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第415話

Author: ぽかぽか
真奈はデパートを後にする。冬城は疲れたように眉間を揉んだ。

彼は低い声で尋ねた。「誰が情報を漏らしたんだ?」

「どうやら……小林さんのようです」

中井さんは少し躊躇してから答えた。会場の準備、贈り物の選定、誕生日会の企画──それを知っていたのは社内の限られた数人だけだった。まさか、その話が小林の耳に入るとは思ってもみなかった。

冬城は真奈が去っていく背中をじっと見つめながら、ぽつりと問う。「俺には、もう本当にチャンスがないのか……」

「総裁……」

たとえあの瞬間でも、彼は真奈の目に自分の影を見ることはなかった。

ただ、夢の話をしたときだけ、彼女の目にはほろ苦さと諦めが静かに滲んでいた。

デパートの外に出た真奈は、少し後悔していた。出発前に車を出しておくべきだった。よりによってここは海城で最も賑わう繁華街、タクシーを拾う場所すらわからない。

次の瞬間、一台のポルシェが真奈の前に現れた。

真奈がまだ状況を把握できずにいるうちに、運転席側の窓がすっと開いた。黒澤が中に座っていた。その表情には僅かに反抗的な色が浮かんでいて、短く言った。「乗れ」

真奈は遠慮なく、そのまま助手席に乗り込んだ。

「どうして私がここにいるってわかったの?」

彼の顔には笑みひとつなく、どこか拗ねたようにカーステレオのスイッチを押す。

――「続いてのニュースです。冬城グループの総裁・冬城司が、離婚間近の妻を引き止めるため、市中心部の繁華街で盛大な誕生日会を開催し、多額の費用を投じたことが話題となっています……」

「情報はこんなに早く広まったんだ」

真奈は思わず軽く笑い、言った。「じゃあ、次は冬城おばあさんが現場で大騒ぎしたニュースがすぐに出るだろうね」

「悔しいか?」

真奈は眉を上げて言った。「そうでもない。彼女の言葉は、私には何も響かない」

黒澤の唇に、わずかに気づかれない程度の笑みが浮かんだ。「シートベルトを締めて。ある場所へ連れて行ってやる」

「わかった」

その頃――

幸江と伊藤は、急いでデパートに駆けつけた。だが、目の前には清掃員たちが総出で片付け作業をしている光景が広がっていた。

二人は顔を見合わせ、伊藤がすぐに一歩前に出て、近くの清掃員に声をかけた。「おばさん、すみません。これで終わりですか?」

「遅かったわね!30分前に終わったわよ!」

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