LOGIN景司は冷たく言い放つと、くるりと背を向けて立ち去った。由佳はその場に立ち尽くし、足の裏からじわじわと冷気が這い上がってくるのを感じた。嘘つきって……どうしていつも、私のことを嘘つきって言うの?私が景司を騙したことなんて、一度でもあった?胸の奥に小さな不満と理不尽さが渦巻く。由佳は勢いよく外へ出ると、ちょうど服を着ている景司の姿が目に入った。彼女はまっすぐに景司の前へ立ち塞がり、澄んだ瞳に怒りの光を宿して彼を見据えた。「何度も『嘘つき』って言われたけど、すごく心外よ。私が何を騙したっていうの?あなたのお金?それとも心?」今日こそ、はっきり説明してもらう。でなければ、絶対にこのまま帰すつもりはない。誰だって『嘘つき』なんてレッテルを貼られたら、いい気分なわけがない。何も得ていないのに、こんなふうに言われ続けて、平気でいられる人間なんているはずがない。景司はすでにシャツを着ていて、ボタンを一つずつ留めていた。襟元は少し緩み、全身から気怠くも奔放な空気が漂っている。由佳の悔しさに滲む赤い目を見て、景司は口元を歪め、冷笑を浮かべた。「俺のことが好きだって、しつこく言ってたのはお前だろう。そのくせ、いつの間にか男の親友が増えて、今度は見合い相手までいる。俺がお前を嘘つきだって言って、間違ってるか?」景司は一歩、由佳に近づいた。呆然とする彼女の顔を見つめ、さらに言葉を重ねる。「お前の言う『好き』なんて、ずいぶん軽いな。誰にでも言えるんだろ。なら、俺が嘘つきだって言って何が悪い?」「あなた……」由佳は口を開いたものの、言葉が喉に詰まった。まさか、そんな理由だったなんて……そして次の瞬間、ふっと笑いがこみ上げた。怒りと同時に、呆れと哀しみが混じった笑いだった。景司の表情が曇る。「何を笑ってる?」由佳は深く息を吸い、静かに言った。「辰一くんはただの友達よ。風早さんは確かに見合い相手だけど、まだ友達の段階。ねえ景司、もしかして、嫉妬してるの?」その澄んだ瞳が真っ直ぐに景司を射抜く。彼の言葉も、怒りも、抑えきれない感情も、すべてを見透かすように。景司の端正な顔が一瞬強ばり、低く吐き捨てた。「馬鹿なこと言うな。お前なんかに嫉妬するわけないだろ。好きでもないんだから」「へえ」由佳は淡
勢いよく振り向くと、景司が部屋の入り口に立っていた。その姿はどこか余裕を感じさせ、まるでこの状況を楽しんでいるかのように、悠然とこちらを見つめている。由佳は驚きのあまり、目を大きく見開いた。か、彼の服は……?今の景司は上半身裸で、腰に巻かれているのはバスタオル一枚だけ。それもどう見ても無造作に巻かれており、今にもずり落ちそうなほどゆるい。由佳の視線は、意志とは関係なく彼の胸筋と腹筋の上を何度も行き来した。整いすぎたその肉体に、思わず喉が鳴る。「そんなに気に入った?触ってみるか」景司は、ますます露骨になっていく彼女の視線に気づき、口の端を上げてからかうように言った。——いや、何言ってるの、この人!?待って……今はまだ電話中だった!はっとしてスマホに目をやる。風早がいつから黙ってしまったのかは分からないが、通話は切れていない。つまり、さっきのやり取りは全部……彼に丸聞こえ。まさに公開処刑。おそるおそる再び景司を見ると、彼の口元には明らかな笑みが浮かび、その表情はどこまでも愉快そうだった。……こいつ、絶対わざとだ。由佳は一度深呼吸し、震える声を抑えて電話の向こうに話しかけた。「……あの、準備しておくから。ちょっと用事ができちゃって……また後でね」「わかった」風早の声は穏やかで、まるで何も気づいていないかのように平然としていた。通話を切ると、由佳はすぐに彼を睨んだ。「わざとでしょ?」「……ああ」景司は眉を上げ、あっさりと認めた。そう。わざとやったんだ。お前ら、いったい何をする気だ?流星群を見に行く?日の出を拝む?ふーん、まるで自分をいないものとして扱っているじゃないか。一方、由佳の胸中には、言葉にできないもやが渦巻いていた。複雑な感情が混ざり合い、視線まで曖昧になる。「景司、あなたはいったい何がしたいの?」その問いに、景司はゆっくりと彼女に歩み寄った。漆黒の切れ長の瞳がまっすぐに彼女を捉え、距離を詰めてくる。由佳は思わず顔をそらし、かわりに目の前にある均整の取れた胸板を見つめた。その滑らかな曲線に、ぱちくりと瞬きをする。な、なに……?手が勝手に伸びそうになる。由佳はきゅっと拳を握りしめ、その衝動を必死に抑えた。だ
由佳:「……」めちゃくちゃ気まずい。何の関係もないのに、同じベッドで寝ているうえに、しかも抱きしめられているなんて。これ……さすがにまずいんじゃない?由佳はそっと身じろぎして、離れようとした。「動くな」景司の腕の力が強まる。呼吸もどこか荒い。近すぎる距離。彼の体の変化が手に取るように分かって、由佳の顔は一層赤く染まった。「じゃあ、離してよ」「男の正常な反応だ。知らないのか?」低く、喉の奥でくぐもった声だった。「なんで私がそんなこと知らなきゃいけないのよ」景司は彼女を一瞥し、ふっと小さく笑った。「説明は?」由佳は唇を噛み、胸の奥が熱くて言葉にならなかった。ただ、逃げ出したい一心だった。「景司、私たち……こういうの、ちょっとまずいと思うんだけど。先に離してくれない?」景司は静かに言った。「お前が昔、俺にキスしたときは、まずいかどうか考えなかったのか?」「……」まさか、そんな昔のことを持ち出されるなんて。由佳は息をのんで黙り込む。体に伝わる妙な感触を必死に無視して、しぼり出すように言った。「なんで私がここにいるのか分からないけど……でも約束する、わざとじゃないの。信じてよ」「その説明、何も言ってないのと同じだな」「私だって、したくてしてるわけじゃないし……本当にわけが分からないのよ」景司は目を閉じて低く息を吐いた。「ふむ……じゃあ俺が寝てる間に、お前は何か企んでたって解釈していいのか?」「そんなの絶対ありえない!」由佳は即座に否定した。濡れ衣を着せられるなんて、たまったものじゃない。「じゃあ、なんで俺のベッドにいた?」「……」ったく、また話が戻るなんて。どう説明しても納得されそうにない。景司に企みなんてないことを証明する方法も思いつかない。八方ふさがり。「なんか言えよ」沈黙する由佳に、景司は不意に手を伸ばし、彼女の腰の柔らかい肉を軽くつねった。「ひゃっ……!あなた、なにすんのよ!」由佳はびくりと体を震わせ、思わず身をよじった。その瞬間、景司は身を翻して彼女を押し倒した。片手で彼女の頭の横を支え、半身の重みが由佳の上にのしかかる。「な、何してるの……?」震える声。景司は由佳の怯えと羞恥を映した瞳を見つめ、
はっ、嘘つきめ。景司は煙草の吸い殻をぐっと噛みしめ、その瞳には冷たい光が宿っていた。午前三時。景司は隣の寝室のドアを開け、ドアフレームに体を預けて腕を組む。間もなく、主寝室のドアがカチャリと音を立てて開き、由佳が幽霊のように姿を現した。彼女はまっすぐソファへ向かい腰を下ろすと、微動だにせず虚ろな目で前方を見つめた。その光景を見た景司は、すぐに主寝室へ向かい、ドアを閉めて外から鍵をかけた。ここに住んでいたことがある彼は、鍵のありかを熟知しているのだ。そして隣の寝室の入口へ戻ると、余裕綽々と由佳を見つめていた。三十分ほど経った頃、由佳が立ち上がる。まず窓の外を一瞥し、ゆっくりとした足取りで主寝室へ向かう。しかし、ドアに手をかけても開かないことに気づき、呆然と立ち尽くした。だが夢遊病のような状態では、複雑な思考は働かない。このドアが開かないのなら、もう一つのドアがある。頭に浮かんだのはそれだけだった。由佳はくるりと向きを変え、隣の寝室へ向かう。その様子を見た景司は片眉を上げ、さっと体をかわした。由佳がまっすぐ隣の寝室に入り、布団をめくってベッドに潜り込み、安らかな顔で横になるのを、彼はただ黙って見つめていた。暗闇の中、景司は声もなくフッと笑う。ドアを閉めると、部屋はさらに深い闇に包まれた。翌朝、由佳がぼんやりと目を開けると、体が異様に熱い。まるで火鉢の中にいるかのようだ。由佳ははっと息を呑む。どういう状況?周囲を見回すと、そこは主寝室ではなく、隣の寝室だった。途端に目を見開き、勢いよく顔を横に向けると、眠る景司の端正な寝顔があった。男の腕が自分の腰を抱き、距離は非常に近い。先ほど顔を向けた際に、鼻先が彼の鼻をかすめたほどだ。由佳の瞳孔がキュッと収縮し、頭が真っ白になる。これって……一体どういう状況?私と景司が、寝た?その可能性に思い至り、慌てて自分の体を確認する。服はきちんと着たままで、体に違和感もない。じゃあ、これは一体……?ここは隣の寝室、彼が寝ている部屋。なのに自分がここにいるということは、昨夜も夢遊病だったのだろうか。それで、主寝室に戻らず隣の寝室に来てしまった?頭はぐちゃぐちゃだ。今はとにかく、彼に気づかれる前に抜け出し、何もなかったことにしなければ。そう
「由佳、お前は嘘つきだ」立ち込める煙の向こうで、景司の目元は感情をぼやかしていたが、その口から放たれる言葉は鋭く冷たかった。由佳はまつ毛を震わせ、問いかけるように言った。「私があなたに、どんな嘘をついたっていうの?」しかし景司は何も答えず、ゆっくりと一本のタバコを吸い終えた。由佳はタバコの匂いが好きではなかった。眉を寄せたまま、彼が吸い終わるのを待ち、ついに口を開く。「もう遅いから、他に用がないなら……」「用がないなんて誰が言った?」景司はその言葉を遮ると、ためらいもなく部屋へ上がり込む。この家には見覚えがあった。数日間ここで暮らしたのだから。彼はゲストルームへ向かう途中、身につけている服を次々と脱いでいく。まずネクタイ、次にシャツ、そしてズボン……由佳はわずかに目を見開いた。「ちょっと、何してるの?ここはホテルじゃないんだから、寝たいなら自分の家に帰りなさいよ!」彼女は叫びながら景司を追い、脱ぎ散らされた服を拾い集めて止めようとした。だが、彼をようやく引き止めたときには、もうパンツ一枚の姿になっていた。思わず下に目が落ちるが、すぐにまた上げる。色白の顔に赤みが差す。「あ、あなた……こんなこと、ダメ!」景司は肩幅が広く、腰は引き締まり、均整の取れた筋肉を持つ完璧な体をしていた。ほとんど裸同然の姿で由佳の前に立ち、赤くなった顔と揺れる瞳を見つめると、口角を上げて一歩前に出た。「今夜はここに泊まる。文句でもあんのか?」由佳は言葉に詰まり、ようやく絞り出した。「ダメよ」景司は眉を上げ、さらに一歩踏み出す。彼女の背中はドアに押し付けられ、逃げ場はない。由佳は息苦しささえ覚えた。目の前には均整の取れた筋肉の胸板、その喉仏は色っぽく、薄くピンク色の唇には思わず触れたくなる衝動が湧く。どうしてこんなことを……前に話し合って、はっきりさせたはずなのに。お見合いのことを言ったら、怒って、もう二度と会わないと思ったのに。それなのに、今、一体何をしてるの?混乱している由佳の顎を、景司は不意に掴んだ。顔を上げさせ、瞳に宿る動揺をじっと見つめる。彼の顔から、少しずつ笑みが消えていった。「由佳、お前は嘘つきだ」また言われた。私が彼の何を騙したっていうの?由佳は勢いよく彼を突き放し、強
由佳は呆然とし、真剣な眼差しを向ける風早を前に、しばし言葉を失った。「あなた……本当にそれで構わないの?私、いつ彼のことを忘れられるか分からないし、私……」「覚悟はできてる」風早は彼女の不安を見抜いたように、静かに微笑んだ。「何度か会ってみて、正直に言うと、僕たちの性格ってかなり違うと思う。僕は物静かな方で、インドア派だし、あまり社交的でもない。だから最初に君と会ったときは、正直、あまり期待していなかった。でも……君は太陽みたいに熱を放っていて、思わず近づきたくなる。触れてみたくなるんだ」風早はメガネを押し上げ、真剣そのものの表情で続けた。「だから、君に好きな人がいると分かっていても、試してみたい。もしかしたら、いつか君が彼を好きじゃなくなるかもしれない。あるいは、僕のことを好きになってくれるかもしれない。だから、諦めたくないんだ」由佳の胸の奥に、何かが熱く込み上げた。こんなにも真っ直ぐに自分を選んでくれる人がいる。その事実だけで、涙が出そうだった。「わかった、私も……彼のことを忘れるように努力するわ」由佳は喉を鳴らすように言い、力強く頷いた。風早はほっとしたように笑みを深め、「さあ、食べて」と皿を差し出した。「骨は取っておいたぞ」見ると、彼はすでに丁寧に骨を取り除き、ほぐした身を由佳の皿に分けてくれていた。「ありがとう」由佳は小さく笑い、胸のつかえがすっと取れていくのを感じた。気持ちを打ち明けたことで、心が急に軽くなった気がした。食事を終える頃には、すでに深夜になっていた。風早が由佳をマンションの前まで送り届ける。由佳は歩道に立ち、手を振った。「またね。気をつけて帰って」「三日後、流星群が見られるんだ。南山が絶好の観測スポットらしい。一緒に行かない?」「流星群?」由佳の瞳がぱっと輝いた。「いいわね、行きましょう。私、流星群って一度も見たことないの」「それじゃ、おやすみ」風早は柔らかく微笑み、車を走らせて夜の街へと消えていった。由佳はその背中を見送り、振り返ってマンションの敷地内へと入った。建物の中に足を踏み入れると、廊下の電球が切れていることに気づく。仕方なくスマホのライトで足元を照らした。明日、管理会社に連絡しよう。こんなに頻繁に電球が切れるなんて危な