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第3話

Penulis: 城間ようこ
last update Terakhir Diperbarui: 2025-05-15 18:24:10

それから私は、洗顔を済ませて、ベッドで目覚めの紅茶を頂いてから身支度をして、お父様と朝餐を共にする為に食堂へ向かった。

「おはようございます、お父様」

「ああ」

「……」

朝餐は静けさに包まれていたわ。お父様は元から口数の多い人ではないけれど、今朝は特に寡黙だった。

多分、午後には異母兄妹の事で私に話さなければならないから、それで会話もしにくいのでしょう。

私はというと、お父様に悪印象を抱かせない振る舞いを心がけて緊張したわ。正直、朝食を味わうどころではなかった。

「──では、私は先に仕事へ向かう」

お父様がナプキンで口もとを拭い、席を立った。私は何も知らないふうを装って微笑みを浮かべた。

「はい、お父様。お仕事お疲れ様です」

食堂に取り残されて、思うのは一つよ。

ベリテと名乗った彼を召喚する事。時空を司ると言っていたから、それを可能にする力を持つ──悪魔かしら?

今ならまだダリアがいないから、悪魔を召喚しようとしても邪魔されないわ。

書庫には召喚に必要な魔法陣やベリテについて書かれた書物も、きっとあるはず。何しろ過去の私が召喚に必要な書物を読んで、試してきたのだもの。

もっともそれは、ダリアが先に悪魔を召喚していたから、全て徒労に終わった挙げ句の果てに処刑台へ送られる事になったけれど……。

それにしてもダリアは、どのタイミングで悪魔と契約するのかしら?

悪魔に関する書物は禁書よ。どこの屋敷の書庫にでも置かれているものではないわ。

「……公爵家に来てからかしら」

「お嬢様、何か?」

「何でもないのよ。お茶のお代りをもらえる?」

「はい、かしこまりました」

危ない、思わず呟いていたわ。どんな一言も下手を打てば命取りよ。気をつけないと。

でも、子爵家ごときの書庫にあるとは思えないわね。しかも一人娘を嫁がせず愛人にさせたような家よ。

前世では「貴族とは名ばかりの貧しい家」と聞いた記憶もあるし、だから尚さらダリア達を蔑んで毛嫌いしたのだもの。

……それなら、まだダリアには先を越されてはいないわね。私でも悪魔を召喚出来るわ。

「ご馳走様。私は書庫へ行くわ」

「かしこまりました、お一人で調べものをなさりたいのですよね?どなたにも立ち入らせませんので、ご安心を。ですが、旦那様にお会いする時刻はお忘れなきようお願い致します」

「ええ、大丈夫よ。お父様が執務室に私を呼ぶだなんて、きっととても大切なお話ね。きちんと時刻を守るわ」

言っていて白々しい気持ちになるわね。でも、今は気にするより行動に出てベリテを召喚しなければ。

書庫の中でも、普段滅多に使われない禁書の類を置いた棚は埃っぽい匂いがする。私は少しむせてしまい、手近な窓を開けてから書物に手を伸ばした。

──前世で何度も私を破滅させた本。

でも、その気味悪さよりも、今度こそダリアを出し抜ける昂揚感が強い。

ページをめくって名前を探してゆくと、インクがかすれて読み取りきれないものの、それらしき名前を見つけたわ。

「……え?何を司る悪魔かさえ書いてないわ」

ベリテは時空を司るのよね?あの時見た相手に嘘がなければ。

なのに扱いが雑というか……名前の他に書かれている事は、大悪魔から怒りを買った事のみ。

本当に大丈夫なのかしら、信じても。でも、私はこうしてダリアが来る前に戻れているし。

それは何度生き直しても出来なかった事なのよ。それを可能にしたのは、やはりベリテだとしか思えない。

「──急がないと、お父様に会いに行く時間になってしまうわ」

迷っていても仕方ないし、動かなければ再び未来は処刑台よ。

私は書き慣れた魔法陣を、書物で改めて確かめながら慎重に、持参した紙へ書き写した。

「……私は呼ばう、彼の者の名はベリテ……私の差し出すあらゆるものに応え、いざ姿を現さん事を……」

文言を口にして、仕上げに一滴の血を魔法陣の中心に落とすべき時、──あろう事か私の目に、窓から入ってきた羽虫が飛び込んだ。

「痛っ……」

嫌だ、痛いし気持ち悪いし、この異物感は虫が張り付いているのよね?怖い。もっと恐ろしい存在を召喚しようとしているくせに、言えた立場ではないけれど。

でも虫が目に入るなんて怖いわよ。涙で洗い流せないかしら。目をこするのは絶対駄目よね。

──と、虫と一緒に大粒の涙がこぼれて──魔法陣の中心に落ちてしまった。

「えっ……?!何、……」

魔法陣から光がわき起こる。こんな現象、前世の中では一度も見た事がない。

──血ではないの?涙で召喚出来るものなの?

そもそも、こんな目がくらみそうな光の渦、悪魔らしくないわ。

あまりの眩しさに目を閉じてしまい、光が落ち着いてきた頃、ようやく私は魔法陣の真上に浮かぶ存在を視認出来た。

それは、確かに前世の最期に語りかけてきたものだった。

どこまでも美しく、澄み渡るような姿。そして神々しい──白い羽……?

「……あの、あなた様は……私に語りかけて下さった……お方、ですよね?」

恐る恐る問うと、相手はにこりと笑ってみせてくれた。

「呼んでくれたね。改めて、僕はベリテ。時空を司る天使だよ」

「……天使……?」

悪魔召喚の魔法陣から、何で天使が呼ばれて来るの……。

「あれ?何やら不思議そうにしてるね」

「……あ、あの、申し訳ありません。私は書物にあった悪魔を召喚したつもりでしたの……ここ、この悪魔ですわ」

いけない、天の御使いに失礼を働いたわ。こちらも気が動転しているのよ。慌てて書物を見せて指さすと、ベリテは微かに唸ったわ。

「インクがかすれているから間違えたのかな、この悪魔はベリタっていう悪魔だ。それに君は神から異能を授けられた身だからね、涙は一番効果的な天使の呼び方だけど……異能を解放出来るようになるまでは、血でも悪魔は来ない」

「異能……?今の私には悪魔を召喚する事が出来ないのですか?」

「うん、君の世界では聖女と呼ばれるね。十七歳になれば異能が覚醒する。君は十七歳になれた事が一度もなかっただろう?覚醒させたくない人物がいたらかね」

聖女といえば、国が傾いた時に出現する救世主みたいな存在よ。

確か、前に現れたのは百年以上昔で、枯れた大地は豊かな土壌にし、濁った川は清流へ変えて、流行病の蔓延る淀んだ空気は清らかなものにしたと書物で読んだ記憶があるわ。

私がその聖女になる、ですって?降ってわいた情報に頭が整理出来ない。だけど天使様が仰るのだし、嘘ではない……はず。

というか、待って。覚醒させたくない人物、ですって?そんな国が傾こうが我欲を優先しそうな人、私を罠にはめ続けた一人しか思いつかない。

「ダリアが……?確か、彼女は悪魔と契約していたと前世で言っていたわ」

「ご明察。その悪魔がベリタだよ。数ある悪魔の中でも悪辣で、残酷な手段や陰謀を得意として好む」

そんな悪魔を召喚しようとしたなんて、復讐にはふさわしいでしょうけど……逆に悪魔から裏切りに遭ったり、契約を拒否されて手酷い仕打ちを受ける事もありえたかもしれない。

青ざめた私に、ベリテは何を思ったのか突拍子もない事を言い出したわ。

「それにね、今は悪魔達で地獄に慰安旅行へ行っているから、悪魔は呼び出しに応じないよ」

「旅行?地獄?」

「悪魔達の労働環境は、近年改善されていてね。今ごろ、血の池温泉にゆっくり浸かったり、針山の上を歩いて足裏のツボを刺激して健康促進に励んでるんじゃないかな?悪趣味だけどね」

「血の池や針山のどこが健康的なんですの……恐ろしいわ」

労働環境の改善とか、悪魔は使役される立場と考えた事がなかったわ。人ならざるものとは、何て人間と感覚が違っているのかしら。

そんな話を聞かされたおかげで、呆れて恐怖も遠のいてしまった。

……もしかすると、彼は私が感じていた恐怖をやわらげようと慰安旅行だなんて話題を持ち出してくれたのかもしれない。

「慰安旅行しているのは本当だし、君には天使なら呼べても悪魔は呼べないのも本当だ。だから、僕が遣わされたんだよ。謀略されて十六歳の終わりに必ず命を落としてしまう君の為に。でも、少しは悪魔や天使への心のゆとりも生まれただろ?」

「え、ええ……ありがとうございます。あの、ベリテ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「駄目だよ、君は僕と契約する身だし。一蓮托生の同士になるんだ、ベリテって呼んでもらわなきゃ。僕も君をガネーシャと呼ぶから」

「でも、天使様に畏れ多いですわ」

「それを言うなら君は未来の聖女様だろう?」

まだまだ、未来の聖女と言われても突然の事で実感も自覚も全くないけれど。

でも、目の前の天使……ベリテ様が断言しているし、実際にダリアからは執拗なまでに前世の数々で十七歳の誕生日を迎える事を阻まれてきたわ。

ダリアは毎回、ベリタという悪魔から教わっていたのかしら。

だとすれば人心を司るベリタの力で周りを味方にするのも、悪魔を呼べない私を陥れて処刑台へ送る事も、さぞや容易かったに違いない……そう思うと、今度はふつふつと怒りがこみ上げてきた。

私はベリテ様を真っ直ぐに見つめて、懇願した。

「ベリテ様。──いえ、ベリテ。私に力を貸して下さらないかしら。私は犬死にするのなんて、もう御免こうむるわ。そして叶うなら、ダリアにやられてきた分をお返ししたいの。どうか、お願い」

すると、ベリテは邪気のない笑みで頷いてくれた。

「喜んで力を貸そう。──さ、契約を結ぼう。早くしないとガネーシャの父親に、約束の時間を守れない娘だと思われる事になるからね」

「あっ……、もうそんなに時間が経っていたの?契約とは、どうやって交わせばいいのかしら?」

今、お父様から悪い印象をいだかれてしまうのは不都合すぎるわ。慌てた私に、ベリテは自らの羽を指さした。

「この両羽に一度ずつ口づけを。すると僕の羽の付け根に契約の印が刻まれる。僕は君の左胸……心臓の真上に額を寄せて誓う」

天使に口づける事も、相手が天使とはいえ胸もとに額を触れさせる事も、本音では恥じらいがある。

けれど、そんな戸惑いごときに時間を使うようでは、おそらくダリアにまた出し抜かれるに違いない。ダリアが召喚する悪魔がいかに手強い敵かを聞かされたもの。

「分かったわ。失礼するわね」

私は背を向けたベリテにそっと寄り添い、見た目以上に柔らかい羽に口づけた。すると羽の付け根が一瞬輝いて、後に十字架の形の微かな光が残った。

「ガネーシャ、次は僕からだ。こちらを向いて」

「……ええ」

恥ずかしさと緊張に身を強ばらせながら、近づいてくる美しい顔に堪えきれず目を固く閉じる。左胸が一瞬熱くなって、ほのかな温もりが余韻のように残された。

「ここに、印の十字架が刻まれているけど、普通の人には見えないから安心して。天使でも悪魔でも、契約者の印を可視化するには難しい条件があるんだ」

「え?ええ……」

可視化する……例えばダリアが悪魔と契約したら、それを可視化して衆目に知らしめる事も可能なのかしら。

そんな疑問を巡らせていると、「とりあえず」とベリテが私の肩を軽く掴んで、くるりと体を扉に向けさせた。

「今は父親との時間を守る事だよ。誤ちは繰り返さないね?ダリアの真実を前世で知った君には、過去になかった知識がある。それを利用して周りを取り込むんだ」

「……分かったわ」

冷静に対処してゆく事。周りをよく見る事。──ダリアに利用されずに、ダリアを利用する事。

「ガネーシャなら出来る。僕がいる。訊きたい事はたくさんあるだろうけど、後で答えるから、まずは目の前の事を一つずつ正そう」

「ありがとう、ベリテ。これからお世話になるわね。頑張って必ず勝つわ」

書物を戻し、扉に向かい、執務室へ行く為に閉ざされた空間から出てゆく。

「ガネーシャ、これからは僕がいるよ。ガネーシャは絶対に歪んだ運命を正せる。僕に出来る事は何でも力になるからね」

背後から囁かれた言葉は、とても頼もしかった。

訊きたい事は山ほどある。でも、今はお父様を味方につける事が優先よ。困った娘だと思われてはならない。

戦いはもう、始まっている。

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    いわゆる、お見合いとも呼べる顔合わせの日。お父様と同乗していた馬車を降りて案内の者に従って歩き、お父様と謁見の間に待機していると、国王夫妻と立太子されたばかりのウィリード王太子殿下が厳かに入室して各々の席についた。私は最上級の礼儀でお辞儀をして、玉座から声をかけられるのを、かしこまって待つ。国王陛下は想像していたよりも親しみをこめて語りかけて下さった。「そなたは商いで得た収益で孤児院に多額の寄付を行なっていると聞くが、その若さで大した才覚だ。今後の展開はどう考えておるか?」「恐縮でございます。幸いにも販路は順調に広まっておりますので……今後は貧民街の救済院へ寄付をし、就業支援に着手しようと考えております」「慈善事業も、そこまでゆくと国政で対応するような領域だな。民を案じる心根は美しいと見るぞ」「誠にありがたいお言葉と存じます、国王陛下」すると、王太子殿下が苦々しい口調で水を差したわ。「慈善事業を理由としても、貴族の令嬢が商いで稼ぐ事を考えるなど、少々品位に欠けると思われるが。しかもまだ齢十四にすぎない少女の考える事となると、早熟に過ぎる」なるほど……と私は思った。前世ではダリアが殿下を誑かしていたけれど、そうなる素養が殿下にはあるのだわ。どうやら私は、ダリア抜きにしても殿下から好意的には見られないようね。そこに落胆と諦念、そして達観を交えて無難な言葉を探していると、国王陛下が先に殿下へ問いを投げかけた。「そのように言うお前は、王家の者として民の為に力を尽くした事があるのか?」もっともな言い分だわ。けれど、王太子殿下はつまらなさそうに言い捨てた。「今はまだ力及ばずとも、いずれ王位を継げば私は国を治める為に尽力致します。それで十分でしょう」王妃陛下が扇子で溜め息を隠すのが見えて、私は国王夫妻の苦労を垣間見た気持ちになったわ。仮にも立太子された身なのだから、王太子として国を案じなさいよ。まあ、実際に貧しい国民へ施している私を、身分や性別と年齢にそぐわないと言って蔑む時点でお察しだけれど。「ウィリード、お前はまだ青い。しかし王太子となったからには、王子だった頃のように城を抜け出し、平民を装って市街を見て歩く事は許されなくなる事は覚えておくように」国王陛下が苦虫を噛み潰したような面持ちで告げると、王太子殿下はあからさまな不満顔になった

  • 闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ   第12話

    ──気を揉んでいるうちにも季節は移ろい、夏を迎えようとしていた。私が考えた洗髪粉と石鹸は貴族の間で定着し、廉価版が庶民にも広まりつつある。おかげで慈善事業も順調だ。私の名声は称賛をもって広まっていた。その間にも、ダリアは何とかして私に害をなそうとしていたものの、ベリテの力と私が持つ前世の記憶で防げていた。ダリアにはマストレットの他にまだ味方がいないから、出来る事は悪戯じみた悪さだけだ。前世を憶えている私を超える程の知識も経験も持たないダリアでは、太刀打ち出来ない。失敗する度に癇癪を起こすダリアはお父様にとっても頭痛の種ではあったものの、私のお母様を差し置いて愛した、愛人の子が残した娘だ。邪険には扱えないようだった。マストレットといえば、使用人にも卑屈な態度をとっていたが、お父様には誰に対しても謙虚で気遣いある接し方をする息子と捉えられていたらしい。あばたもえくぼとは、この事だ。そうして、ある日の朝餐で、ついに恐るべき時が来た。「マストレット、朝食を終えたら私の執務室に来なさい」「はい、父上。分かりました」二人のやり取りを見たベリテが難しい面持ちで私に告げた。「ガネーシャ、父親はどうやら書庫の鍵をマストレットに渡すつもりらしい」──鍵を?ついにこの時が来てしまったの?出来るだけ先延ばしにしようと頑張ってきていたのに。「マストレットはダリアに自慢するよ。何しろ公爵家の子息として認められたって事を意味するからね」──そんな事をしたらダリアが黙っていないわ。「だろうね。羨むだけじゃ済まない」ダリアも禁書のある書庫に入りたがるはずよ。公爵家の一員として、堂々と。これまでダリアは知り合いも作れずに引きこもっていたけれど、おとなしくしていてくれる訳がないわ。果たして、私が危惧する事は現実となった。その日の晩餐、ダリアが口を開いた。「お父様、マストレットお兄様が書庫の鍵を頂いたと聞きましたわ。ガネーシャお姉様もお持ちですし、私だけ頂けていないのは家族として認められていないようで悲しいです」「ダリア、お前にはまだ難しい書物や扱いの難しい物が多いんだ。理解しなさい」お父様はたしなめたけれど、ダリアは黙らなかった。「ですが、鍵のいらない書庫にさえ私はガネーシャお姉様に同伴して頂かなくては入れないままなのですもの……」ダリアがカトラリーを置

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