FAZER LOGINダンジョンが女子スポーツの花形として、オリンピック競技にまで隆盛した現代。 火ノ坂朱莉(ほのさか あかり)は、中学時代に「赤鬼」と恐れられた過去を捨て、遠く神奈川の高校に進学した。そこでは暴力を封印して精一杯の乙女キャラを演じることを誓う。 だが悪名高い彼女はどの部活からも入部を拒否され、クラスチャットからも追放され、暗黒ぼっちの高校生活が約束されてしまった。 ……どうしてこうなった? 「あの! よかったら! ダンジョン部! 入りませんか!」 絶望するあかりに唯一声をかけてくれたダンジョン部の切光桐子(きりみつ とうこ)先輩と共に、全国大会を目指して心機一転、ダンジョン道に邁進していく!
Ver maisいのち短し潜れよ乙女 たかぶる血潮 さめぬ間に
――与謝野晶子がダンジョン道を創設して100年あまりの時が過ぎた。
オリンピック正式競技にも採用されたダンジョン道は、女子スポーツの花形としてますます隆盛を極めていた。* * *
それは葉桜の緑も初々しい4月半ばの出来事だった。
わたし――
そして、呆然と立ち尽くすひとりの男子高校生がいる。
こちらは不良でもヤンキーでもない。 線の細い長身。顎のラインがしゅっとしている。 眼鏡に透ける切れ長の瞳は、――のだが、いまはなぜか瞳孔が小刻みに震え、視線が定まらない。なんで生まれたての子鹿みたいになってるんですかね?
そんな疑問はさておき。
わたしは血に濡れた両手を胸の前でもじもじと絡み合わせながら、ほっぺたを上気させ、しなやかな柳腰を軽くくねらせて、精一杯の上目遣いに振り絞った勇気をのせて、言った。言ったのだ。
「す、好きです! 入学したときから好きでした! 付き合ってください!!」
「ひっ、ひぃっ、たっ、助けて!」男子高校生は悲鳴を上げて逃げ出した――
これが、わたしの身にたったいま起きた出来事である。
なんという理不尽。吊り橋効果とは嘘だったのか、危機的な状況に置かれた男女は高鳴る鼓動を恋と勘違いするのではなかったのか。入学時から「いいな……」と想っていた男の子が、不良に絡まれているのを助けたのである。最初は陰から見守っていたのだが、不良が男の子の襟首を掴んだところでぷっちんキレてしまった。
手刀で襟を掴んだ手を落とし、返す
かかった時間は五秒ジャスト。
このひと月あまり封印していた拳にしては、そこそこのキレだったのではなかろうか。そんな勇姿も見せたところで、吊り橋効果に期待して流れで告白。
精一杯の乙女仕草をまぶしたので、つい先程の殺伐ぶりとは大いに落差があるはずだ。 男はギャップに弱い――これもインターネットの恋愛情報サイトから得た確実な知識である。その結果が、あたふたと転げるように駆け、校舎の角に消えていく想い人の後ろ姿であるとは理不尽としか言いようがない。
地元で広まった悪評から逃げるように(というか実際に逃げたのだが)、寮付きの高校に入学し、暴力を封印して精一杯の乙女キャラを演じてきたのに、一切の目論見がおじゃんになった。きっと明日にも噂になっていることだろう。
こうなれば破れかぶれだ。
部活動ルートに行こう。 まだ入部先を決めていなかったのがここで役立つとは。文化系はダメだ。自慢じゃないが、わたしは絵も描けなければ文章も苦手だ。
中学の読書感想文ではWikipediaをコピペしたら速攻でバレて先生にガンヅメされた。 なぜバレた。 いやちゃんと課題図書は読んだんだよ。 読んだけど感想文が書けなかっただけなんだ。 わたしの感じたパッションがとても文字などでは表せきれなかっただけなのだ。 音楽系もダメだ。 音痴なうえにリズム感もない。 よって合唱部、ダンス部、軽音楽部等も選択肢から除外される。というわけで、部活動の選択は自然と運動系となる。
知的で儚げな文系タイプが第一志望のわたしだが、細マッチョならば体育会系でも否とは言わない。性格が暑苦しいのは苦手だが、男子の草食化が叫ばれる昨今、そんな時代錯誤はそれほどいないだろう。
というわけで、男女混交の部活を順番に巡っていくことにする。
――空手部にて。
「ど、道場破りかっ!? ひっ、あ、赤鬼!? い、命だけはご容赦を……」 「なにとぞ、なにとぞぉー!」 と、一同が土下座し……――柔道部にて。
「俺に任せて逃げるんだ! ここは俺が食い止める!」 「先輩の犠牲は忘れません……!」 と、むくつけき大男が立ちはだかり……――剣道部にて。
「やつを人間と思うなっ! やつの正体は埼玉の半グレや暴走族をたったひとりで壊滅させた赤鬼だ!」 「ち、血染めの赤鬼!? と、都市伝説じゃなかったのか!?」 と、槍衾の如く竹刀が迎え……部室棟の廊下にバリケードが築かれ、もはや進行不能になった。
理不尽がすぎるだろ。たしかに、わたしは中学時代にちょっとしたやんちゃをした。
といっても自分から仕掛けたわけではない。 きっかけは何だったかもう忘れてしまったが、いわゆる不良連中からやたらと絡まれるようになり、そのたびに正当防衛をしただけなのだ。結果として、県内の不良グループは壊滅し、ケツモチのヤクザの事務所に殴り込んだりもすることになったのだが――どれも正当防衛だ。正当防衛ったら正当防衛だ。
にもかかわらず、人里に降りてきたヒグマ以上に恐れられ、「赤鬼」なる二つ名までつけられるとはなんたることか。
交番に落とし物を届けに行ったときなんか、お巡りさんがのけぞって冷や汗を垂らしていた。震える右手が拳銃のホルスターにかかっていたことは勘違いだと思いたい。
そんなわけで、じいちゃんに頼み込んで県外の寮付きの高校を選んだのである。
神奈川県の西寄りに位置するこの私立桜吹雪高校は、実家の道場まで電車を乗り継いで約4時間。本音を言えばもっと遠くにしたかったのだが、じいちゃんが「月に一度は道場に顔を出せ」と条件をつけたので、このあたりが限界だった。
それにしても、正体を表してから噂が浸透するのが早すぎるだろ……あ、まさか。
不意に湧き上がった不安が命じるまま、スクールバッグからスマホを取り出し、LINEのクラスグループチャットを開く。この30分ほど、誰も何も投稿していない。静寂だ。無だ。いつもは誰かが何かしら取るに足りない雑談をしているグループチャットなのに、である。
ちょっとメッセージを送信してみる。
「今日の数学の小テスト、マジ難しかった~」
反応無し。 「三角関数って人生の役に立つの?って感じだよねw」 反応無し。 「ねえ誰かいるー?」 反応無し。めちゃくちゃにスタンプを連打して、グループチャットを退室した。
いや、退室の必要すらもなかったのだろう。 間違いなく、もうわたし抜きのグループチャットが出来上がっている。デジタルネイティブの現代っ子はこんなときに関わりたくない相手をチャットから追い出したりはしない。刺激をするのも関わりだからだ。それを置き去りにしたまま、すっと別の世界に移るのである。そして大気を伝わり光ファイバーを駆け抜けた情報は、すでに全校生徒の知るところとなっているのだろう。
「ふふっ……」
思わず笑いが漏れる。
もちろん、自嘲である。自分を憐れんだのである。 クラスからは孤立し、部活にも入れない。 高校生活も残すところあと2年11ヵ月強。 華のぼっち生活確定だ! ひゃっはー! ぼっちは最高だぜー!!「――――あの」
何か人の声が聞こえた。「――あのう!」
女の子の声だ。 しかし、部活棟の廊下にそびえ立つバリケードの前に佇む赤鬼に話しかけるものなどいるはずがない。 孤独を恐れるわたしの心が生み出した幻聴だろう。「あの! 聞こえますか! 部活! 探してるんですか!」
「えっ?」幻聴じゃなかった。
目の前には、学校指定のジャージにショートカットの女の子が立っていた。 ボーイッシュな雰囲気で、溌剌とした瞳がなんとなくリスを連想させる。 目をゴシゴシとこするが、たしかにそこに立っていた。 どうやら幻覚ではないらしい。「あの! よかったら! ダンジョン部! 入りませんか!」
「えっ」も、もしかして、ぶ、部活の誘いってやつですかーっ!?
「もちろんです!! おなしゃす!!!!」
「ひえっ!?」わたしの必死の大声に、小柄な身体がびくんと跳ねた。
取っ組み合い、である。 素手と素手との対決になったのだからわたしが優位かと思いきや、泥仕合に突入している。ブランは狙っているのか無意識なのか、間合いを詰めて掴みかかり、頭突きをメインに叩き込んでくる。 技を使って崩すなり引き剥がすなり試みてはいるのだが、純然たるパワーで撥ねつけられるのだ。圧倒的なパワーは多少の技量差など踏み倒せるという、武の身も蓋もない本質を突きつけられているような気分だ。 見様見真似の生兵法で挑んできてくれれば対応もしやすかったのだが、なりふり構わず子どものように飛びかかられてしまってはいかんともしがたい。 とはいえ。 ラフファイトならこっちだって本領である。頭突きに対しては逆に頭をねじ込んで額で顔面を受け止め、隙を見てはショートフックや肘打ちをボディにこつこつ打ち込む。腰が入らないから大した威力は出せないが、嫌がらせにはなるだろう。ボディに注意が下がったら絞め技を狙いたいところだが、半端な体勢ではパワーで引っ剥がされるだけだろう。あまり期待はしないでおく。 まあ、スタンドでの取っ組み合いになった時点で作戦の半分は達成できているのだが。 あとはその時が来るまで耐えるのみ。いや、本音はさっきのバックドロップで仕留めたかったけどさ。まだまだダメ押しが必要なようだ。「歯ァ食いしばれッ!!」 鬼嶋の絶叫。瞬間、わたしは歯を食いしばって身を固める。「ブランッ! 気をつけろ!」「Quoiッ!?」 剣城さんの絶叫。衝撃。ブランの悲鳴。 わたしはブランを掴んだまま空中にはね飛ばされる。「決めろよッ!」 くるくる回る視界の下、走りすぎていくのは一台のネイキッドバイク。 ブランの死角から、鬼嶋がアクセル全開で体当たりを仕掛けたのだ。「もちろん、これで決めさせてもらうよ!」「ッ!?」 突然の事態に混乱するブランを空中で拘束する。 腕の上から抱きしめるように両腕をロック。 足を絡めるついでに跳ね上げ、逆立ち状態に。 頭を顎の下にねじ込み、首を丸められないよう固定。「うおおおおおおおおおおおおッッ!!」 ずん、と重い衝撃が頭頂から足先へと上っていく。 拘束を解いて離れると、石畳に頭を突き刺したブランが白目をむいて泡を吹いていた。これならトドメは必要あるまい。見立ては正しく、ブランの体は徐々に光の粒子となって|
わたしとブランの戦いは、正々堂々足を止めての正面からの打ち合い……とはならなかった。 ブランの攻撃は一発でも直撃をもらえばリタイア確定の大威力だ。そのため、素早く間合いを出し入れしながら。ロングレンジの打撃を差し込んでいくアウトボクシングスタイルが自然と最適解となる。「Mmmm……ちょこまかとずるいデス!」「ずるくないです~。これが戦術ってやつです~」 追いすがる巨大ハンマーをかいくぐりながらの戦い。ブランはだいぶ焦れているようだが、それに応えてやる義理などない。 だが、精神面での苛立ちとは裏腹に、体力の方はまだまだ余裕がありそうだ。ちくちく打撃を入れてはいるものの、全身金属鎧で固めているのだからそうそう有効打になどならない。捨身飼虎を封じるためだろう。基本的には前に出続け、溜めを作れる隙は与えない立ち回りだ。 ブランが警戒すればいいのは、捨身飼虎による豪打とオープンヘルムで剥き出しの顔面のみ。細かな被弾は気にせず、こちらを叩き潰すべくじわじわ進んでくる様子はさながら重戦車だ。身体は豆タンクだが、秘めたパワーは陸上戦艦級である。「いままでと一緒じゃないデスか! これでラストセットなんデスよ!」 ブランのギアがさらに上がる。 ハンマーの生み出す風圧が勢いを増す。 もはや体力を残す必要はない。 出し惜しみせず一気に潰す算段だろう。 ブランの言うとおり、このセットも含めてわたしはずっと一撃離脱に徹してきた。これがボクシングだったなら、クリーンヒットの数でわたしが判定勝ちを収めるだろう。しかし、これはボクシングではない。このまま試合が終わったら、終始押されっぱなしだったわたしの負けだと誰もが思う。なにより、わたし自身がそう考えてしまう。 だから。「うおおおおおおおッ!!」 気合一発。横薙ぎのハンマーをスウェーでかわした直後、身体を思いっきり前傾させて振り下ろし気味のロシアンフックを右拳で放つ。さながら野球のオーバースローのような打撃。顔面に直撃すれば、さしものブランも堪えるだろう。 だが。 右拳に固い手応え。ごうんと鈍い金属音が轟く。兜で受けられたのだ。「Huhumph、このくらいでは通りマセンよ!」 知ってる。 この程度のカウンターが通じるのならとっくにわたしが勝っている。 前傾させた身体をそのま
もっとも体力消耗が激しいスポーツは何か。 これについては諸説あると思われるが、格闘技全般が上位に当てはまることを否定する人はいないと思う。例えばボクシングなら1ラウンド3分で1分のインターバルを挟む。MMAなら5分3ラウンドか5ラウンドが標準的だ。極端な例を挙げると大相撲では10秒前後で決着が着くが、試合後の力士は消耗しきって全身汗まみれである。 ダンジョン道においてもそのあたりの事情は近い。 1セット10分間を延々殴り合っていることなどそうそうないが、ありえないことではない。双方が開幕からの強襲を行い、決着しなければ10分間延々殴り合いを続けるという、他競技ではなかなか見られないタフな勝負が繰り広げられるのだ。消耗するのはプラーナなので、現実の格闘技とはちょっと事情が違うところもあるのだけれど。 第一セット:【0-0】 というわけで、引き分けとなった第一セットではその10分間の殴り合いが発生した。「はあ、はあ……さ、さすがにキツイっすね」「な、なんだ。もうへばったのかよ?」「いいから喋ってないで回復に努めて」 肩で息をするわたしと鬼嶋に、キリ先輩が特濃のスポーツドリンクをくれる。いつものお手製スポドリにたっぷりのハチミツを加えたスペシャルバージョンである。とろみを帯びた冷たい液体が熱くなった身体を冷やし、糖分が全身に染み渡っていく。「向こうも交代はないみたいだね」 聖マグダレナの方でも、ブランと剣城さんが初里さんから受け取ったドリンクを飲んで呼吸を整えている。定員の3名ぴったりで戦っているうちとは違い、あちらは選手層も厚く、控え含め6名のフルメンバーが登録されている。「つっても、準決からは交代がねーから通常運転って感じだけどな」「そうだね。どうやらそれがマグダレナの本気ってことみたい」「へへっ、去年とは大違いだな。光栄なこって」 二人の言うとおり、聖マグダレナは緒戦こそ頻繁に選手交代をしていたものの、準決勝では剣城さん、ブラン、初里さんから交代していない。いつか剣城さんが口にしていたことだが、聖マグダレナは余裕があるうちは頻繁な交代で多くの選手に経験を積ませる方針で、去年の冬大会での対戦では剣城さんが早々に引っ込んだそうだ。 それがいまや交代の気配なし。 つまり、桜吹雪高校が「油断できない好敵手」として認められたとい
切光桐子は試合開始の直後に走った。 狙いは聖マグダレナの後衛、初里麻凛である。 剣城、ブランによるブロックは入らない。二人ともそれぞれ鬼嶋、朱莉の相手に集中している。 では初里はどうか。 彼女は紫の長衣を翻し、通路の一本に向けて駆けていた。前衛二人で強襲をかけてのスカウト単騎による宝箱探索。財宝争奪戦における定跡のひとつである。(なるほど、序盤の作戦はボクらとほぼ同じか) 桐子は初里の背中を追って走りながら思う。 強襲とスカウト単騎の組み合わせと、三人での強襲にじつは本質的な差異はない。どちらも正面からの力攻めを意味する。そして一人が宝箱探索に入ったならば、それを誰も追わないという選択肢はほぼない。スカウトを数分放置すれば、それだけでセットを取られてしまうからだ。 初里の進行スピードは速い。 トラップは確実に見切り、避けられない徘徊モンスターとの戦闘も手早く片付けている。使う得物は短剣。事前の偵察でわかっていたことだが、桐子と近いスタイルだ。 いくら速いと言っても、さすがに振り切られるほどではない。 桐子もまた探索を本職とするスカウトなのだ。一度誰かが通った通路など、舗装された遊歩道を散歩するようものだ。警戒すべきは先行する初里が仕掛けるトラップだが、今のところそんな素振りは見られない。トラップには基本的に消耗品である胚珠を使用する。プラーナポイントの圧迫を嫌って、トラップ用の装備をそもそも用意しない者も多い。 追いつけそうなタイミングは幾度かあったが、無理には仕掛けない。この場面で気をつけるべきは初里に一方的に解錠を許してしまう展開だ。後衛とはいえ初里は聖マグダレナのレギュラーの一角。正面戦闘で簡単に落とせるような相手ではない。 付かず離れずの追跡行の結果、宝箱が設置された広間に出た。 初里は宝箱の前に佇み、振り返る。 桐子も十分な間合いを置いて足を止めた。「これで膠着、ですね。どうします? 私たちも一騎打ちに興じますか?」 初里がフードの奥から声をかけてくる。その表情は陰に隠れて見えない。「やめておきますよ。それより、解錠はしないんです? せっかく先着したのにもったいないです