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第561話

Author: 似水
里香は冷たい目で雅之を睨みつけ、「どうせ、あなたが私に近づく理由よりはマシでしょ」と刺すように言い放った。

「いや、違うね」雅之は薄く笑いながら里香をじっと見つめ、「僕がお前に近づいたのは、ただ単に手に入れたいと思ったからさ。でもね、あいつが近づく理由……その結果を、お前はきっと耐えられないだろうよ」と低い声で言った。

里香は唇をぎゅっと噛みしめ、何も言わなかった。誰が自分に優しくて、誰がそうでないかくらい、自分でわかるつもりだ。雅之の一言だけで祐介の意図を疑うなんてできるはずがない。

それに、自分なんて何も持っていない。祐介が自分に何を求めるっていうの?

「仕事に行く時間だから」と言い捨てるように言いながら、里香は雅之を押しのけようとした。

だが、雅之は彼女の手を掴み、ドアをバタンと閉めると冷たく言った。「まずは病院に行こう。お前、病気だろうが。治療が必要だ」

里香は怒りに震えながら彼を睨み返し、「病気なのはあんたでしょ!」と声を荒げた。

雅之は肩をすくめるようにして、「僕が元気かどうか、一番知ってるのはお前じゃないか?」と余裕の表情で返した。

それ以上何か言い返そうとしても、里香は言葉を呑み込んだ。この男に何を言っても無駄だと分かっているからだ。

雅之の態度は強引そのもので、どうしても彼女を病院に連れて行こうとしていた。里香が必死に抵抗しているその時、雅之のスマホが鳴った。

彼は眉をひそめながら電話に出た。「もしもし?」

電話の向こうから緊張した声が響いてきた。「おばあ様の容態がよくなくて……どうか至急、来ていただけませんか?」

「具合が悪いなら病院に連れて行けばいいだろう。僕は医者じゃない」雅之は冷たく答えた。

それでも相手は必死だった。「今回は本当に危ないんです。おばあ様には坊ちゃんしかいません……お願いです、会いに来てください!」

雅之は短く「わかった」と答えると電話を切り、里香をちらりと見た。

「病院には行かなくていい。ただ、ちょっと付き合え。あるところへ行く」

「どこよ?」里香は半ば呆れたように聞き返した。

「行けばわかる」雅之はそれだけ言うと、彼女の手を引いた。

里香は渋々従うことにした。医者に連れて行かれるよりはマシだと思ったからだ。

車はすぐに病院に着いた。

VIP病棟に足を踏み入れると、二宮おばあさんの病
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    里香はまだ少し半信半疑だったが、景司の落ち着いた表情を見て、彼が否定しないことに気づいた。……本当なの?もしこれがかおるの耳に入ったら、喜びすぎて気絶するんじゃないか?そう思いながら、里香は鼻を軽くこすってから視線をそらした。夕方。秀樹が帰ってきた。明日は大晦日。瀬名家の人たちも次々と集まり始めていて、リビングはいつも以上ににぎやかだった。里香はかなり疲れていて、二階で少し眠ったあともそのままベッドで横になっていた。ときどき、階下から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。外では子どもたちが雪遊びをしているらしく、にぎやかな声が混じっていた。でも、里香の心はぽっかりと穴が空いたようで、どこか現実感がなかった。ふいに月宮に言われた言葉を思い出し、唇をきゅっと引き結んだ。スマホを手に取り、ロックを解除して、スクリーンセーバーの写真を見つめながら、お腹にそっと手を添えた。そのとき、スマホが震えた。かおるからのメッセージだった。【大変!!】【里香ちゃん、雅之が銃で撃たれて、ずっと昏睡状態なんだよ!】【ねえ、見た!?メッセージ見た!?】立て続けに三通。尋常じゃない内容に、里香は思わず体を起こした。顔から血の気が引いていくのが、自分でもはっきり分かった。文字は読めるのに、意味が頭に入ってこない。銃で撃たれた?長い間昏睡状態って、どういうこと?そんなはずない。雅之が撃たれただなんて……なんで……!?震える指で、かおるの番号をタップした。なんとか発信できたものの、声を出そうとしても、うまく出なかった。「……もしもし、かおる?さっきの……どういうことなの……?」なるべく冷静に話そうとしたけど、声の震えは止められなかった。電話の向こうのかおるも、明らかに動揺していた。「私も、さっき聞いたばっかりなの!あのね、瀬名家であなたの歓迎会が終わった後、雅之、何も言わずに帰ったでしょ?それで、その夜に冬木に戻って、いきなり撃たれたんだって!しかも心臓をかすめたって言うから、本当に危なかったらしくて……今も集中治療室にいて、まだ意識が戻ってないの!」「どうしてそんなことに……」里香の顔は信じられないというより、恐怖に染まっていた。かおるは焦りながら、なおも言葉を重ねた。「詳しいことは全然わか

  • 離婚後、恋の始まり   第883話

    月宮の目を見つめながら、かおるはしばらく黙っていた。――月宮と縁を切る?無理に決まってる。月宮家は冬木じゃいろんな人脈が絡んでて、普通の集まりでも顔を合わせることなんてざらにある。だから、唯一の方法は距離を取ること。あとは冷たくするしかない。それに、こんなことで月宮と揉めたくもなかった。「じゃあ、それで決まりね。あの人からまた連絡きたら、すぐ教えて」かおるは、本気でこれ以上この話を引きずる気はなかった。月宮は口元に微かに笑みを浮かべ、「もちろん」と答えた。そして、かおるのそばに腰を下ろし、じっと見つめながら聞いた。「一緒に帰るか?」明日は大晦日。結婚してから初めての年越しで、年が明けたらすぐに式も控えている。かおるは「うん」と頷き、立ち上がりながら言った。「ちょっと、里香に声かけてくるね」月宮も頷いた。「一緒に降りようか」玄関に向かって歩きながら、かおるはふと思い出したように聞いた。「そういえばさ、雅之って今何してるか知ってる?全然連絡ないし、音沙汰なしじゃん」月宮はどこか意味ありげな目でかおるを一瞥し、「さっき里香と話したけど、彼女、雅之には全然興味なさそうだったよ」と言った。かおるはその言葉に少し違和感を覚えた。でも、里香の最近の様子を思えば、あながち間違いとも言えず、それ以上は何も言わなかった。「じゃ、その話は置いとこっか」階段を降りたかおるは、里香に冬木へ帰ることを伝えた。「ほんと、あんたって根性ないんだから」里香は笑ってからかうと、それを聞いた月宮は眉をひそめた。「かおる、やっと機嫌取れたばっかなんだから、邪魔しないでくれる?小松さん」里香はそれを無視して、かおるに持たせる荷物を用意させた。かおるは遠慮なく、それらを全部受け取った。玄関まで来て、かおるは里香をぎゅっと抱きしめた。「じゃ、数日後に戻ってくるから。外寒いし、見送りはいいよ」「うん」里香は頷き、二人の背を見送った。ふと振り返ると、賢司が階段から降りてきた。黒のタートルネックニットがよく似合っていて、姿勢もしゃんとしていた。「お兄ちゃん」里香が声をかけると、賢司はそれに応えて尋ねた。「もう帰ったのか?」「うん」里香が頷いた。「誰が?」ちょうどそのとき、景司

  • 離婚後、恋の始まり   第882話

    かおるは思わず目を見開いた。賢司は立ち上がり、彼女のほうへ歩いてきながら尋ねた。「離婚するのか?」かおるは首を横に振った。「別にケンカしたわけでもないのに、なんで離婚しなきゃいけないのよ」賢司はすでにかおるの目の前に立っていて、その言葉を聞くなり、ふいに手を伸ばした。かおるはとっさに身構えて二歩後ろに下がり、背中がドアにぶつかった。そのまま彼を警戒するように睨みつけた。「なにするつもり?」賢司はじっとかおるの目を見つめ、その緊張感を察すると、さらに冷たい表情になってドアノブに手をかけ、そのままドアを開けて彼女を外へ押し出した。「人妻が俺の部屋にいるとか、どう考えてもアウトだろ」そう言い残して、さっさとドアを閉めた。「ちょ、ちょっと、あんた……!」かおるはその場で呆然と立ち尽くした。閉まったドアを見つめながら、何も言い返せなかった。こ、こんな人……どうしてこうなのよ。でも、まぁ、言ってることは正しい、かも。「かおる」そんなことを考える間もなく、月宮の声が聞こえてきた。振り返ると、彼が階下のリビングに立ち、上を見上げてかおるを見ていた。今さら隠れても無意味だし、逃げるタイミングも失っていた。かおるはそのまま階段を下りて、「なによ」と声をかけた。月宮は、どこか冷めた表情をしたかおるを見つめながら近づいてきて、手を取り、真剣な眼差しで言った。「話をしよう」かおるは手を振り払おうとしたが、月宮の力は強くて引き抜けなかった。「手を放して」にらみつけながらそう言うと、月宮はきっぱり言った。「無理だ。一生、放さない」その言葉は強引で、少し傲慢だった。そして、その瞳には、はっきりとした独占欲がにじんでいた。ずるい。こんなふうにされるの、なんか……嫌いじゃないかも。「何を話すのよ?」「どの部屋に泊まってる?」月宮が尋ねた。その言葉を聞いたかおるは、一気に目を見開いて彼をにらんだ。「はぁ!?どういう意味よ?まだ話す前から、もうそういうこと考えてんの?つまり、あたしに会いに来た理由って、それ!?」月宮はすかさず、かおるの口を手でふさいだ。目を閉じると、リビングにいた里香を見て「彼女の部屋はどこだ?」と尋ねた。里香はぽかんとしながらも、指で部屋の

  • 離婚後、恋の始まり   第881話

    一言で、その場に火薬の匂いが立ち込めたような緊張が走った。月宮はほんの少し眉を上げ、凛とした表情の里香を見つめながら、ぽつりと聞いた。「……俺、巻き込まれてる感じ?」「えっ?」里香は一瞬、その意味がつかめず、きょとんとした。けれど、月宮の笑みはすぐに消え、声にも冷えた色が混じりはじめる。「おかしいと思わなかったか?なんで雅之が急に錦山を離れて、しかもずっと連絡してこないのかって」その言葉に、里香の表情もさらに冷たくなった。「それは彼の問題よ。私には関係ないわ」「はっ」月宮は小さく冷笑した。「関係ない、ねぇ……よく言うよ。俺はずっと、あんたら二人が揉めたり、傷つけあったりしてるのを黙って見てきた。口出しは一切しなかった。でも、雅之には何度も言ってきたんだ。本心から目をそらすなって。後悔するようなことはするなって。アイツもちゃんと変わろうとしてた。それくらい、あんたもわかってたろ?でも……お前、もう雅之のこと、愛してないんだろ?」月宮の視線が鋭く突き刺さった。その言葉に、リビングは一瞬、重い沈黙に包まれた。里香は何も答えなかった。「……そうか。もう本当に気持ちはないんだな」それ以上は追及せず、月宮は話を続けた。「だったら、雅之のこれからがどうなろうと、お前には関係ない。俺もこれからは、雅之のことでお前を巻き込むようなことはしない。今日ここに来たのは、かおるを連れて帰るためだ。戻るかどうかは、本人とちゃんと話して決めたいと思ってる」「彼女、会いたくないって言ってたわ」「それでも構わない。ここで待たせてもらうさ。恋愛ってやつはな、結局、腹割って話さなきゃ始まらない。誰も何も言わなかったら、口なんてあっても意味ねぇからな」その言葉に、里香の胸がわずかに揺れた。腹を割って話す――……そうだ、自分も雅之に、ちゃんと聞くべきなのかもしれない。少なくとも、彼に説明の機会くらいは与えるべきだ。その頃、二階の部屋では、かおるは、浴室から出てきた大柄な男を目にして、思わず目を見開いた。広い肩幅に引き締まった腰、はっきりと浮き出た筋肉のライン。短髪をタオルで拭うたびに、その腕の筋肉がぐっと浮かび上がり、ただ立っているだけでも圧を感じる。濡れて乱れた髪。額の下からのぞくその瞳は、どこか冷たく、じっとこち

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