かの興行もまるでお客がやって来ない。 いまどきの若者はプロレスよりもダンジョン配信に夢中なのだった。 スキルや魔法で片付いてしまうダンジョン配信者の大味な闘いぶりよりも、プロレスの試合の方がずっと感動できるのに……一度でも、たった一度でも見てもらえればプロレスの魅力が伝わるはず……。頭を抱える黒鉄に、親友の忘れ形見である風祭 青空(かざまつり そら)から意外なアイデアがもたらされる。 「ダンジョンでプロレスやっちゃおうよ!」
View More『おおっとー! マスクド・ササカマがトップロープから跳躍! 強烈なボディプレスがデビル・コースケを襲うーーーッッ!! そのままホールド! ワン、トゥー、スリィィィイイイ!! マスクド・ササカマ、鮮やかに勝利をもぎ取ったぁーーーッッ!!』
東北のとある町の片隅。
がらがらの市民体育館にマイク越しの絶叫が虚しく響き渡った。勝利したマスクマンが両手を突き上げてアピールするが、並べられたパイプ椅子に観客はほとんどいない。
関係者を除けば、半分眠ったような老人がまばらに座っているだけだった。『みちのく王座決定戦もいよいよ折り返し! 東北の覇者となるのはマスクド・ササカマか! あるいはナマハゲ・ザ・ジャイアントか!? 受付にて次戦のチケットも販売しておりますので、お帰りの際はどうぞお気軽にお求めください! シーズンパスがたいへんお得となっております!』
わずかな観客が帰ると、体育館はもの寂しい静寂に満たされた。
東北に拠点を置く5つの地方プロレス団体が協力し、「すみません、クロさん。勝たせてもらっちゃって」
マスクド・ササカマがマットに倒れている男に手を伸ばす。
男の顔には地獄の悪魔を彷彿とさせる不気味なメイクが施されていた。男は、目だけを動かして観客がすべて帰ったことを確認すると、巨体に似合わぬ俊敏さで跳ね起きた。「いいってことよ。俺みたいなロートルより、お前みたいな若手が勝った方が盛り上がるだろ」
「自分、超日時代からのファンだったんすよ。ガキの頃にクロさんの試合見て、よく真似してたんす。必殺、バリスタナックル!! なんつって」ササカマは大きく左手を引いて、右のパンチを繰り出す。
クロさんと呼ばれた男は大きな手のひらでその拳を受け止めた。 バシンと小気味良い音が体育館に響く。「お、なかなかやるじゃねえか。もっとそうだな、引き手を大げさに絞ってみな。迫力も増すし、スピードも出る。ほら、やってみろ」
「ええっと、こんなかんじっすか?」 「そうそう、いい感じだ。もう一発打ってみろ。今度は胸で受けて――」 『こら! 二人とも遊んでないで撤収撤収! 早く片付けないと追加料金取られちゃうんだからね!』実況席からマイクを使って注意をしてきたのは年若い少女だった。
両手を腰に当ててリング上の二人をにらんでいる。 ササカマとクロさんは、目を合わせて肩をすくめた。「わーった! わーってるって! ほら、ササ、とっとと片付けるぞ」
「まったく、ソラちゃんにはかなわないっすねー」二人は苦笑いをして、リングの解体に取り掛かる。
前座試合に出ていた若手たちも集まって、リングは見る間にその形を失っていった。* * *
撤収が終わるとすっかり夜遅くなっていた。
クロさん――「ソラ、今回の売上はどうだった?」
「聞かなくてもわかるでしょ。あの客入りなんだから」助手席に座っているのは実況の少女だった。
名前は「私をリングに上がらせてくれたら話が早いのに。『往年の名レスラー復活! スカイランナーⅡ世誕生! なんとなんとなんと、正体は強く気高く美しい現役女子高生だーッ!!』なんてさ、話題性ばっちりじゃん。満員御礼間違いなしだよ」
「自分で『強く気高く美しい』とか言うかあ? ま、それはともかく相手がいねえだろうが、相手が」 「クロさんが相手してくれりゃいいじゃん」 「説得力ってもんを考えろ。プロレスはただのショーじゃねえ。ホンモノを見せるもんなんだ。リアリティなくして夢はなし――」 「――夢なくして真実なし、でしょ? 聞き飽きちゃったよ」クロガネは身長190センチ、体重130キロ超の巨漢だ。
全身筋肉の塊で、二の腕はソラの腰よりも太い。 一方のソラは身長160センチ、体重59キロ。 普通の女性と比べればガッチリしているが、クロガネと並ぶと大人と子供どころではない。「くっそー、私と戦ってくれる女子レスラーが東北にもいればいいのに」
「学校でアマレスやら空手部やらに声かけたんだろ? そういやどうなったんだ?」 「ダメダメ、全滅」ソラは顔の前で手をひらひらと振る。
「格技系の子はいまどきみんなこっちなんだから」
そういって、スマートフォンの画面をクロガネの前に差し出した。
クロガネは「こら、運転中にあぶねえだろ」などと言いつつ、ついちらちらとそれを見てしまう。そこには、剣や鎧を身に着けた若者たちが、地上には存在しない生物――モンスターと戦う映像が表示されていた。
「ダンジョン配信ってやつか」
「見てよ、この同接数。同じ東北でやってるっていうのに……」 「ドウセツスウ?」 「同時接続数。この配信を、4000人の人が同時に見てるってこと」 「4000人!? 4000人っつったら、後楽園ホールの倍だぞ!?」クロガネはかつて自分が超日プロレスの選手だったころを思い出していた。
自分は前座だったが、満員の後楽園ホールの熱気と言ったらとてつもなかった。 後楽園ホールの最大収容人数は2005人。 あの熱気を生まれ故郷である東北にも再現したいという想いで、新団体の旗揚げに協力したのだ。 そんな夢を果たせぬまま、十年の時が過ぎてしまったわけだが。「そういえば、今日の試合は配信もしてたんだよな? 何人ぐらいが見てくれたんだ? 何百人か? いや、贅沢は言わん。何十人だっていい!」
クロガネは期待を込めて尋ねる。
一般チケットは両手で数えられるほどしか売れなかったが、配信とやらで見てくれているファンがもっとたくさんいたのかもしれない。「……4人」
「え?」 思わず
「だから4人。これ最大ね。平均したら1人が見てたり見てなかったり」
「マジか……」 「リアルで人気ないのに、ネットでだけ人気なんか出るわけないじゃん。あー、だから言いたくなかったのに……」あからさまに落ち込むクロガネに、ソラはため息をつく。
こうなるだろうから黙っていようと思っていたのだ。 しかし、直接聞かれてしまっては答えないわけにもいかない。「ぐう……そんなチャンバラより、プロレスの方が絶対アツいのに……」
「ホントだよね。ダンジョン配信って、剣でズバーッとか、魔法でドカーンとか、大味すぎてストーリーがないのよ」クロガネのぼやきに、ソラも相槌を打つ。
ソラもまたプロレスという格闘技に魅せられたものの一人なのだ。 亡き父の思いを継いで、東北の人々の心を、プロレスという名の炎で焦がしたいのだ。「このでっかい猿みたいのが相手なら、飛びついてヘッドシザーズで――」
「いきなり大技は感心しねえな。俺なら手四つの力比べから――」 「あたしのスタイルじゃないし。まずは回避に徹しつつ打撃の差し合いを――」 「フィニッシュは投げか、関節か悩むな。やっぱり初心者向けには派手な――」配信に映ったモンスターを対戦相手に見立て、各々の脳内で試合運びが組み立てられていく。
それは、間違いなくいま配信されている戦いよりも、魂を揺さぶる試合になるはずだと二人は確信していた。しかし、現実は厳しい。
ダンジョン配信は人気を博し、プロレスは閑古鳥だ。 それを思い出して、クロガネはため息をついた。「せめて一度でも見てさえもらえればなあ」
「ホントだよねえ……って、ちょっと待って! それ、いいアイデアかも!」ソラは目を輝かせ、ぽんと手を打った。
「ダンジョンでプロレスやっちゃおうよ!!」
「お、おう?」唐突な提案に、クロガネの目が丸くなった。
■仙台駅前ダンジョン第1層 レンタルホール 選手控室「うー、さすがにちょっと緊張してきたかも」「なんだかんだとちゃんとした興行に出たことはねえもんなあ」 控室に備えられたモニターでオクたちの試合を観戦しながら、白塗りのメイクを施したクロガネとソラが話している。 その様子を撮っているのはアカリだ。配信はしておらず、後日編集して今日の試合の裏側としてアップする予定である。 会場は順調に盛り上がっている。 まず、地方プロレスではありえないトップアイドルグループによるオープニングイベント。なんとこの日のために用意した新曲まで飛び出し、白銀メルによる真剣を使った剣舞まで披露された。ちなみに使用した刀は<童子切安綱>で、それに気がついた一部の人間は青い顔をしているのだが、クロガネたちには知る由もない。 そしてピギーヘッドたちも毎日の猛特訓の成果を見せ、コミカルながらもスピーディで見ごたえのある試合を展開している。初めは笑って楽しんでいた観客も、試合が中盤以降になると「おおっ!」というどよめきや、拍手が巻き起こるようになっていた。「あ、そういえば二人とも、お願いしたことは準備できました?」「おう、ばっちり済んでるぜ。予定通り試合開始と同時にお披露目できるぜ」「あたしの方もばっちり!」 アカリのお願いとは、デビル・コースケとデスプリンセス魔姫のSNSアカウントの新設だ。 これまでクロガネ・ザ・フォートレスとスカイランナーⅡ世名義の発信は、WKプロレスリングの公式アカウントに集約してきた。しかし、魔界商店街軍の設定ではWKプロレスリングと敵対している。WKプロレスリングのアカウントでこの二人の発信をするのは少々具合が悪いのだ。 なお、今回のエキシビジョンマッチの対戦名義が魔界商店街軍となっているのは、超日との戦争という構図になることを避けるためである。日本最大のプロレス団体である超日が、いくら人気急上昇中だとはいえ地方の小団体に喧嘩を売る形になっては格好がつかないのだ。「魔界商店街軍さーん、そろそろ会場入りお願いしまーす」「おう、いつでもいけるぜ!」「よーし、気合い入れるよ!」 スタッフが呼びに来て、クロガネとソラは選手入場口の裏へと移動する。もちろん魔界風メイクもばっちり仕上がっている。 アカリは別行動で実
■仙台市郊外 WKプロレスリング道場(建設中) トンテンカンとトンカチの音色が高らかに響く青空の下、テーブルを囲む三人の男女がいた。 葉を大きく広げたヤシに似た植物が木陰を作っているが、三人の顔は汗まみれだ。ちなみに、このヤシは<アイナルアラロ>の固有種である<パラソルパーム>と言う。植えればたった一晩で大きなビーチパラソルのように育つ迷宮産物だ。「はい、はい。ええ、わかりました。いやいや、ありがとうございます。では失礼します。……くっそ、こっちもダメだ。他にめぼしいとこは……」 通話を終えると、またすぐさま別に電話をかける大男はクロガネだ。 心当たりのある会場候補に朝から電話をかけ続けているのである。「ううー……公園も河川敷もぜんぶダメ! 学校の体育館も校庭もダメ! 何か他にいけそうなところは……」 スマートフォンであれこれと検索しながらうめいている亜麻色の髪の少女はソラ。 クロガネとは別路線で試合会場を探しているのだが、どこも避難所となっていて設営ができるような場所がない。「ええ、はい。なるほど……そちらも大変ですよね……。いえいえ、こちらこそこんなときに申し訳ありません。引き続きよろしくお願いします」 ヘッドセットで通話をしながら、ノートパソコンのキーボードを猛然と叩いている眼鏡の女はアカリだ。 774プロの頃のコネを総動員してどこかにねじ込めないか当たっているところだ。通話しながら十を超えるチャットウィンドウで同時に各所へ相談している。「あまり根を詰めると干からびてしまうでござるよ」 子豚に似た頭の小人――オクがココナツに藁のストローを差して持ってきた。「おっと、すまねえな。助かるぜ」「会場は<アイナルアラロ>ではダメなのでござるか?」「あー……それはちょっとなあ……」 受け取ったココナツジュースを飲みながら、クロガネが苦い顔をする。<カマプアア>からも、場所に困っているなら<アイナルアラロ>を貸そうかという申し出があったのだ。しかし、それは複数の面から避けたい事情があった。 まず第一にアクセスが悪すぎる。 WKプロレスリングの道場は仙台市内とは言え辺鄙なところにあり、仙台駅から公共機関を乗り継いで30分以上がかかるのだ。そこからさらに何十分も狭い通路を降らなければならない。 第二に観客に危険がある。 モンスター
■東京都新宿区市ヶ谷 防衛省庁舎 防衛省庁舎地下37.5メートル。 太平洋戦争中に秘密裏に作られたという地下塹壕でイッセンは目覚めた。 脇に転がっていたカメラドローンを起動し、視覚をリンク。地球人風アバターの外見を確認する。 短く切りそろえたショートヘア。 複数の人気女優をモデルとし、調整した外観。 パンツスーツにはひとつの皺も埃もついていない。 非人間的なまでの美貌を備えたそれは、地球の芸能界でデビューすれば瞬く間に人気を博すだろう。 チェックを終えたイッセンがエレベーターに乗り込む。 独特の浮遊感をおぼえながら、端正な顔を歪めて深いため息をつく。「うう……胃が痛い……。消化器官なんて作るんじゃなかった……」 極秘エレベーターの中で、体をくの字に曲げる。 みぞおちのあたりを押さえながら、「うげっ、うげっ」と短くえづく。 階数を示すランプが数字を増やすたび、胃痛と吐き気が高まる。 いっそこのままエレベーターが故障でもしてくれないか。 この密室に一生閉じこもっていたい……そんな気持ちがわいてくる。 ――チーン しかし、現実は無慈悲だ。 ランプは20階を示している。 19階建ての防衛省庁舎には本来存在しないはずの20階。 ダンジョン技術を応用して作り出された幻の最上階がそこだ。 たった一人の男の要望に応えるためだけに生まれた専用のダンジョン、という言い方もできるだろう。 エレベーターを降り、長い廊下を歩く。 奥に進むにつれ、ピアノの音が薄っすらと聞こえてくる。 交響曲第五番「運命」。 ベートーベンの名曲が、徐々に音量を上げていく。 イッセンには、これが自分の運命の行く末を暗示しているようにしか思えない。 いや、待て、私よ。 私は先進宇宙から来た一流のエンジニアなのだ。 こんな後進宇宙の原生生物をなぜ怖れているのだ。 その気になれば、カメラドローンを自爆させてこの惑星ごと粉微塵に吹き飛ばすことだってできるのだ。 ……それをすると、23の並行宇宙が丸ごと崩壊するからできないが。 なんとか勇気を取り戻したイッセンは、分厚い木製のドアを開ける。 待っていたのは、しなやかな指でグランドピアノを奏でる男。 フォーマルスーツの肩に真っ赤なタオルをかけた奇妙なファッション。 細く尖った顎の異相。意志の強さを表すかの
それはとある赤色巨星がまとう水素大気圏で生まれた。 灼熱の水素の中で生じる電磁パルスが一定のパターンを持ち、自己複製を開始する。何億年とそれが繰り返され、複雑な構成へと進化し、自我を持ち知恵を得る。そしてまた数万年を経て、素粒子や電磁気力を直接操る文明が誕生した。彼らが操るものには、地球人類が未発見の粒子が多数含まれる。 異様に感じるかも知れないが、電磁パルスのパターンを炭素生命におけるDNAに置き換えれば、そう不思議なことではないと理解できるだろう。生命の本質とは複製と増殖だ。物質がそう指向づけられたとき、生命は誕生する。 赤色巨星は恒星が寿命を迎える最後の段階と言われる。 文明を得た電磁パルスは天文学も発達させ、自分たちが住まう赤色巨星が恒星の一生における最終段階だと知り、外宇宙及び平行宇宙への進出を試みて種族全体で技術開発を進めるのだが――まあ、その話はこのあたりでやめておこう。あまりにも本筋とは関係がなさすぎるし、歴史の授業のようで退屈だ。 そして、電磁パルス生命の生態をそのまま描写しても読者には伝わるまい。これからは地球文明の程度に合わせた形に翻訳する形で書いていくことをご承知願いたい。 さて、舞台はとあるオフィス街にある雑居ビルのワンフロア。 中堅か、それよりやや下のシステム開発会社だ。 日々、大小様々な案件が元請け会社から降りてくるが、右から左に孫請けに流す……といったことまではできない。そういう会社を想像してほしい。 無数のパソコンが並ぶ室内には、饐えた空気が漂っている。 それもそのはず。あちこちにカップ麺やコンビニ弁当の残骸が転がっており、コバエがたかっているものまである。デスクの下には、ダンボールを敷いていびきをかく無精髭の男たちもいる。 そんな戦場のような環境で、エナジードリンク(ノンカフェイン、ゼロカロリータイプ)に長いストローを差し、ちゅうちゅう吸いながら猛然とした勢いでキーボードを叩く女がいる。「むぎゃぁぁぁぁああああああ!!!! 死ねっ! 死ねっ! 死ね死ね死ね!! みんな死んじゃえ!!」 名前は――イッセンとしよう。 およそ8年前に元請けから舞い込んできたビッグプロジェクト<汎宇宙保全計画>のチーフエンジニアのひとりである。なお、この職場ではチーフエンジニアが掃いて捨てるほどいる。それ