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第394話

Author: ぽかぽか
真奈はその場に立ち尽くしながら、高橋を見つめていた。まるで「どうするつもりか、見せてみなさい」と言いたげな表情だった。

昼間、清水たちは真奈から満足のいく答えを得られなかった。だからこそ、遅かれ早かれ矛先は高橋に向かうことになる。

あとは、高橋が彼女たちに納得のいく説明ができるかどうかだった。

ここまであからさまなひいきを見せられては、彼女だって面白くない。

「これは会社の決定だ。あなたたちに口出しする権利はないし、私がその質問に答える義務もない」

練習生食堂の外から、男性練習生たちが続々と入ってきた。

久我山はその険悪な空気にすぐ気づき、にこやかに高橋の前へと歩み寄ると、片手を高橋の肩に乗せて言った。「高橋さん、誰が機嫌を損ねさせたんですか?そんなに怖い顔しないでくださいよ」

「その手をどけなさい」

高橋は久我山に一切の容赦を見せなかった。

久我山は渋々手を引っ込めるしかなく、高橋は周囲を冷たく見渡して言い放った。「瀬川の待遇は、あなたたちとは違う。不満があるなら、ここで名乗り出なさい!」

「私たちは皆納得してないわ!」

朝霧と天城が立ち上がり、ほかの練習生たちも不満げな顔で次々に声を上げた。「高橋、私たちはみんな練習生でしょ。なのに、どうして瀬川にだけそんな特別扱いをするの?」

「そうよ!なぜなの!」

「私が思うに、あなたがそこまで瀬川を庇うのって、どうせこいつがどこかのに囲われてる愛人だからでしょ?」

「そうだ、あの日私も見たよ。瀬川は高級車で送り迎えされてた!破産したお嬢様が、家を売るような状況に追い込まれてるのに、なんで高級車なんか乗れるの?」

周囲の人々は次々に不満を口にした。真奈は何も言い返さず、気だるげに自分でコップに水を注ぎながら、高橋の出方を見ていた。

「おい、こんなに刺激的な展開かよ?」久我山は八雲の隣に寄って、「俺はてっきり瀬川がコネで入ってきたんだと思ってたけど……本当に裏があるんだな」

「せっかく冬城グループっていう後ろ盾があるのに、なんで別のお金持ちを探す必要があるんだ?」

「まさかとは思うけど……彼女の後ろ盾って、うちの佐藤プロの人間じゃないだろうな?」

「おい、清水!よく考えてみろよ。もしかして、お前の父親が彼女の後ろ盾じゃないのか?」

男子の中から誰かが叫ぶと、場は一気に爆笑に包まれた。

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