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第845話

Author: 桜夏
「透子、LINEは見たけど、わざと返信してないのよ」

聡は、その言葉に絶句した。

二人は食卓について朝食をとり始めたが、聡はまだ納得がいかない。

なぜ、わざと返信しない?この二日間で、また彼女を怒らせるようなことをしてしまっただろうか。

聡は頭の中で必死に自分の行動を振り返ったが、何も思い当たる節はなく、ますます混乱するばかりだった。

そう思いながら、彼はひょいと隣にいた理恵の携帯を取り上げると、透子とのトーク画面を開いてメッセージを送った。

理恵はそれを見て、ふんと鼻を鳴らす。

「見てなさいよ。私からなら、絶対にすぐ返信が来るから。要は、お兄ちゃんには返信したくないだけなんだって」

聡は彼女と言い争う気にもなれず食事を続けたが、その視線の端は、常に携帯のトーク画面に注がれていた。

しかし、一分、二分と経っても、返信は一向に来ない。

「……すぐ返信が来るんじゃなかったのか?」

聡が呆れて言うと、理恵は慌てて自分の携帯を取り戻し、「きっと今起きたところなのよ!」などと、あれこれ言い訳を並べ始めた。

向かい側では、母が朝っぱらから透子の話で騒ぐ二人を見ていたが、特に口を挟むことはなかった。

母にしてみれば、やるべき手はすでに打ってあるのだ。透子も空気が読める娘だ。聡とは自ずと安全な距離を保つだろう。

それよりも、彼女は理恵と美月の関係を修復させたいと考えていた。何しろ、柚木家と橘家は、今後より親密な付き合いをしていくべきなのだから。

母が口を開いた。「理恵、今日、会社で新製品の発表会があるの。後で朝比奈さんもお呼びするから、あなたも必ず出席しなさい」

理恵はそれを聞いた途端、顔をしかめて言った。「彼女が来るなら私は行かないわ。顔を見るだけで気分が悪くなるもの」

母はぴしゃりと言った。「今、両家は提携関係にあるのよ。あなたも柚木家の一員として、あちらの方々と親しくすべきだわ」

理恵は納得いかずに言い返す。「会社の提携でしょ?私の提携じゃないわ。私が親しくしなかったら、提携がダメになるとでも言うの?」

母は言葉に詰まったが、すぐに気を取り直して言った。

「あなたは柚木家の令嬢として、当然……」

母が言いかけた時、聡が口を挟んだ。

「母さん、まさかまだ理恵を雅人さんとくっつけようとしてるんじゃないだろうな。あの二人は気が合わないって
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