LOGIN透子は冷ややかに言い放った。「新井、資材のすり替えの件、絶対に許さないわ。今回ばかりは、お爺様が出てきても無駄よ。法を犯してまで、私怨を公共の危険に及ぶレベルにまで発展させるなんて。裁判所からの呼び出しを待っていなさい。刑務所行きは確定よ」蓮司は透子の氷のような言葉を聞き、目を伏せて弁明した。「本当に事故を起こすつもりはなかったんだ。そんなことをすれば、その責任や悪評はすべて君が背負うことになる。君を陥れるつもりなんてない。俺はそんな人間じゃない」その言葉を聞いて、透子はさらに強く指を握りしめ、怒りが込み上げてきた。だが、これ以上言葉を交わすのも無駄だ。言いたいことがあるなら、裁判官に言えばいい。透子が電話を切ろうとしたその時、電話の向こうから蓮司の声が最後に聞こえてきた。「すり替えたのは主要な資材だ。だから施工の段階で誰かが必ず気づくはずだ。本気で君を陥れるつもりなら、こんな見え透いた真似はしない。俺はただ、ああやってプロジェクトの進捗を遅らせたかっただけなんだ。そうすれば、透子がもう少し国内に……」その後の言葉は聞こえなかったが、透子には予想がついた。彼女は無表情で暗くなったスマホの画面を見つめ、蓮司は本当に頭がおかしいのではないかと感じた。プロジェクトが遅れれば、自分の出国も延期になるとでも思っているのだろうか?雅人はすでにスティーブに命じてすべての手続きを済ませている。たとえ資材に問題があっても、すぐに交換すれば済む話だ。だから蓮司は頭がおかしいだけでなく、救いようのない馬鹿だ。これは大輔の入れ知恵なのか、それとも蓮司自身が考えた浅知恵なのか。後に知った大輔は思った。自分のせいじゃない。自分が止めたが、止められなかっただけで……電話を切った後、すぐにまた着信があったが、透子は拒否した。三回連続で拒否すると、画面にメッセージがポップアップした。先ほど電話で言い切れなかった蓮司からの弁解だ。透子は見る気も起きず、大輔の番号も着信拒否に設定すると、スティーブのもとへ向かい、蓮司の罪証を固めることにした。もう我慢の限界だった。ここ最近、蓮司がどんなに付きまとって騒ぎを起こしても追及しなかったが、プロジェクトの資材に手を出したとなれば話は別だ。実質的な被害が出ていないため、証拠不十分で
透子が口を開いた。「新井さん」蓮司はボリュームを上げて叫んだ。「ああ、聞いてるぞ!透子、やっと俺と話してくれたな!」その甘ったるい声を聞いて、透子は胃が裏返るような吐き気を覚えた。大輔は、その馴れ馴れしい呼び方は理恵の真似ではないかと疑った。以前の蓮司の振る舞いは一旦置いておくとして、今の蓮司はどう見ても、恋に溺れて理性を失い、透子の一言で尻尾を振って舌を出す犬そのものではないか。チッ、このギャップの激しさたるや。あの社長がこうなるとは。いや、透子と離婚し、高校時代の初恋の人を間違えていたと気づいてからは、もう透子から離れないストーカーのような存在になっていたか。大輔は心の中で首を振り、溜息をついた。今は会社の存亡に関わる危機的状況であり、危険度はさらに増しているというのに。当の蓮司は、透子と電話ができるという興奮に浸りきり、我を忘れている。蓮司はまだ延々と真実の愛を語り続けている。「透子、俺が悪かった。週末にいきなり会いに行ったりして。でも、どうしても透子に会いたかったんだ」彼はまた恋敵を中傷した。「あ柚木はろくな奴じゃない。もう会うのはやめろ。あいつは陰険で狡猾だ、透子じゃ太刀打ちできない。でも、本当にあいつと付き合ってるのか?違うよな、食事に行ったのも仕事の話があったからだろ、分かってるよ」蓮司はそうやって自問自答し、自分を慰めている。電話の向こうで。透子はただ名前を呼んだだけなのに、その後の言葉はすべて遮られてしまった。口を挟む隙間もなかったからだ。蓮司は以前とはまるで別人のようで、口にスピーカーでも取り付けたかのように喋り続けている。蓮司は完全に自分の世界に浸り、自問自答し、自分が聞きたいことだけを喋っていた。ついに透子は指を固く握りしめ、忍耐の限界に達した。額には青筋が浮かんでいる。本来は警告するつもりだったが、こうなれば直接対決だ。透子も声を張り上げた。「新井!資材のすり替えが建設事故に繋がるって分かってるの?もしプロジェクトが完成した後に崩落して、死傷者が出たら、あなたに責任が取れるの?良心が痛まないの?私に何をするかは勝手だけど、公共の安全を脅かすようなことはしないで!」蓮司は熱烈な愛を語り、顔を紅潮させていたが、その瞬間に遮られ、言葉を失った。蓮司はようや
蓮司は眉をひそめ、言った。「それについては俺が何とか揉み消す。所詮は個人的な問題に過ぎない」裁判所が追及しなければいいだけの話だ。自分だけのことなのだから、裁判官がいちいち起訴するようなことでもない。大輔はそれを聞いて、確かに蓮司にはそれを隠蔽するだけの金と手段があると思った。結局のところ、この行為を知っているのは自分たちだけなのだから。だが、今の状況は――自分は透子と通話中であり、彼女にも知られてしまったということだ。大輔は顔面蒼白になり、おずおずとスマホを下ろした。なぜすぐに切らなかったのかと後悔した。彼はとんでもないヘマをしてしまった。首をすくめ、スマホの画面を差し出しながら、緊張と恐怖で声を震わせて言った。「社長……もし橘家が起訴して、過去の案件を蒸し返してきたら……」蓮司はその言葉を聞き、最初は大輔が何を馬鹿な仮定をしているのかと思った。橘家が知るはずがないだろう?だが次の瞬間、大輔のスマホを見て、蓮司は凍りついた。「透子!」蓮司は思考よりも体が先に動き、大輔のスマホをひったくって耳に当て、興奮して呼びかけた。透子が橘家に戻って以来、蓮司は透子への連絡手段をすべて失っていたからだ。透子が新しく登録したSNSのアカウントも今日知ったばかりで、送ったDMにもまだ返信がない。だから今、大輔が透子と電話しているのを見て、興奮せずにはいられなかったのだ。電話の向こうにいるのは、彼が来る日も来る日も想い続けていた人なのだから。透子に会いたくても、知恵を絞ってこっそりと会いに行くしかなかった。服の裾はおろか、姿さえ見えず、近づくことさえできなかったのだ。あまりの興奮に、蓮司は先ほど自分の罪を自白してしまったことなど、すっかり頭から抜け落ちていた。ただ透子と話したい、透子の声が聞きたい。思考は停止し、心も頭も透子でいっぱいだった。「透子、君なのか?元気か?昼飯は食べたか?」蓮司は早口で安否を気遣い、その顔は興奮で紅潮していた。「週末のことは悪かった。まだ謝っていなかったな。SNSにメッセージを送ったんだが、謝罪の言葉は二通目に書いたんだ。でも送信できなかった。君からの返信がないと、次が送れない仕様になっていてな。開発者は何を考えているんだ!とんだ欠陥アプリだ。信じてくれ、俺は本
大輔は、悠斗にこれほどの腕があるとは思いもしなかった。彼は一体、橘兄妹にどんな見返りを用意したというのか?問題は、悠斗に何が提供できるかだ。まさか、新井グループの社長の座に就いた暁には、会社の半分を橘家に譲るとでも約束したわけではあるまい。大輔の推測はそこまでが限界だった。彼は急いで透子に電話をかけ、事実確認を急いだ。蓮司のために情けを乞う面目などないことは分かっている。ただ、あのアカウントが彼女のものではなく、認証もされていない偽物であってほしいと願うしかなかった。しかし、現実は非情だった。電話に出た透子は、確かに自分が投稿したと認めたのだ。大輔は蓮司の終わりを予感し、恥を忍んで尋ねた。「どうして急に、あんな投稿を?離婚した時でさえ、何も仰らなかったのに。このタイミングでの投稿は、悠斗様に加勢するためですか?」透子は眉をひそめて答えた。「悠斗さんと何の関係がありますか」大輔は昨日の出来事――蓮司と隠し子の弟が争い、弟が敗北した件――を簡潔に伝えた。大輔は言った。「そうでなければ、なぜこのタイミングなのか理解できません。週末に社長があなたに迷惑をかけたことへの報復として、橘社長が悠斗様を使って攻撃を仕掛け、お爺様までもが社長の敵に回った……」透子は一瞬言葉を失った。兄が蓮司に手を出したとは知らなかったのだ。実のところ、週末に蓮司が発狂して付きまとってきたことになど、彼女は報復する気もなかった。とっくに慣れっこだったからだ。蓮司の地位を考えれば、さっさと出国して永遠に関わりを断つのが一番だと思っていた。だが、大輔たちが今日の投稿を週末の件への報復だと勘違いしているのを知り、透子は状況を整理してから冷静に言った。「離婚判決文を公開したのは、もう我慢の限界だったからよ。新井自身、自分が何をしたか分かっているはずだわ」大輔は彼女の声に含まれる怒りと深刻さを感じ取り、たかが週末の付きまとい程度でそこまで言うだろうかと疑問に思った。しかし、透子の次の言葉を聞いた瞬間、大輔はすべてを悟り、言葉を失った。透子が激怒している真の理由。それは、彼女が担当するプロジェクトの資材がすり替えられていたことに気づいたからだ。大輔は以前、蓮司に忠告していた。いつか必ずバレると。だが蓮司は、透子の出国を遅らせる
スティーブは尋ねた。「社長、今後も悠斗と協力関係を続けるのですか?」雅人は無表情で答えた。「その時になってみないと分からないな」スティーブは雅人の顔色を窺ったが、その真意は読み取れなかった。これは、もう蓮司への攻撃をやめるという意味なのだろうか?しかし、悠斗は明らかに劣勢だ。本社に戻ったとはいえ、蓮司の相手ではないだろう。スティーブは、今回の件が不完全燃焼で終わったように感じていた。逆に蓮司が悠斗に強烈な反撃を加えたことで、彼自身もどこか悔しい思いをしていたのだ。だからこそ、スティーブは雅人に次の手を打つか尋ねたのだが、却下されてしまった。いつもあれほど透子を溺愛しているのに、今回はどうしたというのか。もっとも、一矢報いたことには変わりない。あと二日もすれば、雅人は透子を連れて海外へ戻る。そうなれば、蓮司の執拗な嫌がらせを受けることもなくなるだろう。……悠斗は本社に戻った初日に、蓮司によって完膚なきまでに叩きのめされた。抑圧された鬱憤を晴らす間もなく、社内の上層部も悠斗が蓮司の脅威にはなり得ないと判断していた矢先、転機が訪れた。翌日。悠斗は本来、プロジェクトを通じて足場を固め、長期的な計画を練ろうとしていたが、天から大きなサプライズが降ってきた。いや、正確には蓮司が自ら招いた種と言うべきか。蓮司の運が尽きたのか、自業自得なのかは定かではないが、とにかく蓮司には相応の報いが訪れたのだ。悠斗が手を下すまでもなく。そのきっかけを作ったのは、透子だ。蓮司の元妻であり、現在は橘家の唯一の令嬢である透子が、突如としてSNSに蓮司との離婚判決文を公開したのだ。そこには、具体的な離婚事由が記されていた。なぜ透子がこのタイミングで「援護射撃」をしてくれたのか、悠斗には分からなかったし、頼んだわけでもない。だが、これを利用しない手はない。悠斗は即座に、昨日の蓮司のやり方をそのままお返しすることにした。悠斗はすぐに裏で手を回し、インフルエンサーやまとめサイトを使って透子の投稿を拡散させ、世論の炎上を狙った。何しろ、元妻による告発であり、離婚判決という動かぬ証拠があるのだ。野次馬根性だろうと何だろうと、これ以上のネタはない。蓮司の尊厳は地に落ちるだろう。そう、堂々たる新井グループの元・正統後継者である蓮
新井グループの評判も株価も、彼は全く気にしていない。その責任をすべて背負わされることになるというのに。博明は本部の広報部に連絡し、早急な対応を求めたが、返ってきたのは曖昧な言葉ばかりだった。博明は荒い息を吐きながら、今度は役員会に電話をかけて苦情を申し立てた。蓮司のやり方は、グループの名声を地に落とすものだと訴えたのだ。最終的に役員会が動き、蓮司のもとにも新井のお爺さんから電話がかかってきた。通話が繋がるなり、蓮司は頭ごなしに怒鳴りつけられた。わがままで勝手な振る舞いだと、大局を見ていないと罵倒された。蓮司は静かに罵声を受け止め、反論もしなかった。電話の向こうの新井のお爺さんが罵り疲れて勢いを失うのを待ち、彼は淡々と口を開いた。「あいつが先に本部へ来て騒ぎを起こしたこと、お爺様が知らないはずはないでしょう。自業自得だよ。やるだけやっておいて、人に言われるのが怖いのか」新井のお爺さんは怒って言った。「わしが言っているのはそのことか?論点をすり替えるな!お前は世間中に新井グループの恥を晒したんだぞ。社内で噂になるだけならまだしも、ネットにまで流して、誰もが知るところとなった!家の恥は外に晒すなと言うのに、お前ときたら、大騒ぎにしおって!」蓮司は反論せず、黙り込んだ。その沈黙は、新井のお爺さんの怒りの矛先をかわし、言葉を喉に詰まらせた。新井のお爺さんは深呼吸をして、努めて平静を装って言った。「自暴自棄になっているのか?それとも、報復のために破壊工作をしているのか?わしが悠斗を本部に呼び戻したからか」蓮司は冷静に弁明した。「違う。俺はただ単純に、あいつに反撃したかっただけだ。新井家全体を敵に回すつもりはない」それを聞いて、新井のお爺さんは息が詰まりそうになった。蓮司がこれほど従容として落ち着いているということは、それだけ確信犯だということだ。リスクを十分に承知の上で、あえてやっているのだ。博明を社会的に抹殺すると同時に、悠斗にも「隠し子」という、表舞台に出られない汚名を着せるために。そうすれば、悠斗は上流階級全体から後ろ指を指され、永遠にその汚点を拭い去ることはできない。蓮司の手口は、実に冷酷だった。結局、電話がどう切れたのか、新井のお爺さん自身も覚えていなかった。おそらく、蓮司の冷淡で無関心な態度







