王子様じゃなくてもいいですか?

王子様じゃなくてもいいですか?

last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-20
Oleh:  文月 澪Baru saja diperbarui
Bahasa: Japanese
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高身長でスレンダーな女子高生.・新堂 凛。彼女はその見た目から"王子様"と呼ばれ、誰からも憧れられていた。 しかしそれは周囲の期待に応えるための仮面で、本当の自分を知る者は誰もいない。 そんな彼女の前に、ある日突然現れたのは、謎めいた先輩・瀬戸夕貴。天然で小動物のように無邪気な夕貴に、凛は庇護欲から世話を焼くようになる。 しかし、夕貴にはとある意図があった――。 「王子様」であることに縛られてきた凛と、そんな彼女を面白がる夕貴。 ある出来事をきっかけに、二人の関係は大きく変わっていく。 それは友情か、それとも恋か。 "追いかける側"と"追われる側"が、今、逆転する——!

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Bab 1

第1話 春雷

 春の日差しが段々と暖かくなって、爽やかな風が短く揃えたショートヘアの首筋をかすめる。高校2年生の生活が始まって、もう1ヶ月。来年には受験が控えているから、そうのんびりもできないけど、新しい教室はやっぱりどこか心が騒ぐ。

 校門が近付いてくると、同じ高校の生徒が増えてきた。それと一緒に集まるのは、好奇の視線と黄色い悲鳴。ちっとも隠れていないのに、ヒソヒソと話す声を風が運んできた。

「え、誰!? めっちゃカッコイイんですけど!?」

「やだ、あんた知らないの? 2年の新堂 凛先輩だよ。王子様って呼ばれてるの。それも納得だよね。朝から目の保養だわ」

「スカートはいてる……って、え、女の人なの!?」

 新入生と思われる2人組が騒いでいる。でも、これくらいは可愛い方。

 校門を挟んだ向こうから、ひとりの女子生徒が駆けてくる。

「凛くん、おはよう! はぁ~、今日もかっこいい~。ね、これ、お弁当作ってきたんだ。一緒に食べよ?」

 そう言いながら、腕にしな垂れかかってきたのはクラスメイトの眞鍋さん。ゆるく巻いたボブが揺れて、いかにも女の子らしい。その前髪に、小さなヘアクリップを見つけた。

(あ、デコ・ティアラの新作だ……いいな……でも、見つかったらお母さんがうるさいし、似合わない、か……)

 私の視線に気付いたのか、眞鍋さんがすり寄ってくる。

「どうしたの? 私、何か変かな~」

 あざとく前髪を見せつけながら、欲しがっているであろう言葉を口にした。

「うん、そのヘアピン可愛いね。よく似合ってるよ」

  触れるか触れないか、ギリギリの所で髪を梳く。すると周囲から悲鳴が上がった。

「ずるい!!」

「なに、アイツ……」

「あ~……眞鍋だよ。同じクラスなのをいい事に、凜くんにべたべたなの」

「うわ……キモっ」

 それをきっかけに、我先にと集まってくる。そこには先輩も、同級生も、後輩も、男も女も入り混じっていた。口々に賞賛の言葉を吐きながら、互いを牽制し合っている。

 私はただ、それを受け入れるだけ。あまりにひどい人には注意するけど、それすらも『王子様』を助長させていく。

 才色兼備、眉目秀麗、品行方正。

 それが周囲の、私に対する評価だった。

 だけど、私はそんなにいい子じゃない。嫌われたくないから、演じているんだ。お母さんも、小さな頃から『王子様』を私に望んでいた。歌劇団の男役が好きなお母さんだから、私をそこに入れたいみたい。何度も何度も、DVDを観せながら『凛はこの人達と一緒に歌うんだよ』と繰り返していた。

 それに従っている私も悪いと思う。反抗すればいいだけ、そう思われるだろう。でも、長年刷り込まれた習慣は簡単には抜けない。

 今日もまた、張り付いた笑顔で1日が始まる。

 はずだった。

「うわ~、すごい。本当に王子様だ~」

 突然響いた声に、視線が集中した。そこにいたのは、柔らかい茶髪と、幼い面差しの男子生徒。周囲の空気が少し震えた気がした。

「おはよう。君は初めましてだよね。私は2年の新堂凛。君は?」

 眞鍋さんがブレザーの裾を引くけど、私は意味が分からず首を傾げる。それに応えたのは、目の前に進み出た男子生徒だ。

「ボクは3年の瀬戸夕貴。凛ちゃんか~。よろしくね」

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第1話 春雷
 春の日差しが段々と暖かくなって、爽やかな風が短く揃えたショートヘアの首筋をかすめる。高校2年生の生活が始まって、もう1ヶ月。来年には受験が控えているから、そうのんびりもできないけど、新しい教室はやっぱりどこか心が騒ぐ。 校門が近付いてくると、同じ高校の生徒が増えてきた。それと一緒に集まるのは、好奇の視線と黄色い悲鳴。ちっとも隠れていないのに、ヒソヒソと話す声を風が運んできた。「え、誰!? めっちゃカッコイイんですけど!?」「やだ、あんた知らないの? 2年の新堂 凛先輩だよ。王子様って呼ばれてるの。それも納得だよね。朝から目の保養だわ」「スカートはいてる……って、え、女の人なの!?」 新入生と思われる2人組が騒いでいる。でも、これくらいは可愛い方。 校門を挟んだ向こうから、ひとりの女子生徒が駆けてくる。「凛くん、おはよう! はぁ~、今日もかっこいい~。ね、これ、お弁当作ってきたんだ。一緒に食べよ?」 そう言いながら、腕にしな垂れかかってきたのはクラスメイトの眞鍋さん。ゆるく巻いたボブが揺れて、いかにも女の子らしい。その前髪に、小さなヘアクリップを見つけた。(あ、デコ・ティアラの新作だ……いいな……でも、見つかったらお母さんがうるさいし、似合わない、か……) 私の視線に気付いたのか、眞鍋さんがすり寄ってくる。「どうしたの? 私、何か変かな~」 あざとく前髪を見せつけながら、欲しがっているであろう言葉を口にした。「うん、そのヘアピン可愛いね。よく似合ってるよ」  触れるか触れないか、ギリギリの所で髪を梳く。すると周囲から悲鳴が上がった。「ずるい!!」「なに、アイツ……」「あ~……眞鍋だよ。同じクラスなのをいい事に、凜くんにべたべたなの」「うわ……キモっ」 それをきっかけに、我先にと集まってくる。そこには先輩も、同級生も、後輩も、男も女も入り混じっていた。口々に賞賛の言葉を吐きながら、互いを牽制し合っている。 私はただ、それを受け入れるだけ。あまりにひどい人には注意するけど、それすらも『王子様』を助長させていく。 才色兼備、眉目秀麗、品行方正。 それが周囲の、私に対する評価だった。 だけど、私はそんなにいい子じゃない。嫌われたくないから、演じているんだ。お母さんも、小さな頃から『王子様』を私に望んでいた。歌劇団の男役が好きな
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-06
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第2話 先輩
「先輩だったんですね、失礼しました。これから仲良くしてくれると嬉しいです」 可愛らしい見た目だから間違えてしまった。正直に頭を下げて謝ると、先輩はカラカラと笑って許してくれる。「気にしないで! ボク、こんなんだからさ、よく間違われるんだ~。女の子って言われた事もあるよ! だから凜ちゃんが羨ましくて、思わず声かけちゃった」『凜ちゃん』 そう呼ばれたのは、いつぶりだろう。昔はみんな『リンちゃん』って呼んでくれていた。それがいつの間にか『凜くん』になって、行き着いた先が『王子様』だ。 私はそんなんじゃないのに、お母さんが半ば強要していたのを覚えている。幼稚園の頃、先生が私を『リンちゃん』と呼ぶと、迎えに来たお母さんがヒステリックに騒ぎ立てたんだ。それを見て他の子は泣きだすし、園長先生は出てくるしで、幼いなりに自分は『凜くん』である事を求められているんだと感じていた。 そのせいなのか、見た目も中性的に育っている。 170㎝を超える身長、凹凸の少ない体、切れ長の目。 瀬戸先輩みたいに羨ましいと言ってもらえるのは、素直に嬉しい。それを否定するのは、贅沢なんだと分かっている。 それでも、『かっこいい』より『可愛い』と言われたい。私だって女子なんだから。  そんな思いをひた隠しにして、私は笑う。「ありがとうございます。先輩は本当に可愛いし、十分気を付けてくださいね。今の時代、男子だからって油断はできませんから。何かあったら、気軽に相談してください。用心棒でも何でもしますよ」 力こぶを作りながら言うと、先輩は腕に手を伸ばした。ムニムニと触り、感嘆の声を上げる。「すっごい! 女の子なのに筋肉がしっかり付いてる! ねね、筋トレとか教えて? ボクも筋肉付けたいんだ~。やっぱりプロテインかなぁ」 瀬戸先輩は私の横に付いて歩を進める。少し下にある顔は幼さを残すけど、喉仏はしっかり出ていて、どきりと心臓が鳴った。気恥ずかしくてさっと顔を背けると、先輩が覗き込んできた。「ん? どうしたの凜ちゃん。なんだか顔が赤いけど……熱でもあるの?」 少し踵を上げて伸ばされた掌が、額に触れる。さらりと前髪を払うのは、節が目立つ細い指。ちょっとだけ冷たいそれは、また私の心臓をざわつかせた。 こんな感覚は初めてだ。何故だろう、先輩には自分とは違う、異性を意識させる何かがあった。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-06
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第3話 違和感
 昇降口が近付いてくると、先輩はくるりと回り手を振る。「じゃあ、ボク向こうだから。また会おうね凛ちゃん!」 そう言って3年生の下駄箱の方へ走って行くけど、いきなり何も無い場所で転んだ。慌てて駆け寄り、助け起こすと額を擦りむいていた。「先輩、大丈夫ですか? ああ、こすらないで。ちょっと待っててください」 私は昇降口の脇にある手洗い場へと走り、ハンカチを濡らすと取って返す。先輩はズボンをはたきながら、立ち上がっている。周囲には沢山の生徒がいるのに、誰も手を貸そうとしていない事に、少しのイラ立ちを覚えた。「先輩、お待たせしました。傷口に砂が入り込むと危ないので、落としますね」 ぬるいハンカチで額を洗い、鞄から絆創膏を取り出して貼り付けた。「本当は消毒もした方がいいんですが、持っていなくて。後で保健室に行ってくださいね。他に痛む所はありませんか?」 あちこちと触る私に、先輩は声を上げて笑う。「くすぐったいよ凛ちゃん! 大丈夫、おデコだけだよ。ごめんね、ハンカチ汚しちゃって。洗って返すから、ちょうだい」 断る隙もなく、さっとハンカチに手が伸び、持っていかれてしまった。「そんな、いいですよ。ハンカチくらい、いくらでもありますから……!」 取り返そうとしたけど、先輩は既に手の届かない場所まで遠のいていた。(うそ……足速い) 私は剣道部だ。走り込みも毎日している。身長も私の方が高いし、体力だってあると思ったのに、全然追いつけない。 そうこうする内に、先輩は素早く上履きを取り出し、裸足で廊下を走っていく。「ダメだよーだ。お礼はちゃんとしなきゃだもん。これで会う口実もできるし、返しませーん。ほら、予鈴鳴ってるよ! 凛ちゃんも教室行かないと、遅刻になっちゃう」 その言葉を残して、先輩は階段を駆け上っていった。確かに予鈴が鳴っているし、諦めるしかないか。 ふぅ、と溜息を吐いて振り返ると、眞鍋さんが青い顔で近付いてくる。どうしたのかと思っていると、他の人も同じ反応だった。「どうしたの、眞鍋さん。顔色悪いよ? 保健室行く?」 心配する私の腕にしがみつき、眞鍋さんは声を潜め、先輩が去っていった方を気にしながら囁いた。「凛くん、あの人に近付くのはやめた方がいいよ。ヤバい人なんだから!」 私は意味が分からず首を傾げる。「どうして? ヤバいって……全然そ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-06
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第4話 猛獣
 階段の踊り場で、足を止める。手すり越しに下を覗けば、取り巻きの女が何か耳打ちしていた。(は、ご親切なこって) 俺はそれを見ながら鼻で笑う。 2年の時に停学食らって、久しぶりに登校してみたら、校内は『オウジサマ』の噂で持ち切りだった。 才色兼備、眉目秀麗、品行方正。 チヤホヤされて浮かれている馬鹿。そいつの化けの皮を剥がしてやろうと近付いてみたが、ありゃ本物の馬鹿だな。誉め言葉の裏側にあるエゴに気付いてねぇ。 チラリと手に持ったハンカチに視線を落とすと、可愛さの欠けらも無い地味なチェック柄。確か剣道部って話だし、与えられたものに疑問も持たずに従ってるだけなんだろな 周りの奴らも気に食わない。ああいう奴らは、勝手に描いた『オウジサマ像』を押し付け、それと違う反応をされと理不尽に怒るんだよな。(ホント、馬鹿みてぇ) ハンカチをポケットに突っ込み、階段を昇って教室に入る。もう担任が来ていて、睨みつけてきた。「瀬戸、もうホームルームは始まっているぞ。ただでさえ留年ギリギリなんだ、少しは真面目になれ」 虚勢を張っているが、声がぶれていて尻込みしているのが丸分かり。俺は鼻を鳴らして適当な返事で応える。「お、おい! 瀬戸!」 担任を放置して、自分の席に足を向けると、今度はクラスメイトの視線が刺さる。嫌悪と畏怖が混じった視線には、もう慣れてしまった。 いつからだろう、こんな扱いをされるようになったのは。 昔は普通だった。友達と公園でサッカーしたり、集まってゲームしたり。 それが中学に上がった途端、チャラついた奴らが絡んでくるようになった。俺は背が低いから、制服もダボダボで弱っちく見えたんだろうな。カツアゲのいい的にされて、反抗すると殴られる。 それがしばらく続いた後、なんだかアホらしくなって殴り返したら、そいつらは呆気なく地べたに這いつくばった。 それ以降は、違う意味で絡まれる事になる。 俺に負けた奴が、上を引き連れてお礼参りに来たんだ。 でも、俺はそいつらにも勝った。 その後はご覧の通り、腫れ物扱いだ。いつの間にか不良のレッテルを貼られ、俺を頭と呼ぶ奴が群れてくる。いくら殴り倒しても、そいつらは俺に着いてきた。 そうして、俺は名実共に『猛獣』になった訳だ。 悪意が充満する教室を、俺は堂々と歩く。音を鳴らして椅子に座り、机の上に足を投げ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-06
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第5話 夢
「新堂、すまないが理科室の資料整理を頼まれてくれないかい?」 昼休みが始まってお弁当を広げた頃、不意に声をかけられた。そちらに視線を向けると、担任でもある理科の江崎先生が窓から身を乗り出していて、その腕には重そうな書籍が積まれ、年配の先生はふらついている。「先生、大丈夫ですか? 私、運びますよ?」 危なっかすぎて立ち上がると、先生は首を横に振った。「いや、まだ弁当食べていないんだろう? これは僕が運ぶから、分類別で書棚に収めてくれると助かる。頼んでいいかな?」 眉を垂れて申し訳なさそうに言う先生に、私は微笑んで頷く。「もちろんです。ではお弁当を食べたらお邪魔します。昼休みの間に済ませますね」 江崎先生は『ありがとう』と会釈して、壁の向こうへ消えていった。それを見送ってから、改めてお弁当に手を付ける。「え~、凜くん、お昼休みいないの? 断ればいいのに~」 そう言って口を尖らせるのは眞鍋さんだ。私の席と机を合わせ、向かい合わせに座っている。手元には小さなお弁当がちょこんと乗っていた。「ごねんね。でも先生も大変だと思うから、できる事はしないと」 こうやって先生方にもよく手伝いを頼まれるけど、それは学級委員の務めだと割り切っている。いつからか、私が引き受けるのが当たり前になってしまった仕事だ。 高校に入学して解放されると思っていたのに、同じ中学出身の子が私を推薦してしまった。恨んでいないと言えば噓になる。どこまでも優等生を求められるのは、正直辛い。 それでも、沁み付いた理想像を壊すのは容易ではなく、自分が我慢すればいいと思ってしまって、なかなか抜け出せずにいる。(大学に行けば、もしかしたら……) 淡い希望だけど、少しくらい気を逸らす事はできるだろう。(そうは言ってもな……) 私の進路は母の希望する有名歌劇団の音楽学校だ。本当は中学卒業後から行かせたかったみたいだけど、父がわずかばかりの抵抗をしてくれた。滅多に口答えをしない父の静かな圧に、母は折れてくれて、こうして普通校に通えている。 その代わり、高校卒業後は絶対に音楽学校以外許さないと叫んでいた。 母の夢は幼い頃から変わらず、私を有名歌劇団に入れる事。 その歌劇団に入るためには、歌劇団が所有する音楽学校に入学しなければならない。倍率は毎年高く、縦の繋がりが強くて、礼儀にも厳しい事で
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-06
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第6話 てのひら
 なんとか眞鍋さんを振り切って、実技棟の理科室へと急ぐ。さっき江崎先生が持っていた本は、それほど多くはなかった。一冊が分厚いだけで。だったら昼休み中に終わらせられるはず。 そう思っていたのに、眞鍋さんがなかなか放してくれず時間を無駄にしてしまった。時計はもうすぐ12時30分を指そうとしている。お昼休みは13時までだから急がないと。 階段を一足飛びに駆けあがる。(こういう時、3階っていやだな) 実技棟は、コの字型の校舎に囲まれた中庭に面していて、上から見たらヨの形になっている。校舎との渡り廊下は1階にしかなくて、2階にある私の教室からは遠回りになってしまう。しかも、その渡り廊下は中央棟にしかないのだ。 設計ミスとも思えるその配置は、もちろん生徒から不満が上がっている。中央棟には職員室があるから、教師の利便性を優先したんだろうな。 胸中で溜息を吐いて、腕時計を気にしながら踊り場を曲がった瞬間、勢いよく胸に何かがぶつかってきた。私は数歩下がったくらいで済んだけど、相手は踊り場までの数段を滑り落ちてしまう。見下ろせば、見覚えのある明るい茶髪が目に入った。「えっと、確か瀬戸先輩……ですよね? ごめんなさい、急いでいたもので。大丈夫ですか?」 手を差し出すと、お尻をさすりながら身を起こす。まだ立ち上がれないのか、座り込んだままだ。(あれ?) てっきり掴まれると思っていた腕は、さらりとかわされた。なんでだろう、少し悲しいと感じてしまう。「いてて……ボクこそゴメンね。凛ちゃんは大丈夫?」 そう言って見上げる顔は、今朝見た時と同じ愛くるしい笑顔だ。一瞬だけ感じた空気が気になるけど、つい癖で笑顔を作ってしまう。「私は大丈夫ですよ。これでも鍛えていますから。先輩こそ、結構な音しましたよ」 そしてふと、今の体勢に気付いた。 階段を滑り落ちた先輩が、私の足の間にすっぽり収まっているのである。私が先輩を跨いで、その上に仁王立ちするような形で。「ご、ごめんなさい!」 慌てて飛びのく私に、先輩はぽかんとして、それからお腹を抱えて笑い出す。「あっはははは! 何その反応! 普通はボクが謝る所でしょ? 女の子の股の下に入り込むなんて、ラッキースケベってやつ?」(ま、股!?) その言い様に、私はさっとスカートを押さえる。 まさか。「見えてない、ですよね……?」
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-09
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第7話 共鳴
「か、可愛くないです……」  俯きポツリと零すと、先輩は黙ってしまった。  どうしたのかと顔を上げると、そこには少しだけ怒ったように仁王立ちする姿が。 「凜ちゃんは可愛いの! 自信持ちなよ、少なくともボクは可愛いって思うから」  そう言ってまた頭を撫でる。その温もりに、じんわりと心がほぐれていく。満足したのか、先輩が手を引くのを名残惜しいと思ってしまう。 「ふふ、やっぱり先輩はいい人です。みんな近付くな、なんて言うんですよ? こんなに優しいのに」  誰もが『ヤバい人』なんて口を揃えていたけど、とんでもない。噂が無意味なものなんて、私が身に染みて分かっている。それを間に受けようとしてしまった自分が悔しい。 「ん~……どうしてだろうね。ボクが近付くとみんなすぐ逃げてっちゃうんだ……何もしてないのに」 しょげる先輩が切なくて、つい手が伸びてしまった。さっき私がしてもらったように、柔らかい髪を撫でる。いつもなら眞鍋さんや女子にしかしない行動が、先輩相手だと自然にできてしまう。 「先輩は怖くないですよ。少なくとも、私はそう思います」  また先輩のマネをしてみる。すると先輩笑ってくれて、ほっと胸を撫で下ろした。  誰だって、自分の意思とは関係の無い見方をされてしまうものだ。自分の望むものを勝手に求めて、それがどれほどの重荷になっているかなんて考えもしない。  そして期待を裏切られると、途端に離れていく。  先輩も同じなんだろうか。そうであれば、分かり合えるかもしれない。私を、私として見てくれるかもしれない。  ダメだと思いながらも、期待は膨らんでいく。 
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-13
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第8話 居場所
「凜ちゃん? どうしたの、どこか痛い?」 少し気落ちした私に気付いたのか、先輩が上目遣いで覗き込んでくる。クリクリとした瞳は真っ直ぐで、少しの罪悪感を覚えた。 きっと、先輩には先輩なりのプレッシャーや悩みがあるだろうに、私は自分の事ばかり考えてしまう。 こうして心配してくれる先輩は、みんなが言うような人にはとても見えない。見た目は小柄で頼りなさげだけど、心の広い人だと思った。「いえ、なんでもありません。それより、先輩はどうしてここに? 教科室への移動にはまだ早いですよね?」 腕時計を見ると、既に12時30分を回っていた。教科室で授業があるにしても、かなり余裕がある。顔を上げると、先輩は眉を垂れていた。「うん、あのね……教室に居場所がなくて……こっちで時間潰してるんだ」 かっこ悪いよね、と言って笑う先輩に、胸がきゅうっとなる。その気持ちが、何となく分かったから。 私も『王子様』なんて呼ばれているけど、どこに行っても人目を引いて、居心地の悪い思いをしていた。 それは家でも同じだ。自室にいても、いつお母さんが乱入してくるか気が気じゃなくて、落ち着く事ができない。お母さんは事ある毎に、黄色い声を上げてノックも無しに部屋へ入ってくるのだ。 いくらやめてと言っても、何が悪いのかさえ分かっておらず、逆に怒られる羽目になる。お父さんも口添えしてくれるけど、聞く耳を持ちやしない。 つい溜め息がこぼれると、また先輩が覗き込んできた。「あ、大丈夫ですから。あの、先輩が良ければ、お昼ご一緒しませんか? 私も教室は居心地が悪くて……」 思い切って言ってみたら、先輩はぽかんとしてから満面の笑みで応えてくれる。「ボクでいいなら喜んで! 嬉しいなぁ、じゃあ明日から一緒に食べよ! ボク穴場知ってるんだ~」 その言葉にほっと胸を撫で下ろし、渡り廊下を待ち合わせ場所に約束して、先生の用事を済ませるために先輩と別れた。(明日から、先輩とお昼か……なんか楽しいな) 私の足取りは、さっきまでと違って軽やかだ。3階まで一気に駆け上がり、10数分で資料を仕分けて教室へと戻って行った。
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-16
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第9話 疑心
 ちょろい奴。  階段を登っていく後ろ姿を見送りながら、俺は鼻で笑った。ちょっと可哀想なセンパイを演じてやったら、アイツすんなり信じてやんの。  ま、教室が居心地悪いのは本当だけど。  その上『お昼ご飯をご一緒に』ときたもんだ。これこそ飛んで火に入る夏の虫。アイツの化けの皮を剥がすには、絶好のチャンスと言える。  初対面が今朝だから、まだまだ探りを入れないとな。  アイツを知ったのは、新学期が始まってすぐだ。2年の冬休み前に停学を喰らったから、俺を知らない新入生がギャーギャー騒ぎながら、背後からぶつかってきた。よろける俺を意に介さず、向かった先にいたのがアイツだ。  いっこ下なのに『オウジサマ』の噂は俺の耳には届いていなかった。数少ないツレに聞いてみたら、注目され始めたのは俺の停学と同じ頃かららしい。  それは何気ない体育の時間だったそうだ。バスケットの最中に、跳ねたボールから身を挺してクラスメイトを庇った事がきっかけ。それまでは『かっこいい女子がいる』程度だったものが、一気に『オウジサマ』に昇格したんだと。  ボールで強打され体に痣を作っても、クラスメイトを気遣う姿が神々しかったとかなんとか。 (ほんと、馬鹿ばっか)  そんな他愛ない事で、ここまで騒げるのはいっそ天晴だ。  アイツも、チヤホヤされて天狗になってんじゃないかと思っていたが、どうも違うみたいだった。周囲が変わっても、アイツは変わらなかったという。  これまでに手に入れた周囲の評判も、ほとんが好意的なものだった。俺のツレでさえ、アイツの事は手放しで褒めている。  教師には下手に聞けないが、多分同じだ。  そんな中でも捻く
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-20
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第10話 優等生
 翌朝、私は日直のために、早めの登校をしていた。いつもと違う空気感と、静かな校舎は心が休まる。まだ誰もいない教室で、花瓶の水替えや日誌の確認を行う。日直はもうひとり男子がいるけど、サッカー部の朝練のために今はいない。  私の剣道部は柔道部と練習場所が被っているため、朝練ではなく放課後に重点を置いていた。この高校の柔道部は強豪だから、そちらが優先されてしまうのは仕方がない。  一通りの仕事を終えると、黒板の端に消し忘れを発見する。 (確か、昨日の日直は兼崎くんと櫛原さんだったけ。2人共小柄だから、手が届かったんだな。先生も、その辺りを考えてくれるとありがたいんだけど)  そう思いつつも、黒板消しを手に取りキレイにしていく。その後、汚れた黒板消しもクリーナーで整えた。 (うん、今日もいい日になりそう)  窓を開けて空気を取り込むと、小春日和の柔らかな光が差し込んでくる。まだ早い事もあって、少し冷たい風が気持ちいい。 (あれ……瀬戸先輩? こんなに早く、どうしたんだろう)  私が所属する2年4組の教室は中庭に面していて、花壇の合間に置かれたベンチがよく見える。そこに俯くような態勢で、ひとりの男子生徒が座っていた。顔は見えないけど、あのふわふわな髪は瀬戸先輩に違いない。  黒板の上の時計を確認すると、7時40分を指していた。まだ朝のホームルームには早く、中庭の人影もまばらだ。 (具合悪いのかな……行ってみよう)  私はそのまま、教室を後にした。  中庭まで走ってくると、そこにはまだ先輩の姿がある。息を整えて、ゆっくりと近付いていった。 「瀬戸先輩、おはようございます。どうかされましたか?」 
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-05-23
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