LOGIN俺の名前は黒川紫音。 ただの高校生――のはずだった。 身に覚えのない腕時計を手にしてから、俺の日常はズレ始める。 消える記憶。 狂い始める時間。 気づけば、俺は”怪盗シルバー”として夜を駆けていた。 俺が盗むのは金じゃない。 誰かが奪われた『大事な何か』だ。 三年前の抜け落ちた記憶。 いつしか、本気を出せなくなっていた俺。 シルバーとして動き始めてから、謎が少しずつ増えていく。 消えた記憶。 解けない違和感。 隠され続けた真実。 すべてが一本の線で繋がるとき、止まっていた俺の時間も動き始める。 困ってる奴は放っておけない。 だけど、この高揚感は、嫌いじゃない。 ……面倒くせぇけどな。
View Moreいつもの朝。
母さんの声が朝からうるさく響く。 「紫音ー、のんびりしてるみたいだけど、時間大丈夫なのー?」 「分かってるって!」 寝起きのまま、制服に袖を通し、階段をかけ降りる。 黒川紫音《くろかわしおん》。俺の名前だ。 洗面所で顔を洗う。鏡を見ると、少し伸びた髪の隙間から切れ長の目がのぞいている。 「あ、寝癖……」 ワックスを手に取り、跳ねた髪を手ぐしでサッと整えた。鏡の中の自分を見て、 「…まあ、こんなもんか…?」と小さく呟く。 「紫音、何やってるの?」 振り返ると、母さんがニヤニヤとこちらを見ている。 「……べっ別に、寝癖直してただけだし」 声が少しうわずる。 「もぉ…色気付いちゃって…」 手を口に当て、母さんは何だか嬉しそうにしている。 「は?違ぇし?」 「はいはい…」 母さんが小さく笑う。 「ほら、これ…」 弁当をぐいっと身体に押し付けられる。 「時間ないんでしょ?」 「あー、やっべ!」 慌ててカバンに弁当を突っ込み、食パンを口にくわえる。 ふと目の前の棚を見る。見覚えがあるようなないような黒い腕時計。少し気になりつつ玄関で靴を履き、家のドアを開けた。 「行ってきます!」 「いってらっしゃい!」 ◻︎◻︎◻︎ 授業はいつも通り退屈で、気づけば放課後になっていた。終業のチャイムが校内に響く。 「はぁぁ、やっと終わったー!」 (まあ、ほぼ寝てたけども…) 椅子に座ったまま、大きく伸びをする。 「紫音ー」 声の方へ振り返ると、見慣れた顔が満面の笑みでこちらを見ている。 「……大地、顔がうるせぇ!」 机に肘をついたまま軽口を叩く。 「顔がうるせぇとか、何だよ!こんなに爽やかな親友に向かって!」 「……自分で爽やかって言う奴の顔が見たいな」 「おう、どんどん見ろよー」 いつものたわいもないやり取り。 珍しく部活が休みらしく、久々に一緒に帰る。 爽やかと自分で名乗る親友《バカ》は、長瀬大地《ながせだいち》。幼馴染だ。 まあ自分で自称するだけあって、清潔感があり、さらさらの茶髪、笑顔を絶やさないコイツはそう言っても間違いではないけれど。 二人で教室を出て、並んで歩く。 「なぁ紫音、ちょっと寄ってかないか?」 「金欠だし、お前の奢りならな?」 ニヤっと笑う。 大地は怪訝な顔をしながら 「は?ちげーよ!バスケだよ、バスケ!」 「またかよ!」 小さくため息をつく。 「……お前、勝てねーじゃん?キャプテンのくせに」 大地は図星をつかれたかのように押し黙った。 「……うるせぇ!今日こそは勝つ!」 「言ったな?」 大地を見ながら、俺は少し口角を上げる。 「……ああ、言った!」 少し戸惑いながら、大地は俺の口車に乗る。 「じゃあ俺が勝ったら肉まん奢れよ!」 「望むところだ!!」 二人でいつもの公園に向かった。 ◻︎◻︎◻︎ 公園―― 夕方の空気が、少し冷たい。 大地が軽く息を吐きながら呟く。 「よし、じゃあ俺からな?」 ボールを軽くつきながら、こっちを見る。 「紫音、ちゃんと見とけよ?」 得意げに口元を上げる。 ドリブルして、そのままシュート体制に入り、勢いよくボールを投げた。 バンッ ゴールポストに当たり、ボールは虚しく地面に落ちた。 「あっ」 大地が気まずそうにこっちを見る。 「よっ!さすがバスケ部キャプテン!」 パチパチと手を叩きながら、棒読みで揶揄《からか》う。 「い、今のなしで!」 大地が手をバツにしながら叫ぶ。 「往生際が悪いぞ?」 ボールを手に取り、指先でクルクルと回しながら、ゴールポストを見る。 「実力の違いを見せてやる!」 ボールを落とす。 軽くドリブルして、そのまま投げる。左手がすっと伸び、右手は添えていた名残のまま離れる。 ボールが静かに弧を描き、リングへ向かって吸い込まれていく。 「……は?」 ゴール下で、大地が固まり、視線が、こっちに向く。 俺は、ただゴールを見ていた。 少しだけ、目を細めて―― ネットが揺れる。 遅れて、音が響いたのを確認してから、大地を見て、フッと笑う。 「肉まんゲットな!」 大地はちょっと悔しそうにしながら、俺の肩を抱き寄せてくる。 「お前やっぱバスケ部入れよ!」 興奮しながら、顔を思い切り近づけてくる。 「……顔を近づけんな!汗臭ぇよ!」 手で押し返すが、離れない。 「……お前もだろーが!」 顔を合わせて、お互いにケラケラと笑う。 笑い終えた後、少し真剣な顔で大地が呟く。 「……また一緒にバスケやろうぜ」 「中学の時、みたいにさ」 俺は視線をゴールに向け、少し目を細めた。 「……中学の時、な」 ペットボトルを開けて、水をひと口飲む。 「まあ、また気が向いたら、な」 大地が嬉しそうに笑った。 ◻︎◻︎◻︎ 「そういえばさ……」 思い出したかのように大地が話してくる。 何故かわからないけど、照れ臭そうにボールをいじっている。 (……何だ?気持ち悪いな) 怪訝な顔で、大地を見る。 「あ、あのさ」 「ちょっと、お前には言っておきたくて」 「何を?」 「同じクラスにさ、白石っているじゃん?」 「……白石?」 水を飲みながら返す。 「……し、白石。白石柚希《しらいしゆずき》。おとなしい感じの子だよ」 どこか落ち着かない様子で話してくる。 描いて 「ああ……いたっけ…?」 大地を見ると、バツが悪そうに下を向いている。 (……ははーん?) 少しだけ口元が緩む。 「お前……分かりやすいな」 「あ?」 大地が顔を上げる。 顔を真っ赤にしながら「うるせぇよ!」と返してきた。 「プッ」 思わず吹き出す。 「……笑うなよ!」 大地が照れ臭そうに言う。 少しの間、笑い声だけが残った。 ◻︎◻︎◻︎ 大地と別れ、家に着いたのは、18時を少し過ぎた頃だった。玄関のドアを開ける。 「ただいまー」 「おかえりー」 キッチンの方から、明るい声が返ってくる。 着替えてダイニングに降りると、父さんがソファに腰掛けていた。 「父さん、今日早いじゃん」 「たまにはな」 新聞の隙間からチラッと俺を見て答える。 「紫音ー」 会話を遮るように母さんが声をかけてくる。 「もうご飯にするからおじいちゃん呼んできてー」 「はいよー」 廊下から縁側に向かう。 「……アレ?」 いつもの定位置に、じいちゃんがいない。 「じいちゃん?」 呼びかけるが、返事はない。 「部屋か……?」 そのまま奥へ向かおうとした、その時―― ガタンッ!! 足を止めて振り返る。 「……っ?」 さっきまで確かに誰もいなかった。 それなのに……いなかったはずの場所じいちゃんが座っている。 (なんだ……これ) 一瞬、眉をひそめる。 「紫音?」 じいちゃんがゆっくりこちらを見る。 「……じいちゃん、さっきそこにいなかった、よな?」 疑問をそのまま口にする。 だけど、じいちゃんは何も答えず、ただ飄々と、「夕飯かのぅ?」と聞いてくる。 「あ、ああ……呼びにきたんだ」 「では、向かうとするかのぅ」 確かにそこにはいなかった。それなのに、振り返ったらなぜか教室を出た。 廊下には、まだ昼休みの賑やかな声が響いている。(……まずいな) この時間に外へ出るのは、さすがに目立つかもしれない。 階段を下りる。昇降口を抜け、校門を出る。 通学路を少し逸れたところで、「ちょっと君……」 声をかけられる。 振り返ると、そこには知らない男が、不審そうに俺を見ていた。「学校は?」「……」 一瞬だけ、言葉に詰まる。「今、授業中じゃないのか?」 視線が、まっすぐ向けられる。(このオッサン、警察か……?やべぇな)「……すんません」 それだけ言って、踵を返した。「ちょ、待ちなさい!」 声が飛ぶ。 その場から逃げ出すように走り出す。(クソッ……!) 心臓が早くなる。視界が揺れる。 曲がり角を曲がり、そのまま、全力で走る。「……はぁっ」 息が上がる。「……ログチー!」 走りながら、腕時計に向かって小声で叫ぶ。「おい、起きろ!」 返事はない。「おいって……!」「……んー?」 間の抜けた声。「おはよー……シルバー」「今それどころじゃねぇんだよ!」 苛立ちが混ざる。「状況見ろ、追われてんだよ!」「えー……?」 寝ぼけたままの声。 その瞬間—— 視界が、揺れた。「……っ?」 身体の感覚が、変わる。 白いジャケット、翻るマント、腰元で、銀のチェーンが揺れる。「は?」 足が止まりかける。「ちょっ……待て!」 周囲の視線が、一気に集まる。「え、なにあれ?」「コスプレ?」「動画撮ろ」 周囲のざわめき。一斉にスマホを向けられる。「……っ!」 反射的にマントで顔を隠し、そのまま走り抜ける。(最悪だ……!) そのまま、人の間をすり抜けるように、視線を振り切り、路地裏に飛び込む。壁にもたれ、荒く息を吐いた。「……はぁっはぁっ」 外のざわめきが、遠くに聞こえる。「お前……!」 腕にしがみついたまま、ウトウトしているログチーに話しかける。「なんで勝手に発動してんだよ!」「え?え?」 ログチーが、ようやく状況を理解し始める。「ちょ、ちょっと待って!これオレじゃないって!」「はぁ!?」「ほんとだって!なんか勝手に——」「いいから戻せ!」 食い気味に言う。「今すぐだ!」「え、えっと……リバート?」「それだ!」「……Revert」 ——何も起
朝。目覚ましの音が鳴り響いている。 身体が重い。眠ったはずなのに、疲れが残っている。うるさい、と思いながら手探りで止める。 時刻は6時55分「全然寝れてねぇな……」 ベッドでそのまま横になりながら、天井を見つめる。昨夜のことが、まだ鮮明に頭の中に残っている。 黒いカード。 触れたときの熱。 鼓動のような感覚。「……夢、じゃないよな?」 小さく呟く。 上体を起こした時、視線がベッドの下に落ちた。黒いカードが、そこにあった。 ゾワッ。 背筋が凍りつくような感覚。そっと手を伸ばし、カードを手に取る。 冷たい。 何の変哲もない、ただのカード。 昨日のような熱は、ない。「……だよな」 軽く息を吐き、カードを机の上に置いた。 ――本当に、ただのカードなんだろうか。 考えを振り払うように立ち上がり、制服に着替えて部屋を出た。◻︎◻︎◻︎「おはよう」 キッチンから母さんの声。「……はよ」 席に座りながら、ふと違和感に気づく。いつも聞こえるはずの湯飲みの音がない。「あれ?……じいちゃんは?」 母さんが振り返る。「珍しく寝てるのよ。いつも早いのにねー」 軽い調子で母さんは答えた。「……まだ寝てるのか」 少し考えてから、立ち上がる。 廊下に出て、じいちゃんの部屋の前で足を止めた。「……じいちゃん?」 返事はない。 ドアを少しだけ開ける。布団の中で、じいちゃんは眠っていた。静かな寝息が聞こえる。「……寝てる、だけか」 一瞬、声をかけて起こそうかと思ったが、やっぱりやめた。静かにドアを閉め、そのまま家を出た。◻︎◻︎◻︎ 通学路—— 朝の空気が冷たい。歩きながら、ふとポケットに手を入れる。何もない。 そう思ったその時、指先に何かが触れる。「……は?」 取り出すと、黒いカード。一瞬、思考が止まる。「……なんでだよ」 机に置いたはずだ。確かに、置いた。 カードをじっと見つめる。 何も変わらない。ただのカードのはずなのに。 次の瞬間、苛立ちが込み上げる。「クソッ、わけわかんねー!」 思わず吐き捨てる。「ログチー、説明しろよ」 返事はない。「……おい」 沈黙。「……寝てんのかよ」 小さくため息をつく。カードをポケットに戻した。◻︎◻︎◻︎教室。「よ、紫音」 大地が手を上げる。
「ちょっと!シルバー!」 「シルバーってばー!!聞いてる?」 耳元で叫ばれて、ハッとする。 目の前には、ログチー。 ぼやけていた意識が、だんだんクリアになる。 「……ん?」 視線を下に向ける。 白いジャケット。夜でもやけに目立つ。ふと、背中側で布がわずかに揺れた。 「……マント?」 思わず、眉をしかめる。 「やっぱり似合うねー!」 ログチーが、けらけらと笑う。 「ちょい盛ってみたー」 「盛るな!」 軽く叩く。 まだ違和感が抜けないまま、さらに視線を下げる。体を動かすたび、銀のチェーンがかすかに鳴る。 「……なんなんだよ、これ」 額に手をやり、やれやれと小さく息を吐く。 (……誰も見てねぇ、よな?) すぐに思考を切り替える。 「……なぁ」 「ん?」 俺は、ログチーを見て呟く。 「……さっきのやつさ、一体どれぐらい戻れるんだ?」 「んー」 ログチーは、手を口元に当てながら、 「……今は1日から、2日くらいかな」 手の指先に、少し力が入る。 「……今は?」 ログチーは、にやっと笑う。 「まだまだってこと。ただし能力が開花すれば……。まあ、今は気にしないで」 その後、ログチーの声が少しだけ落ちる。 「でも、これからどうなるかは、キミ次第だからさ……。上手く言えないけど」 「……なんだそれ」 続けてログチーに尋ねる。 「……なぁ」 「例えば……さ」 「……三年前、とかに戻ることもできるのか?」 無意識に手を力が入る。 「ん?」 ログチーが、きょとんとする。 「三年前?」 「……出来るのかっ?」 自分でも驚くほど声が強張っていた。 思わず、ログチーを力強く掴む。 「むぎゅっ」 「ちょっ——!」 「あ、わりぃ」 すぐに手を離す。 ログチーは、一瞬だけ真顔になる。 「……それは、無理だよ」 「さすがに、そこまでは戻れない……」 「……だよな」 ため息混じりに呟いた。 ログチーが首を傾げる。 「……三年前に何かあるの?」 「……記憶。いや……」 「ただ……聞いてみただけだ」 「ふーん?」 どこか納得していない声。 俺は、ログチーの言葉を遮るように、 「……さっきのやつ」 「もう一回やってみていいか?」 「えっ
眠れない……。目を閉じても、落ち着かない。 心臓が、やけにうるさい。さっきまでの出来事が、頭から離れない。「……はぁ」 小さく息を吐く。 天井を見つめたまま、視線だけを動かす。枕元に置いた腕時計に、目をやる。「……なんなんだよ」 苛立ちを抑えるように、首の後ろを掻く「ご主人、眠れないの?」 俺は、無言のまま、背を向ける。「ご主人ってばー!」 少し苛立ちながら言葉を返す。「……いい加減、その呼び方やめてくんね?」「んー?」「……その、ご主人って呼び方」「なんか、むず痒い」「んー?」「じゃあ、やっぱりシルバー?」「ちげぇわ!」 ため息が漏れる。「……もう、好きに呼べよ」「うん!シルバー!やっぱりこっちのがしっくりくるよね」 嬉しそうな声が返ってくる。「……」 天井を見つめたまま、俺はは小さく息を吐いた。「……で?」「ん?」「さっきの話」「覚醒って、一体なんなんだよ」「んー?やっばり気になる?」「は?当たり前だろ?」「映画でもあるまいし、はい!覚醒しましたよーって雑な説明されてだな、はいわかりました!納得ー!って言う奴がどこにいる?」「いるなら、さっさと連れて来い!ここに!」 苛立ちをそのまま言葉に出す。 ログチーが、クスッと笑う。「キミは相変わらず短気だなぁ」「相変わらず?」 少し考えてログチーは言う。「まだ記憶が気になるけど……ま、いっか!」「体感した方が早いよね?」「……は?」 言ってることに理解が追いつかず、眉をひそめる。「ただ、あまりやりすぎちゃうと危険だからちょっとだけ体感してみる?」「体感って?」「シルバー、目を閉じて!」「……なんだよ、突然」「いいから!頭にイメージしてみて」「戻りたい時間とか、その日のイメージ、感じたこととか」「……」 時間とズレ。頭の奥に、あの違和感がよみがえる。うまく言葉にはできない。 でも、あの『ズレた感じ』それを、なぞりながら、俺は目を閉じた。 その瞬間—— 視界が、ぐらりと揺れた。 足元が、不安定になる。身体が、ふわっと浮くような感覚。画面がホワイトアウトし、音がなくなっていく。◻︎◻︎◻︎「……?」 ゆっくりと、目を開ける。そこは暗闇で、何も見えない。 ポケットからスマホを取り出す。画面の光で、周りを照らす。