第883話

旭陽は半ばあきれた顔で告げた。

「彼女、妊娠していますよ。もう一か月。全然気づかないとは」

伶はその言葉に数秒間固まり、信じられないものを見るように旭陽を見た。

「悠良が......妊娠一か月？本当なのか？」

旭陽は嬉しそうに頷いた。

「本当です。検査結果はそこにあるので、見ればわかるでしょう」

検査票を受け取った伶は、自分が父親になるなど想像もしておらず、現実感が追いつかなかった。

ここ最近ずっと、悠良が結婚に消極的なのは別の理由だと考えていた。

だが、こんな形で答えを突きつけられるとは思ってもみなかった。

ぼやけていた全てが、一気に腑に落ちていく。

彼女が結婚に迷っていた理由も、ようやく理解できた。

すでに史弥から聞いている。

彼女は海外の勤務先で、上司の許可なく四つの案件を伶側に回し、それをアンナに見つかった。

その結果、40憶円もの負債を背負うはめになったという。

伶は悠良を誰よりも理解している。

彼女は結婚を嫌がっていたわけじゃない。

ただ、もし結婚すればその借金が自分に降りかかることを恐れていただけだ。

彼に余計な負担をかけたくなかった。

特に、まだ会社が安定していないこの時期に。

胸が刃物で抉られるように痛んだ。

この間、彼女がひとりでどれだけの重圧に耐えていたか――

それすら気づけなかった自分に、怒りすら覚えた。

ちょうどそのとき、悠良が診察室から出てきた。

目が合った瞬間、彼女の表情は複雑に揺れた。

唇を一度結び、意を決したように伶の前まで歩み出る。

そして、彼の手にある検査票へちらりと視線を落とす。

「......もう、知ってるのね」

伶は眉をわずかに上げ、低く言った。

「なんだ、まだ俺に隠すつもりだったのか？まあでもその前に言っておく。俺はもう『父親』なんだ。

何を決めるにしても、俺には発言権がある。だから、何をする前に絶対に俺と相談すること。いいな？」

もともと隠し通すつもりだったが、もう誤魔化しようもない。

悠良は俯き、静かに言った。

「接待のことも、史弥から聞いたでしょうね」

個室で史弥の顔を見た瞬間、ある程度察していた。

最初から、彼が秘密を守るような人間ではないこともわかっていた。

女を愛人にしようと脅すような男に、何を期待できる？

こういう男は一度でも譲歩すれば