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第11話

Author: 桜夏
「バタンッ!!」

蓮司は勢いよくドアを閉め、苛立ちを抱えたままキッチンへと向かった。

テーブルの上には、彼が買って帰った夕飯の包み。じっと見つめた蓮司は、ふっと鼻で笑った。

――バカバカしい。

次の瞬間、怒りに任せてそのまま全部ゴミ箱に叩き込んだ。

スマホを取り出し、無言で透子の番号を押す。

……コール3回。誰も出ない。

「チッ……」

舌打ちをしながら怒りが再燃しかけたが――その時、ふと透子のスマホが壊れていたことを思い出した。

仕方なく電話を切り、そのまま険しい顔で寝室へ向かう。

――どこへ行こうが、死のうが、生きようが、俺には関係ねぇ。

冷たい怒りを抱えたまま、シャワーを浴び、ベッドに潜り込む。

――午前2時、深夜。

蓮司は胃のムカつきで目を覚ました。頭は重く、胸元が焼けるような不快感。

「……透子、スープ……」

思わず、いつものように口をついて出た名前。

だが、斜め向かいの部屋のドアは、今朝自分がぶちまけたまま、開け放たれていた。

拳を握りしめ、舌打ちを一つ。そして台所へ胃薬を取りに行く。

思い返せば、焼き肉は脂っこすぎたし、酒も飲んだ。そのせいで胃が完全に反乱を起こしている。

腹は空っぽ。透子が用意してくれた夕食が頭に浮かび、冷蔵庫を開けてみる。

だが――中は空。

急いでキッチンへ戻る。そこにも料理の影はなし。棚も、台も、何もかも綺麗に片付いていた。

怒りが、また一気に吹き上がった。

「ここまでやるか?ふざけんな……誰に向かって反抗してんだ……」

顔をしかめながら吐き捨てる。

「そんなに出ていきたいなら、二度と帰ってくんな!!」

――翌朝、オフィス。

いつにも増して険しいオーラをまとった蓮司。アシスタントの佐藤大輔(さとう だいすけ)は、遠巻きに怯えながら業務報告。

「そこの、お前。スマホ買ってこい」

書類を差し出しながら蓮司が言う。

「え、えっと……機種とか、ご指定は……?」

「どうでもいい!」

「で、でも色とか、機能は……」

「電話できりゃいいだろが!!」

怒声が飛ぶ。大輔はビクビクしながら、ファイルを抱えて逃げるように退室。

ドアが閉まった瞬間、深くため息をついた。

「おかしいな……新井社長、買うって言ってたの
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Comments (20)
goodnovel comment avatar
niko_p marron
やっぱり骨折。なんでそんな男がいいのかな。これからどうなるんだろ。
goodnovel comment avatar
taetomi
段々とDV男にチクチク利いてきてて嬉しい!早く続き読まねば
goodnovel comment avatar
敦子
透子が気になる〜〜 胸が痛い!
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