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第364話

Author: 桜夏
「はい」

相手はイヤホンマイクを通して小声で答えた。

蓮司は思った。見合いはうまくいかなかったのか?透子は相手が気に入らなかったと。でなければ、あの男は透子と「デート」を続けるはずだ。

そこまで考えると、彼の口角が上がった。

いいぞ。この恋敵は、自分が手を下すまでもなく自滅した。どうせ、透子のお眼鏡にかなうような容姿ではなかったのだろう。

何しろ、彼女は自分と結婚して二年、彼の顔を見慣れているのだから。

彼は自分の容姿が芸能人にも引けを取らないと自負しており、長年トレーニングを趣味にしているため、スタイルも悪くない。

そのため、透子も知らず知らずのうちに影響を受け、男性に対する審美眼も高くなっているはずだ。

現に、駿だってまだ彼女を射止められていないではないか。

「申し訳ありません、新井様。あの男の顔写真は撮れませんでした。デパートまで送ってきた際、ずっと車内にいたもので」

電話の向こうで、追跡者が続けた。

その言葉を聞き、蓮司はこう結論づけた。

透子たちを送ってきたにもかかわらず、車から降りもしないとは。ますます、あの男と透子の間に発展の可能性など微塵もないということだ。

しかも、女性との見合いで、車から降りて見送ることすらないとは、基本的な紳士の嗜みもない。実に礼儀知らずで、育ちが悪い。

「分かった。引き続き追ってくれ」

蓮司は返した。

イヤホンマイクの向こう側。

雇い主がこれほど穏やかに話し、自分たちの不手際を追及しないのを聞いて、二人は顔を見合わせ、驚きを隠せなかった。

午前中に男の顔写真を撮り損ねた時、雇い主は激怒していたので、二人とも叱責を覚悟していたのだ。

蓮司はまた命じた。「そうだ。透子がどの店に入って、何か気に入ったものがあれば、後で店と話をつけて、会計を済ませておけ。具体的な金額は、お前の口座に振り込む」

相手は尋ねた。「済ませるというのは、どういった方法で?」

蓮司は言った。「その時になったら電話を代われ。俺が店員と話す」

そして、店員に透子の口座へ返金させる。理由など、周年記念の抽選に当たったとでも言っておけばいい。どうとでもなる。

相手は了承し、追跡を続けた。

書斎で。

蓮司はパソコンに表示された男の横顔の写真を見ると、それを削除した。

自分にとって何の脅威にもならないから、ナンバープレー
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