LOGIN由佳は驚愕のあまり息を呑んだ。画面いっぱいにあふれ出すギフトのエフェクトに、目がくらむ。彼女だけではない。配信ルームに集まっていたファンたちも、一斉にざわめき立った。【瀬名家の景司様?】【このID……どこかで見たことある】【確か前にライバル配信者を応援して、ライブPKで勝たせた人じゃなかった?今日はどうしてここに?】【桁違いだ……こんな大金、見たことない】由佳は慌ててスマホを取り出し、景司にメッセージを送った。由佳:【何してるの?】景司:【面白いから。ダメか?】由佳:【だったら直接振り込んでよ。投げ銭だと運営に手数料取られちゃう】景司:【……】景司:【投げ銭ならエフェクトが見られる。お前に直接振り込んで、俺に何の得がある?】由佳:【じゃあ、何が欲しいの?】景司:【俺が欲しいもの、何でもくれるのか?】その言葉を目にして、由佳は彼の真意を測りかねた。どう応じるべきか分からない。自分を振ったくせに、偶然再会して食事代を払ってくれた。今度は配信に現れて投げ銭までして、挙げ句こんなことまで言うなんて……いったい、どういうつもりなの。唇を噛んだ由佳は、思わず文字を打ち込んでいた。【うん】景司:【よし、今から来い】由佳はぱちりと瞬きをするとスマホを置き、カメラに向き直った。少し考え、ファンに向けて言う。「みんな、ごめんね。ちょっと急用ができちゃったから、今日の配信はここまで。また明日ね」手を振って別れを告げ、配信を切った。服を着替え、配信用の濃いメイクを落としてから、ようやく家を出る。指定された場所は――ローズガーデン。こんな夜更けに、自宅へ呼ぶつもりなのだろうか。車に乗り込むと、ふと思い出したようにスマホを手に取り、ボイスメッセージを送った。「まだ振り込んでくれてないよ」画面に点滅し続ける「相手が入力中です」の表示を、瞬きもせずに見つめる。しかし、しばらく待ってもメッセージは届かず――代わりに百万円の送金通知が表示された。それが、十回。由佳は思わず目を見開いた。豪快すぎる。すぐさまアクセルを踏み込み、ローズガーデンへと車を走らせる。門の前に着くと、まず送金を確認してから車を降り、インターホンを押した。モニター越しに、気だるげでどこか魅惑的な声が
思わず辰一が眉をひそめ、視線をそらしながら由佳に言った。「……あいつ、どう見てもいい奴じゃない」「え?」彼女が目を瞬かせると、辰一は少し身を寄せ、声を潜める。「さっきの目つき、気づかなかったか?今にも飛びかかって俺を刺し殺しそうな顔してたぞ」「見間違いじゃない?」由佳の言葉に、辰一は真剣な面持ちで首を振った。「絶対に見間違いじゃない。いいから早く食べて、すぐ出よう」由佳は斜め向かいを見やりたい衝動に駆られた。けれど、告白に失敗したばかりだ。そんなに頻繁に彼を気にするのは、良くない気がする。冷静にならなければ!冷静になるには、彼のことばかり考えていては駄目だ。もう見ない!二人は素早くラーメンをすすり、あっという間に「戦闘」を終えると、立ち上がって会計に向かった。だが、店員が告げる。「お二人のお会計は、あちらのお客様が済ませております」由佳は思わずそちらを見た。けれど見えたのは景司の後頭部だけ。景司が、会計を?なんで……?私のために?一体何のために?疑問が次々に頭をよぎり、脳が凍りつきそうになる。だって、彼ははっきり「好きじゃない」と言ったはずなのに。それなのに、どうして今さらこんなことを――「何考えてるんだ?」辰一が彼女の腕を引く。「行くぞ」由佳は我に返り、辰一と並んでラーメン屋を出た。---天馬は視線を戻し、にやりと口角を上げた。「お前、本当は石井さんのこと、気に入ってるんだろ?」「まさか!」景司は思わず口調を荒げた。「俺があいつを気に入るわけないだろ」しかし天馬は食い下がる。「気に入ってないなら、なんで彼女の会計を済ませてやった?」「なんだかんだ知り合いだったんだし、会計くらいするだろ。それが即、好きって意味になるのか?」「じゃあ昨夜は?最後のケーキを、なんで彼女にやった?」天馬の目が細く光る。「知り合いだから、なんて言い訳するなよ。あの場には彼女より付き合いの長い奴がいくらでもいたはずだ」景司は口を開きかけたが、言葉が出ない。「それに、ゲームのときもだ。あの子が左の人を選んだのに、お前は無理やり引き戻したろう。スクワットだって、彼女を抱えてやったじゃないか」「もういい」景司は苛立ちを隠せず、話を遮った。「記憶力の良さを自慢したい
天馬は由佳を見て言った。「お酌ちゃん、相席してもいいかな」由佳は言葉を失い、じっと耐えたものの、ついに堪えきれず口を開いた。「山崎さん、私の名前は石井由佳です」それを聞いた天馬は、少し眉を上げて言った。「失礼、石井さん」うん、これでようやく胸のつかえが下りた。由佳は首を横に振った。「相席は、あまり都合が良くないんです」思いがけずあっさりと断られ、天馬は一瞬ぽかんとしたが、すぐに頷いた。「分かった。じゃあ、ゆっくり楽しんで」彼は踵を返し、景司の前に戻って腰を下ろす。にやにやと相手を見つめながら、低く問いかけた。「正直に言えよ。なんで急にここで飯なんだ」景司は無造作にメニューを繰りながら答える。「いちいち理由なんてないだろ。食うのか食わないのか、どっちだ」しかし天馬は執拗に食い下がった。「お前、何か企んでるだろ」その言葉に、景司は即座に冷たい視線を投げつける。天馬はまるで意に介さず、スマホを取り出すと、別の女の子とのチャットを始めてしまった。その頃、辰一は由佳をじっと見つめ、怪訝そうに口を開いた。「あいつらが入ってきてから、お前の様子がおかしいぞ。どうしたんだ、知り合いか?」「うん、知り合い」由佳は小さく頷いた。辰一はさらに問いただす。「じゃあ、なんであいつはお前のことを『お酌ちゃん』なんて呼んだんだ。バイトでもしてるのか?言っとくけどな、金に困ってるなら俺に言えよ。貸してやるからさ。利子はちょっと高いけど、変な気だけは起こすなよ」由佳は奥歯を噛みしめ、吐き捨てるように言った。「ちょっと黙ってくれる?」だが辰一はお構いなしに続ける。「言えよ、金に困ってるんだろ」由佳は皮肉げに笑った。「ええ、お金に困ってるわよ。じゃあ貸してくれる?」「ああ、いいぜ。いくら借りたいんだ」「十億」辰一の笑みが凍りつき、ひきつったまま維持できなくなる。由佳はじっと彼を見据えた。「持ってるの?」辰一はしばし言葉を失った後、ようやく問い返した。「お前、何をやらかしたんだ。十億も必要なんて」「ないなら黙って。ごちゃごちゃ言わないで」斜め向かいから、冷ややかな視線が時折突き刺さる。そのたびに由佳の神経は極限まで張りつめた。なぜ景司はここに来たのだろ
「もう気にしなくていいよ。私、慣れてるから」由佳はまるで何でもないことのように口にした。「まだ青春真っ盛りで若いのに、そんなに早く結婚してどうするのよ?」「それ、お母さんに面と向かって言ってみたら?」辰一が冷ややかに返す。「へへ、無理」「……」赤信号が青に変わり、車は滑るように発進した。二人はそのまま評判の高いラーメン店へと直行する。暖簾をくぐると、由佳の気持ちはようやく少し落ち着きを取り戻した。というのも、道中で景司の車を目にしたからだ。なんて偶然。まさか同じ道を走っているなんて。錦山は広い街なのに、こんな確率で出会うなんてあり得ないはず。だが幸いなことに、彼は由佳に気づかなかった。彼女は悟られまいと、必死にメイクを直し、顔を拭い、気配を消すように努めていた。スマホに何の通知も入っていないのだから、きっと気づかれてはいないはずだ。よかった。由佳は胸を撫で下ろした。「なんでそんな泥棒みたいにコソコソしてんだ?」辰一が不審そうに尋ねる。「さっき……告白に失敗した相手を見ちゃったの」由佳はため息まじりに答えた。「告白したのか?」辰一の手が止まり、水を注ぐ動作のまま彼女を見つめた。「そうだよ。恋なんて突然降ってくるもんでしょ?止めようがないから追いかけて告白したの。で、結果は――失敗」由佳は肩をすくめ、両手を広げて見せる。「だからちょっと冷静にならなきゃって」辰一は口の端を引きつらせながら言った。「それ、本当に告白に失敗したのか?それともナンパがバレただけじゃないのか?」「何言ってんの!私がいつナンパなんてしたっていうのよ?」「お前がイケメンに声かけなかったことなんて、今まであったか?」由佳は歯を食いしばり、彼を睨みつける。「もう一回言ったら、その口、引き裂いてやるからね」何よ、それじゃまるで私がプレイガールみたいじゃない。全然違うのに。だが辰一は彼女の脅しをまるで意に介さず、ただおかしそうに笑うばかりだった。そこへ店員がやって来て、二人は注文を始める。由佳は好物のラーメンを選んだ。ちょうどその時、彼女のスマホが一度だけ震えた。画面を開くと、ライブ配信プラットフォームから「配信を続けて」と促すメッセージ。無理。とてもじゃないけど、今はできない。景
幸美は彼の顔を見つめ、静かに問いかける。「どういうこと……?」裕之は落ち着いた声で答える。「もう兄さんには話を通してある。優子を賢司さんに近づけるんだ。彼女が成功さえすれば、桜井家は今よりもっと良くなるはずだ」「……それで、本当にうまくいくのかしら」幸美はまだどこか半信半疑の様子だった。「うまくいかなくても、いかせるんだよ」裕之はきっぱりと言い切った。「舞子に期待するのか?まだ分からないのか?あの子は、わざと賢司さんに桜井家を助けさせないよう仕向けているんだ」幸美は黙り込み、ゆっくりと息を吐いた。今になってようやく、舞子がなぜ急に聞き分けが良くなったのか、その理由がはっきりと見えてきた。聞き分けが良くなったのではない。ずっと反抗し続けていたのだ。舞子は、桜井家が賢司さんに強く出られないことを知っている。だからこそ、彼の隣に居続けることで桜井家を巧みに牽制し、もはや家も以前のように彼女を扱えなくなったのだ。この娘のことは、本当に、ますます分からなくなっていく。桜井家の本家。仁美が優子の部屋を訪れた。「優子、最近、仕事は順調?」「ええ、順調よ」優子は頷いた。ただ、賢司さんに会えないだけ。仁美は娘の手を握り、柔らかく笑った。「やっぱりうちの娘が一番優秀ね。でも、もっと頑張らないと。賢司さんの前でしっかり自分をアピールして、彼の目に留まるようにするのよ」「えっ……」優子の瞳がきらりと光った。「お母さん、賢司社長は今、舞子の彼氏よ?将来二人が結婚すれば、私たちは家族になるんだから、そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」しかし、仁美は即座に首を振った。「賢司さんが将来誰と結婚するかなんて、まだ誰にも分からないわ。絶対に早とちりしちゃだめよ。裕之さんとも話したけど、舞子は賢司さんには全く相応しくないって」「えっ……それ、裕之さんが言ったの?」優子の瞳がさらに輝きを増す。「もちろんよ」仁美は確信に満ちた口調で続けた。「舞子が相応しくないなら、もっと相応しい人に代えればいいだけの話。だから優子、あなたが頑張るのよ。私の言ってる意味、分かった?」「うん!」優子は力強く頷いた。「絶対にがっかりさせないから!」桜井家は、支援の矛先を舞子から自分へと切り替えたのだ。その事実を思うと、胸の奥が興奮
里香は笑みを浮かべて言った。「舞子も賢司さんと子どもを作ればいいじゃない?」舞子の頬がたちまち赤く染まった。「その話は……まだ早いって」里香は隣に身を寄せ、興味深げに尋ねる。「ねぇ、賢司さんとはどうだった?」舞子は小さく頷く。「楽だし……とても良かったよ」「それなら、これからもちょくちょく来なよ。舞子が賢司さんと一緒になって、お父さんの肩の荷が本当に下りたみたい。どれほど喜んでいるか」少し間を置き、里香はまた口を開いた。「今ごろお父さん、賢司さんを叱ってるかもね。『舞子をいじめるな、絶対に逃がすな』って」舞子は堪えきれず笑い出した。「彼は私に、本当に優しいんだよ」優しい。むしろ、優しすぎる。だからこそ、彼と向き合うたびに罪悪感が胸をかすめる。最初から目的をもって近づいた自分を思えばなおさら。「うん、それなら安心だね。賢司さんがもし舞子をいじめるようなことがあったら、私だって黙っていないから」二人はしばし部屋で語らった。日が暮れる頃、賢司が舞子を迎えに来てドアをノックし、彼女を伴って屋敷を後にする。舞子は瀬名家の人々に一人ひとり別れを告げ、車に乗り込んだ。その唇にはまだ柔らかな笑みが浮かんでいた。賢司がハンドルを握り、穏やかに問う。「どうだった?」「すごくリラックスできたわ。あなたの家の雰囲気が好き」賢司は彼女をじっと見つめ、静かに言った。「いずれお前の家にもなるんだ」舞子の心はかすかに揺れ、小さく頷いた。賢司が続ける。「父さんがくれた箱、開けてみないのか?」舞子はようやく思い出し、箱を取り出して慎重に蓋を開いた。中には透き通るような翡翠のバングルが収められていた。その色合いは、間違いなくインペリアルジェード級だった。「これって……」思わず声が漏れる。賢司は微笑を浮かべて言った。「瀬名家の家宝だ。初めて訪れたお前に渡したんだから、父さんは本気で認めてる証拠だよ。もしお前が俺を捨てるようなことがあれば、父さんは俺と縁を切るほど怒るだろうな」「でも……これはあまりに貴重すぎるわ。あなたが預かってくれない?」舞子が箱を差し出すと、賢司は受け取らず、じっと見つめて言った。「そんなに貴重だと思うなら……俺に優しくしてくれ」胸がきゅっと締めつけられる。舞子は







