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9.変わらない男

Auteur: 紡里
last update Date de publication: 2026-08-28 08:07:55
 桐生美琴きりゅうみことが、自分のスマートフォンに飛びついた。

 夫の桐生智也きりゅうともやからメッセージが届いている。

『倫子のご機嫌は直ったか?』

『智也。助けて。倫子がひどいことを言うの』

そんなやり取りを、その場の誰も気に留めなかった。

「さあ、ドクター。着替えて帰りましょう」

 朝倉倫子あさくらりんこの護衛も兼ねているイーサン・タンは、守り切れなかったことに悔しさを滲ませる。

「着替え終わったら、先に戻っているわね」

「いけません!」

「ここは日本だし、私の顔も知られていないから大丈夫よ」

 倫子の返事は軽かった。

「ミスター・イーサン・タン。どうか、先ほどまでのインタビューだけでも、掲載の許可を!」

 記者に縋られて、イーサンは動けない。

 朝倉倫子は脱いだ服をカメラマンに手渡すと、廊下へ出た。

「倫子。待ってよ」

 すかさず美琴が追いかけてきた。

 驚いたことに、前方に桐生智也がいる。

「倫子。また美琴の邪魔をしているのか」

 やれやれというような上から目線に、倫子は眉を寄せた。前後を挟まれて、倫子は足を止めざるを得ない。

「……邪魔したのかですって?」
紡里

朝倉倫子:奨学金で医師を目指すが、妊娠により休学。夫・桐生智也に冷遇されて離婚し、復学して医師になる。 桐生美琴(旧姓白木):医療法人の理事長の娘。広告塔になるべく「天才外科医」を名乗る。 桐生智也:美琴の恋人だったが、倫子と結婚した。離婚して、美琴と再婚。IT企業の二代目社長。 イーサン・タン:国際医療グループに所属する医療コーディネーター。

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  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   42.心の傷

     朝倉倫子は、患者の主治医を見つけた。 別の患者のリハビリの様子を見つつ、リハビリ科の医師と話し合っているところだった。「ドクター。手術は終わりました」「ドクター・リンか。特に問題はなかった?」 そう訊かれたので、手術の経過を報告した。「予定していた手術は問題なく終了しています。出血量も想定内です。ただ、途中で一時的にバイタルが乱れたため、手順を一部変更しました。その後は安定しています」「ご家族への説明は?」「問題ありません。患者が覚醒したら先生に報告するよう、看護師には伝えてあります」「わかった。ありがとう」 術後にも気をつけなければいけないことは多いが、達成感に頬が緩みそうになる。 報告を終えて形成外科医のスタッフルームに戻ると、五味常子医師がいた。「あの、五味先生」「朝倉くん。どうした?」 初老の女医は、キリッとした表情を少しだけ和らげた。「……手術をしていただいて、ありがとうございました」「ん? どの手術?」「七年前に、私の右手の手術をしてくださったと聞きました。私、先生だと気がついていなくて――」 倫子にとって、第二の人生を歩もうと決意した転換点だ。「ああ、あれね」 五味は片方の唇を上げた。 親戚の三枝哲郎に頼まれ、知人の医師たちに有望な医学生だったと聞いて、執刀したのだ。 初めの顔合わせでは生気がなく、手術前には昏い目をしていた。手術後には、ギラギラと燃えるような目つきになっていた不思議な患者だった。「手術が成功して、やる気のある医師として再会できたんだ。やってよかったよ」「研修医の二年目からもお世話になって……。あのまま日本にいたら、自分の身体に鞭打って潰れていたか、悪い噂に怯えてもっと萎縮していたか――だろうと思います」 倫子は、今回の里帰りで、噂の恐ろしさを再認識した。桐生美琴の執念深さも……。「ああ。SNSで誹謗中傷を受けて、大変だったんだって?」「そうなんです。被害者のふりをして、こちらを攻撃するのが得意な子で……」 美琴は、学生時代はか弱いふりをして、周囲の男性たちに助けてもらっていた。それが今では、女性も味方に付けて攻撃力が上がっている。「厄介なのに目を付けられちゃったんだね」 五味は気の毒だと

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   41.子どもの喧嘩

     小学校の教師が、桐生智也に子どもたちが喧嘩をした原因を説明した。「直也くんに、前のお母様が有名なお医者様なら、自分の身内の手術をしてほしいと頼んだそうです」 その言葉を聞いて、直也に殴られた生徒がうなずいた。「そんなのは無理だって返事をしたら、『お前、捨てられたんだもんな』って言ったんだ。あいつが悪いんですよね、先生」 直也は自信たっぷりに教師へ訴えた。「それでも暴力を振るうのは、よくないです」 教師は穏やかに言い聞かせる。「先生! どうして僕の味方をしてくれないの? ひどいことを言ったのはあっちだ」 直也は椅子から立ち上がった。「誰の味方をするという話ではありません。良くないことをしたから、教えているのです」 教師は辛抱強く説明した。「ばっかみたい。お金があって、発信力があれば、勝ち組なんだ。好きなことをしても、誰にも邪魔できっこない。倫子ママの手を踏んだときだって……」「直也! 何てことを言うんだ」 智也は慌てて、息子の言葉を遮った。 当時の母親に怪我を負わせた。そんなことを、おおっぴらに口にするものではない。「パパ。どうして怒るの?」 直也はキョトンと首をかしげた。 桐生家も、美琴の実家である白木家も、勝ち組の家だ。多少のトラブルなら相手を黙らせることができるし、そうでなければ金で解決してきた。 だが、それを外で口にすれば、反感を買う。「手を出すのは駄目だ。謝りなさい」「……ごめんなさい」 直也はふてくされながら、つぶやいた。 智也は息子が謝ったことを確認すると、おもむろに話題を変えた。「ですが、子どもを使って前妻に仕事を依頼するというのも、おかしな要求ですよね。しかも親同士の話し合いで離婚したことを、言うに事欠いて『捨てられた』などと。品位に欠ける言葉ではありませんか? そんなことは金輪際、言わないと約束してください」「ですが……」 相手の親が食い下がろうとする。もしかしたら、病人を抱えているのだろうか。「そのようなひどい言葉を投げつけられて、息子の心は傷つきましたよ。家庭のデリケートな部分に、土足で踏み入るのはいかがなものでしょう。 先生も、暴力を窘めながら、原因となった暴言は放置するおつもりでしたか?」「そんな……。いえ、私の不徳のいたすところです。すみませんでし

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   40.利用しようとする人たち

     桐生美琴は、病院の院長室に呼びつけられた。そこには父親の白木総一郎もいる。「朝倉医師と連絡は取れたのか? まだ日本にいるんだろうな」 院長を押しのけて、理事長の総一郎がその場を仕切る。「倫子はSNSをやっていないから、同行を追いづらいのよ」 美琴は院長をちらりと見ただけで、遠慮なくソファに座った。「国際医療グループに問い合わせても、手術の依頼を受け付けても医師の指名はできないと突っぱねられてしまう。そうなんだろ?」 総一郎にジロリと睨みつけられ、院長の声は妙に甲高くなった。「は、はい。そうなんです」 総一郎は不機嫌なまま、今度は美琴を責めた。「どうして西園寺の手術が成功する前に、つなぎを取っておかなかったのだ」「それよりも、パク・ミンジェと繋がった方が良くない?」 美琴は別の提案をした。「同じように活躍していても、頻繁に日本に来る医師でなければ意味がないだろう。出張依頼になる分、値も張ってしまう。 それに、昔からの知り合いということで、便宜を図ってもらうこともできないではないか」 総一郎は、娘の浅知恵を鼻で笑った。「お父様。私と倫子は、前妻と現妻なのよ。普通に考えて、仲良くできるわけないじゃない」 親子の会話を聞いていた院長が、珈琲を吹き出しそうになった。「できないのなら、最初から言え! そうしたら、別の者を動かしたのに。本当に駄目な奴だな。仕方ない、智也君に連絡を取らせるか」「お父様! 『再生の魔術師』が誰かわからなかったんだから、後手に回るのも仕方ないでしょう」 「わかった時点で相談せず、情報を抱え込みおって。他にいい手があるのか?」 総一郎は、あるなら言ってみろと言わんばかりに、顎をしゃくって見せた。「……彼女から離婚を言い出したのよ。きっと智也のことを恨んでいるわ」「男女の仲は複雑なんだ。別れた時点できっぱり縁を切る者もいるが、情に溺れてずるずると関係を持ってしまう者もいる」「……」 それこそが、美琴が認めたくない可能性だった。 化粧をしてまあまあ見られるようになった倫子を、智也が気に入ってしまったらどうする? 倫子が、奪われた男を奪い返しにくるかもしれない。 薄々感じていたが、直也も以前のように美琴を慕ってこない。どこか、倫子と比べられている気がするのだ。

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   39.日常に戻る

     空港でスーツケースを受け取り、タクシー乗り場へ向かった。 日本で着ていたコートは腕にかけ、ただの荷物になっている。 朝倉倫子はコンドミニアムのドアを開けた。その途端、むわっとした熱気が押し寄せてきた。「……暑い」 日本は冬の終わりかけでまだ寒かったというのに、こちらはもう夏のようだ。「掃除を頼んでおかなかったのですか?」 埃っぽく少しカビ臭い空気に、一緒にいたイーサン・タンが眉をひそめた。「自分がいない部屋に人を入れるのに、抵抗があって……」「そうですか?」 こういうところに、育った文化の違いを感じる。 一か月閉め切っていたせいか、空気だけが少し重い。 エアコンを入れる。 冷たい風が吹き出したところで、ふっと肩の力が抜けた。「明日は普通に出勤すればいいのよね?」「はい。今日はゆっくり休んでください」 イーサンが去ると、エアコンの音が耳についた。 ここ一か月ほど、人といる時間が長かった。 一人の気楽さと共に、少しだけ寂しく思う。 倫子にとって家庭とは、温かく、自分の味方になってくれる場所だ。父と母のような家庭を、いつか作りたいと思っていた。 だが結婚して桐生家に入ると、家の役に立てという空気でピリピリしていた。 流産したときは倫子以外誰も驚かなかった。結婚する前は、「ぜひ産んでくれ、そのためには入籍しないと」と言っていたのに。 その後、智也がどこからか連れてきた直也を実子として届けさせられた。 今思い返すと、あの家はおかしい。 一人の寂しさはあるが、あの家から脱出できたことがとても幸せなことだと、改めて思った。   *** 朝の七時半には、倫子は形成外科のスタッフオフィスにいた。「お土産をパントリーに置いておいたから、食べてね」「センベイだ」 個包装の袋を開け、さっそくパリッと食べる音がする。「日本で手術してきたんでしょ。ドクター・ナカイの自家培養表皮はどうだった?」 もう一人の医師が質問してきた。「すごいクオリティだったわ。生着が早いみたい。自家培養表皮のせいか、患者の体質のせいか、気になるところね」 倫子は少し興奮気味に話した。「マレーシアのパク・ミンジェと一緒に執刀したんだって? 彼はどうだった?」 同じ国際医療グループだが、勤務地が異なるのだ。パクも注目株の一人だった。

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   38.出立する準備

     朝倉倫子は故郷から東京へ戻った。 まずは大学病院で、西園寺澄子の予後を確認する。彼女は食事もしっかり取れるようになっていた。「いい感じね」 倫子がそう言うと、山本准教授が嬉しそうにうなずいた。「医者の指示をよく聞いてくれる、いい患者さんです」「早く、良くなりたいですから」 澄子はゆっくり、口をあまり動かさないようにしゃべった。 病室を出ると、山本准教授は改まって言った。「とても見事なオペだったと、蒲田から聞きました。今回私は主治医として全体を見ていましたが、次はぜひ、ご一緒したいと思っています。 中井教授も、また新たな可能性が見えてきたとおっしゃっていましたよ」「光栄です」 倫子はにこやかに応じた。 そんな挨拶を交わしていると、イーサンがスマートフォンを操作しながら口を挟んだ。「マスコミの取材希望が、こんなに来ています。主治医は山本准教授だと返していいですか?」「大半が『再生の魔術師』か『美人女医』を取材したいんじゃないですかね。本当に医学の話を聞きたい人は、引き受けますよ」 山本准教授がそう請け負ってくれたところで、倫子たちはホテルに帰ることにした。 ホテルの上層階にあるティールームで一休みする。「一度、記者発表をしたから、必要がなければ私は前面に出なくていいわよね」「そうですね。軽々しく露出を増やして、桐生美琴と『美人女医』の称号を争い、安っぽくなったら困ります」「それは絶対に嫌だわ。今まで以上に難癖を付けられるわよ」 倫子は即答した。 少し前までは美人と言われるのに抵抗があったが、プロにメイクしてもらうとそれなりに見られると認識を新たにした。「美琴はバイタリティがすごいと思うわ。私は、あんなにエネルギッシュに活動できないもの」 倫子はこってりしたベイクドチーズケーキをフォークで口に運んだ。「ドクター・リンは、仕事に全精力を傾けていますからね」 イーサンは珈琲を飲みながら、笑っている。「……医学以外のことにも力を注いでいるのに『天才』と呼ばれるんだから、美琴はすごいわね」 どうしても、美琴に負けたという記憶が倫子を弱気にさせる。 おしゃれをして、デートをして、それをSNSに投稿して、取材を受けて……。倫子にはとても真似できない。「SNSで見

  • 離婚?上等!――クズ夫と裏切った親友を捨てた私は、世界一の外科医になって御曹司に溺愛されます!   37.倫子の研修医時代

    「倫子、病院に来てたんだってな。リハビリルームまで会いに来てくれればよかったのに」 三枝哲郎が、仕事帰りに朝倉家に来て、そう言った。「……哲郎はどうせ家に来ると思ったから」 朝倉倫子は、少し素っ気なく答える。「来るけどさ。冷たいなぁ」 哲郎は笑いながら、温かい室内で曇った眼鏡を拭いた。 病院長から哲郎がいろいろと手を回してくれていたと聞いて、倫子はどんな顔をすればいいのかわからなくなったのだ。「皆揃ったなら、ご飯にするわよ」 母の声がして、みんなで居間に移動した。懐かしい家庭料理が並んでいる。「お母さん。明日、お父さんのお墓参りに行ってくるわ」「もう、急に言うんだから。明日はシフトが入っているから休めないわよ」「一人で行けるわよ。お墓の場所を忘れたりしなし、大丈夫よ」「そういうことじゃないでしょ。一匹狼な体質は相変わらずね」 母との言い合いに倫子は顔をしかめながらも、心の中は弾んでいた。「明日だったら、俺が付き合うよ」「哲郎だって、患者さんとの予定があるでしょう」「いや、元々休む予定だったんだ」「何か用があるからでしょ?」 倫子は煮浸しを箸で摘まんだ。「……倫子が来てるから。お土産を買うとか、手伝ってやろうと思ってさ」「まあまあ。哲郎君ありがとうね。ほら、倫子お礼は?」「お母さん、ご厚意に甘えすぎ。図々しいよ」「遠慮して断る方が失礼なこともあるでしょ。ねぇ?」 そんな光景をイーサン・タンは微笑ましく眺めていた。 翌日、本当に哲郎がやって来た。「ふむ。まあまあ、かな」 倫子の顔を見ながら、哲郎はそう言った。「何が?」「寝不足チェック」 哲郎が自分の目の下を指でトンと叩く。「隈ができてるかってこと?」「哲郎さん、ファンデーションの威力ですよ」 イーサンが横から告げ口をする。 そんな二人のやり取りを眺めながら、家の中が賑やかなのはいいなと改めて思った。 哲郎に車を出してもらい、お寺へ向かう。 代々の墓石を掃除した。母がまめに来ているのか、土埃を拭うくらいですぐ終わる。花立てに花を挿し、線香に火をつけて静かに手を合わせた。 心の中で、海外に渡ってからのことを父とご先祖様に報告した。 線香の煙が空に昇っていく。そんな中で、イーサンが言った。「ドク

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