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城間ようこ
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Novels by 城間ようこ

闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ

闇より冥い聖女は復讐の言祝ぎを捧ぐ

「私は許さない、今生こそは悪女として生き延びる」 始まりは、いつも王国歴五百六十八年四月十五日。 主人公の公爵家令嬢ガネーシャ・ダント・フォクステリアは十四歳。父からファルス子爵家より異母兄妹を引き取る事にしたと告げられて、反発と抵抗の為に絶食を続けて二週間が過ぎた時。 そこから何度生き直しを繰り返しても、最後は十六歳の終わりに悪女と罵られ、果てに魔女として火刑に処されてしまう。 今回も同じ結果だった、そう絶望するガネーシャに異母妹のダリアが囁きかける。 それは、ガネーシャに復讐を誓わせるに十分な言葉だった。 火刑に処され、また生き直しが始まったと知るガネーシャは、いつもの繰り返しとは決定的に違う状況を知る事になる。 復讐の為に異界の者と手を組み、善良な令嬢として振る舞いながら、ダリアを超える悪女になって彼女を火刑台に送ってみせる──そう心に決めるガネーシャ。 一方でダリアもまた、忌まわしい行動によってガネーシャに立ちはだかる。 母の異なる姉妹による、駆け引きと水面下での戦いの結末は? うんざりする程まで処刑されてきたガネーシャが、新たに生きる人生は? 悪女として生きる事も恐れない乙女の快進撃。
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Chapter: 第29話
時は遡って、スパイスボトルの件を口外させる事にした辺りに戻る。私が静かにしている間、裏ではメリナとミーナが立ち働いてダリアの悪事を広めていたの。醜聞が好きなのは貴族だけじゃないのよ、平民だって貴族をこき下ろせる話題なら喜んで話す。「……だけど、その話は確かなの?いくら何でも姉君を害そうだなんて……」「確かな話よ、私はスパイスボトルを出すように命じられた本人が話したのを聞いたんだから!」「ええ?本人って……そのメイドは罪を着せられたのに、何だって無事で済んでるの?」洗濯室で使用人達が内緒話に盛り上がる。「ガネーシャ公爵令嬢様よ、彼女がお救いになられて、しかも抹殺されないように、傍付きのメイドにして差し上げたの!」「にわかには信じられないわ……そんなお心の広いお方がいるだなんて」「だけどね、現におられるのよ。公爵令嬢様が幼い頃からお仕えしている傍付きのメイドと彼女、二人が誓った忠誠を称えて、お揃いの黄金の指輪を授けたんだもの!」「黄金ですって?メイドに……そんな高価な物を」「私、見たのよ。美しく細工された、小指にはまってる指輪をね。本物の黄金だったわ」目を見張る使用人に対して、指輪を見た使用人は羨ましそうに遠い目をしながら、輝く指輪の美しさを思い出し、興奮と吐息混じりに答えた。本来、メイドごときに宝飾品を下賜する主などいない。だからこそ、敢えて私は与えたのだけれど……効果はてきめんだったようね。「公爵令嬢様は女神様なの?聖女様なの?」「そんな素晴らしいご令嬢様なのに、妹君は殺めようとなすったの?恐ろしいわ、陰で虐待でもあったのかしら」疑いたくなる気持ちも当然生まれるものだから、もちろんそこにも根回しは済んでいる。「──ちょっといい?……むしろ、妹君が姉君を一方的に憎んでおられるようなのよ。妹君は子爵家の出の母が生んだから、母親が亡くなるまで公爵家に引き取ってもらえずにいたらしいの」「……それで、生まれながらに公
Last Updated: 2025-08-02
Chapter: 第28話
「──もう!血の魅了は対策される!宝石の魅了は制限つき!瞳の魅了はマストレットがぼんくらで役に立たない!これじゃ公爵家に入った意味がないのよ!私は悪魔まで召喚したのに!」ダリアはベリタ相手に部屋で喚いていた。ベリタもダリアにはうんざりした様子だわ。私達は白い世界で楽しく見下ろしていた。──ベリタも、穢れた血で召喚なんてしたのが悪いと言いそうだけれど……。「己の弱点や欠陥を口にはしたくないだろうね。悪魔にとって人間は力なき存在でないと、矜恃が許さない」──なるほどね……あら、ベリタが何か考えたようだわ。「仕方ないな。──新月の夜に、相手が肌身離さず身に着けているものを入手出来れば……遅効性の魅了の力を仕込めるんだが、……お前に入手する事が可能とは思えないんだよな」「何よその言い草!私だってガネーシャの好きにばかりさせないんだから!──そうよ、あのしみったれた水晶のブローチ、あの女はいつも着けているじゃない、あれを盗むわよ!」「……まあ、健闘を祈っておこう」──あらあら、ベリタも言うわね。ダリアとの契約なんて、もう切りたいのかしら。「まあ、あれだけダリアが愚かなら、どんな下級悪魔だとしても相手にしたくないよ」──契約とは勝手に切れない厄介なものなのね。それにしても、ダリアが私のブローチを狙うことにしたなんて。対策を考えないといけないようね。私は思案してベリテに答え合わせを持ちかけた。──ロケットペンダントみたいに、小さな袋が付いたネックレスに入れれば、常に隙を見せずに済むと思うのだけど。「入浴のときも?」──ええ、袋は濡れるけれど。それなら二つ、いえ複数用意しておけばいいのよ。ベリテからの採点は悪くなかったらしい。返ってきた笑顔から伝わってきたわ。そうして、私は常に身に着けていることにしたの。ダリアったら、おかしいものよ。盗めないとなると、正攻法で話しかけてくるようになった。「お姉様、そのブ
Last Updated: 2025-07-17
Chapter: 第27話
結局、夜会では王太子殿下と一度のダンスすら踊る事はなかった。その事自体は気にしないわ、私も捨てられた令嬢として腫れもの扱いされるのは面白くないけれど……それ以上に、王太子殿下が後ろ指をさされる事の方が重要だもの。──それにしてもダリアは悪魔の力をかなり使わせたようね、王太子殿下の目を見た?胡乱に濁っていたじゃない。「あれは、もうどうしようもないね。もし万が一ダリアが魅了を解いても、好意が消えるだけで人としては廃人になるよ」──そうなれば、王太子殿下も王位を継いで国王になる事も難しくならない?……愉快な事。「国政なんて仕事はこなせないね。ガネーシャ、もちろん目論みがあるよね?」──まあ、ね。言わなくてもお見通しでしょう?「まあ、ね。──でも、念の為……第三王子にも、水晶を身に着けているように勧めた方がいいかもしれない」──私が頂いた、あの水晶?だけど、ダリアは王太子殿下に魅了をかけているから……それも制約があるでしょう?「ダリアは役に立たない駒と、恋仲でいようとすると思う?」──ああ……あのダリアだものね。正直、今のダリアには王太子殿下以外の王族と会える力がないけれど……その王太子殿下を最後に利用すれば、あるいはというところかしら。──だけど、お父様は今のダリアに、第三王子の瞳の色をした宝石を買い与えるかしら?王家を侮辱しているかのような醜聞を生んでるのよ。「そこは、マストレットを利用するだろうから」──同じ瞳の色の者に使える力ね。「そう。ブラックダイヤモンドが無理でも、スピネルくらいなら手に入る」──マストレットがお父様にブローチでもねだれば、それはダリアの手に渡ると言うことね。「ご名答。男物のブローチを少女が着けるのは、普通なら似合わないしおかしいけど。ダリアなら構わず着けてのけるだろうし」──王太子殿下は魅了されているとはいえ、不自然に感じない?それに、宝石の魅了は一年に一度、一人きりよ。
Last Updated: 2025-07-05
Chapter: 第26話
ダリアはさっそくベリタに目くらましをかけてもらい王太子殿下に会いに行ったわ。 お父様もすっかり騙されていて、「ガネーシャが王太子殿下と相互理解や親睦を深められるなら」と馬車を出させた。「これは、ガネーシャ様。王太子殿下でございましたら、今は自室にてお過ごしにございます」「そ、そう。──王太子殿下とお話しがしたいのですけれど、人払いをして下さるかしら?」「ここのところ、殿下は荒れておられまして、自室では物に当たっておいでですので……お気をつけ下さい」「私なら大丈夫ですわ」周りには完璧に私だと見えているようね。「──王太子殿下、私でございます」ダリアは不躾にドアを開けて、部屋に入っていった。当たり散らした物が散乱して、ひどい有り様だったのには面食らったようだったけれど、王太子殿下がダリアを見た瞬間、態度をがらりと変えた事で気を取り直したようね。「誰だ?──君か、なぜここに……いや、それよりも会いたかった……!」王太子殿下にだけは真実の姿で見える。他の者には私にしか見えないから、「あれだけ冷遇してきたガネーシャ様に……」と熱烈な歓待に驚きを隠せない。「私もお会いしたくございましたわ……その為に無理を押して参りました」「──お前達、何を呆けているんだ。早く退出して私達を二人きりにさせろ!」「は、はい。申し訳ございません。午後の執務まで、どうかごゆっくりなされて下さいますよう」「午後の執務はウィンリットに回せ。そのような事よりも、彼女が逢いに来てくれて共に過ごせる時間の方がよほど有意義だ」「ですが……」「二度言わせるな。──早く行け!」「……はい……失礼致します」魅了をかけられる前から賢明とは言えなかった王太子殿下だけれど……よりによって第三王子殿下に仕事を押しつけるとは愚行を極めてる。第三王子殿下もまた、王妃殿下がお生みになられた嫡子なのだから。──それは
Last Updated: 2025-06-28
Chapter: 第25話
ダリアはさっそく王太子殿下に泣きついたらしい。ダリアの誕生日パーティーから数日後、王太子殿下とお茶を頂く席で、私は立たされたまま散々罵倒された。「お前、せっかくのダリアの誕生日パーティーに、ダリアに対して悪意的な人間ばかりを招待して、彼女に恥をかかせたそうだな!何という悪女なんだ、ダリアは心から悲しみ、孤独で身の置き所もなかったと涙を流したんだぞ!」──私には贈り物だなんて考えた事もないくせに、ダリアに分不相応な贈り物をしたからでしょうが。私とダリアの立場の違いを弁えられないとは、全く悪魔の魅了も大したものね。「姉として祝うべき身が、妹を虐げる!それが高位貴族の令嬢として正しい行ないか?!恥を知るがいい!──破廉恥な令嬢だと心ない言葉を囁かれるダリアが、あまりにも憐れではないか!それも全てお前に謀略されたゆえの事、到底許されるものではない!」ダリアが破廉恥と言うなら、そう言われる原因はダリア本人が作ったものだもの、私は堕ちてゆくダリアを見ているだけで、手をくだしていないわ。「──もう腹黒い貴様とは少しの時も共にする気はない!今後は定められた日に登城しても、閉ざされた温室で一人過ごすがいい!ゆめゆめ私が捨て置く事を吹聴して同情を買おうなどと、恥知らずなまねはするな、いいか?!」「──かしこまりました。己を戒め、身を慎もうと存じます」──初顔合わせの時から私を嫌悪しているようだった上に、悪魔の魅了まで加わった今では、成り立つ会話なんて何もないわね。従順なふりをして、好きにさせておけばいい。王太子殿下は荒々しく立ち上がると、こちらを一瞥もせずに足音も荒く立ち去った。──国王陛下や王妃殿下の耳にも、いずれは入るでしょう。その時が見ものだこと。魅了されているとはいえ、婚約者のいる王太子殿下ならば、立場の重さが彼を許しはしないわ。いずれ、何らかの叱責なり責任を取らされるなりするはず。私は立ち尽くしていても仕方ないので、早々に屋敷へ戻った。それから週に一度、私は王宮の温室で一人のんびりとお茶を頂くようになった。──すると、これまではお茶のみで茶菓子なんて出た事もなかったのに、必ず私が好みそうな茶菓子が添えられるようになったのよ。「そこのあなた、これはどなたのご配慮なのかしら?」「それが……第三王子殿下が、せめて少しでも心が癒されるようにと気配り
Last Updated: 2025-06-18
Chapter: 第24話
ダリアに公爵家から追い出されたメイド達には、用意した家で数日休ませてから紹介状を用意してあげて、高位貴族の屋敷で働けるように手配した。私が紹介したどの屋敷にも、社交界で発言力のある夫人あるいは令嬢がいる事は、言うまでもない事よ。まずは使用人達の間でダリアについて広まれば良い。そうすれば、いずれはお仕えする主の耳にも入るから。こうして、裏で手を引いていると、案の定ダリアの暴挙は陰で広まりを見せたわ。「お聞きになられて?ガネーシャ様の妹君は、使用人にひどい扱いをなされているとか……」「私も聞き及んでおりますわ。侍女につらく当たって、紹介状もなしに追い出してらっしゃるとか」「──どうやら、その哀れな侍女達に勤め先をお与えになられているのが、ガネーシャ様だとか」「まあ、何とお心の優しいこと。ご自分に仕える者でもございませんのに、慈悲深いのですね」「そうですわね、それに比べてダリア様は……言うのも憚られますけれど……王太子殿下と格別に親しくなされておいでだとか。王太子殿下にはガネーシャ様というご婚約者がおりますのに」「姉君のお相手を奪うとは、恐ろしい事ですわ」もう、こうなるとダリアは孤立無援よ。さらに態度を悪化させて、侍女に当たり散らす事でしか鬱憤を晴らせない。それが、自分の首を絞めてゆくとは思い至らないのね。私は内心で小気味が良いと嘲笑っていたけれど、ある日の晩餐で、ダリアが不仲になりつつあるお父様に甘えた声を出したわ。「……お父様、私も十五歳の誕生日を控えております。ささやかなお祝いのパーティーをと願っておりますの。そこでお友達が出来ましたら、どれだけ嬉しい事でしょう」正直、お父様は私の婚約者に手を出したダリアを、徐々に醜聞を撒き散らす家の恥と思い始めている。かといって、あからさまな冷遇をしても、それは醜聞になってしまう。それは頭痛のたねだけれど、ダリアに王太子殿下の寵愛がある以上、致し方ないようね。「そうか、お前にも友人は必要だろ
Last Updated: 2025-06-16
君の魂は金色に輝く

君の魂は金色に輝く

母親から受け継いだ異能でクライアントからの依頼をこなす高校生の勇人。 異能とは、魂の色が見える力だ。 母親から聞かされてきた、運命の人は魂が金色に見えるという夢のような話を胸に、いつか出逢えたらと願ってきた。 そして、ある依頼の場で、金色に輝く魂の持ち主と出逢う。 それは、一流企業の御曹司で住む世界の違う大人の男性、優和だった。 迷い戸惑い、ぶつかってみて、あろう事か優和は勇人に同居を持ちかける。 お互いに運命の人かどうかを確かめる為の同居、それは二人に何を芽生えさせるのか? 唯一無二の純愛を捧げる物語。
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Chapter: 思いきって提案してみる
「──あの、簡単なものなら作れるので、朝食だけでも僕に用意させてもらえますか?」 「朝はコーヒー以外口にしないが……」 「それじゃ健康に良くないです。一日の始まりには体に優しい食事が必要です。せめて、これくらいはさせて下さい」 「……勇人がそう言うなら、断る程の理由もないから構わないが。ただし、疲れてる時は絶対に無理するなよ?」 「分かってます」 頷いてもらえて、少しほっとする。 ──晩酌するなら、朝は体をリセット出来るもので始めないと。 勇人は気を取り直して、父親と暮らしていた頃の経験から献立を考え始めた。 簡単に作れて、口にしてもらいたい物なら、いくつか思い当たる。 ──これで優和さんが喜ぶかは分からないけど。 心は知らないが、肝臓になら喜ばれるはずだ。 「そうしたら、必要な物の買い出しですね。あ、今夜の夕飯は僕に作らせて下さい。作りたい物があるので」 「いやに意欲的だな。──近くにショッピングモールがある。そこで間に合うか?」 ──モールで良かった、庶民に甘くないタイプのデパートじゃない。 「はい、大抵は揃います」 「なら、俺が車を出す」 「ありがたいです」 その買い出しも、契約書の通りなら優和が財布を出す事になるのが気にかかるものの、いつまでもくよくよしていては、当の優和が不快になってしまう事なら予想出来る。 ──ここは割り切ろう。 勇人はそう考える事にした。 そして買い出しに出る前に冷蔵庫を確認すると、見事に並べられたビールと簡単なツマミしかなかった。 ──食事を一緒にしたのは二回だけだけど、もの慣れた雰囲気だったし……多分食事は外食がほとんどなんだろうな。いや、それでもこれはあんまり。 「……何で所狭しと瓶ビールが並んでるんですか……」 「ビールは缶より瓶の方が美味いだろ」 「美味しさの問題じゃありません、冷蔵庫の中身の問題です」 「言っておくが、食事では好き嫌いなんてしてないからな?野菜も全く美味く感じないが、出されれば残さない」 「その分自宅で不摂生ならマイナスです」 「風呂上がりの冷えたビールは譲らないぞ」 「……晩酌の他にも呑んでるって事ですね?」 「ビールは酒じゃない、炭酸麦茶だ」 「酒呑みの言い分は聞いてたらキリがありません
Last Updated: 2025-08-08
Chapter: 契約から始まる秘密の関係
 しかし、その考えは優和も予想していたらしい。「安心しろ、俺は少年趣味なんてないし、第一、未成年に手を出す程飢えてない」「そう、ですか……」 ──そこは安心、したけど……つまりは恋愛対象として全く見られてないって事でもあるわけで……。 勇人自身も今はまだ優和に対して明確な感情は芽生えていないが、歯芽にもかけられていないのは、何となく遣る瀬なくなる。 しかし、それを置いても二人で一つのベッドで眠るのは、急速に距離を縮めすぎにも思う。「──あの、緊張して寝つけなくなるかとも思うんですけど……」「慣れろ。美人は三日で飽きるとも言うだろ。見慣れれば大した事はない」 優和はさらっと言うが、そんなに簡単な話ではない。「同じ寝室はともかく、せめて僕には別に布団を敷いて……」「寝室が手狭になるから断る」「や、この部屋十分広いじゃないですか……」「俺はこの広さが当たり前になってるから、布団なんて敷いたらむさ苦しくてかなわん」 ──駄目だ。説得しようにも優和さんが頑固すぎる。僕には慣れろって言うくせに、こっちの意見に対しては譲る気配が皆無だ。 もはや諦めるしかないのか。肩を落とす勇人に、優和が話題を変えてきた。「──それで?相変わらず俺の事が金色に見えてるのか?」 魂の色を言っているのだろう。「はい、うるさいくらい金色です。遮光カーテンで簀巻きにしても透けて見えそうです」「簀巻きってお前……」 どうやら、意図せずして意趣返しになったらしい。 だが、そこで溜飲を下げた勇人に、優和は黙ってやられてはいなかった。「まあいい。お前、金色がうるさくても寝ろよ?これから毎晩同じベッドで寝るんだからな」「う……」 ──さすがはドSスパダリ、僕より遥かにうわてだ。 ドSが復活した。「一応聞くが、寝つけば魂の色も見えなくなるよな?」「それは意識がない状態なので、視力も働きませんし……」「ならいい。──お前が眠った頃に俺も寝る」 突然の譲歩だ。ありがたい話かもしれないが、それはそれで心配になる。「そしたら、優和さんが寝不足になりませんか?」「どうせ晩酌してから寝るのがルーティンだ。それに俺の睡眠時間は基本的に短いんだよ」 ショートスリーパーというものだろうか?「健康寿命が短くなりませんか?」「まだ二十代半ばに向かって言うことじゃないぞ」
Last Updated: 2025-07-21
Chapter: 全てが異次元で、しかも危機が
 * * * 引っ越しの準備は進んで、勇人が優和の家に行く日が来た。 この日は幸い優和の仕事が休みで、荷物は引っ越し業者が運ぶが勇人の事は優和が車で連れて行ってくれるという。 それにしても、勇人には一流企業の御曹司が住まう家というのが想像もつかない。 ──ご両親と同居してるとしたら、まず挨拶して、それから……。 慌ただしい中だが、心も忙しない。 ──家を出る日は、もっとずっと先の話だと思ってた。いつか異能者として一人前になって、大人になって誰かと出逢って結婚して……そんな未来の話で。 そう考えているうちにも、引っ越し業者がてきぱきと荷物をトラックに積んでゆく。 優和が迎えに訪れたのは、それが一段落ついたところだった。「優和さん、おはようございます」「おはよう、本当はもっと早めに来たかったんだが、朝イチで目を通さないといけない書類を渡された。待たせたろ」「いえ、心の準備をする時間が持てました」「……かなり緊張してるな」「それは、よそのお宅で暮らす事になりますし……僕は優和さんの家族構成も知らないですから」「なるほど。そう言えば話してなかったな。──家族構成については、俺の家族と無理に親しくなろうとしなくていい。マンションで一人暮らししてる身だしな」 ──え?て事は優和さんと二人きりで生活する? 余計に緊張してきた。 その勇人の狼狽を見て取った優和が、からかいがちに笑う。「良かったな、邪魔者なしで二人の絆を深められるぞ?運命かどうかも、その分早くに分かるだろ」「え、その……絆って……」「おい、初対面の時と態度が違いすぎるぞ。あんなに必死に縋りついてきたくせに」「それは、必死でしたけど!今と状況が違うと言うか、あの」 ──この人実はドSスパダリとかなんじゃ……。 思わず疑惑を抱いてしまう。優和は余裕の笑みだ。「──さて、ひとしきり遊んだ事だし行くか。お前の父親にも挨拶しておきたかったが、仕事で出てるんだろ?」「あ、はい。よろしくお伝えして欲しいと言ってました」「分かった。──ほら、乗れよ」「はい」 言われた通り助手席に座り、シートベルトを着ける。優和はそれを確認してから走り出した。 下手なフレグランスで車内を誤魔化さないし、加速は緩やかで、スピードもそんなに出さない運転は乗っていて勇人の心に落ち着きをもたらす。
Last Updated: 2025-07-19
Chapter: 逢い引きと提案と
 * * * 寿司屋の個室と言えば、和室に座布団に正座だとばかり思っていたが、予想に反してテーブルと椅子のある洋室だった。 窓からは手入れされた庭木が美しく見える。 店にメニュー表はなく、どうやら当日の仕入れに合わせて職人が握るらしい。 ──この人、外食では毎回昨日や今日みたいなお店で食べてるのかな。エンゲル係数が庶民の僕には見当もつかない。「──おい、苦手な魚はあるか?」 控えめに個室の様子を見ていると、不意に訊かれた。「いえ、魚は何でも好きです」 ──こういうお店で出される魚は、回転寿司で注文する魚とは全然違うんだろうけど。多分美味しいだろうし……問題は緊張で味が分からないかもしれない事だよ。「好き嫌いがないのは良い事だ。──そんなガチガチに固まるな、美味いものは美味いって楽しまないと、店も出し甲斐がないしお前も面白くないだろ。デートなんだから楽しめ」「……デート……って……」「運命の二人が個室で食事するのを、デートだと思ってなかったか?」「いえ、あの、……素敵なお店で嬉しいです。その、デート……とか初めてですし」 思わず顔を赤らめながら言うと、優和が直球を投げてきた。「ん?もしかしてお前、初恋もまだなのか?」「……はい……」 こんな異能を持って生まれれば、魂の色を見て躊躇する。しかも親からは金色の魂について聞かされていたのだ。勇人なりに思うことも憧れもあったのだから、気楽に誰かを好きにもなれない。 優和もそれを察したらしい。「……まあ、せっかくの思春期に、仕事のせいでろくな魂も見られてなかっただろうしな。学校でも魂の色がちらついてたろ」「そうなんです、仕事は母から引き継いだものなので、やっぱり大切なんですけど」 ──不思議だ。踏み込んだ事言われてるのに、答えにくいと思わない。優和さんに対してネガティブな感情も湧いてこないし。 それはきっと、優和が遠慮なしに言っていても、心には思いやりがあるからだと感じる。 ──優和さんが大人で視野が広いから?いや、大人でも視野が狭くて身勝手な人は嫌って程見てきた。 考えていると、綺麗な寿司が運ばれてきた。まるで海の宝石みたいに艶々していて、どれも美味しそうだ。「すごい、こんな綺麗なお寿司初めて見ました」 思わず感嘆すると、優和の表情が満足そうにやわらいだ。「よし、そういう素
Last Updated: 2025-07-19
Chapter: そして連れ去られて、再び
 * * * 優和からスマホにメッセージが届いたのは、翌日の昼休みだった。 内容は至って簡潔で「お前、部活動はしてるか?」の一言のみ。脈絡も何もあったものではない。 取り急ぎ勇人が「仕事があるので部活には入ってません」と返事を返すと、すぐに「なら、放課後迎えに行くから校門で待ってろ」と来た。 今日は幸いと言うべきか、放課後に仕事は入っていない。しかし優和は一流企業の跡取りなのだから仕事が忙しいはずだ。 ──大丈夫なのかな。 友達から始めようと約束はした。だけど、高校生と社会人の生活は全く違う。優和のような立場の人ならば、尚さらだ。 ──友達からって、お互いの休日に会うものだと思ってたけど。 優和が積極的に自分を知ろうとしてくれているのだとしたら、それは嬉しいものの、そこに無理をされるのは本意ではない。 ──「お仕事は大丈夫ですか?」 そう送ると、即レスで「二人で会うとしたら、仕事の都合で今週は今日しかない」と返された。 ──やっぱり忙しいんだ。 普通では考えられないような事を言ったのは勇人本人なだけに、にもかかわらず、それと向き合おうとしてくれる優和に対しては嬉しいとも思う。 その反面、負担をかける事は申し訳ない。 それに、レストランへ連れて行ってもらった時の車──あの車で学校に来られたら悪目立ち不可避だ。 ──「お会いするなら、休日では駄目なんですか?」 とりあえずそう送ってみる。 すると、「土日は朝から接待で時間が取れない。悪いが休憩時間が終わるから、とにかく放課後待ってろ。あと、お前の親御さんにも挨拶しておきたいから、その旨伝えておいてくれ」と返事を寄越されてしまい、そうなるともう抵抗も出来なくなった。 ──あの黒塗りの車じゃありませんように。 もう、そう祈るしかない。 おかげで、午後の授業は集中するどころではなく、気持ちが落ち着かなかった。 会ってもらえるのは嬉しいような、学校で騒ぎになるのは避けたいような、だけど優和は「運命の人」に関心を持ってくれたんだと実感出来て、やはり嬉しくもあり──なのに、二人きりで会うのは緊張して心臓がきゅっとする。 我ながら不可思議な感覚だ。 優和の魂が金色だったから意識してしまうのだろうか。 ──「運命の人」って、こんなに心を掻き乱すものなのかな。 穏やかに仲睦まじく寄り添っ
Last Updated: 2025-07-19
Chapter: こうして始まった関係の行方は
「──送って下さってありがとうございました」「ああ、今夜はもう風呂に入って寝ろよ。本来なら親御さんに息子の帰りを遅くした事も詫びたいし挨拶くらいはするべきだろうが、時間が遅いからな。相手がパジャマとかに着替えてたら却って気まずいし気を遣わせるから、謝罪と挨拶は後日改めてする」「はい」 仕事の疲労感と、優和と話した緊張から解放された勇人は、空腹が満たされた事もあり、──金色の魂との出逢いさえなければ、ベッドですぐに寝つけただろう。 心が昂揚している。ゆっくり湯船に浸かって落ち着かせなければ、とても寝つけそうにない。「──ただいま。父さん、まだ起きてたの?」 リビングに行くと、ソファに座って読書をしている父親がこちらに顔を向けた。「勇人が未成年なのに仕事をしていて、お父さんが先に寝るわけがないだろ?お疲れ様」「うん、ありがとう」「それにしても帰りが遅かったけど、何かあったのか?」「うん、……ちょっとしたハプニングが起きて。でも、五体満足だよ」「地震があったけど怪我もないみたいで安心したよ」「それは、会場で会った人が庇ってくれたから……」 あの抱擁を思い出すと、今さらになって頬に熱が集まってくる。 それを気取られまいと、勇人は「ホットミルクでも作ろうかな」と、キッチンに向かった。 ──勘違いしたらいけない。優和さんが受けとめてくれたのは、今夜の出来事への、僕の話への、疑問と興味からだ。 ミルクパンに牛乳をそそいで、コンロに乗せる。見つめていると、やがて熱を帯びてくつくつと音が聞こえてくる。「勇人、風呂は追い炊きしておいたから、それを飲んだら入りなさい」「うん、分かった」 日常を装って返事をしながらも、怒涛の一夜が脳裡を駆け巡っている。 ──優和さん、か。友達なんて、相手は大人の人なのに、上手くいくのかな。もしかして、運命の人だなんて言ったから、いつか恋愛的な関係とか求められたら……。 そう思うと、煩悶や不安も生まれる。 ──僕、初恋さえ知らないんだけど。それがいきなり運命の人と。いや、考えたじゃないか。運命の人が結婚や恋愛には捕らわれない存在かもって。 出来上がったホットミルクをマグカップに移す。和三盆糖を加えて、良くかき混ぜてからそっと口に運ぶ。コクのあるまろやかな甘さと味わいに息をついた。 ──とにかく、明日も平日で学
Last Updated: 2025-07-19
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