フェリシアの前世は筋金入りの腐女子。 今生では不遇な貴族令嬢として生まれ変わったが、その妄想力は全く衰えていなかった。 家族に陥れられて帝都を追放され、行き先の要塞町で兵士相手にBL妄想を爆発させる。 英雄叙事詩を二次創作してBL布教し、毎日楽しく暮らしつつ、取り繕った外面と本物だった聖女の力で要塞の人々を惹きつけていく。 果ては突如現れた魔王までもがフェリシアを娶ると言い出して……? 真の聖女であり真性の腐女子であるフェリシアが、勘違い聖人ムーブと本気のBL布教で紡ぐ物語。 ※BL要素はあくまでフェリシアの妄想の中だけです。実際のキャラにBLはありません。
ดูเพิ่มเติม「瘴気……」 瘴気については帝都にいるときに学んだ。 魔物の力の源泉で、人間にとっては猛毒となるもの。 五大属性の魔力とは全くの別物で、聖女の力によってのみ浄化されると言われている。 聖女の力。 私はベネディクトを振り仰いだ。「もしきみが本当に聖女の力を持っているのなら――」 彼は手を握りしめる。 それから迷いなく床に膝をついた。……私の前に跪くように。「どうか、こいつを助けてやってくれ。こいつはここで死んでいい男じゃない。そのためならば、私は何でもしよう」「やめろ、ベネディクト。フェリシアちゃんを、困らせるんじゃねえ……ガハッ」 クィンタが血を吐いた。 怪我は確実に悪化している。このままだと彼は本当に死んでしまうだろう。 ――助けたかった。心から。 だって私は、ベネディクト×クィンタが最推しカプなのだ。 こんな形で推しを失いたくない。推しは末永く幸せにならなくてはいけない! それに涙を流し続けている、魔法隊の少年。 彼だってなかなかの逸物だ。命の恩人の憧れから、きっと素晴らしい攻め様に成長してくれるはずなんだ。 でも私は名ばかり聖女で、昔の聖女が使えたはずの光の魔法は身につけていない。 別にサボっていたわけじゃない。光の魔法それそのものがあやふやな伝説で、誰も教えてくれなかった。 先代の聖女様はずっと昔の人。もう記録は残っていなかったのだ。「記録……」 ふと、思い出した。先代の聖女様が書き残したと言われている古文書のことを。 古文書というが実は聖女様の日記帳で、他愛もないことばかり書かれていた。今日の天気だとか、道端のお花がきれいだったとか、夫である皇帝がイケメンだとか。 その中にこんな一文があった。『今日もわたしは幸せです。わたし自身が幸せであり、他者と国の幸福を祈ることこそが聖女の力の源
要塞町に来てから、少しの時間が経った。 私は相変わらずメイドの仕事をこなしながら、夜は執筆作業に勤しんでいた。 先輩メイドのリリアは優しい子で、きちんと仕事を教えてくれる。メイド長はちょっと言い方がキツいけれど、仕事はきっちりこなすし悪い人じゃない。 食事はちゃんと三食出て、寝床はふかふかのベッド。 実家でいびられていたときよりずっと快適なのである。 そんなわけで張り切って仕事をしていたら、なぜか周囲の評価が上がってしまった。 例えば、トイレ掃除だ。 トイレ掃除はメイドたちが嫌がる仕事ナンバーワン。 お互いに押し付けあっていたので、私が引き受けた。 軍団のトイレは確かに臭くて汚れている。 だが、ここで放置はいけないのだ。 割れ窓理論というのがあって、汚い場所は汚しても構わないという意識が生まれがち。 逆にきちんと手入れしておけば、使う人もおのずと気を使う。 だから私は、一度徹底的にトイレ掃除をした。 素手でやる勇気はちょっとなかったので、革手袋を借りてきた。前世のようなゴムやビニールの手袋がないのが惜しまれる。 トイレ洗剤もないものだから、洗濯用の石けんを投入。 ブラシと雑巾で数日かけてピカピカにした。「すごい、きれいになっている」 軍団兵とメイドたちが目を丸くしている。「せっかくきれいにしたんですから、今後は汚さないように使ってくださいね」 笑顔とともに言えば、みんながうなずいてくれた。 ついでに『トイレはきれいに使いましょう』と張り紙もしてもらった。 結果、トイレはあまり汚れなくなり、掃除も楽になった。「すげえなぁ。あの小汚いトイレが光り輝くようだぜ」 クィンタが感心している。「さすがに褒めすぎですよ」「いや、そんなことはない。フェリシアちゃんが掃除しているのを何度か見たが、一生懸命で。感心したよ」「トイレには神様が宿ると言いますからね。きっと神様が手助けしてくれたんです」「トイレの神様? ははっ、そりゃあいい」 そう答えると、クィンタはさも可笑しそうに笑っていた。 他には料理があった。 ゼナファ軍団での食事は簡素で、食材もメニューもあまりバリエーションがない。 ちょっと栄養が偏るのではないかと思った。 ある日、調理補助の仕事をしていると、料理長が話しかけてきた。「メイドのみなさん。新しい料
「今日はここまでにしておこうっと」 小さなロウソクの明かりで書き物をすると、目が疲れていけない。 私は書きかけの原稿を大事に箱にしまって、倉庫を出た。 要塞の暗い廊下を歩いていると、横合いの部屋からにぎやかな声がする。 覗いてみれば、宵っ張りの兵士たちがお酒を飲みながら騒いでいた。「おっ、フェリシアちゃん! 一緒に飲んでかない?」 酔っ払いの一人が上機嫌な声を上げた。 魔法分隊隊長のクィンタだ。年齢はベネディクトと同じくらい、二十代前半くらいだろう。。 黒髪の副軍団長と対照的に、色の薄い金髪をしている。少し垂れ目気味の目は明るい茶色。 普段であれば愛嬌のあるイケメンなのだが……。 彼はへらへらと笑いながら私の肩を抱いて、強引に部屋に引き入れた。「やっぱ女の子がいると華やかでいいよなー。ほら、飲んで飲んで」「困ります。私、お酒は飲めません。それにもう帰らないと」 明日も早くから仕事がある。 私はまだ新入りなのだ。体調はしっかり整えて、仕事をばっちりこなしたい。 ただでさえ執筆のために睡眠時間を削っている。もう寝たいのである。「ちょっとくらい、いいだろ。……ん、その箱はなんだ?」 大事な原稿を入れた箱に手を伸ばされて、私はとっさに身を固くした。「やめて! 触らないで!」「なんだよ。叫ばなくてもいいじゃん」 クィンタが白けた顔をした。 他の兵士たちが酔った勢いのままこちらにやって来る。「フェリシアちゃんさー、貴族のご令嬢なんだって? なんでこんなとこでメイドしてるの?」「お貴族様にお酌をしてもらったら、酒もうまいだろうなぁ」 うわ、めんどくさ。 前世と違ってセクハラ・パワハラの概念がないこの国では、女性の扱いなんてこんなものだ。 さっさと退散しないと……。「お前たち。何をやっている」 部屋の入口から低い声がした。 見れば副軍団長のベネディクトが、険しい顔で戸口に立っている。 兵士たちはびくっとして黙った。「よう、ベネディクト。お前も飲んでいくか?」 そんな中でニヤニヤと笑っているのは、クィンタだった。 ベネディクトは首を振る。「消灯時間は過ぎているぞ。騒ぐのはほどほどにしておけ。ましてや女性を巻き込むなど」「あー、すまんすまん。フェリシアちゃんが可愛かったから、つい。嫌だったらごめんね?」 クィンタ
日々メイドの仕事をこなしながら、私は果たさねばならぬ使命について思いを馳せていた。 それはBL創作物の普及である。布教とも言う。 この世界、というかここユピテル帝国では同性愛は必ずしも禁忌ではない。 けれども一部の愛好家のものという位置づけで、あまり一般的とは言えない。 そのためBL萌え、いわゆる腐女子の人もいない。 つまり同好の士と萌語りすることすらできないのだ。 帝都の実家にいる頃から、この国でBLを流行らせたいと思っていた。 けれど環境劣悪のあの家では、小説など書けるはずもない。 見つけられたら馬鹿にされて燃やされるのがオチだ。 大事な創作物を燃やされてたまるかよ。 だから私はずっと長い間妄想を温め続けた。 同時に創作物の販売計画も練った。 BLに馴染みのないこの国で、いきなりオリジナリティにあふれるものを売り出しても手に取ってくれる人は少ないだろう。 では、有名作品の二次創作から始めようじゃないか。 この国にも物語はある。 英雄や神々の英雄叙事詩は人気で、写本が本屋で出回っていたり、劇場で劇が上演されていたりする。 その中でも有名な物語に目をつけた。 それは数多の英雄が集う戦物語。 二国がそれぞれ神々の思惑から戦争を始めて、激しく戦う物語だ。 英雄たちの友情、絆。 戦争であるゆえの命のやり取り。緊迫感。 絶対者である神々に翻弄されて、否応なく運命が決まる理不尽さ。 大事な人を殺された憎しみと悲しみ……。 そういった圧倒的な質量の人間ドラマが織り込まれた名作は、多くのインスピレーションを授けてくれる。 戦場を駆け巡る英雄たちをBL目線で再構築、二次創作するのだ。 戦争物は女性人気が低いと思われがちだが、前世でバトル漫画の女子人気は高かった。 単なる戦いではなく友情や愛に焦点を当てれば、十分すぎるほどの可能性がある。 帝都にいたとき、皇太子妃・聖女教育の名目で教養は叩き込まれた。 この英雄叙事詩のような古典の名作をたくさん読んで、文章作法も学んだ。 なにより前世の同人誌の経験がある。 妄想の時間は十分に取った。 あとは形にするだけだ。 忙しい仕事の合間を縫うようにして、私は物語を書き始めた。 時間は主に寝る前。 燃えさしのロウソクを何本かもらってきて、目立たない倉庫の隅で書き物をする。 紙
「よく来たね。あたしはメイド長。上から話は聞いているよ。あんたは貴族令嬢だったらしいが、ここじゃ身分は関係ない。掃除、洗濯、料理、その他の仕事すべて。できないなんて言わせないよ。こき使ってやるから、そのつもりで」「はい、もちろんです」 にっこり笑って返事をすると、メイド長はちょっと鼻白んだ。 前世は一人暮らしで家事をやっていたし、今生の実家じゃあ奴隷や使用人の代わりにやらされていた。今更である。「箱入りのお嬢様だと思っていたのに、肝が座っているんだね……」 彼女は気を取り直すように首を振って、若い女の子を手招きした。「この子はリリア。あんたの先輩として仕事を教えるから」「……リリア、です」 大人しそうな少女だった。 年齢は私より少し年下の、十四歳か十五歳くらいだろうか。「荷物を置いたら、仕事に行ってきなさい」 メイド長に促されて、私たちは部屋を出た。 メイドの仕事はたくさんある。 まずは掃除。 広い軍団施設内を手分けしてきれいにする。 掃除機などないので、ホウキと雑巾が頼りだ。全部手作業だね。 兵士たちのベッドメイクもついでにやる。 次に洗濯。 汗と泥で汚れた兵士たちの衣類が、どっさり洗濯に出される。 もちろん洗濯機はない。 洗うのも干すのも全て手作業で、かなりの手間である。 あとは料理。 専属の料理人は一応いるのだが、数が少ないのでメイドたちが調理補助や配膳をする。 ガスコンロがあるわけもなく、かまどに火を入れるのも一苦労だ。 一つ一つの作業自体はそこまで難しくないものの、とにかく量が多い。 メイドたちは手分けしてせっせと働いて、ようやく回っている状態だった。「フェリシア。頑張っているな」 仕事を始めて十日ほど経ったある日、黒髪の大柄な男性が声をかけてきた。年の頃は二十代前半くらいか。 切れ長の灰色の目をした涼やかな顔立ちの人だった。 彼は副軍団長の地位にいる人。つまりこの町で二番目に偉い人だ。 副軍団長――ベネディクトは真面目な表情で続けた。「貴族令嬢と聞いていたので、すぐに音を上げると思っていたが。メイドの仕事は汚れ仕事も多い。大変だろう」「平気ですよ。リリアもきちんと教えてくれますから」 笑顔で言うと、ベネディクトはわずかに眉を上げた。 隣ではリリアが恥ずかしそうにしている。 実際のとこ
ガタゴト、ガタゴト。 街道の上を馬車が走っていく。 王都から目的の北の要塞町までは、馬車で十日以上かかる距離である。 中世どころか古代ローマを思わせるこの世界の文明では、馬車は揺れまくって乗り心地が悪い。 私もお尻を痛くしながら、それでも明るい妄想に身を委ねていた。 書き間違いではない。 妄想である。 妄想は今も昔も、つまり前世の頃から私の得意技なのだ。 だいたいにして前世の死因は、間違いなく過労。 それもイベント前にカフェイン(エナジードリンク)と糖分(シュークリーム)を過剰に摂取しながら、同人誌の原稿をやっていたためだと思われる。良い子は絶対に真似をしてはいけないアレだ。 自業自得な死因なので、周囲には申し訳ないとしか言いようがない。 あとは親友のKちゃんが、遺言通りにパソコンとスマホのデータを消してくれるといいのだが。 あんなものが両親や他の人の目に触れたら死んでも死にきれない。 男性同士があれやこれや、あはんうふんしているアレコレが! そう、私はいわゆる腐女子である。 ボーイズラブ、男同士の恋愛を愛してやまない業を背負った生き物なのだ! BLはいいぞ。 少年からおっさんまで、イケメンからモブまで。 男性同士の絆、関係性、そして愛! 私は幅広い雑食だが、特に主従ものが好物だ。 だから皇太子の侍従の彼は、ここ最近の妄想の主成分であった。 彼のおかげで嫌味ったらしい皇太子との付き合いも、しちめんどくさい皇太子妃・聖女教育も耐えられた。 無駄に偉そうな皇太子と、常に控えめでサポートに長ける彼。 皇太子も顔だけはいいので、妄想のしがいがある。 きっと彼らの間では日夜あんなことやこんなことが繰り広げられていて……。ぐふふ。 私の鉄面皮とまで言われた無表情は、妄想中のニヤニヤ、もといニマニマを隠すためのものだった。 だって仕方ないじゃない。 皇太子殿下と侍従の主従カプで、「やっぱり従者攻めがいいなー。心からの愛で傲慢な主君を甘く蕩かしちゃうの」と妄想しているのを悟られるわけにはいかないでしょう。 帝都追放で一番残念なのは、侍従の彼とお別れになってしまったこと。 ありがとう、侍従さん。 あなたのおかげで私の魂がずいぶん救われました。 あなたがいなければ、さしもの私もくじけてしまったかもしれません。 皇太子は
「フェリシア・ラビエヌス令嬢。聖女の力を騙った罪で、帝都を追放処分とする」 皇太子殿下の冷たい声が響く。 ここは彼の執務室。 部屋にいるのは殿下と彼の侍従である青年、それに私の異母妹だけだ。「騙ったとはどういう意味でしょうか」 半ば呆れながら、それでも表情には出さずに聞いてみる。「聖女とは当代に一人のみの光の魔力を持つ者。光の魔力はお前ではなく、妹に顕現したと言うではないか。神官たちの証言が出た。ではお前は嘘を言っていたことになる」 殿下の言葉に、もはや言い返す気力を失ってしまった。 彼の隣では妹がニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべている。 あの子は私を見下して、私のものは何でも奪おうとした。 ドレスも宝石も、実家での居場所も。亡き母の形見も。 聖女は皇子と結ばれる。 今度は婚約者をお望みらしい。 神官の証言とやらも、どうせ実家の父と義母がでっち上げたのだろう。「どうやら認めるようだな。皇家を騙したのは重罪、だが他ならぬお前の妹が真の聖女であるならば、減刑して追放だ。妹に感謝するのだな」 さすがに貴族の娘を処刑するとなると、事が大きくなりすぎる。 追放は彼らが溜飲を下げ、かつ、秘密裏に済ませてしまう便利な手段なのだと思う。「追放先は第五軍団ゼナファの駐屯地。北の辺境だ」 侍従の青年だけが気遣わしげな視線で私を見ている。 北の辺境、要塞町は不便な場所と聞いている。 住民の多くが無骨な軍団の関係者で、帝都のよう豊かで行き届いた都市とはほど遠い。 私は目を伏せた。「――仰せのとおりに」 皇帝と妃に話は通したのか、とか、魔力鑑定を司る神殿の扱いはどうするのか、とか。気になる点はいくつもあった。 でも、もうどうでもいい。 聖女の地位も婚約者の立場も、今の私に必要ではない。 殿下が舌打ちをした。「お前はいつもそうだ。いつもそうして無表情で、まるで人形のよう。気味が悪い!」「皇太子殿下、姉は可哀想な人なのです。どうかお慈悲を」 妹がいかにも善人のフリをして、馬鹿にした表情を浮かべる。 これ以上、この茶番に付き合うのはごめんだ。「失礼いたします」 最後に侍従に一瞬だけの視線を送る。唯一の心残りに。 そして私は部屋を出た。 目の前で閉じられた扉が、過去との断絶を表しているようだった。「やった、やったわ。ついに実家を
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