キミはまぼろしの婚約者

キミはまぼろしの婚約者

last updateLast Updated : 2025-04-25
By:  葉月りゅうOngoing
Language: Japanese
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幼い頃、初恋の相手・律(りつ)と交わした「大人になったら結婚しよう」という約束を忘れられない小夜(さよ)。 離れ離れになっていた律と高校で再会したものの、彼はまったく小夜のことを覚えていないようで……? しかし少しずつ距離を縮めていくたび、違和感が大きくなっていく。本心をひた隠しにする律には、ある大きな秘密があった。 とびきり切なく、美しい純愛ストーリー。

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Chapter 1

初恋の王子様と衝撃の再会 1

 逢坂 さま

 えっちゃん、お元気ですか?

 私は相変わらず平凡な高校生活を続けています。もう春からは二年生だよ。

 えっちゃんは今年から社会人になるんだよね。どんな仕事に就くのかわからないけど、人のいいえっちゃんだから、どこへ行ってもうまくやっていけるんだろうな。

 それと、律は元気ですか? 大好きなサッカーは今も続けていますか?

 私はいまだに、あなたの弟のことを想わない日はありません。

 ねえ、えっちゃん。どうして『律のことは忘れてほしい』だなんて言ったの?

 そんなこと、地球が逆回転するくらい、私にとっては不可能なことなんだよ。

 律との約束は、今もずっと、私の中で生き続けているんだから。

 * * *

 都会に比べ、このあたりでは桜が咲くのが遅い。二階の私の部屋から見える桜並木も蕾が開き始めているものの、満開になるにはまだ一週間ほどかかりそうだ。

 今日は始業式、明日は入学式が行われ、私も高校生活二年目に突入する。

 私、緒方 小夜(がた よ)が通う公立高校では、クラス替えがない。だから変わったことは教室が二階に移ったことくらいで、変わらない仲間といつもと同じように過ごす。と、いうことは。

「小夜……ちょっと見ない間に太った?」

 この失礼発言を淡々と口にする幼なじみ、古畑 恭哉(ふるはた きょうや)とも離れられないわけだ。

 休み明けの朝はただでさえ気分が上がらないっていうのに、登校中に会ってすぐこんなふうに言われたら軽くキレますよ。まあ保育園から一緒だから、もうこんなのは日常茶飯事なのだけれど。

 百七十センチ後半の長身に短めの黒髪、あまり表情が変わらないキリッとした顔立ち。見た目はクールなイケメンであるくされ縁の彼を、私はじとっと睨みつける。

「キョウ、眼科行ったほうがいいんじゃない? あいにく五百グラムも増えてませんので」

「いや、もう少し肉ついたほうが美味そうに見えるなと思ってたから」

「なにげなく変態発言するな!」

 顎に手をあてて品定めするように見る彼の脇腹に、パンチを繰り出した。

 この男、ボケているのか天然なのか……。こういう発見をしなさそうに見えて、実はさらっと口にしちゃう人だから危ないのなんの。

 私のしょぼいパンチなんてまったく効いていない様子で、キョウは平然と歩いている。

「次変なこと言ったら本気で殴るからね」

「強気だな。お前、俺の腹筋割れてるって知らないの?」

「知るか!」

 キョウの身体なんて、そんなまじまじ見たことないに決まっている。

 澄ました顔を保つ彼にツッコミを入れると、私たちの後ろから笑い声が聞こえてくる。

「新学期早々やめてー、その夫婦漫才。ツボる」

 ふたりして声の主を振り返ると、ショートヘアの女子がケラケラと笑っていた。

 ボーイッシュだけれど、大きな瞳とアヒル口が可愛い、親友の棚橋(たなはし)ありさだ。

「ありさ!」

「いつの間に」

「邪魔しちゃ悪いと思って、黙って聞いてたけど堪えられなかったわ」

 私の左隣に並ぶありさと、今さらながら「おはよー」と挨拶し合う。

 彼女は、私のロングヘアをひとつに束ねている、春休み中に買ったシュシュにすぐに気づいて「可愛いじゃん」と笑った。

 中学で一緒になったありさは、気が合うしなんでも話せる友達。サバサバしていて、飾らない彼女が大好きだ。

 ありさも同じクラスだから、キョウも含めて三人でいることが多い。いつものメンバーで並んで歩いていると、大きく伸びをしながらありさが言う。

「かったるいなー始業式。どこの校長もあんなに話長いもんかね」

「あのヅラがふっ飛んでってくれれば多少笑えるんだけどな」

「多少どころじゃないから!」

 無表情のキョウの言葉に、今度はありさが爆笑しながらツッコミを入れた。やっぱりこの人のボケは天然か……。

 私もつられて笑っていると、男友達がキョウに声をかけてくる。彼は「じゃ、また後で」と私たちに軽く手を挙げ、そちらに向かっていった。

 わずかに笑みを見せて男友達と話している彼を見ながら、私はひとり言のように呟く。

「なんか、キョウのクールなボケに年々磨きがかかってく気がする」

「いいじゃん、面白くて」

「まぁね……。でもイケメンのくせに今まで彼女いないのって、絶対あのとぼけた性格のせいだよ」

 クールで頭も良くてモテるのに、なぜか浮いた話はひとつも聞いたことがない。どちらかと言えばボケ担当の私が思わずツッコんじゃうくらいの天然くんだから、他の子といてもカップルじゃなくてお笑いコンビになっちゃうんじゃないだろうか。

 なんて思っていると、ありさは目を細めていぶかしげに私を見てくる。

「本気でそう思ってるー? 他におっきな理由があるじゃん」

「え、なに?」

 キョトンとしてありさを見つめ返すと、彼女は肩にスクールバッグをかけ直し、腕を組んで呆れ顔になる。

「〝夫婦〟だの〝妻〟だの呼ばれてる小夜がいたら、恭哉に気がある女子も尻込みしちゃうでしょーよ」

「……あ」

 そっか……なるほど。ありさのひと言に、私はとっても納得してしまった。

 高校に入学した当初から、私とキョウは当たり前のようにいつも一緒にいた。それを見ていたクラスの皆は、私たちのことを夫婦と呼んでからかうようになっていたのだ。

 最初はそんなんじゃないから!と否定していたものの、だんだん面倒になって、今では私もキョウもなんとも思わなくなっていた。

 だから忘れていたけれど、たしかにこんな存在の私は障害になっちゃうよね……。

「なんか申し訳ない気がしてきた」

「ま、それでも勇気と熱意ある女子は影で告ってるんだし、小夜が気にすることじゃないよ」

 ぽんぽんと肩を叩いて笑うありさの言う通り、キョウは今まで何度か告白されている。 それは知っているけれど、どうしていつも断ってしまうのか、その理由は謎だ。

「キョウはなんで断っちゃうんだろうね。付き合えばいいのに、もったいない」

 今さらだけどなんでだろう、と考えながら言うと、なぜかありさが苦笑を漏らした。

「恭哉も哀れだなぁ……」

「ん?」

 ボソッと呟かれた言葉の意味がよくわからなくて首をかしげるも、ありさは意味深な笑みを見せるだけ。

「さー、さっさと行くよー」

「え、あ、うん」

 ありさはブレザーのポケットに両手を突っ込み、歩調を早める。

 不思議に思いながらも特に気にせず、私もチェック柄のスカートをなびかせて学校を目指した。

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初恋の王子様と衝撃の再会 1
 逢坂 越さま えっちゃん、お元気ですか? 私は相変わらず平凡な高校生活を続けています。もう春からは二年生だよ。 えっちゃんは今年から社会人になるんだよね。どんな仕事に就くのかわからないけど、人のいいえっちゃんだから、どこへ行ってもうまくやっていけるんだろうな。 それと、律は元気ですか? 大好きなサッカーは今も続けていますか? 私はいまだに、あなたの弟のことを想わない日はありません。 ねえ、えっちゃん。どうして『律のことは忘れてほしい』だなんて言ったの? そんなこと、地球が逆回転するくらい、私にとっては不可能なことなんだよ。 律との約束は、今もずっと、私の中で生き続けているんだから。 * * * 都会に比べ、このあたりでは桜が咲くのが遅い。二階の私の部屋から見える桜並木も蕾が開き始めているものの、満開になるにはまだ一週間ほどかかりそうだ。 今日は始業式、明日は入学式が行われ、私も高校生活二年目に突入する。 私、緒方 小夜(おがた さよ)が通う公立高校では、クラス替えがない。だから変わったことは教室が二階に移ったことくらいで、変わらない仲間といつもと同じように過ごす。と、いうことは。「小夜……ちょっと見ない間に太った?」 この失礼発言を淡々と口にする幼なじみ、古畑 恭哉(ふるはた きょうや)とも離れられないわけだ。 休み明けの朝はただでさえ気分が上がらないっていうのに、登校中に会ってすぐこんなふうに言われたら軽くキレますよ。まあ保育園から一緒だから、もうこんなのは日常茶飯事なのだけれど。 百七十センチ後半の長身に短めの黒髪、あまり表情が変わらないキリッとした顔立ち。見た目はクールなイケメンであるくされ縁の彼を、私はじとっと睨みつける。「キョウ、眼科行ったほうがいいんじゃない? あいにく五百グラムも増えてませんので」「いや、もう少し肉ついたほうが美味そうに見えるなと思ってたから」「なにげなく変態発言するな!」 顎に手をあてて品定めするように見る彼の脇腹に、パンチを繰り出した。 この男、ボケているのか天然なのか……。こういう発見をしなさそうに見えて、実はさらっと口にしちゃう人だから危ないのなんの。 私のしょぼいパンチなんてまったく効いていない様子で、キョウは平然と歩いている。「次変なこと言ったら本気で殴るからね」「強気だな。お前、俺の腹筋割れてるって知らないの
last updateLast Updated : 2025-04-21
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初恋の王子様と衝撃の再会 2
 始業式が始まる前の、私たち五組の教室内では、久々に会ったクラスメイトたちの賑やかな声が溢れる。 窓際の私の席の周りにも、ありさと、他ふたりの仲のいい友達が集まって、休み中の話をしていた。 そのうちのひとり、私たちにも敬語で話すのがデフォルトの、眼鏡をかけた真木(まき)ちゃんが、思い出したように突然切り出す。「そういえば、四組に転校生が来るらしいですよ。しかも男子」 放送委員を務める真木ちゃんはかなりの情報通。きらりと眼鏡を輝かせる彼女を、私達は一様に「へぇ〜」と期待を込めた目で見て頷いた。「良物件かどうかはわかりませんけど」「目の保養になるからイケメンに越したことはないよね」 真木ちゃんに続いて、大人っぽい美人さんの海姫(みき)ちゃんが、紅い唇の端を持ち上げて言った。あまり興味なさそうな海姫ちゃんを、ありさがいたずらっぽく笑っていじる。「そんなこと言って、バッチリ狙うんじゃないのー」「バレたか。……って冗談だよ。私、年上がいいし」 そんなふたりのやり取りに笑っていると、窓枠に寄りかかる海姫ちゃんが、私に目を向けて問いかける。「小夜ちゃんはダンナがいるから興味ナシ?」 にこりと綺麗な笑みを向ける彼女に、しかめっつらをする私。「興味あるよ! ていうか、〝ダンナ〟はいい加減やめ──」「浮気はいけませんよ」「こぉら、真木ちゃんまで!」 まったく、このミキマキコンビは! キーッと怒る私だけど、皆はおかしそうに笑うだけ。いつになったら皆の中で私たちは離婚できるのやら……なんて考えながら、ため息を吐いて脱力した。「でも古畑くんみたいな男子がずっと一緒にいたら、自然と目が肥えちゃいそうだよね」 一番後ろの席で友達と話しているキョウをちらりと見ながら、海姫ちゃんが言った。 ふいに、キョウではない、もうひとりの幼なじみの男の子のことを思い出す。ちくりと胸が痛むのを感じつつ、「そんなことないよ」と返して笑った。 ──たとえ目が肥えたって、彼だけは特別。いつまでも、私の中で彼は輝き続けるに違いない。 始業式の時間になり、ありさと一緒に体育館へ移動した。ぞろぞろと生徒が集まり、私たちの前には四組の皆が並び始めている。 その様子をなにげなく眺めていると、なにやら女子たちがそわそわしているような気がした。皆チラチラと同じほうを見ているし、なんだろう。「なんか浮立ってるよね、四組の人たち……
last updateLast Updated : 2025-04-21
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初恋の王子様と衝撃の再会 3
 ──私とキョウ、そして律は、保育園の頃からいつも一緒に遊んでいた。 おてんばだった私と、今ほどじゃないがクールで少し天然の入ったキョウは、昔からコントみたいなやり取りばっかりやっていて。ケンカした時は、いつも明るくて優しい律が間に入って止めてくれるような、いいバランスが取れた仲だったと思う。 律には五歳年上の兄の越(こし)くんがいて、彼も一緒に遊んでくれたこともよく覚えている。えっちゃんも優しいお兄ちゃんという感じで、私たちが遊ぶのを微笑ましく見守ってくれていた。 小学校に上がって成長するにつれて、どんどんカッコよくなっていった律。男女問わず友達はたくさんいたし、爽やかな王子様みたいだと、周りの皆はよく言っていた。 でも、私はそれが嫌だった。他の女の子が、律と仲よくしているところを見るのが。あれは嫉妬だったのだと、今ならはっきりわかる。 彼が私に話しかけて、笑ってくれるだけで嬉しくて、彼がいない時はものすごく心細くて寂しかったのも、恋をしてたからなんだって。 いつの間にか私は律のことを特別な目で見ていて、気がついた時にはもうめちゃくちゃ大好きになっていたのだ。 だから、律から『好きだよ』と言われた時は、本当に心臓が止まるくらいびっくりして、同時に飛び上がるくらい嬉しかった。 あの時はまだ小学五年生。恋愛のなんたるかなんて全然わかっていなかったし、一緒に登下校したり、公園で遊んだりするのは前から同じだし、幼馴染から抜け出した感覚はほとんどなかった。 それでも、お互いがお互いのことを好きだという気持ちだけは、本物だったと信じている。律がそばにいるだけで、毎日本当に楽しくて幸せだった。 ……なのに、まさかその日々が、卒業と同時に終わりを迎えることになるとは思わなかった。 両親の仕事の都合で引っ越すことになり、中学からは別々の土地で暮らす。律からそれを聞いた時は信じられなかったし、信じたくもなかった。 物心がつく前からずっと一緒だった律が、突然いなくなる──。その事実を受け止められなくて、ぼろぼろ泣きながら『嫌だ』と言い、彼を困らせた。 切なげで綺麗な夏の終わりの夕暮れ空の下、公園のベンチでその話を聞いた私は、駄々っ子みたいに泣き続けるだけ。 そんな私の手が突然ぎゅっと握られたかと思うと、律は語気を強めて言った。『俺だって嫌だよ。でも、しょうがないだろ……』 その時の彼
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初恋の王子様と衝撃の再会 4
『まずは彼の名前を知ることね。真木に調べてもらお』 ありさはその言葉通り、真木ちゃんに転校生くんの名前を調べてほしいとさっそく頼んでくれた。 それから二日後の朝、いつものように私とありさ、キョウの三人で登校すると、すでに教室にいた真木ちゃんが近づいてきて単刀直入に言う。「わかりましたよ、彼の名前」「仕事早っ!」 ありさと一緒に私も目を丸くした。昨日は入学式で、私たち在校生は自宅学習という名の休みだったのに。 真木ちゃんの情報網に感心している間にも、彼女は眼鏡を押し上げてさっそく話し出す。「名前は逢坂 律。十二月二十五日生まれ、血液型はO型、好きな食べ物はから揚げだそうです」「そこまで聞いてきたんだ……」「私は名前しか聞いてません。彼の取り巻きの女子たちが勝手に教えてきたんですよ」 へぇー、と微妙な顔で頷くありさ。 もう取り巻きの女子がいるって、初日からして大人気ってことだよね……すごすぎる。というか、今の問題はそこじゃなくて。「クリスマスが誕生日でO型……ぴったりだ」「間違いなく律だな」 キョウも確信したようで、私たちは一度目線を合わせた。 転校生はやっぱり律だった。ずっと会いたかった、大好きな彼がすぐそこにいる。 そう思うと、いてもたってもいられない。今すぐ飛びつきたいくらい、想いが加速する。「……授業始まるまで、まだあと十分あるぞ」 私の心の中を覗いたかのような、キョウの声が届いた。 彼を見上げると、声と同じく無愛想な顔をしているものの、〝行ってこい〟と背中を押してくれている気がする。隣にいるありさも、にっこり笑って頷いた。 ふたりとも、私の律への想いを知っているから、気持ちを汲み取ってくれているのだ。なんだかパワーをもらったように力が湧いてきた私は、ぐっと手を握って一歩足を引く。「ちょっと行ってくる!」 くるりと身体の向きを変え、細かいことは考えずに走り出した。ただ律に会いたい、その一心で。「恭哉はほんとお人好しだねぇ」「るせー」 後ろで交わされるそんな会話を耳に入れながら、私は教室を飛び出した。 四組に仲のいい友達はいない。だから普段は、どんな用事でも彼らのクラスの人を呼び出すのは多少緊張してしまう。 でも今日はそんなことも気にせず、戸口にいた男子に声をかけていた。「あのっ、律……逢坂くんはいますか!?」 私の勢いに驚いたらしく、彼はぽかんとする。数秒の間を
last updateLast Updated : 2025-04-21
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夢のようなプロポーズ 1
律へ 久しぶり。元気? 中学校生活は、相変わらず充実してますか? 律が引っ越してから、手紙を出すのはこれが初めてだね。 律は「手紙は苦手だから書かないかもよ」って言ってたけど、 私が書きたいだけだから、読んでくれてたらそれでいいんだよ。 ……なんて、本当はちょっと返事を期待しちゃってるけどね。 今度、臨海学校があって、あの海に行くみたいです。律が引っ越す前、皆で最後に行った海だよ。 あの時私に言ってくれた言葉、冗談だとしても、すごくすごく嬉しかったんだ。 律は、覚えてくれているかな? * * * 律が引っ越す直前、ぽかぽか陽気の三月のある日、私と律、キョウの家族が集まって、海の近くでバーベキューをしたことがある。 親同士も仲が良くて、送別会のような感じで開かれたものだった。 楽しくお腹いっぱい食べた後、私達子供は両親が見守る中、砂浜に絵を描いたり、貝殻を探したりして遊んでいた。えっちゃんも、キョウの妹も、皆で一緒に。 しばらくして、律が『あっち行こ』と言って私の手を取り、少し皆から離れたところに歩いていく。 当然まだ遊んでいる人はいない、静かで穏やかな春の海を眺めながら、彼はこう言った。『これで、しばらく会えなくなるね』 その日一日、離れることは考えないようにしていた私は、急激に寂しさが襲ってきた。 泣きそうになって俯く私に、律は前向きな言葉を投げかける。『でも最後じゃないよ。言ったじゃん、絶対会いに来るって』『……うん』 力強いその声に勇気づけられ、私は繋いだ手にぎゅっと力を込めて、精一杯明るく言う。『その時はいっぱい話して、デートしたい』『そうだね。その頃はもうどろけーとかやらないんだろうなぁ』『あははっ』 涙を堪えて笑う私に微笑みかけた律は、『それでさ……』と言葉を繋げる。 なんだか真面目な表情になる彼を、黙ってじっと見つめた。『大人になったら、結婚しよう』 彼の口から飛び出したひと言を、すぐには理解できなかった。目と口を開いて、ただただぽかんとするだけ。『けっ、こん?』『……意味わかってる?』『わ、わかってるよ、もちろん!』 私の顔を覗き込んでくる律に、少しだけ身を引いた。 あと六年経てば私たちも結婚できるってことはわかっているけど……でもでも、結婚って! その時の私にとってはあまりにも現実からかけ離れた話で、驚きすぎて軽くパニックに陥った。 け
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 律が引っ越して、しばらくは私も中学の生活に馴染むためにいっぱいいっぱいだった。 小学校では別のクラスだったキョウは、中学で同じクラスに。ありさとも入学して早々仲よくなって、今に至る。 ようやく新しい生活に慣れてきた頃、思い切って律の家に電話をかけた。まだお互いに携帯を持たせてもらえなくて、家電同士のやり取りだったから、かなり緊張した覚えがある。 久々に律の声を聞いて、なんだかすごく感動したっけ。面白い友達ができたとか、サッカー部に入って練習が大変だとか、充実していそうな弾む声で話してくれた。 私も中学のことやキョウのおもしろ話をたくさんしたけれど、どれだけ話しても足りない。だからたびたび電話をかけていたのだが、かなり頻度が多くなっていたようで、見兼ねた両親に怒られてしまった。 しばらく電話禁止令が出されてしまい、私は仕方なく手紙を書くことにした。引っ越す前に住所を聞いた時、律は『手紙は苦手だから書かないかもよ』と言っていたけれど、どうしてもなにか繋がりを持っていたかったから。 律は優しいから、もしかしたら返事をくれるかもって、ちょっと期待していたところもあった。しかしその期待も虚しく、いくら待っても彼から返事が来ることはなかった。 こういうことは有言実行してくれなくてもいいのに……なんて、勝手ながら少し思ってしまった。 初めて手紙を送ってから二カ月後の夏休み中、久々に律から電話がかかってきた。 急にどうしたんだろう、とドキドキしながら出ると、第一声で聞こえてきたのはこんな言葉。『誕生日おめでとう。……って言うためなら、電話したって怒られないだろうと思って』 そう、この日は私の十三回目の誕生日。それを覚えていて、電話までかけてきてくれたことが嬉しくて、これまでの寂しさが一気に埋められた気がした。 何度もお礼を言って、溜まっていた話題を時間が許す限り話そうとする私に、律は落ち着いた声でこう言った。『手紙もありがとね。また送ってよ』 よかった、ちゃんと届いて読んでくれていたんだ。 ほっとしながら『うん!』と元気良く返事したものの、ちょっぴり口を尖らせて尋ねてみる。『律は送ってくれないのー?』『だってなに書いたらいいかわかんないし』『なんでもいいのに。ほら、〝好きだよ〟とかでも』 冗談っぽく言って笑うと、律は予想外のひと言を返してきた。『それならちゃんと口で言ったほうが
last updateLast Updated : 2025-04-21
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夢のようなプロポーズ 3
 どこで歯車が狂ってしまったのか、それは今でもわからない。ただ、中学二年の冬頃から、律からの連絡が来なくなったことは確かだ。 律は私より先にスマホを手に入れていた。私もようやくスマホを持たせてもらえて、その番号やアドレスを送ってもなんの返信もなく。電話をかけても、出てくれることは一度もなかった。 いったいどうしてなのかわからなくて、懲りずに手紙を送ってみたりもしたけれど、案の定なんの反応もない。 律の家にも電話をかけてみると、その時出たのはえっちゃんで、『律は今、部活に行ってていないんだよ。ごめんね』と申し訳なさそうに言われた。 とりあえず、律は元気でやっているということは知れたけれど、気持ちは重く沈み込むばかり。 こうなってしまうと、私に考えられる原因はひとつだけだ。 律には、他に好きな人ができたんじゃないか──。 不安で、寂しくて、考えれば考えるほど胸が張り裂けそうだった。キョウやありさに相談したけれど、連絡が取れないのはキョウも同じだったようで、ますます私の不安は濃くなる。 ふたりは一生懸命励ましてくれたのに、私の心はずっと塞いだままだった。 もやもやして、受験勉強にも身が入らない、中三の夏。 やってきた十五回目の誕生日、たまたま郵便受けを覗くと、私宛てに来た手紙を見つけた。 それを見た瞬間、真っ先に浮かんだ差出人は律だ。他に思い当たる人なんていなかったから。 もしかして……!?と期待して、急激にドキドキしながらシンプルな封筒を裏返す。 しかし、そこにあったのは“逢坂 越”の名前。律ではなく、なぜかえっちゃんからのものだった。 なんだか胸騒ぎがして、玄関ですぐに封を開けると、読みやすい綺麗な字が並んでいる。 【小夜ちゃん、誕生日おめでとう】 出だしはお祝いの言葉。えっちゃんまで覚えてくれていたんだと嬉しく思いながら、文章を追っていく。 【うちで一緒に誕生日会をやって、鼻にケーキのクリームをつけてた小夜ちゃんが、今年はもう受験生なんだね】 懐かしい思い出に思わず少し笑みがこぼれた。 受験勉強を頑張って、という励ましの内容の後に続く言葉を見て、一瞬ぴたりと動きを止める。【それと、こんなことを言うのはすごく心苦しいんだけど】 なんだか不穏な前置きに、胸がざわざわとし始める。嫌な予感を抱きながら、ゆっくり文を追う。【律のことは、忘れてほしいんだ】 思いもよらないひと
last updateLast Updated : 2025-04-21
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シンデレラになる、魔法の一瞬 1
私が律と衝撃の再会を果たした翌日のお昼休み、購買に群がる人の中でありさとパンを買おうと奮闘していた。 私が狙うのは、いつもすぐに売り切れてしまう、大人気のとろけるチーズ入りカレーパンだ。 今日こそは……!とケースの中を探していると、ひとつだけ発見。よしっ!と内心ガッツポーズをして、手を伸ばしたその瞬間。「あっ!?」 私が掴む寸前で、誰かがひょいっとカレーパンを取り上げてしまった。 唖然としながらばっと顔を上げると、そこにいたのは涼しげな顔をしたキョウ。「ちょっと、それ私の!」「パンは皆のものだろ」 袋の端を摘んで見せびらかすように掲げるこの男に、イラッとした私は頬を膨らませる。「さっきから目でロックオンしてたんですけど」「ちゃんと手にして、初めて自分のものだって言えるんだよ」「なにその小説みたいなセリフ!」 恒例の言い合いをしていると、こちらもパンの袋を手にしたありさが、笑いながら私たちの間に入ってきた。「仲よく半分こすればー?」「「嫌だね」」 声を合わせて、ふんっとそっぽを向く私たちに、ありさは「子供か!」とツッコんだ。 ソフトボール部に入っているキョウは、昼休みはだいたい部活の友達と過ごしているのだが、今日は教室で食べるらしい。 あーだこーだ言いながらもそれぞれパンを買うと、私が真ん中に挟まれるいつもの並び順で教室に向かう。「小夜って昔からカレーパン好きだよな」 カレーパンの他に、もうひとつパンの袋を持つキョウが言った。これらの他にちゃんとお弁当を持ってきていると言うんだから、これまた腹が立つ。「知ってるなら譲ってよね。イジワル」「すねるなって」 ぽんっ、と私の頭に無表情の彼の手が乗せられる。そのままわしゃわしゃと撫でて髪を乱され、私はうがーっとその手をどけた。 そんなことをしながら、私たちのクラスがある二階の廊下を歩いていると、ちらちらとこっちを見る女子ふたりの会話が耳に入ってくる。「……あの子でしょ? さっそく逢坂くんに迫ってたって子」「でもいっつも古畑くんとくっついてるじゃん。男好きだねー」 私に聞こえることも気にしていない様子の彼女たち。こっちは気まずいんですけど……。 どうやらイチャついているように見えるらしい。私たちがこういうスキンシップをしていても、クラスの皆はもうなんとも思わないみたいだけれど、他クラスの子から見れば誤解を招くか……。 でも昔から
last updateLast Updated : 2025-04-21
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シンデレラになる、魔法の一瞬 2
 騒ぎを知らない私たちのクラスに戻ると、和やかな雰囲気ですごくほっとした。いつもの無表情で自分の席につくキョウのそばに、私たちもそろそろと近づく。 なんとなく私と目配せしたありさが、遠慮がちに口を開いた。「……恭哉があんなふうに怒ったとこ、初めて見たわ」 さっそくお弁当を取り出す彼は、前の席の机に軽く腰かけるありさを見上げて口を開く。「惚れたか」「なんでそーなる」 いつもの調子のやり取りに安堵して、私はようやく自然に笑えた。 キョウが私の気持ちを代弁してくれて、少しスッキリした気がする。決して律を責めたかったわけじゃないけれど、自分の中だけであの気持ちを閉じ込めておくのはつらかったから。「キョウ、ありがとう……ってのは、ちょっと違うかもしれないけど」「別に、お前のためだけじゃないし」 ぶっきらぼうに言い放った彼は、小さくため息をついてぽつりと力なく言う。「あいつに忘れられて悔しいのは、小夜だけじゃねぇんだよ」 ……そっか、そうだよね。 自分のことばっかりで、同じ時間を過ごしてきたキョウの気持ちを考えてあげられていなかった。一番仲のいい親友だったんだもん、私と同じくらいショックだよね。 反省しながら謝ろうとすると、キョウはそれを遮り、「それにしても」となにかがふっ切れたような調子で話を続ける。「四年しか経ってないのに、俺たちのこと覚えてないなんて普通じゃねーな。記憶喪失にでもなってなきゃありえないだろ」 ──記憶喪失。さらっとキョウの口から出たそれは、私も昨日から何度か頭によぎっていた。でも……。「本当にそんなことがあるのかな?」「んー……。でも、そう考えれば一番つじつま合うよね」 ありさと一緒に腕を組み、パンを食べることも忘れて考え込む。 記憶喪失だなんて、実際になった人は周りにいないし、ドラマやマンガの中でしか起こらないんじゃないかと思ってしまう。 ふたりで難しい顔をして唸っていると、ありさがなにかを決めたようにパンッと手を叩いた。「よしっ、これから逢坂くんの情報集めよ。そしたら何かわかるかもしれないし」 表情を明るくした彼女は、私の肩に手を置いて、まっすぐ目を見つめてくる。「再会できただけで、小夜はでっかいチャンス掴んでるじゃん。まだ絶望するのは早いよ!」「ありさ……」 前向きなその言葉は、私の心にほのかな希望の光を灯してくれる。 確かに、再会できなかったらあの
last updateLast Updated : 2025-04-21
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シンデレラになる、魔法の一瞬 3
 それからというもの、私は律を見かけるたびに意識を集中させていた。 校庭で体育をしているのが教室から見えると、授業中でも律の姿を懸命に探してしまうし、廊下ですれ違う時は耳までダンボにしている。 彼のそばにはいつも男女問わず友達がいて、それは昔と変わらない明るくて優しい性格のたまものなんだろうなと思う。ただ……。「ねぇ、逢坂くんに会いたいっていう他校の子がいるんだけど、どう?」「んーどうしよっかな。俺、紹介料高いよ?」「え~!?」「可愛いコならまけてあげる」「なにそれー」 律と彼のクラスの女子が、廊下でそんな会話をして笑い合っている。それを横目に、私は心の中で大きなため息を吐き出しながら自分の教室へ入った。 ……軽い。ティッシュくらい軽いよ、あの応対。昔の律は絶対あんなこと言う人じゃなかったのに……やっぱりショック。 どの女子とも平等に仲良くしているけど、私とすれ違っても目すら合わさないし、忘れられているどころか興味もないとしか思えない。 でも、真木ちゃんが仕入れてきた情報によると彼女はいないらしいから、それだけは救いかな。 昔ここの街に住んでいたことがあるというのは話しているらしく、記憶喪失だなんて話はまったくないらしい。本当にただ忘れているだけなのかな……。 ぼけっと考えていると、ジャージが入ったバッグを持つありさが、「体育行こー」と声をかけてきた。私も慌てて準備をして、ミキマキコンビも一緒に四人で体育館へ向かう。「海姫、今度の球技大会は絶対勝とうね!」 スポーツ全般が得意なありさは、同じく運動神経抜群の海姫ちゃんの肩に腕を回して、意気揚々と言った。海姫ちゃんも得意げに口角を上げる。「もちろん。ブザービートで三ポイント決めて勝つシナリオができてるわ」「それめっちゃアツいじゃん! 安西先生もびっくりだよ」「てことで、ありさ頑張ってね」「あたしがやるんかい!」 盛り上がるふたりを、私と真木ちゃんはのほほんと後ろから眺めながらついていく。 気づけばもう五月に入っていて、月末には球技大会があるのだ。 私は、運動は嫌いじゃないけど得意でもない。いや、むしろどんくさい。だから、ありさたちがとっても羨ましいし、カッコいいなと思う。「気合い入ってるなぁ、ふたり」「私はサッカーがよかったです」 ふいに、運動嫌いを公言している真木ちゃんがそんなことを言うから、私はキョトンとする。「え
last updateLast Updated : 2025-04-21
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